第71話
僕の言葉に、ずっと話についていけず、黙りこんでいた様子のそよぎが呟く。
「真犯人……?」
さらにそよぎは混乱した様子で言う。
「凪ちゃんが……凪ちゃんが犯人じゃないってこと?」
僕はその言葉を受けて言う。
「半分正解で、半分外れだ」
僕はしゃがみこんで未だ地面に組み伏せられている高岡凪に目線を合わせて言う。
「こいつが犯人であることは間違いないが、犯人は凪じゃないんだ」
「え? でも、ここに居るのは凪ちゃん……」
そよぎは困惑を隠せない様子だ。
僕はそよぎに対して言う。
「そよぎ、目の前に居る人間が必ずしもたった一人の人間でないことは、もう知っているはずだ」
「……どういう」
「僕や六花を見てみろ」
そよぎは僕と六花を交互に見てから呟く。
「もしかして……」
ここまでヒントを出せば、流石のそよぎも気がついたようだ。
「そう、犯人は凪であって、凪でない」
僕は言う。
「確かに犯人は凪の身体を使い、スパイ行為を行っていたが、凪の身体を操っていたのは凪ではないんだ」
そして、僕は最後の真実を告げる。
「犯人は、凪の『魂の同一人物』だ」
『魂の同一人物』。
数多ある異世界の中には自分と同じ魂を持つ人間が存在する。もちろん、育っていた環境が違う為、完全に同一の思考や思想を持つわけではないが、根幹の人格は同じであると考えられている。たとえば、僕とワルドは、この魔法が認知されていない世界と魔法と科学の入り混じる戦火の激しい世界、まったく違った世界で生きてきた。だから、平和な世界でぬくぬくと暮らしてきた僕は餓鬼だし、常に命のやり取りをする世界で長く生きてきたワルドは大人びている。しかし、その根幹は同じ人物なのだ。セシリアと六花の妄想癖を見ていれば、そのあたりがよく解る。
「つまり、事件の真相はこうだ」
僕は話を整理するために言う。
「凪はどこかのタイミングで『魂の同一人物』であるこいつにとりつかれ、自我を奪われた」
一つの肉体に入った魂は肉体の主導権を譲り合うこともできるが、逆に強引に奪ってもう片方の自我を発現させないようにすることもできる。セシリアが六花の肉体の主導権を奪い、転校を決めたときと同じだ。おそらく手続きを進めるセシリアを六花は止めなかったのだ。その方が自分にも益があったから。もちろん、このときの六花に魔法に関する知識は無かったから、ただされるがままになっていただけなのだろうが。
セシリアはこちらに転校してくるまで自由に行動することができた。ただ、そのあと僕に抱きつくという行動を経て、セシリアと六花の利害が一致しなくなり、六花がセシリアに与えていた身体の主導権を奪い返したのだ。
「タイミングは、断言できないが、夏休みの終わりくらいだろうか。新学期初日、セシリアがやってくる二日ほど前に『勇者計画』の機密がフレミニアンに漏れているという情報が既に出ていたからな」
夏休み終盤で凪は肉体の主導権を奪われ、情報をフレミニアンへと送った。その情報を送られた側の人間が伝達する中でどこかでヘマをして捕まり、スパイがいるという情報をこちら側が掴んだのだ。そのときにスパイが何者かまで判明していれば話は早かったのだが、おそらく捕まったフレミニアンの構成員は、スパイ計画は知っているが、スパイの正体までは知らない中途半端な地位の人物であったのだろう。
「そして、凪の『魂の同一人物』……長いな。偽凪でいいか。偽凪は凪の記憶の中を覗いて得た『勇者計画』の情報をフレミニアンへと送った。『魂の同一人物』は記憶の共有が可能だからな」
実際に僕にもワルドとして過ごした時間の記憶が存在している。それと同じだ。
「そして、捜査員としてやってきたセシリアを欺く為におまえは自分の魔法を自分に使い、自分の記憶を改竄し、まんまと捜査の手を逃れた――そう思いこまされたんだ」
『魂の同一人物』は基本的には同じ種類の魔法を持っている。魔力を精製するのは肉体だが、魔法の術式を記録するのは魂だからだ。魔法少女である凪の『
「実際には、僕は凪、あるいは、その『魂の同一人物』ならばセシリアの魔法をかいくぐれる可能性を考えていた。だから、僕はセシリアの魔法の詳細を明かしたとき、おまえの言動に注目していたんだ」
「………………」
先程、失言の言質を取られたためだろうか偽凪は黙って僕を睨んでいる。
「あのとき、おまえは何も言わなかったな」
「………………」
「それが僕の疑いを強めたよ」
僕は過去に凪と言葉を交わしたときのことを思い出す。
「凪はふだんお茶らけているが基本的に聡明な人物だ。自分の魔法ならばセシリアの魔法をすり抜ける可能性があることにはすぐに気がついたはずだ。だから、おまえが偽物でないなら、あのときにこう言うべきだった。『あたしにはその魔法が効かない可能性があるぜ』ってな」
そう言わなかった理由は明らか。それはセシリアの魔法を自分の記憶操作魔法によって回避しようという算段を、実際に立てていたから。だから、正直にそのことを申告することができなかったんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
凪は震える声で呟く。
「そんなもんただそのとき頭が回ってなかっただけで、あたしが偽物だって断じるのは暴論じゃないか……?」
「おまえの反論はそれでいいのか?」
「え?」
「僕の言葉に対する反論がそれである時点で自分が偽物であることを逆説的に証明していることになるんだがな」
仮にこの凪が本物の凪だとすれば、僕が彼女を偽凪だと指摘する流れに反論する必要がない。なぜなら、自分がスパイである事を認めてしまった以上、残された言い逃れの道は、せいぜい洗脳されていたという路線くらいしかない。偽凪の可能性に反論するということは、自らその言い逃れの道を捨てることに他ならない。だからこそ、今の凪が本物ならばこんな発言をする事自体がおかしいのだ。
「………………」
僕の指摘を受けて、自らの二度目の失言に気がついたのだろう。偽凪は唇を噛み締めている。
「なあ、そろそろはっきりと認めてくれないか。おまえの発言はもうばっちり押さえてある。通信記録という動かぬ証拠もある。あとはおまえが偽凪であることをはっきりと認めてくれたら、こちらもおまえを敵国捕虜として最低限の待遇でもてなすことを約束しようじゃないか」
僕の提案を聞いて、偽凪は苦虫をかみつぶす様な表情になる。
そして、一瞬の間のあと、偽凪は両目を大きく見開いて、声高に叫ぶ。
「あははは! 違うね! あたしは凪だよ! 高岡凪本人だ! おまえたちのお仲間のな!」
もはややけくそなのだろう。自らの保身ではなく、凪自身を人質に取ることで、自爆覚悟で僕たちに嫌がらせをする方針に転換したようだ。
「ふう……そういう態度は――」
僕は感情を抑えきれなくなりながら呟く。
「本当に度し難いな……!」
「!」
僕の気迫に押されたのだろうか。凪の顔に張り付けられていた醜い笑みが一瞬ではがれおちる。
「そういう態度が僕は一番嫌いだ」
僕は言う。
「おまえがやっていることは思考を放棄することだ。そして、思考を放棄することは、自らが生存する可能性を放棄することだ」
僕は追い詰められた時、簡単に諦める奴が嫌いだ。
ほんのわずかでも生き残れる可能性があるならそれに縋るべきだ。
たとえ、それが醜い方法でも、みっともない方法でも構わない。
プライド? そんなもん犬にでも猫にでも食わせろ。
僕は敵に命乞いしてみっともなく縋って許してもらえるなら――大切な人を守れるなら――いくらだって泥に塗れてやる。
「諦めるな、最後の瞬間まで」
「………………」
偽凪は黙って僕を見ている。
それを抑えつけている雪哉も何故だか神妙な顔で僕を見ていた。
僕は敵に向かって諦めるな、と矛盾したことを言いながら、偽凪に最後のピースを突きつけることにする。
「さあ、終わりにしようか。偽物」
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