第72話
「そもそも、僕は新学期初日から凪の態度がおかしいことには気がついていたんだ」
偽凪はどこか冷静さを取り戻した目で僕を見ている。
「それは新学期初日、僕が凪に転校生が男か女かと尋ねたときに凪がした発言だ」
『で、転校生は男なのか、女なのか?』
『……忘れた』
僕は言う。
「いいか。このとき、凪は『忘れた』という言葉を使った。それがあのときの凪が偽物だったという証拠になる」
「……どういうことだ」
「おまえは知らないだろうな。きっと記憶の共有は完璧じゃないんだろ? 今もおまえの中で本物の凪が抗っているから、凪のすべての記憶を引き出すことができるわけではないんだろ?」
偽凪は黙って僕の言葉に耳を傾けている。
「だから、おまえは凪が『忘れた』なんていう言葉を冗談で使う人間じゃないことを知らなかった」
「………………」
「凪は、自分の魔法でずっとそよぎの悲しい過去を『忘れさせてきた』。そんな凪がただの冗談で『忘れた』なんて言葉は使わないんだ……!」
「……!」
偽凪は僕の言葉に目を見開いている。
「おまえが凪のすべての記憶を閲覧できていないのは、風音の魔法を忘れていた時点で明らかだ」
もしも、偽凪が凪の過去の記憶をすべて閲覧し、理解していたのならば、当然風音の監視魔法についても知っていたはずだ。
「風音の監視魔法については捜査方針を説明するときにわざと言及しなかった。風音の魔法がスパイ捜査にはうってつけであるにも関わらず、それを指摘しなかったのは、このときすでに凪を疑っていたからだよ」
スパイを行う上でうってつけなのが凪の魔法とすれば、スパイを捜査する上でもっとも有効な魔法が風音の魔法だった。
「凪が偽物である可能性まで考慮すると、偽凪がすべての記憶を閲覧できていない可能性も僅かながらあった」
僕は言う。
「凪はおまえの情報を渡さないために、主導権を奪われる直前に自分の記憶の見られては困る部分を消したんだろ」
僕の指摘に偽凪は表情を歪める。
「その一つが風音の魔法だったんだ。風音の魔法のことを知った上で動かれればより動きが慎重となり、尻尾が掴めなくなるかもしれない。だが、逆に風音の魔法の情報を隠せば、尻尾を出しやすくなる」
僕は続けて指摘する。
「あとは仮説だが、主導権を奪われた凪もおまえの中で抵抗を続けているんだろ。だから、おまえは『自分が風音の魔法を忘れていることを忘れている』」
偽凪には思い当たる節があったのか、いっそう強く僕を睨む。
僕は偽凪に捕まっている凪に向かって言う。
「凪、おまえは風音が、おまえの友達が、自分の異変を察してくれることに賭けたんだろ」
凪は風音のことを信じたのだ。
風音ならば自分の異変を察してくれると。
そして、確かに風音はその信頼に応えた。
「さあ、偽物、観念しろ」
僕は万感の思いを込めて言う。
「――僕たちの友達を返せ」
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