第80話 凪の相方

「おーい、スケッチー」

 文化祭の最中、僕は自分のあだ名を呼ばれ、振り返る。

「凪か」

 僕を『スケッチ』などというあだ名で呼ぶ人間は一人しかいない。ツインテロリ少女の凪が僕の後ろに立っていた。

「おい、スケッチ。今暇か?」

「暇があるかどうかはおまえの要件次第だな」

 文化祭実行委員というのは思いの外に忙しい。文化祭当日の今日であっても、様々なトラブルの対処にあたる必要がある。今も金券の在庫がなくなりそうになったため、追加してもらうように職員室まで走った直後だった。

「じゃあ、時間そのものはあるんだな」

「まあ、ちょうど休憩もらったところだったからな」

「じゃあ、もうちょいしたらあたしの漫才が始まるから見に来てくれ」

「漫才?」

「ああ」

 そう言えば、こいつはお笑い研究会に所属しているんだと聞いたことがある。

「ついこないだまで寝込んでたのに大丈夫なのか?」

 こいつはとある事情でほんの数日前まで熱を出して寝込んでいたのだ。

「体調はもうばっちりだ。まあ、練習量は正直、不足しているが……まあそれはいつものことだから」

「ダメじゃねえか」

 確かに真剣に漫才の練習をしている凪というのはあまり想像できない。

「本当に面白いのか?」

「ああ、カクヨムでいうと星2000は取れる面白さだ」

「めちゃくちゃ面白いじゃねえか」

 ハードル上げ過ぎだろ。

 そこで僕はあることに気が付く。

「あれ? 漫才ってことは誰か相方と組んでやるのか?」

「そうだぜ」

「相方って誰なんだ?」

 僕は凪の相方とやらが誰なのかを知らなかった。今まで特に気にしたことはなかったので、尋ねたことがなかったのだ。

「あたしの相方はスケッチだ……って言ってやりたいけど、あたしはもう別の奴と組んじまってるんだ、ごめんな」

「安心しろ、まったく気にしてないから」

「スケッチはファミマとでもコンビを組んでてくれ」

「あなたとコンビにファミリーマート?」

「ファミマにプレミアムチキンってあるけどさ。あたし、あれよりファミチキの方が好きなんだけどどう思う?」

「相方の話はどうした」

 相変わらず人の話を聞かない女である。

「お、噂をすれば、だ。おーい、ゆゆっちー!」

 と、凪は人混みの向こうにいる誰かに向かって手を振る。

「あれ? ゆゆっちの奴、聞こえてないのかな。一瞬こっちを見たんだけどな……ちょっと紹介したいから、スケッチはそこで待っててくれ」

 そう言って凪は慌ただしく人混みの向こうに走っていく。


「――ちょっとだけだから!」

 そして、数分後。凪は一人の女子生徒を伴って戻ってくる。

「紹介するぜ。こいつがあたしの相方の村上ゆゆだ」

「………………」

「よ、よろしく……」

「………………」

 紹介された村上ゆゆとやらは、一言も喋らずに、僕を親の敵の様に睨んでいた。

 第一印象は「デカイ」。紛れもなく女性なのだが、身長は僕よりもずっと高い。僕だって身長はそこまで低いわけではないのに。下手すると180センチを越えているのではないだろうか。

 深い夜のような色の髪は相当な長さだ。その長い髪は、彼女の全身を覆っている。まるで髪の毛が本体のような印象だ。前髪も長く、目元が隠れているために表情が掴みにくい。その前髪の隙間から覗く鋭い眼光が僕をとらえている。

 こいつが凪の相方? まったくお笑いなんかをやるような人間に見えないのだが……。

「えっと……僕は渡辺幸助と言います……」

「あ、スケッチ。ゆゆっちはあたしらと同じ一年生だからため口でかまわないぞ」

「あ……うん」

「ゆゆっちはちょっとだけ口下手でな。言葉が足りないかもしれないけど許してやってくれ」

 いや、少ないというか一言も喋っていないんだが……。

 凪はいつも通りの満面の笑みで言う。

「あたしとゆゆっちくらいの関係になると、ゆゆっちが何を言っているのか、解るんだぜ」

 そして、凪は村上の顔をじっと見つめた後に言う。

「ゆゆっちは『渡辺幸助くん、初めまして。私は凪の相方の村上ゆゆです。凪と私は親友なんですよ』と言っているんだ」

 その瞬間だった。

「ごふぅ!」

 凪が謎の奇声を上げる。

 村上が凪を殴り飛ばしていた。それもグーで。

「ちょっと?!」

 かなり本気の一撃が綺麗に凪の顔に決まっていた。

「大丈夫か?! 凪!」

 僕は殴り飛ばされた凪に駆け寄る。

 すると、凪は、

「あははは」

 なぜか満面の笑みである。

「凪! 殴られて笑ってるなんて、やっぱり頭がおかしいのか、おまえ!」

「やっぱりって言葉が引っ掛かるが、あたしは正常だ」

「いやいや、思いっきり殴られてへらへら笑っているなんて、おかしいぞ!」

 僕は凪を殴った村上に目をやる。彼女の鷹のような鋭い眼が凪を真っ直ぐに捉えていた。

「ちがうんだ、スケッチ。今のはツッコミなんだ」

「ツッコミ?」

 凪は語り出す。

「言ったろ。あたしらはコンビ。あたしらがやってるのは、どつき漫才なんだよ」

「そう……なのか?」

 確かに漫才の一ジャンルとしてどつき漫才なるものがあることは知っている。しかし、今は漫才をしていて訳ではないし、何より殴り方が本気にしか見えなかったのだが……。

「ちなみに今のツッコミどころは、あたしがゆゆっちの言葉を『凪と私は親友なんですよ』と解釈したところだな」

「……べつに親友なんかではないというツッコミか?」

「いや」

 そう言って、凪は村上の腰のあたりに抱きつく。

「『私と凪は親友じゃなくて、大親友でしょ』というツッコ――げはあ!」

 村上は凪の脳天に渾身の肘うちをかましていた。

「絶対おまえら仲悪いだろ」

 村上の眼には明確な殺意が籠っていました。


「いやいや、おまえの目は節穴かよ、スケッチ」

 凪は声を張り上げて言う。

「あたしとゆゆっちの仲が悪い? 馬鹿も休み休み言え。あたしとゆゆっちは大親友だ」

「じゃあなんでおまえの親友は現在進行形でおまえの脛を蹴り続けているんだ」

「………………」

 村上は執拗に凪の脛を攻め続けている。

「これは……脛蹴り健康法だよ! ゆゆっちはあたしの健康のために――ちょっ、痛い痛い、やり過ぎやり過ぎ」

「やっぱ痛いんじゃねえか」

「つ、ツボとか押したら痛いだろ。そういうやつだよ」

 なぜそこまで強情なのか……。

「あ! じゃあ、あたしとゆゆっちが仲が良いって証拠見せてやる」

 そう言って凪はスマートフォンを取り出して、何かの画面を見せる。

「ほら、あたしらのラインのやり取りを見れば、あたしたちの仲の良さが理解できるだろ!」

(リアルでは喋らないが、ネット上のやり取りだと饒舌になるというパターンか……?)

 僕は凪のスマートフォンの画面を覗き込む。


ナギ「なあなあ、ゆゆっち。なんでファミリーマートとセブンイレブンは『ファミマ』と『セブイレ』って略すのに、ローソンは『ローソン』としか言わないんだろうな?」


村上ゆゆ「……」


「まったく会話が成立してないじゃないか……」

「仲良いのが解るだろ?」

「仲の良さの片鱗もみえないんだが」

 村上は凪を相手にする気はまったくないようである。

「いやいや! ここ! よく見ろって!」

 そう言って凪はスマートフォンの画面を再び僕に見せつける。


村上ゆゆ「……」


「なんと、ゆゆっちが三点リーダー二つも返信してくれたんだぞ!」

「それで誇っていいのかよ」

「さ、最近は既読は付くことも増えてきたし……ブロックもされなくなってきたんだぞ!」

「おまえの大親友のボーダーライン低すぎだろ」

 一言でも会話したら友達認定されそうである。

「ああ、わかったよ!」

 なぜか凪はキレ気味に叫ぶ。

「ともかく、あたしらのステージを見に来い。そうすれば、解る。あたしらが真のコンビなんだってな」

「……はあ」

「あたしらの漫才を見たら最後は『一見仲が悪そうに見える彼女たちも、心の中では互いを真に思いやってるんだと思った』みたいないい話系のオチになるから」

「そういうのは先に言ってしまうと成就しないんだよなあ」

 凪は珍しく憮然とした表情を浮かべて言った。

「口の減らない奴め……ともかく、絶対見に来いよ! 行くぜ、ゆゆっち……って、あれ? どこ言った?」

「おまえの相方、もうとっくにどっかに行っちまったが」

「まさか、あいつ、また、ステージに上がらずに逃げる気か……!」

「……また?」

「こうしちゃいられねえ。まずは奴を捕まえる! 場所は芝生ステージだ! スケッチ、絶対来いよ! 絶対だからな!」

 と言い捨てると、凪はどこかに走っていってしまった。

「不安しかない……」


 まあ、確かに偶然時間は空いている。顔を出してやるくらいはしてもいいだろう。僕は話に聞いた芝生ステージへと足を運ぶ。

 芝生ステージは、文字通り芝生の中庭に設置されたステージで、その前には数個のベンチが並べられている。

 芝生ステージには、大勢の観客が詰めていた。お笑いライブが目当ての客なのだろうか。僕は運良く座席を確保することができ、そこに座る。

「凪さま達の出番はトリか……」

「大人しく待つしかねえな……」

 数人の男たちのそんな会話が聞こえてくる。

(凪さまって凪のことか……?)

 なんだ、あいつら、ファンが居るような人気者だったのか。僕は凪の漫才に対する評価を少し改める。ファンがつくようなものだったら、思ったよりもレベルの高いものが見られるのかもしれない。

「おい、ちゃんとカメラの準備しとけよ……」

「ああ、大事なのは一瞬だかんな……」

 ファンと思しき男たちの挙動がどこか怪しいのが気になるが……。


 数分後、お笑い同好会によるステージ発表が始まった。お笑い同好会と言うだけあって、笑いに関するものであればジャンルは問わない類の会らしく、漫才、コントから落語まで、部員は思い思いの発表を行っていく。明らかに緊張して口が回っていなかったり、台詞を忘れていたりと、ご愛嬌とでも言うべきレベルの発表も多かったが、中には腹を抱えて笑ってしまうくらいに完成度の高いものもあったりして、思ったよりも純粋に楽しめてしまった。

 そして、凪たちの発表の順番がやってくる。

「次は『トール・アンド・ショート』です!」

 マイクを持った司会の女子生徒がコンビ名を読みあげる。

(背が低い凪と背が高い村上のことを表したコンビ名かな?)

 お笑いっぽいBGMが安いラジカセ音源から響き渡り、ステージに人影が現れる。

「はい、どーも『トール・アンド・ショート』です……って、ゆゆっち! 早くステージに上がって来い!」

 ステージに上がってきたのは凪一人だけ。村上の姿は見えない。

「えへへ、すいませんねえ。うちの相方、ちょっと恥ずかしがりやで……ちょっと呼んで来ますんで、お待ちください」

 何人かの客がくすりと笑う。相方が出て来ないというつかみのネタだと思っているのだろう。

 凪が慌てた様子でステージの袖に引っ込む。

「――いや、出ろって!」

「――お客さん待って――」

「――まじで出てください」

「――後で土下座でも何でもするから!」

 凪の絶叫だけがステージに響き渡る。さすがに客も何かおかしいことに気がつき始めたようだ。客同士が顔を見合わせている。

「――こうなったら力づくだ!」

 ざわつき始めた客たちの前にようやく二人が姿を見せる。

 ……正確には二人がなだれ込んできた。

「いや、本当にすいませんね! ようやく、うちの相方が来ましたよ!」

 凪は村上を押し倒すようにしてステージ上に現れる。凪が村上にマウントを取っている体勢になっている。

「うがああああ!」

 瞬間、村上は絶叫しながら凪を投げ飛ばす。

「ひやあ!」

 可愛らしい悲鳴を上げながら小柄な凪はステージ中央まで吹っ飛ばされる。

「あはは……うちの相方、ちょっとステージに立って上がってるみた――がはぁ!」

 村上はステージ中央でうずくまっていた凪を殴り飛ばす。

「おまえ、ツッコミはげし――ぐはあああああ!」

 そして、そのまま村上は凪の上にのしかかり、拳を固める。

「いやいや! ちょっとやりす――ごふっ!」

 そのまま、村上は無言で凪を殴り続ける。それはどう見ても公開リンチの場面でしかなかった。客もドン引きしている。

「はい! 『トール・アンド・ショート』のお二人ありがとうございました!」

 司会の女子生徒が無理矢理、ステージを幕引きにする。舞台のそでから先程までネタを披露していたお笑い研究会の部員たちが颯爽と現れて、二人を引き剥がしてステージから撤収させる。

 ……その動作がどこか手慣れていた気がしたのは気のせいだろうか……。

 直後、足元をふらつかせながら凪だけがステージに戻ってくる。そして、マイクに向かって言う。

「あたしたちは特殊な訓練を受けています……だから、実際には怪我もしていないし、痛くもありません……ですので、絶対に真似しないでください……」

(そんな満身創痍でへろへろの声で言われても……)

 これほど説得力の無い言葉は久しぶりに聞きました。


「おい、撮れたか!」

「ああ、ばっちりだ」

 先程のファンと思しき男たちが集まって声を潜めて話している。

「ばっちり撮れたぜ……」

 ファンの男はドヤ顔で言った。


「凪さまのパンチラだ……!」


「でかした……」

「あとで回せよ……」

「………………」

 まあ、確かに投げ飛ばされたりしてる間にちょっとスカートが怪しい場面があったな……。角度によっては見えていたかもな……。

「すいません、先生。あそこに盗撮してる奴らが居ます」

 僕は近くに居た教員に奴らをチクっておくことにする。

 ……それくらいが僕にできる最大限のフォローだろう。


 ステージ終了後、凪は僕の元へやって来て言う。

「どうだ? スケッチ。これであたしらが仲が良いってことが解っただろ」

「うーん、あれで解る奴は感性がおかしいと思うんだ」

「ボクシングとか空手だって、終わった後は相手を認めあうだろ!」

「なに? おまえらは格闘技をやってたの?」

「それに明確な証拠があるぞ!」

 そう言って、凪は懐からスマートフォンを取り出す。

「さっきのステージを部員に頼んで録画してもらったんだ。ほら、このシーン見てみろ!」

 僕はスマートフォンの画面を覗き込む。

 そこに映っていたのは、ちょうど、村上が凪を投げ飛ばしたシーンだった。


「うがああああ!」


 絶叫する村上を指差して凪は言った。

「見ろ! ゆゆっちがあたしに対して6文字も言葉を発したんだ! 『!』も入れたら七文字だぞ! どうだ! すごいだろ!」

「……ああ、すげえよ……おまえの思考回路」

 やっぱり、こいつ頭がおかしいなあ、と感じる今日この頃なのであった。

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