第76話

「……こうすけ、悪いが来てくれ」

 凪との邂逅を経て、実行委員の職務を粛々とこなしている僕に声をかけたのは、静だった。僕は体育館のステージで一緒に準備をしていた実行委員のメンバーに一言詫びてから、静の方へと歩み寄る。

「どうかしたのか」

 僕の問いかけに応えて静は言った。

「……例の交流会で問題が発生した」

 例の交流会は結局、高等部、中等部、小等部を巻き込んだ大掛かりな物になっていた。もともとは僕の提案だったのだが、思いの外に賛同者が多く、徐々に企画が巨大化していったのだ。それ自体は喜ばしいことなのかもしれないが、あとからどんどん企画が大きくなっていったことで修正しなくてはならない条項ができたり、資材の調達が非常に難航したりと問題は山積となった。児童会のメンバーが想像以上に優秀でなければ、きっとどこかで回らなくなっていたに違いない。

 そんなメンバーのひとりである静がわざわざ僕を呼びに来るなんていうのは、よっぽどのことだろう。

 僕は静についていく。

「……こっちだ、こうすけ」

 静が僕を導いたのは、なぜか人気のない体育館裏だった。

「おいおい、こっちにいったい何が――」

「わざわざ人気の無い場所を選んであげたんだから感謝してほしいのねん」

「ああ、そういうことかよ」

 僕は静の口調が一変したことで状況を悟る。

「更年期ババア、今の僕は忙しいんです。また今度にしてもらっていいですか」

「ちょっと、仮にも上司に対する態度じゃないのねん!」

 これは静であって静ではない。

 今の静の中に居るのは、リリシア=ドランヴァティ。バルバニアの現大統領。つまり、形式上の最高権力者だ。

 僕は様々な苛立ちを込めて言い放つ。

「大統領っていうのはどれだけ暇なんですか。教えてください、次は僕も出馬しますんで」

「むっきぃ! 幸助ちゃん、あたしを舐め過ぎなのねん!」

「その変な喋り方が小物感を出しているんだよなあ」

「なんかこんな変な喋り方してる方が、かえって道化を演じてる大物感があるでしょう!」

 ああ、変な喋り方って自覚はあったんだ……。

 僕は気を取り直して尋ねる。

「で、なんですか。大統領。忙しいのは本当なんで、要件があるなら早くしてほしいのは本音なんですが」

「じゃあ、単刀直入に言ってあげるのねん」

 この言葉を境に大統領が纏っていた空気が一変する。

 大統領の雰囲気が――冷たく――鋭く――研ぎ澄まされていく。

「幸助ちゃん、今回の一件、うまくやってくれてありがとう」

 ねぎらいの内容とは裏腹に大統領の表情には怪しい陰が差している。

「ああ、やっぱり、今回の一件は大統領の差し金だったんですね」

「やっぱり気付いてたのねん?」

「まあね」

 大統領は更に問いかけを続ける。

「どこから気付いてたのん?」

「まあ、少なくとも僕の捜査参加申請があんなにすんなり通った時点で大統領が噛んでいる予想はしていましたね」

 大国にはありがちな話なのかもしれないが、バルバニアという国の動きは鈍重だ。たったひとりの『勇者』を決めるのに数十年以上かかっていることからもそれは明らかだ。そんな国が現場からの申請を二つ返事で通すはずがない。

「先に僕からの申請があれば、すぐに承認する様に大統領令を出していたんでしょ?」

 大統領はにたりと笑って答える。

「そうねん。更に正確に言えば、貴方からの申請がなければ、こちらから参加要請をするようには言っていたけど」

 僕は大統領に向かって言う。

「もっと言えば、セシリアを監査官への移動願いを通して、この世界に派遣したのも大統領ですよね?」

「もちろん、そうねん」

「ですよね、そうでなければワルドの元妻が偶然この世界にやってくるなんていう事はありえない」

 現実っていうのは、物語とは違う。偶然とか運命で片付くものばかりではない。ほとんどの出来事には必然が絡んでいる。

「いかにも偶然っぽい出来事が基本的に全て大統領が裏で糸を引いてたっていう風に考えてみるとわりと説明がつくんですよね」

 セシリアがやってきたのは大統領の差し金。

 僕が捜査にすんなり参加できたのも大統領の差し金。

 そして――

「偽凪をフレミニアンからスパイとして送り込んだのも大統領じゃないですか?」

 僕がそう言うと、大統領はわざとらしい口調で答える。

「ええー、意味解らないのねん。敵国の人間に命令なんてできるわけないわん」

 大統領のわざとらしい態度が癇に障る。だが、これは僕に冷静さを失わせようとする罠だろう。僕は苛立ちを抑え、冷静さを保つように意識しながら指摘する。

「そもそも、あなたは国の為ではなく、もっと別の思惑で動いている節があります」

 思い返せば、そよぎの記憶が戻った一件もそうだ。

「あなたは最高の読心魔法の使い手。基本的に全ての情報は筒抜けです。それなら当然そよぎの魔法について知らないわけがない」

 僕は話を続ける。

「もしもあんたが純粋に国の為を思うなら、さっさとそよぎを『勇者』にして国に連れていけばいい。仮に今はまだその時期では無いにしても少なくともそよぎに対して、国からもっとコンタクトがあってしかるべきだ」

 そよぎの魔法にはそうするだけの価値がある。

 歴史上三人しか居なかった運命を操る強大な魔法の使い手のひとりなのだから。

「あんたが国に対してそよぎの情報を意図的に秘匿している可能性は高い」

 実際に僕や雪哉で調べた限り、雪哉の情報隠蔽はいまだ有効なようで、そよぎはまだ単なる肉体強化系能力者としてデータベースに記録されている。僕たちの権限で閲覧できない部分では、そよぎの情報は共有されているという可能性もゼロではないが、それならそれでそよぎに対するガードがあまりに甘過ぎる。

「きちんと国とあなたが情報を共有していれば、スパイ騒ぎなんて発生した時点で、もっとそよぎの周りの警護が固められていたはずです。なにせスパイにそよぎをさらわれでもしたら一大事ですからね。だったら、スパイが実はあんたの差し金でそんなことをするはずがない、とアンタが知っていたのなら、全て話は通る」

 つまり、そもそもこの事件を引き起こしたのが大統領ということなら、こちらの被害状況まで自在に調整できるために、過剰な警護を行わなかったと見ることができるのだ。

「もちろん、上層部だけで情報が共有されている可能性もあります。つまり、何らかの理由があって、上層部の中だけでしかそよぎの魔法の情報が開示されていないというパターン。そして、偽凪も含めた上層部の一味が、我々には考えもつかないような理由で結託し、スパイ事件を偽装したという可能性。しかし、スパイが現実にフレミニアンに通信していたことも考えるとその可能性は低くなる」

 確証はないが、偽凪がフレミニアンの人間で、フレミニアンからの命を受けて、スパイをしていたということは間違いないようだ。

「もしも、偽凪がバルバニア上層部からの差し金という、いわゆる『やらせ』という形になるなら、本当にフレミニアンに通信する意味がない。さすがに、バルバニアとフレミニアンが実は裏でつながっているなんて、SF小説染みたオチは、ありえなくはないが、少し荒唐無稽が過ぎる気がします。比較的現実的で、すべてに綺麗に説明がつく真相は『大統領がフレミニアンと個人的に通じている』っていうところですよね」

 それならば、実際に偽凪がフレミニアンと通信を試みていた理由が説明がつく。つまり、偽凪は紛れもなくフレミニアンサイドからのスパイとして行動していた。しかし、その指令を出したフレミニアンの人間が大統領と個人的に手を組んでいるということだ。

「なぜそんなことをしたのか、という動機ですけど。そこまでは解りません。仮に大統領が完全に敵国の人間でバルバニアを滅ぼそうという思惑で動いていたのだとしたら、セシリアを派遣して僕を捜査に参加させる意味が解らない。自分で言うのも難ですが、僕が参加したことでスパイが捕まったわけですからね。大統領が敵国の人間なら僕を捜査に参加させない方が都合がよかったはず。なのに、わざわざ大統領は僕に捜査をさせたのか。その謎は未だに残っていますが」

 僕は言う。

「大統領には、この二国間の戦争が長引けば長引くほど有利になる何かがあるんじゃないかというのが、僕の今の予想です」

 僕の言葉を黙って聞いていた大統領はにたりと笑って言った。

「おもしろいのねん。ほんと、幸助ちゃんはおもしろい……」

 ぞくり、と。

 僕の背中を冷たい物が駆け抜ける。大統領の雰囲気に気押されている……。

 僕は自身を奮い立たせながら言う。

「じゃあ、認めるってことですか? 自分が国の裏切り者だって」

「認めないわよん。だって、今のは全部幸助ちゃんが作った『面白いお話』、そうでしょ?」

「……まあ、そうですね」

 僕の話は推理とも言えない推論だ。何の証拠も無い。単なる陰謀論として一笑に付される中二病の妄想だ。

 何より――

「仮にそれが真実だとして、幸助ちゃんに何ができるのかしらん?」

「……何もできないですよ」

 そうだ。僕は何の力も無いただの餓鬼。仮に目の前にいるこの人間がどれだけの極悪人でも僕にはどうすることもできない。僕がたとえ大統領の不正を告発したとしても、その前に叩き潰されるのが落ちだ。

「それに僕は何もするつもりはありませんよ」

「あら、そうなのん?」

「ええ、正義感なんて、とっくの昔に落っことして来たんでね」

 『正義の味方』ならこの女に憤る場面かもしれないが、僕は違う。

 何故かって?

 単純な話だ。

 僕は別に『正義の味方』じゃないからな。

「ただ、僕は僕の大事な人を守る為に戦うだけです。あなたの裏切りで関係のない人が何人死のうが僕の知った事では無いですよ」

 僕はエゴイストだ。

 だから、自分の周囲だけ守れればいい。

 自分の世界だけ守れればいい。

 僕の見えない世界まで救ってやれるほど、僕は英雄ではない。

 大統領は子供が見れば泣き出す様な醜悪な笑みを貼り付けて呟く。

「いいわねん。私は、あなたのそういうところが好きよん」

 だけど――

「だけどな」

 僕はその笑みを真正面から受け止めながら宣言する。

「僕の大事な人を傷つけるっていうなら話は別だ」

 そよぎの辛そうな顔を。

 六花の思い詰めた顔を。

 そして、凪の罪悪感に駆られた顔を思い出す。

「僕は自分にできる全てをもって、おまえの喉笛に喰らいつくぞ……!」

 僕はそう言って大統領を睨みつけた。


 しかし、大統領は、僕の全身全霊の怒りを、ひょいとかわして言った。

「ああ、らしくないわねん。幸助ちゃん」

「………………」

「まるで、あなた、マンガの主人公みたいよん」

 僕は黙って大統領を睨み続ける。

 そんな僕の態度に構わず、大統領は楽しそうに歪んだ笑みで話し続ける。

「あなたって、そんなキャラクターじゃないじゃない」

「………………」

「今回の事件で貴方が考えていたことは、かなり悪役染みているわよん」

 なおも大統領は楽しそうに話し続ける。

「私も自分が悪役である自覚はあるけどねん。もしかしたら、貴方には負けるかも知れないわねん」

 僕は大統領が言わんとしている事に気がつく。

 心を読んだのだろう、大統領はまたにたりと笑う。

「そうよ。その件よ。あなた、六花ちゃんにそよぎちゃんへの気持ちの揺らぎを指摘されたとき、どんなことを考えていたのん?」

 僕は真宮司ふぶきを取り調べた後、そよぎと六花と三人で帰ったときのことを思い出す。

 六花は、僕がそよぎに洗脳されているのではと疑念を持っていることを指摘した。あの日から僕とそよぎの関係は揺らぎ始めたのだ。

 どうせこいつに嘘は通用しない。どんなことを考えていたと聞かれたから素直に答えることにする。


「ちょうど良いなって、思ったよ」


 あの時点で僕には犯人が凪である可能性はかなり高いと踏んでいた。もっと言えば、真犯人が偽凪である事も予想はしていた。

 だから、あの時点での僕の一番の懸案事項は、偽凪が犯人であったとき、本物の凪までがバルバニアに処分されることにならないかということだった。

「凪が処分されないために、僕は『保険』をかけておきたかった」

 もちろん、天を運に任せるなんていうのは、僕のやり口じゃない。口八丁で攪乱して凪の無罪を勝ち取ってやろうと算段をつけていた。しかし、僕が介入する余地もなく凪が処分されてしまう可能性もゼロじゃない。

 だから――

「僕は『神様』に任せることにしたんだ」

 僕は言う。


「『機械仕掛けの女神』様にな」


 僕は続けて話す。

「そよぎの魔法は運命を都合よく捻じ曲げる。もちろん、万能ではない。現実で実現不可能なことまで影響力を及ぼす事はできない。しかし、逆に言うと常識の範囲内で考えられることならば運命を変えることだってできる」

 つまり、そよぎが願えば、現実的に無理の無い範囲であれば、彼女の都合のよい様に運命を改変することができる。

「だが、運命操作には一つの『限定条件』がある」

 僕は大統領に向かって言い放つ。

「それは、『そよぎが心の底から願っていること』だ」

 つまり、そよぎが『幸せで居られますように』と願っていなければ、不幸の運命を捻じ曲げることはできない。

 大統領は楽しそうな口調で言う。

「だから、そよぎちゃんを不幸な状況にしたっていうのねん! 彼女が幸せなままだと、『ご都合主義』のハッピーエンドがやって来ない可能性があったから!」

 そう。

 僕はそよぎの幸せを守るために、わざとそよぎの気持ちを踏みにじったのだ。

 実際には、僕とそよぎの間の関係がぎこちなくなることと凪の処断に関する件には何の因果も無い。実は今回、『都合よく』凪が処罰されなかったのだって、本当にただの偶然かもしれない。

 しかし、少なくともそよぎが現状に満足していれば魔法は絶対に発動しない。

 だから、僕はそよぎの魔法が『都合よく』凪を救う極小の可能性を得るためだけに、そよぎの気持ちを踏みにじったことになる。

 そよぎが「自分が何も失わずに日常が戻ってきますように」と願うことに賭けて。

 大統領は遂に腹をよじって笑いだす。

「私に言われるまでもなく、気付いているでしょうけど、それは矛盾よん! 大切な人を守る為に、大切な人を不幸へと追い込もうとするなんて!」

 大統領は笑いながら叫ぶ。

「それはよっぽど悪役の思考よん!」

「だったら、どうした」

 僕は大統領の悪意に、嘲笑に、正面から向き合う。

「僕は悪人だ。そんなことは言われるまでも無く解っている」

 今回の一件ではそよぎを苦しめてしまった。

 六花にも辛い思いをさせた。

 それは少なくとも僕の責任だ。

 だが――

「僕が悪を為すことで、最後にみんなが笑って終われるなら、僕はいくらだって大切な人を傷つけ、苦しめる」

 僕は言い放つ。

「それが僕のやり方だ」

 既に心の準備は出来ていた。今更外野が僕の覚悟にちゃちゃを入れるな。

「………………なあんだ、思っていた以上に腹は据わっていたみたいねん」

 大統領は嘲りの笑みを引っ込めて呟いた。

「なあんか、冷めちゃったわん。もうちょっと自らの矛盾に苦悩してくれるかと思ったけどん」

「申し訳ないですね。思ったよりも僕も成長していたみたいで」

 ワルド、おまえは僕が自分でよかったと言ってくれたが、僕だって同じ気持ちだ。長年、セシリアとのことで悩み続けたおまえの経験があったからこそ、腹は据わった。感謝している。

 大統領は僕に背を向けながら言う。

「じゃあ、楽しいトークの時間も終わったし、最後に悪役らしい捨て台詞を残して帰ろうかしらん」

 大統領は吐き捨てるようにして言った。


「これからも試練は続く、ゆめ忘れることなきよう」


 またもや、ぞくりとする悪寒を残して、大統領はゲートを開いて帰還した。

「……はっ。なぜ私は――」

 人気の無い体育館裏で二人。

 僕はこれから静に対してどういう風に説明しようかと頭を悩ませるのだった。

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