第70話

「凪ちゃんがスパイ……?」

 おそらく話についていけないが為に黙りこんでいたそよぎは目を見開いている。

 僕はそんなそよぎに凪が使ったトリックを簡単に説明してやる。

「まず、凪はセシリアが『記憶を読む』魔法を使うと明かしたときに自分の記憶を操作して、自分がフレミニアンのスパイであるという事実に繋がる記憶をすべて改竄したんだ」

 今現在のように人気の無い山頂で異世界間通信を行っていたような記憶をセシリアに読み取られれば、自身のスパイ行為が発覚しかねない。

「たとえば、通信を行っているときの記憶は同時刻に家に居た記憶に改竄したりしたんだろう。セシリアの魔法は、あくまで『記憶を読む』魔法だ。そのときに考えていることまでは解らない。だから、おまえが腹の中でスパイであるという自覚があったとしてもそれは読みとれないんだ」

 凪の様な記憶操作魔法がないという前提ならば、セシリアの魔法で充分にスパイの特定は可能だっただろう。そもそも、スパイ活動だけして本国に情報を送っていないという可能性はまずない。実際に、『勇者計画』の一部が敵国に漏れているという事実が、最低でも一回以上、なんらかの形で情報送信を行っていることを証明している。その光景の記憶さえ見つけられれば、スパイであるということは特定できる。

「もちろん、僕だって半信半疑だった。だから、他の容疑者の捜査も全力で行った。スパイが一人であるとも言いきれなかったしな。ただ、おまえのことは最初から疑っていた」

 僕の言葉を受けて風音は言った。

「幸助は、うちにセシリアの魔法を使わせてすぐに凪に監視魔法を使う様に指示してたしね」

「あんときは地味に大変だったよ」

 僕はそのときのことを思い返す。

 そよぎの誘いを断って、風音ひとりを教室に残る様に頼み、凪を魔法で監視するように頼んだのだ。

「だって、まさかまた親友を監視するような真似をしろだなんて言われるとは思わなかったからね」

「まあ、おまえの気持ちももっともだよ」

 誰だって大事な友達を疑え、なんて言われて嬉しい人間は居ないだろう。

 だが、憎まれ口を叩かれながらもきちんと凪を監視していてくれたあたりはさすがだった。彼女の協力がなければこうもスムーズにこの捕物は行われなかっただろう。

 少し余裕が出てきた僕は思わず漏らす。

「まあ、僕は風音も凪とグルである可能性も考えてたから、正直、風音に凪を見張るように言ったのは賭けだったよ」

 もしも、風音と凪が裏で手を組んでいたら、風音から凪に僕が彼女を疑っていることが伝わり、彼女を捕まえることはできなくなっていただろう。

「はあ? 幸助、てめえ、うちまで疑ってたのかよ」

 風音は乱暴な口調で僕を詰る。

「僕はあらゆる可能性を考えただけだ」

 僕はどこか言い訳めいた言葉を吐いてから言う。

「まあ、風音が凪の仲間じゃなくて、監視がうまく行っていた時点でこの結果は必然だったんだけどな」

「待って下さい」

 僕の言葉を遮ったのは、意外にもセシリアだった。

「旦那さまは……」

 セシリアはそこで言い淀む。はたして、言ってもいいのか思い悩んでいるようだ。

 だから、僕は言ってやる。

「どうしたセシリア、言いたいことがあるなら言ってくれ」

 僕に促されてなお、セシリアはまだ躊躇いがある様子だった。

 しかし、ぽつりとぽつりと呟くように言った。

「旦那さまは……仲間を……友達を疑っていたってことですか……」

 セシリアの言葉を受け止めて僕は言う。

「ああ」

「友達なのに、大切な友達なのにですか?!」

 セシリアはどこか切羽詰まった様な口調で言う。

「私は旦那さまの記憶を読んだ時、旦那さまの感情の一部が流れ込んできました。いろんな感情がありましたが、その根底にあるのは間違いなく親しみでした! 凪さんとどんなに罵り合ったり、喧嘩したりしても、本当に大切な友達だと思っていたことは伝わりました! それでも――」

「『それでも』じゃないよ。大切な友達『だから』疑ったんだ」

 僕はセシリアの言葉を遮って言った。

「僕はここに居るみんなが……好きだ」

 僕は少しばかりの気恥ずかしさを振り払って話を続ける。

「いつまでもこいつらと馬鹿な話をしていたいし、ずっと友達で居たいと思ってる」

 僕はセシリアを――六花を見て言う。

「もちろん、六花もその一人だ」

 セシリアの瞳がちらりと揺れて、僕はセシリアから六花に人格が切り替わった事を悟る。

 月の無い暗闇の空の下にも関わらず、六花の瞳はきらりと光った。

 そして、また身体の主導権はセシリアに戻る。

「だから、その友達が、今のこの時間を壊そうとしていないか、それを確かめたかった。だから、疑って、捜査をして、――こうして捕まえた」

「おかしいじゃないですか!」

 セシリアは普段からは考えられない様な必死さで僕に喰らいつく。

「仲間だったら、友達だったら――大切な人だったら――無条件で信頼するものなんじゃないんですか?!」

 僕はセシリアの少し涙でぬれた瞳を真っ直ぐに見つめて言う。

「大切な存在だからこそ疑うんだよ」

「………………」

「大切だから、失いたくないから、思考停止せずに疑うんだ」

 僕は続ける。

「疑って、その結果、その大切な人が道を踏み外しているなら正す」

 僕は自分の気持ちを吐露する。

「それが相手を本当に思うことなんだって、僕は思う」

「………………」


 セシリアが何を考えているのか。実は僕にはなんとなく解っていた。

 僕の中にではワルドとしてセシリアと共に過ごした時間の記憶がある。

 だから、解ったんだ。

 セシリアはワルドを疑うことを知らなかった。

 セシリアとワルドは戦争孤児として施設で出会った。

 その施設はあまり大きくはなく、同年代の子供は二人しか居なかった。

 だから、二人はいつも一緒に居た。

 成長するにつれ、セシリアはワルドに魅かれていった。

 そして、ワルドがそれを拒否する理由は特に見当たらないように思えた。

 だから、二人は結婚した。

 でも、時間が経つにつれ、ワルドは気がついてしまった。

 セシリアはただワルドに縋っているだけなんだと。

 だから、ワルドの意見には無条件に従った。

 ワルドの言葉を一度だって疑うことをしなかった。

 ただの冗談だって、セシリアは真剣に受け止めようとした。

 そんな日々が積み重なって、ワルドはもう耐えられなくなった。

 だから、ワルドはセシリアに離婚する様に頼んだ。


「……それが、私達のためになるんですよね」


 そんな決断ですら、セシリアはワルドに委ねた。

 離婚するなんておかしい、とは言ってくれなかった。

 だから、二人の生活は、このとき終わった。


「セシリア」

 ワルドが僕の身体を借りて言う。

「この一件が終わったら、もっと話しあいましょう」

 ワルドがいつもの淡々とした口調で言う。

「私はもっと私を疑ってほしかった。間違っているのなら正して欲しかった。本当はそれだけだったんです」

 ワルドの強い感情はじわりと滲みでて、僕の心を満たしていく。

「ごめんなさい。セシリア。あのときの私は、本当はそう言うべきだったんです。黙って離婚届を君に差し出すのではなくて」

 ワルドは強い後悔と、そして、セシリアへの深い思いを持って言った。

「試す様な真似をして……すまなかった。また、私とやり直してくれるかい?」

「はい……!」

 セシリアはぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら食いつくように叫んだ。

「旦那さま以外に、私の旦那さまは考えられませんから!」

 そして、セシリアは勢いよくワルドに抱きつくのだった。


 まあ、その身体は僕の身体でもあるわけで。

 肉体を共有している以上、その感覚は僕の方にも伝わってくる。改めて六花の身体のスペックの高さを文字通り肌で感じるのだが……。

「セシリア、そういうことは後だ」

 ワルドがそう言うと。

「はい! 今夜は盛り上がりますね!」

「おまえら、僕の身体で何をする気だ!」

 思わず僕はそんなことを叫ぶ。

 いや、こんなくだらない話をしている場合じゃない。

 ――一番最後の大仕事が残っている。


「さあ、高岡凪。覚悟はいいか?」

 僕は未だに雪哉に組み伏せられたまま黙りこんでいる凪に声をかける。

 凪は目に涙を溜めながら言う。

「なあ、スケッチ……あたしら友達だろ……見逃してくれないか……」

 凪は先程までのだんまりが嘘のように凪は叫び続ける。

「スパイっていうのも、実は脅されてただけなんだよ。もしも、情報を流さないとフレミニアンのエージェントにそよっちたちを殺すって脅されて仕方なく――」

「風音」

 僕は後ろに立っていた風音に呼びかける。

「今のちゃんと録音したな」

「ええ。ばっちりと」

 風音は不敵な笑みを浮かべて言う。

「ろく……おん……?」

 凪は目を白黒させている。

 そんな凪に向かって僕は言う。

「いや、もちろん、フレミニアンへの通信魔法の記録をとったのは本当だ。ただ、それだけなら、かなり苦しい言い訳だけど、間違って通信してしまったんだという言い訳をされる可能性があったからな」

「……なっ!」

「いや、自分がスパイ行為をしたって自白してくれて助かったよ。手間が省けた」

「て、てめえ!」

 まあ、こんな発言を引き出すために、いかにも、もう言い逃れの道は無い様な雰囲気を醸し出しておいたんだがな。

「ちょっとばかり自白パートに入るのが早すぎたな。あと情に訴えかけるんならもっと設定は練っておいた方がいいぞ、犯罪者。敵に情けをかけるかどうかはどれだけ悲惨な過去を背負っているかによって決まることが多いからな」

 僕はそんな軽口を叩いてから言う。

「さあ、おまえがスパイであることが確定したところで」

 僕はもう一度、表情を引き締めて言う。

「そろそろ出てきてもらおうか、真犯人!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!