第69話
「ようやく尻尾を出したな」
私は地面に組伏せられた体勢のまま、首だけを声の主の方へと向ける。
「渡辺幸助……!」
ワルド=カルドキアと肉体を共有するバルバニアの監査官……。
渡辺幸助は私の方にゆっくりと歩み寄りながら話を続ける。
「捜査を打ち切ったという情報を流せば、こんな風に本国への連絡を行うだろうことは読めていた」
私は歯を噛み締めて渡辺幸助を睨む。まさか……。
「もう気づいたみたいだが、新月の夜に捜査を打ち切れば焦ったおまえが通信魔法を使う可能性が高いとは思っていた」
誘導されていたのか……。新月の夜を過ぎてしまえば、また半月ほど通信魔法を使うのは困難になる。それを逆手に取られた……。
「偉そうに言うけどさ」
渡辺幸助の言葉を遮ったのは――
「うちの魔法あってこその今回の取りものでしょう?」
内田風音だった。
「捜査が打ち切りになった段階で、うちの魔法も使われていないと思った?」
私は内田風音の言葉の意味が解らない。
内田風音の魔法……?
言われてみれば、私は内田風音の魔法を知らない。
そんなはずはない。
私はこいつらの情報をきちんと知っているはずなのに……。
いったい、なぜ――?
「その表情を見るに僕の仮説は当たっているみたいだな。安心したよ」
渡辺幸助はなぜか胸をなでおろしているようだった。
その様子を横目で見ながら内田風音は言う。
「うちの魔法は監視魔法。あらかじめ決めてある特定の相手の現在の状況をリアルタイムで把握できる」
「……!!」
「つまり、マークしてたあんたの動きは筒抜けだったってこと」
内田風音の言葉に続けて、渡辺幸助は言う。
「捜査を開始する前の日に風音一人教室に残ってもらって監視魔法を使う様に頼み込んだ甲斐があったよ」
「あんときは半信半疑だったけど、現在の状況を見るとあんたの推理が正しかったと見るしかないわね」
そして、内田風音は見る者を戦かせる様な冷たい目で私を睨みつけた。
「本当に舐めた真似をしてくれたもんだよ」
私は思わず、ぞくりと肝を冷やす。
渡辺幸助は私を凍るような目で睨みながら言葉を紡ぐ。
「念のために言っておくが、おまえの通信魔法のフレミニアンへの通信記録は傍受済みだ。敵国への無許可交信はそれだけでも罪だ。バルバニアの機密情報を流そうとしていたならば尚更だ」
最初から罠にかけられていたということか。
私の自我は憎悪と憤怒で塗り潰されていく。
「おまえが犯人だったのか……」
私を見ながらそう呟いたのは――
「ああ、そうだ。六花。こいつがスパイだったんだ」
菊川六花。バルバニアの監督官セシリア=ストレンツァーを宿す捜査員のひとり。
菊川六花は困惑した顔で渡辺幸助を見ている。
「でも、こいつは確かにセシリアの魔法で記憶を確認したのだ」
「私も同意します」
同じ菊川六花の口から別の声が紡ぎ出される。これはセシリア=ストレンツァーだ。
「確かに私の魔法の精査の結果は『白』でした」
そうだ。
私はセシリア=ストレンツァーの証言から状況がひっくり返る可能性に賭けた。
だが、私の願いは一瞬で踏みにじられる。
「いや、セシリアの魔法で『白』と出ただけでは、本当の意味でスパイという可能性がなくなったわけではない」
渡辺幸助は説明を続ける。
「セシリアの魔法の性質をもう一度確認しよう。セシリアの魔法は『記憶を読む』魔法だ。一部相性のいい相手だと相手の感情面にまで踏み込める例外もあるようだが、基本的な力は『記憶を読む』力なんだ」
渡辺幸助はセシリアに向かって言う。
「セシリア。おまえは『相手に触れる』という条件さえクリアできれば、どんな記憶でも読みとれるのか?」
セシリアはどこか申し訳なさそうな顔で答える。
「いいえ。あくまで私の魔法は、本人が記憶している範囲内の記憶しか読めません。本人が忘れているような遠い過去の記憶を読み取る事は不可能です」
渡辺幸助は、セシリアの言葉に頷いて言う。
「そう。忘れている記憶は読みとれないんだ」
渡辺幸助は私をぎろりと睨んだ。
「だから、セシリアの魔法をかいくぐる方法は一つ」
やはり、こいつは私がセシリアの魔法をすり抜けた方法に気がついている……!
「単純に自分がスパイ行為をしたときの記憶を忘れてしまえばいい。そして、僕らの仲間の中にそれができる人間が一人だけいる」
そして、渡辺幸助は言い放った。
「『記憶操作』の魔法を持つ魔法少女、高岡凪だ」
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