第68話

 side ???


 危なかったと思う。

 しかし、危機は脱したと考えて差し支えないだろう。

 どうやら、捜査員は捜査を打ち切ることにしたようだ。


 ――私というスパイの存在を見抜けずに。


 私は、安堵の溜息をつく。

 肝を冷やした場面もあったが、どうにか切りぬけることができた。

 できるだけ早く、また異世界間通信を行わねばならない。

 本国へ報告しなくてはならない情報も溜まっているし、何より前回の定時連絡の期限はとっくに過ぎてしまっている。捜査員の動きを警戒し、慎重策を取った結果であったが、定時連絡を途絶えさせたことで、本国ではこちらが既に敵の手におちたと判断している可能性がある。我が祖国は、それで私の身を案じてくれるほど優しい集団ではない。最悪、私が敵国に口を割る前に、私の想像が及びもつかないような何らかの遠隔魔法で、こちらの口を塞ごうと考える可能性はゼロとは言えない。さっさと自分の無事を報告すべきだろう。

 今日は新月だ。遅れれば遅れるほど通信は困難になる。急がねばならない。

 私は夜陰にまぎれ、塔坂学園の裏に存在する小山、甘南備山へと向かう。甘南備山は、麓付近の山道はコンクリートで整備されているが、中腹を越すと完全な獣道となる。私はその頂上にある展望台へと足を運んだ。

 展望台といっても屋根があるだけのただの高台だ。物見矢倉という言葉がイメージに近いだろうか。

 ここは、バルバニアが張っている世界間結界の弱まる場所だ。

 この世界はバルバニアの属領であり、世界境はバルバニアの魔法使いによって張られた結界によって常に監視されている。だから、通常、バルバニアの魔法使いに気付かれずに異世界間通信を行う事は難しい。

 しかし、例外はある。

 その一つが龍脈の集まるこの場所だった。

 龍脈。

 霊地。

 パワースポット。

 呼び方は様々だが、少なくともここはマナが色濃い場所であることは間違いない。

 マナが濃いということは、魔法を行使することが困難になる場所だということだ。電波が密集し過ぎると互いに干渉を起こし、通信が困難になるのと同じ理屈だ。この場所に満ちる自然のマナが、バルバニアの結界の力を弱める。

 もちろん、私自身、通信魔法を行使することは困難になるのだが、やってやれないことはない。流石に一つの世界全体を管理するような精密な結界ともなれば、少しの揺らぎで穴もできようが、私が行使しようとしているのはただの通信魔法。甘南備山のマナの影響は極小だ。

 こちらの世界でも、祖国と同じく月が存在している。新月の夜と満月の夜に世界に満ちるマナは乱れ、荒れる。実際にこちらの世界でも新月や満月の夜には交通事故が多いなんて話もあるらしい。大気中で乱れたマナが人間の精神をかき乱すからだ。満月を見て変身する狼男の例を上げるまでもなく、月には魔をかき乱す引力がある。新月の今日が結界の穴を突くのに都合がいいことは間違いない。

 私は念の為、周囲の気配を探ることにする。この場所に来たことまではきまぐれだと言い訳できても、これから通信を始めてしまえばもう言い逃れはできない。だから、ここから先には誰にも見つかるわけにはいかない。

 私は周囲をぐるりと睥睨する。山林の中ということもあり、隠れる場所はいくらでもある。目視では息をひそめている人間を見つけ出すことは難しいだろう。

 そのため、私は魔力の揺らぎを観測することにする。今、この場所にはマナが満ちており、私はそのマナを六感ではかることができる。そのマナが不自然に途切れている場所があれば、そこには生命がいるということになる。水を張った容器の中に絵具を垂らしているようなものだ。マナの色が途切れ、他の色が現れている場所には誰かが居る。

 生命は質、量こそ違えど、必ずオドを持っている。オドとは生命力だ。魔法使いでなくても生きている限り、そのオドを消すことはできない。つまり、甘南備山のマナが不自然に途絶えていなければ、周囲には誰もいないということになる。

 私は慎重に周囲を探る。

 ――おかしな気配は無い様だ。

 ごく微量のマナの乱れがあるが、この小ささはおそらく小動物のものだろう。森林の中に生きものがまったく居ない方が不可解だ。つまり、今、この森にいる人間は私一人と判断してよいということだ。

 私は一度、深呼吸をして精神を落ち着ける。

 そして、体内で魔力を精製し、異世界間通信のパスを開き、通信を試みることにする。

「こちら、B1。応答されたし。こちら、B1」

 私は電話のダイヤルを押すように、異世界の座標を自身の脳内に刻まれた通信術式に入力する。


 その瞬間だった。


「かかった!」

「?!」


 私は背後からした声に反応して振り返る。突如、現れた人影は一瞬で私を組み伏せる。あまりに突然の出来事に私は為すすべなく、地面に引き倒される。

 馬鹿なこの場所は無人であることは既に確認済みだったはず!

 気配なんてどこからもしなかったというのに……!

 なぜ――?!


「気配っていうのは、消せるものなんですよ」

 私は身体をよじり、拘束から逃れようとするがまったく身体を動かすことができない。

「気配とは、結局六感まで含めてすべての感覚を欺ければ、感知させないようにすることは可能です。この暗い森で目視は困難、身じろぎをしないようにすればせいぜい発生する音は呼吸音くらい。嗅覚で感知するというのは、人の身には余る特殊技能でしょう。あとは、六感でオドを探る方法ですが――」

 私を力づくで押さえ付ける人影は話し続ける。

「生命力とは要するに陰陽の考え方で言う所の『気』に該当します。精神の働きや魂の揺さぶりで『気』を増大させて、通常以上の膂力を発揮したり、覚醒を促す方法もありますが、その逆、『気』を減少させれば、自身の気配を取るに足りない小動物に見せかけるくらいの芸当はできます」

 こいつ、いったい――?!

「格闘術を習った『気』の使い手ならね」

 私を抑える人影――

 その正体は、『神出鬼没サイレントロスト』愛原雪哉だった。

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