第64話

「俺様はフレミニアンのスパイじゃねえぞ」

「何の話ですか?」

 僕は言う。

「幸助くんよお、そいつは駄目だ。悪手だぜ」

 僕の目の前に立つ人物は、僕の瞳を真っ直ぐに覗き込みながら言う。

「反応が早すぎる。普通、異世界であるフレミニアンについて何も知らない一般人なら唐突にこんなことを言われたら、きょとんとしちまうのが普通なんだ。おめえは、あらかじめあらゆる可能性を考えてきたんだろうな。顔色一つ変えないのは流石だが、おまえの冷静さが、逆説的におまえが捜査員であることを証明しちまってる」

 男は僕の心の奥底まで見通すような深い瞳で僕を覗きこむ。

「もちろん、普通の相手なら見抜けなかったろうな。それくらいてめえの態度は堂に入ってる。だから、てめえの敗因は一個だけたよ」

 男は今まで張り付けていた冷徹な表情を捨て、言った。

「がはは、相手が悪かったな」

 男は豪放で、どこか憎めない笑顔を晒した。

「改めて自己紹介だ。塔坂学園高等部生徒会副会長――」

 直感で気がつく。

 ああ、僕はこの男が――

「田中義晴だ」

 嫌いだ。


 話は一時間前にさかのぼる。

「残る容疑者は二人」

 僕は放課後の教室に仲間を集め、説明を行う。

「ひとりは、『魔法少女』摩天楼王妃。契約魔法の使い手だ」

「すごい名前だな」

 凪はぽつりと呟く。

「名前、かっこいい……!」

 そよぎは何故か目を輝かせている。

「いや、むしろ、中学生が書いた痛い中二病小説のヒロインの様でくそダサいと思うんだけど」

 と、風音が吐き捨てる。

「ああ、確かに、昔、風音ちゃんが書いてた小説のヒロインの名前に似て――」

「そよぎ、死ぬか、殺されるか選べ」

「それって結果一緒じゃない?!」

 僕は風音の殺気が飛び火しないように、無視して話を進める。

「もうひとりは、『監督者』田中義晴。魔眼の使い手という話だ」

「え……なに、その普通の名前は……」

 なぜかそよぎは引いている。

「普通の名前じゃだめなのか?」

 僕はそよぎに尋ねる。

「うーん……駄目なわけじゃないんだけど……」

 そよぎはあっけらかんとした態度で言う。

「『田中』って苗字がダサい」

「全国の田中さんを敵に回すのはやめてくれないか」

 そよぎは無意識のうちに敵を作っていくから困る。

 僕は話が危険な方向に振りきれる前に本題へ立ちかえることにする。

「二人には、僕と六花が会いに行く」

 僕は続ける。

「二人はともに高等部の生徒会だ。文化祭実行委員の僕と六花が会いに行くのは不自然じゃない」

 実際、人の集まる文化祭実行委員会では既に顔を合わせている。今から先日の小等部、および中等部での話し合いの結果を以て、高等部生徒会に直談判を行う。

 高等部の生徒会は、さすがに漫画のように何でもできる権力を持っているわけではない。しかし、少なくとも文化祭に関してはそれなりの権限を持っているのは事実だ。だから、きちんと話を通しにいく、という建前は不自然ではない。

「待つんだよ、幸助くん」

 僕の言葉に反応したのは、そよぎだった。

「どうした、そよぎ」

「二人だけで生徒会に乗り込む気なの?」

「まあ、今回に関しては特に誰の知人というわけでもないからな」

 強いて言うなら委員会で席を並べただけとはいえ、この中では僕と六花が一番関係性は深いだろう。

「……危険すぎるんだよ」

 そよぎは深刻な顔をして、言った。

「……何か知っているのか」

 僕は思わず居ずまいを正して、そよぎに尋ねる。

「相手は生徒会長と副会長なんでしょ。だったら――」

 そよぎは真剣な表情で言った。

「絶対強いよ」

「………………」

「生徒会長は主人公かラスボスって相場が決まってるんだよ!」

「どこの相場なんだよ」

 確かに謎の権力を持ってる生徒会という設定のマンガは食傷するくらいあるけど。

 とはいえ、一笑に付すわけにもいかないのは、実際に生徒会長が魔法少女であるという事実があるためだ。

 そよぎにしては鋭くそこを指摘する。

「生徒会長は魔法少女なんでしょ。じゃあ、やっぱり『常人離れした力を持つ生徒会長』というテンプレ展開に当てはまっているんだよ」

「確かに異能を持った生徒会長って多いけどさ」

 吸血鬼だったり、超能力者だったり。

「やはり、ここは私という勝利の女神を連れていくべきだよ」

「なんだ、勝利の女神って」

「『幸助くん、負けないで……』って、空をバックにして祈るから」

「それどっちかというと戦いの場から置いていかれたヒロインの描写っぽいんだけど」

 絶妙にセンスが古い気がします。

 遂にそよぎは子供のような駄々を捏ねて叫び出す。

「やーだー、私もいくー」

「ええい、聞き分けのないことを言うな」

「私、役に立つよ。私ほど有能な人間は世界中探しても居ないよ」

「嘘つけよ」

「『おれには8千人の部下がいる!』」

「いや、本当に嘘ついてどうする」

 この娘の日本語能力に不安を覚える今日この頃。

「ともかく駄目だ」

 僕がそよぎの提案をにべもなく切り捨てるとそよぎは僕の腕に縋りついて叫ぶ。

「私のことは武器として使い潰してくれていいから」

「どこの戦闘兵器だ」

「お願いなんだよー」

 そよぎは僕の腕に縋りついて離れない。

 そよぎには、そんなつもりはさらさらないだろうが、そうやって縋りつかれると抱きつかれているようでどこか気恥ずかしい。

「駄目だ」

 僕は思わず強い口調になる。

「………………」

 すると、そよぎは不満そうな顔で僕を睨んだ。

 僕は深呼吸をして、気を沈めてから言う。

「よく考えるんだ、そよぎ。僕と六花には、実行委員として生徒会に行くという名目があるが、おまえにはない。おまえは実行委員でもなければ、特に顔見知りというわけでもないからな」

「………………」

「解ってくれ」

 僕はそよぎの肩に手を置いて、諭すように言った。

 数瞬の後、そよぎは眉をひそめたまま呟くように言った。

「……わかったよ」

 そよぎは、そう言って顔を伏せた。


 僕と六花が二人で教室を出ていく瞬間、そよぎはちらりと睨むように目を細めた。

 僕はその視線が六花に向けられていることに気がついていた。


 もう少しだけ待ってくれ、そよぎ。

 すべてにけりをつけて、必ず戻るから。

 僕は自分勝手な思いを抱いて、教室を後にした。


 そして、冒頭に戻る。

 高等部生徒会室を訪れた僕は生徒会副会長にして、『監督者』田中義晴の歓迎を受けたのだった。

 田中義晴は筋骨隆々な大柄の男。もちろん、塔坂学園の生徒なので僕と同じくカッターシャツの制服を着ているが、そのシャツがはち切れそうになっている。

 太い眉や大きな口は粗野な印象を与えるが、それとは対照的な印象を与えるのが澄んだ深い瞳だ。深淵を見通すような瞳。その瞳が、彼がただの不良じみただけの男でないことを証明している。

 全体的な印象は、強面で近寄りがたい人物なのだが、笑顔を見せるとそんな雰囲気がころりと変わり、一気に親しみやすさが出る。彼はそんな不思議な人相をしていた。

 はっきり言って、僕の苦手な、いや、嫌いなタイプの男だった。

 僕は馬鹿は嫌いではないが、馬鹿みたいに振舞う賢いやつは嫌いなのだ。

 田中義晴は、人好きのする笑顔を貼り付けて言う。

「ほいじゃあ、めんどくせえ事はちゃっちゃとすまそうや、幸助くん。六花ちゃんに心を読んでもらって無実をさっさと証明しようぜえ。あ、六花ちゃんは、俺様の身体のどこを触ってもらってもいいぜえ」

「り、りっかは身の危険を感じるのだ! この男はりっかに、やらしいところをさわらせようと画策しているのだ」

 珍しく六花の妄想に同意できる。

 だが、ここで話にのってしまえば、田中義晴の思う壺である。

「申し訳ありません。さっきから田中先輩のおっしゃることの意味が僕には解りかねます」

 田中義晴は三年生。僕の二つ上の先輩にあたる。だから、僕は敬語で彼に接する。

「魔法がどうこうおっしゃってましたが、お気は確かですか?」

「おお、煽るねえ。だがまあ、嫌いじゃねえな、そういうの。手間を省いてお話しようかと思ってたけど、しっかり話しとこうか」

 田中義晴は、生徒会室の椅子にどっかりと腰を下ろしながら言った。

「俺様がなんでおまえら二人がバルバニアの捜査員って見抜いたかってことをよお」

 僕は強引な先輩の与太話に付き合わされる後輩というスタンスを固めて、小さく溜め息をついて呟く。

「何の話かは解りかねますが、それで先輩の気がお済みになられるなら、どうぞ」

 僕はそうやって田中義晴に話をさせて、様子を見ることにした。

 田中義晴は快活な笑みを浮かべながら言う。

「まず前提として俺様は俺様たちの身内にスパイがいるということを知っていた。その情報自体は夏休みが終わる直前に、監査官の間では回っていた。俺様にはちょっとばかし伝手があって、その情報を小耳に挟んでいた。だったら、それに対する捜査員が派遣されることを想像できない奴は居ないわな」

 彼の話は真実だ。事実、僕も監査官として、セシリアが現れる二日前にスパイの存在の可能性を告げる定時連絡を受けている。

 田中義晴は話を続ける。

「なら次に考えるのはいったいどういう人物が捜査員足りえるかということ。捜査員っていうのは、誰でもなれるわけじゃないからな」

 僕は彼の話に黙って耳を傾ける。

「資質とか地位とか色んな条件があると思うが、今回の一件に関しては一番に絶対にクリアしなくちゃいけない条件がある」

 田中義晴はにかっと笑って言う。

「それは単純にバルバニアの人間と『魂の同一人物』であることだ」

 『魂の同一人物』とは、僕とワルド、六花とセシリアの様な関係をさす。『魂の同一人物』は違う人生を歩んできた別の自分だ。誰でもいいというわけではない。

「とすれば、後は簡単。もともと俺様の周囲にいる関係者は当然容疑者。容疑者に捜査をさせるなんて意味の解らない真似はしないだろう。なら、最近になって俺様たちの周囲に現れることになった人間が怪しい、って発想になるわけよ」

 田中義晴は舌なめずりをして、六花を見る。

「たとえば、転校生、とかな」

「ひいいなのだ!」

 六花は怯えて僕の背中に隠れている。

 田中義晴はそんな態度を意に介せず、話を続ける。

「まあ、マンガなんかじゃ転校生って簡単に出てくるけどよ。義務教育の小学校や中学校ならまだしも、高校、それも私立に転校するのって結構面倒なんだぜ。編入試験に合格しなくちゃいけないし、そもそも編入試験を実施してくれるかどうかも怪しいもんなんだ」

 田中義晴は堂に入った態度で話している。

「裏を返せば私立高校に転校してくるっていうのはよっぽどのこと。しかも、その時期がスパイ騒ぎが俺様の耳にも入る段階になってすぐだ。上層部はもっと前から状況に気付いていていて、捜査官の『魂の同一人物』の転校手続きをあらかじめ進めていたんだとしてもおかしくは無い」

 彼の話には、ここまでのところ、別段大きな矛盾は感じられないように思える。

「あとは俺様の力でちょっとばかし転校生がおかしな行動していないか見張ってりゃあ、捜査員であることは判断がつく。もちろん、捜査対象である俺様の行動には気をつけてたろうが、俺様以外を捜査しているときには、流石にこちらへの警戒心は薄くなってたな。簡単にあとをつけられたよ。そしたら、捜査員はおまえら二人であることは明らかだった」

 僕は表情に出さないようにしながら、内心舌打ちをする。

 こっちが尾行能力に劣っていることは百も承知なんだよ……。

 本当はもっと適任がいるんだが、そいつには別の仕事がある。

 僕がやるしかなかったんだ。

「もっと言えば、ふぶきや陽菜、御舟は俺の担当だ。あとはあいつら話を聞いたらもう確定だ。特に御舟は、ああ見えて賢いからな。六花ちゃんの魔法もなんとなく見抜いてたよ」

 名前を出された六花は露骨に動揺している。あの顔では認めているようなものだ。

 僕は溜め息をついて言う。

「そこまでばれてるんじゃ、もういいですね」

 僕は田中義晴に向き合って言う。

「そうですね。僕たちは捜査員です。さっさと六花の魔法を行使させてください」

「ほう。急に本性を現したな」

 田中義晴はかかっと笑う。

「僕は捜査員で、あなたは容疑者。なら、別に敬意を払う必要もないでしょう」

「構わねえぞ。俺はよっぽどそっちのが好みだ」

 年下に舐めた口をきかれているというのに、田中義晴はそれをあっさりと受け止めた。

 ……器が大きいのか、馬鹿なのか。

 僕は再び露骨に溜め息をついてから言う。

「しかし、六花の魔法のことまで知られている以上、あなたがその魔法に対して何らかの対抗策を仕掛けている可能性は否定できないよですよね」

 要するに御舟の話からセシリアの魔法の詳細には考え及んでいるのだろう。その点を考えて、何か対抗策を持っている可能性もある。

 田中義晴は自らのあごを撫でつけながら言う。

「だったら、自分からおまえたちが捜査官だって知ってるぞ、なんて言わないんじゃねえのか? 自ら警戒してくださいって言っている様なもんだぞ」

「それだって攪乱を……」

 僕は言いかけてやめる。

 僕だって本当は気がついている。

 どうやら、この男の方が僕より一枚上手の様だ。こいつの言う事は筋が通っている。

 今の僕はこの男に反論することが目的になってしまっている節がある。要するにこの男が気に食わないから、たとえ、この男の言う事が筋が通っていても否定しようとしてしまっているのだ。

「認めましょう、僕の負けです」

 こんな所で問答していても話は進まない。

「とっとと六花の魔法を使わせてもらって、仕事も終わらせて帰りたいと思います」

「つれねえなぁ、幸助」

 田中義晴はなれなれしく僕の名前を呼ぶ。

「まあ、待て。いや、もちろん、六花ちゃんには俺様の身体を隅々まで調べてほしいんだけど」

「いやなのだ! そんなところは絶対に触らないぞ!」

 六花の暴走する妄想は無視で。

「どっちにしても、我らが生徒会長さまを呼ばないと話は進まんだろ?」

 確かにそうだ。

 実行委員の仕事としても、監査官の仕事としても生徒会長に会わねば話は進まない。

 なにせ、生徒会長も有力な容疑者のひとりなのだから。

「つーわけで、ひーちゃん、出てこいよ!」

 ひーちゃん?

 首を傾げる僕を無視して、田中義晴はなぜか自分の背後にあるロッカーに向かって声をかけている。

 この男は何をしているんだ。

「ああ、手間かけさせるなあ」

 そう言って、彼は立ち上がり、そのロッカーを手にかけて開いた。

 その中身は――

「なんで開けた、義晴」

 中に居たのは生徒会長、魔天楼王妃だった。

 生徒会長は「凛とした」としたという形容の似合う才媛。髪型は、長い黒髪を背後で一つにくくる、いわゆるポニーテール。女性としては目つきは鋭いが、逆にそれがクールな『かっこよさ』を醸し出している。男性はもちろん、同性に好かれそうな麗人というような印象を与えた。

 その見た目にたがわず、彼女の手腕は確かなようで、彼女の生徒会長としての信頼は非常に厚いようだ。実際に僕も参加した会議の場では、時に厳しく、時に諭すように、議事の進行に務めていた。雪哉がひとりひとりの長所を認めることで周囲の人間を伸ばすタイプの指導者だとすれば、彼女は自らが道を切り開くことで人々を導く先導者と言ったところだろうか。間違いなくリーダーとしてふさわしい資質を持った人間だと思っていた。

 ――今、ロッカーの中から出てくるまでは。

「義晴よ、私が入っているロッカーは開けないという約束だったではないか」

 生徒会長は凛とした表情を崩さないまま淡々と言った。

 それに対して田中義晴はあっけからかんとした調子で言った。

「あれは嘘だ」

「そうか、嘘か。なら仕方あるまいな」

 何がどう仕方ないのか解らないが、彼女は納得したようだった。

 生徒会長は淡々とした調子のまま話し続ける。

「私としてはおまえの『シナリオ』がない行動はとりたくなかったから、ロッカーに隠れていたんだが、なぜ急に私を外に出したりしたんだ」

「そっちの方が面白そうだったからだよ」

「そうか、面白そうだったからか。なら仕方あるまいな」

「あの、すいません。二人だけの世界に入らないでもらえますか?」

 僕の言葉に反応したのは田中義晴だ。

「おう、すまんすまん。つい、いつもの調子でやっちまったぜ」

 生徒会長の方は、きりりとした表情のまま言う。

「義晴よ」

「おう」

「私は客人に対し、なんと反応したらいい?」

 と、またよく解らないことを言いだす生徒会長。

「そうだな、ほれ。『シナリオ』だ」

 田中義晴は鞄の中からマンガ雑誌と見まがうばかりの厚い紙の束をとりだして生徒会長に渡す。生徒会長は慣れた様子でそれを受け取り、中身を見始める。まるでパラパラマンガでも見ているかのようなスピードで彼女は分厚い紙の束に目を通した。あんなスピードで果たして中に書いていることが解るのだろうか。

「読んだ」

 彼女はそれだけ言うと渡された紙の束を無造作にシュレッダーの中に突っ込む。かなり、高性能なシュレッダーらしく適当に突っ込まれた紙の束でも処理できるようだ。大量の紙は瞬時に寸断される。

「待たせたな、客人」

 威風堂々とした雰囲気を漂わせて生徒会長、魔天楼王妃は僕たち二人に向き合う。

「私が生徒会長、魔天楼王妃だ」

 生徒会長は、凛々しい顔で言い放った。

「バルバニアの使者よ、疑うのならいくらでも我が身を取り調べてもらって結構。我が身には天地神明に誓い、やましい点など一点も無い」

「じゃあ、なんでロッカーに隠れてたんですか」

「ふむ。もっともな指摘だな」

 僕の追及にも生徒会長は冷静に対応する。

 しかし――

「おまえたちの訪問に関する『シナリオ』をもらえていなかったからだ」

「は?」

 僕は生徒会長の言葉の意味が解らず、戸惑うばかりである。

 田中義晴は生徒会長とは対照的に豪放磊落な笑みを浮かべて言う。

「ひーちゃんはよお、究極の『マニュアル人間』なんだよ」

「『マニュアル人間』……?」

「おうよ。こいつの出来そうな雰囲気は昔っから見た目だけでな。記憶力以外の中身は信じられないくらいポンコツなのよ。だから、俺が政治家のスピーチを考える官僚よろしく、全ての指図を裏からしてやってるってわけだ」

 僕は以前の会議の光景を思い出して首をひねる。

「生徒会長はできる人間という印象を受けていたのですが……」

「だからな。あれは俺様があらかじめ全ての『シナリオ』をこいつに叩きこんでいたのよ」

 田中義晴は続けて言う。

「会議の中で○○がこう喋ったら、こう返す。△△がこう喋ったらこう、って全部のパターンを想定して、あらかじめ叩きこんであるのよ」

「いやいや、そんなことが……」

「まあ、俺様にはできるんだよ。流石に一〇〇%状況が読めるとは言えないがな。大体の先は読めてる」

 この男はさも簡単なことのように言うが、実際はそんな簡単なことではない。人間が喋る内容というのは、ギャルゲーじゃないんだから三つの選択肢の中から選ばれるというわけではない。一人の人間と喋る一場面でも、相手がどんな言葉をしゃべるのかという選択肢は無限にある。「いい天気ですね」という言葉に「そうですね」と言う人間もいれば、「地球の反対側では雨が降っていますね」なんて頓珍漢なことを言う人間が居ないとも限らない。そんな頓狂な答えまで想定しているというのか。

「それがさっき読んでた『シナリオ』ってわけですか」

「まあな」

 この男の言う事が本当ならこいつの頭脳はありえないレベルで発達していることになるし、その無限にも思えるパターンを把握できる脳を持つ生徒会長も別の意味でとんでもない人間ということになる。

「じゃあ、ロッカーに隠れてたのは」

「まだ君たちに対応するための『シナリオ』を貰っていなかったからな。私は義晴の『シナリオ』にない行動は極力とりたくない。私は自分で考える脳味噌が足りないことは充分に自覚しているのでな。そのため、失礼ながら身を隠させてもらった。許せ」

「ああ、この言葉は既に『シナリオ』の中に入っているということですか」

「その通りだ」

 こんな間抜けな内容をこれほど堂々と話せるあたり、やはりこの人は大物なのかもしれない。

「まあ『シナリオ』の件は解りましたが」

 僕は言う。

「今その『シナリオ』とやらを鞄の中から出しましたよね? じゃあ、もとから『シナリオ』は用意できてたんじゃないんですか?」

 生徒会長もあんな一瞬で中身を確認できるというなら、先に渡しておけば生徒会長がロッカーに隠れなくてはならないような面倒な事態にはならなかったはずだ。

 生徒会長は真面目な表情で言う。

「なるほどな、確かに一理ある。どうなんだ義晴?」

「ロッカーに隠れている生徒会長を見せた方が、客に楽しんでもらえるかもしれないな、という俺様の粋な計らいだったんだが」

「そうか、粋な計らいか。なら仕方あるまいな」

「その受け答えも『シナリオ』通りなんですか」

 なんかこいつ、生徒会長を自分の都合がいい様に操ってないか……?

「まあ、キャラクター説明はこんなとこだ」

 そして、田中義晴は豪快で、どこか獰猛な笑みを浮かべて言う。

「さあ、役者はあと一人だな」

「あと一人?」

 この場に居るのは四人。容疑者二人に捜査官二人。あとは単にセシリアが二人に魔法を使えば終わるはずなのではないだろうか。

「いやあ、せっかくこんな所までご足労いただいているのに、客人を廊下に立ちっぱなしにさせるというのは、ちょっとばかし俺様の美学に反する」

 廊下? 僕たちが居るのは生徒会室の中。まさか、廊下に僕たち以外の誰かが居るというのか。

「入ってこいよ、俺様には見えてるんだ」

 田中義晴の言葉に一同は黙ってドアを見つめる。

 しばらくして、そのドアがゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは――

「そよぎ?!」

「……来ちゃった」

 そんなかわいい感じに言われても。

 ついて来るなといったのに……。

 僕は思わずそよぎを睨む。

 そよぎは気不味いのだろうばつの悪そうな表情をしている。

「がはは、まあいいじゃねえか。こんないい女に追っかけてもらって何が不満なんだ、幸助」

「ふん」

 僕は田中義晴のもの言いに思わず鼻を鳴らしてしまう。

 僕の気持ちも何も知らないで適当なことを言いやがる。

 そよぎが、もう少しだけ大人しく待っていてくれたら――

 全てを解決できたのに。

「待て、義晴」

 生徒会長は腕を組んで言う。

「彼女の登場は『シナリオ』になかったぞ」

「ああ、そうだな。『追加シナリオ』が必要だな」

「ならば、私はまたロッカーの中で、待たせて貰う事にしよう」

「もう、めんどくさいから早く話を進めてくれ」

 このあと、田中義晴が『追加シナリオ』を仕上げるまで僕たちは三〇分待たされたのだった。











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