第62話

「――さんっ!」

 なんだ……?

「――助さんっ!」

 もう少し……。

「――仕方がない」

 そんな声とともに、

「いてえっ!」

 僕は手と頭に激痛を感じて跳ね起きる。

「何しやがる!」

「おはようございます……幸助さん……」

「雪哉……?」

 僕を見つめる雪哉の表情に、いつもの余裕はなく、気だるそうに眉根を寄せている。

 その姿を見て、僕は自分の状況を理解する。

「僕は白川御舟を見て、眠ってしまったのか……」

「その通りです……」

 僕が居る場所は、小等部児童会室の奥にある牢獄のような小部屋。その床に僕は倒れていたのだった。

「幸助さん、振り返らないように……二の舞になる可能性があります」

 雪哉にそう注意され、僕はごくりと息を呑む。

 僕はあらかじめ雪哉に聞いていた白川御舟の情報を思い出していた。


「白川御舟の魔法は、超強力な催眠魔法です」

「超強力だと?」

 僕は雪哉に尋ねる。

「はい。おそらく幸助さんのお持ちの資料には、白川御舟の魔法についての詳細は書かれていなかったのではないでしょうか」

 僕は雪哉の言葉に頷いてから答える。

「その通りだ。僕が監査官として得た資料の中には、催眠魔法としか記載は無い」

 僕は続けて言う。

「白川御舟はマジカルバトルにまともに出場したことがないからな」

 マジカルバトルの呼び出しは、基本的には拒否できないのだが、無視し続けても罰則は無い。それこそ昔は強制的に戦闘に向かわせていたのだが、現代では強制的に戦闘に参加させることは禁止されている。基本的に魔法少女の意志を尊重するのが、今風なのだ。

「普通、そんなやる気の無い魔法少女は監督者が契約を打ち切るはずなんだが……」

「白川御舟の契約が打ち切られない理由は二つあります。一つは監督者が筋金入りの変人だから」

「……その変人も容疑者リストに入ってるんだけど」

 また変なやつの相手をしなくちゃいけないのかと思うと気が重くなる。

「もう一つは、彼女の持つ催眠魔法があまりに強力だから。マジカルバトルへの消極的な態度を差し引いても、『勇者』に出来る可能性のある魔法少女のひとりだと目されているからです」

「そこまでの力が……」

 確かにそれだけ強大な力を持っているという話が本当ならば、契約が打ち切られない理由にはなるだろう。

「彼女の魔法は、常識外れの催眠魔法。ただし、催眠といっても人の行動を操ったり、暗示をかける類いはできません。『相手を眠らせる』というただ一点に特化した魔法です」

 雪哉は説明を続ける。

「彼女を何の準備も無く、凝視してしまった人間は意識を失い、眠ってしまいます。この催眠導入の力は非常に強力で、たとえ、魔法と銃弾の飛び交う戦闘の最前線にいるものも例外ではありません」

「なるほどな」

 確かに戦闘中で気が張り詰めている人間すら問答無用で眠らせるとすれば、これほど戦闘兵器である『勇者』として相応しい者もいないだろう。意識を失った相手を殺すことほどたやすい事は無い。

「ただし、同時に彼女の魔法には、大きな欠点、発動が難しい『限定条件』があります。それが彼女が『勇者』として選ばれない理由です」

 そして、雪哉は言った。

「彼女の魔法の『限定条件』は、『自分が眠ること』です」


「そうか、僕は白川御舟が眠っている姿を見て、眠ってしまったんだな……」

「ええ……」

 それが白川御舟が『勇者』候補でありながら、『勇者』として選ばれない理由。

「さすがに自分が眠っていたら、敵兵を全員眠らせても戦えない、っと……」

 僕は雪哉に確認する。

「ちなみにおまえはなんで起きてられたんだったっけ……」

「ぼくは体内で気を練って、眠気解消のツボに気を集中させていますから……それでも、眠らずに対応できたのはかなり運が良いほうです……覚醒状態を保てる確率は五分もないですね……僕も油断すれば、今すぐにでも堕ちます……」

「僕を起こしたのも気功の力か……」

 気が眠気覚ましのツボに的確にぶつけられたことでなんとか目を覚ますことができたんだった。おかげで両手と頭頂部がじんじんと痛い。

 魔法使いとしては、かなり優秀な部類である雪哉でさえ意識を保つのがやっとで床に這いつくばっている有様。これでは白川御舟を眠らせたまま戦場の最前線に置き、他の戦力で攻撃するという作戦も難しい。なにせ白川御舟の魔法は誰であろうと問答無用で眠らせる。それが味方であっても。

 直視しなければなんとか眠らずに済んでいるので、作戦次第では強力な兵器足りえるかもしれないがリスキー過ぎる。たったひとりしか選出できない『勇者』に彼女を選ぶという決断ができない上層部を責めることはできないだろう。

 ちなみに六花と陽菜は床に倒れて、完全に夢の中である。

 雪哉は今にも落ちそうになる瞼をこすりながら呟く。

「ぼくも余裕があれば、幸助さんに目覚めのキスのひとつでもしてから起こしたかったですが……」

「てめえ、やってねえだろうな……」

「さすがに限界……さっさと作戦を行使します……」

 そうだ。白川御舟の魔法にはひとつだけ対抗策があったのだった。

 雪哉は持ってきていた鞄をまさぐるとある物を取り出して言う。

「御舟さん、を持って来ましたよ!」

 雪哉がとりだしたのはコンビニで買ってきた大量のお菓子。ポテトチップスや板チョコといった定番から酢昆布や激辛スナックといった変わり種まで、ありとあらゆる種類のお菓子をそろえてきた。

 雪哉の声に、すぐに反応が返ってくる。

「……お菓子だぁ」

 脱力系のダウナーボイス。

 その声の主は。

「……あー、雪哉さま、おはよう」

 件の魔法少女、白川御舟だった。

 白川御舟の魔法への対抗策。

 それは白川御舟自身を起こすこと。

「ああ……目覚めてもらって助かりましたよ……」

 雪哉のこんなに余裕のない姿は初めて見たなと思う僕であった。

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