第77話

「無限の回復力をもった相手を倒すにはどうしたらいいと思う?」

 そんな珍妙な問いかけを僕に投げかけるのは、もちろん、愛原そよぎである。

 愛原そよぎは魔法少女。悪い魔法少女を倒すために日夜、攻略法を考え続けている……なんて言い方をすれば聞こえはいいが、要は自分で考える力がないから僕に丸投げしているというのが実際のところだ。

「回復ねえ」

 しかしながら、こんな『なやみごと』相談をされるのも実に久しぶりのことだ。と言うのもその理由は、しばらくの間、マジカルバトルが実施されていなかったからだ。先日のスパイ騒動があった間はバトルがずっと停止していたのだ。スパイの洗い出しが急務だったのだから、それは致し方の無い措置だろう。

 場所はいつもの教室では無く、校舎の間の中庭のベンチ。その理由は簡単で今教室は文化祭の出し物の教室として使われているからだ。僕たちのクラスの展示発表は占いの館。僕は実行委員として全体の調整に走り回っていたからクラスの展示に関してはほぼノータッチだが、どうやらクラスの出し物では風音が張りきっていたようだった。まあ、占いの館なんていかにもあいつが喜びそうな出し物だものな。

 本日は文化祭の二日目。中庭にも色とりどりの屋台が並び、食欲をそそる香りがあたりに立ち込めている。楽しそうにはしゃぐ生徒達の声が空へと響く。そんな日常の中の非日常がきらきらと輝いて見える。

 僕は、いい光景だな、とありきたりな感想を抱く。

 そして、そんなありきたりな思いを抱けた自分に少し驚く。

 こんなことを言うと中二病乙、とでも言われそうだが、僕は今までこういう景色をどこか穿った目で見る人間のひとりだった。

 文化祭なんて何の生産性もない行事だ。

 こんなことを頑張って何になると言うんだ。

 それなら、勉強でもしていた方がよっぽど有意義だ。

 中学生のときの僕は、そんなことを考えて、きらきらと輝く景色から一歩下がってものを見ていた。


 でも、今は思うんだ。


 無駄だからこそ価値があるものも世界にはあるんだって。

 文化祭に全力で取り組んだからといって利益があるわけではないし、そこから逃げ出したって不利益を被るわけでもない。

 それでも、皆の笑顔を見て自分の苦労が報われたなんて、いい子の感想文を今なら本気で書けるような気がする。

 今の僕はそんな気分だったんだ。

「幸助くん? どうかした?」

 隣に座るそよぎが首を傾げる。

 そんな動作がたまらなく愛らしい。

「ああ、なんでもないよ」

 そもそも、僕がそんな綺麗な思いを抱けたのだって、そよぎがきっかけなんだ。

 そよぎを守るためならどんな事でもしたいと僕は思った。だから、僕はそよぎを守るためにスパイを排除しようと自ら捜査に参加した。捜査のためには、文化祭実行委員になるのが都合がよかった。

 だから、そういう意味で、きっかけになったのはそよぎだったんだ。

 こんな綺麗な思いは昔の自己本位な自分なら到底抱くことができなかった。

 だから、こんな光景を、思いを与えてくれたのは、やっぱりそよぎなんだ。

「そよぎはすごいな、って思っただけだよ」

「え……」

 僕の何の脈絡も無い賛辞に流石のそよぎも言葉を失い――

「私がすごいなんていうのは当たり前のことなんだけど……」

「ああ、君はそういう娘だったね……」

 ちなみに彼女の発言は本気である。冗談ではない。


 僕は頬を緩ませながら、話に戻ることにする。

「無限の回復力を持つ相手だったか」

「そうなんだよ。腕が千切れても生えてくるような相手だよ」

 僕はそよぎの発言を受けて言う。

「いや、待って。『腕が千切れても』って……千切ったの……?」

 魔法少女の戦闘はそこまでバイオレンスになっていたのだろうか。

 僕の質問にそよぎはあっけらかんとした調子で答える。

「ああ、違う違う」

「そうか、流石に腕を引き千切るなんて――」

「相手の魔法少女が自ら引き千切ったんだよ」

「想定以上のグロ展開!」

 何がどうなったら自らの腕を引き千切る様な展開になるというんだ。

 そよぎはやはり平然なとした調子で言う。

「自分の能力を説明するために自ら腕を断ちきったんだよ」

「ただ、それだけのために自らの腕を?!」

 どれだけ自分の能力説明したいんだよ……。

「ちなみに千切れた後の腕もしばらくの間動かせると血塗れになりながら、ドヤ顔で説明してくれたよ」

「トカゲのしっぽじゃないんだからさ……」

 もはや、そこまでいくと病気の域だと思うんだが……。

 僕はそんな光景を見たら卒倒しそうな思いだったが、意外にそよぎは平気そうである。そういえば、昔、両手を使う魔法少女への対抗策に腕を引き千切ってはどうか、なんて提案をしていた。見かけによらず、そよぎはグロテスクなものへの耐性はあるようである。

 僕は話をしているだけで気分が悪くなりそうだったので、さっさと対処法を教えてしまうことにする。

「無限の回復力に対抗する方法は大きく分けて三つだ」

「ほう」

 そよぎはそう言ってメモ帳を構えているが、このメモ帳にメモが書かれた瞬間を僕は見たことがない。彼女には人の話を聞きながらメモを取るというのは少し高等過ぎる様だ。

「一つ目は回復そのものをさせない様にすることだ」

「なるほどね、素晴らしいアイデアだよ」

「まだ、何もアイデア出してないんだけど」

 そよぎの相槌が適当なのは今に始まったことではないので無視することにする。

「解りやすいのは傷口を焼く、凍らせる、酸で溶かすとかあたりだな」

 要は再生能力とは大方の場合、通常の生物の何千倍ものスピードで細胞分裂を繰り返すことで傷口を塞ぐ力のことだ。つまり、細胞分裂を阻害するようなダメージを与えれば再生は止まる可能性が高い。

 僕の説明を聞いて、そよぎは言う。

「うーん、その中なら私に出来そうなのは酸による攻撃かな……」

「おまえ、そんな魔法使えるのか」

 酸を発生させる魔法なんて基礎魔法の中には無い。だから、酸を出す魔法なんていうのは、高等な複合魔法か、魔法少女が独自に持つ『独創魔法オリジン』の中にしかないはずなのだが……。

「いや、魔法じゃなくて」

 そよぎは平然と言う。

「胃液とかぶっかければいいんじゃないかなって」

「胃液にそんな威力があるわけねえだろ」

「いや、私の胃液ならいけそうな気がするんだ」

「なんだ、その胃液に対する謎の信頼感……」

 むしろ、そよぎが胃液の中に酸の一種である胃酸が含まれることを解っていたことを褒めるべきか……。

「仮にそんな力があったとしても、胃液を使うってことはゲロを吐くってことだぞ」

「そっか、よく考えたら私がそんなことしたら、今流行りの『ゲロイン』を意識しているみたいだね……」

「うん。そんな問題よりも根本的な問題なような気はするけど」

 グロテスクな行動を取る敵にあてられて、そよぎの思考もそちら方向に走っているような気がして怖い。

 僕は話題を切りかえる為に次の説明へと移る。

「二つ目のパターンとしては回復を上回るスピードで肉体を破壊することだ」

「おっ、わかりやすくていいね」

 そよぎは目を輝かせている。やはり、彼女は単純な方策の方が好きなんだろうと思う。

「一番シンプルな方法であることは間違いない。たとえ、回復力が無限でもそのスピードには限界があるからな。再生を上回るスピードで破壊を続ければ、敵は再生することができない」

 しかし、その単純さ故に明らかな問題点も存在する。

「問題はその超スピードをどうやって得るか、だな」

「ああ、そうか」

 そよぎは僕に言われて初めて気が付いたようである。

「さすがのそよぎでもそこまでの速度を得ることは難しいだろ」

「でも『オラオラオラオラオラオラ!』って叫べば、すごいスピードで殴ることができるんじゃないの?」

「あれはあの肉体と能力あっての技だからね……」

 そよぎのラッシュなど本物の『オラオラ』の前ではおままごとである。

 まあ、ここまで上げた二つの策は前振り。本命は三つ目だ。

 僕は満を持して三つ目の献策を行う。

「三つ目の対抗策はそもそも相手に傷をつけずに倒す、だ」

「傷をつけない?」

 そよぎは僕の言葉が理解できないのか首を傾げている。

 そして、そよぎは何気ない調子で言う。

「人は寄り添うだけで傷付け合う生き物だというのに?」

「そういう哲学的な思索は求めてません」

 そよぎはたまに変なスイッチが入ります。

 僕はそよぎに理解できるようにゆっくりと説明しだす。

「いいか。再生能力が恐ろしいのはいくら傷をつけようと元に戻ることだ。裏を返せば、傷が付いていない状況ではその能力は何の力も発揮していないということだ」

「ふうむ」

 難しい顔をしているそよぎのリアクションを逐一確認しながら僕は話し続ける。

「なら、傷をつけずに勝利を狙えばいい」

「傷をつけないで勝利……?」

「拘束だよ」

 僕は言う。

「要はいくら再生能力を持っていたって縄抜けができるわけじゃないし、手錠を外せるわけでもない。だから、そうやって動きを封じてしまえば、実質的には勝利したのと変わらないということだよ」

「なるほど。RPGで倒せない魔王を封印するのと一緒だね」

「まあ、そういうことだ」

 そのたとえだと後で復活しそうだけれど。

 僕は更に言う。

「そもそも、マジカルバトルの勝利条件は『相手の魔法石を砕くこと』だからな。いくら肉体が再生しても石を砕かれたら勝負としては負けだ」

「なるほどねえ」

 そよぎは白紙のメモ帳を持って、うんうんと頷いていた。

 そして、そよぎは言う。

「つまり、纏めると相手をつかまえちゃえばいいんだね」

「そうだな。拘束ならそよぎの使える魔法でもできる。強化魔法で縄を強化して縛ってしまえば、なんとかなるはずだ」

「なるほど、じゃあ、縄を用意しないといけないね」

「そうだな。縄ならホームセンターにでも――」

「凪ちゃんが持ってたから借りることにするよ」

「待って、あいつなんで縄なんて持ってるの……?」

 あいつが持っている縄が到底真っ当な使い方が為されているだなんて思えないんだが……。

「よーし、これで今回の『なやみごと』も解決だ」

 僕の質問を華麗にスルーして、そよぎはひょいとベンチから立ち上がる。

「ありがとね、幸助くん」

 そよぎはこの光景の中に居る誰よりも眩しい笑顔で僕を見ている。

「どういたしまして」

 彼女の笑顔につられて僕の頬も緩む。


 この笑顔を守りたい。

 そう思っていたんだ。

 そのためなら、大概どんな犠牲も払う覚悟はあったんだ。


 だから、僕は守りたい笑顔の為に、この笑顔を犠牲にしたんだ。


 そよぎの笑顔を守る為には凪を救う必要がある。

 そして、凪を救う為にはそよぎを不幸にして魔法を使わせる必要があった。

 決定的な自己矛盾がそこにはあった。彼女を守る為に彼女を傷つけた。そんな真似をして何も感じずにいられるほど、僕は強くはない。何度、そよぎに本当のことをぶちまけてしまおうと思ったか解らない。

 それでも、堪えた。

 なぜなら、そのときの僕にはそよぎの魔法に頼らなければ凪を確実に救いだす自信がなかったからだ。

 

 でも、そもそも僕は一つ重大な思い違いをしていたのかもしれない。


「なあ、そよぎ。頼みがあるんだ」

 僕はベンチに腰掛けた僕を見下ろすそよぎに向かって言う。

「幸助くんが私に頼み? 珍しいね」

 そよぎはそう言って優しく微笑む。

 そして、そよぎはぐっと握りこぶしを作って言った。

「いいよ、何でも言ってよ」

 そよぎの瞳には、確かな意志の炎が見えた。

「私だってただ守られているばかりじゃないんだから」

 そうなんだよな。

 僕の思い違いはそこだった。

「だよな。そよぎは戦いの場から置いていかれて主人公の帰りを大人しく待つようなタイプのヒロインじゃないよな」

「そうだよ。なんなら主人公よりも前に出て、全部の敵をなぎ払っちゃうタイプのヒロインだよ」

 僕は最初からそよぎに素直に相談すべきだったのだ。

 僕は一人ですべてを抱え込み、そよぎを危険から遠ざけて解決しようとした。

 そよぎのように素直に人に相談するということができなかった。

 僕は傲慢だったのだ。

 自分一人で策を講じて、そよぎを守れる気で居た。いや、なぜかそうしなくてはいけないと思い込んでいた。大体のマンガやライトノベルの主人公ってそういうタイプだものな。ヒロインは危険から遠ざけて、自分の身を盾にする。どうやら、僕はそういう物語に毒されていたらしい。

 でも、これは現実だ。

 だったら、物語のお約束なんてものに囚われる必要はない。

 もっと良い方法があるならそれに縋ればいいんだ。

 僕は言う。

「いつか、僕たちがピンチになったら助けてくれ」

 今回の一件だってそよぎを苦しめて魔法の発動を狙うなんてまどろっこしい真似をしなくても、そよぎときちんと話し合っていれば、そよぎに能動的に魔法を使わせる作戦だって取れたはずなのだ。そうしなかったのは、作戦立案の時点ではそよぎが自身の魔法を正確に把握していなかったという理由もある。だが、最大の理由は、僕は自分一人で戦わなくてはならないという気負いが過ぎていたことなのだ。

 僕が一方的にそよぎを守るのではない。

「任せてよ」

 お互いが助け合うような関係になればいい。

「いつか、幸助くんがピンチになったら、私が超絶かっこよく助けてみせるから」

「ああ、頼むよ」

「うんっ!」

 そよぎは本当に嬉しそうな笑顔で頷いた。

 この日、僕たちは本当の意味で隣に立つことができるようになったのかもしれないと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!