第61話

「改めて紹介します。彼女が児童会書記の鈴川陽菜です」

「す、鈴川陽菜と申しますです! 頑張りますので命だけはお助けくださいです……」

「大丈夫……命のやり取りをする様な事態にはならないから……」

 涙目でこちらを見ている陽菜に僕はすっかり毒気を抜かれる。もしも、仮にこの子がフレミニアンのスパイだったとして、僕はこの子を捕まえられる自信がない……。さすがに可哀想だからな……。

 雪哉は続けて言う。

「ちなみに彼女も僕と同じ塔坂学園小等部四天王のうちの一人で、『疑心暗鬼ポジティブブレイカー』の二つ名持ちです」

「もうその辺はめんどくさいから突っ込まないよ」

 なぜだろう、この辺りに突っ込むと負けな気がする。

「ひいいです! 私なんかが四天王に選ばれててすいませんです! いつでもこの地位は譲り渡しますので命だけはぁ」

「いや、別にいい」

 正確に言えば、『どうでも』いい。

 始終、涙目な陽菜を横目に雪哉は話を続ける。

「もうお分かりかと思いますが、彼女は度が過ぎた心配症です」

「だろうな」

 僕たちが彼女に接触することにしたのは、セシリアの魔法を行使する隙がなかったからだ。あとをこっそりつけて隙を窺おうとすると、すぐに逃げられてしまうのだ。その理由も今なら解る。おそらく、彼女の度の過ぎた心配性が、そのまま警戒心につながっているのだ。そういう意味で彼女は常に気を張っていて、非常に厄介な相手だった。

 雪哉はまた僕に近付いてそっと耳打ちする。

(ちなみに彼女の『独創魔法オリジン』は精神感染。あまり彼女に近付き過ぎたり、彼女を意識しすぎると彼女と同じ気分……つまり、ネガティブになります)

 先程、僕の気分が暗く沈んだのは、陽菜の魔法のためだ。

 つまり、彼女の魔法は周囲の人間を自分と同じ気分に変える魔法だ。

 彼女が楽しい気分なら皆楽しく、彼女が悲しい気分なら皆悲しくなる。

 ごく弱い洗脳という解釈もできる。別に思想や信条まで捻じ曲げるわけではないが、深入りしすぎれば、心を操られてしまう可能性もある。なかなかピーキーな魔法だった。

(ちなみにぼくは『気』の力で精神コントロールをしていますので、ある程度までは干渉を防げます)

(おまえ、『気』なんて使えたのかよ……)

 そう言った直後に、僕は雪哉が武術の使い手であったことを思い出す。

 武術の使い手が、『気』を操るだなんてどこの格闘マンガだよと思うが、実際こいつは『気』を練ることで影響を受けていないようだから、そういうものだということで納得する他ない。

(ですから、幸助さんの気分が沈んだときは、……そっと慰めてさしあげます)

(言い方がキモい。寄るな)

 僕は吐息がかかる様な距離に居た雪哉をぐっと引き離す。もうこいつには耳打ちさせない様にしよう。

 僕はふと思い立って、後ろを振り返る。

 そう言えば、一緒に来ているはずの六花はどうしたのだろう。

 六花は部屋の隅で膝を抱いて小さく縮こまっていた。

「六花?!」

「りっかはクズなのだ……もうおしまいなのだ……」

「正気に戻れ!」

 僕は魔法の影響をもろに受けていた六花の肩に手を置いてぶんぶんと揺する。

「は!」

 それで六花は我を取り戻したようだった。

「い、いかんのだ。完全に呑みこまれていたのだ……」

「気をつけろよ……」

 こいつもどちらかと言うと物事を悪く考えるタイプだからな。影響を受けやすいのかもしれない。

「幸助さん、六花さん、一緒に白川御舟の方も紹介しておきます」

 雪哉の言葉に僕は振り返り、雪哉の方を見た。

「幸助さん、この先に白川御舟は居ます。ここから先はより一層気を確かに持っておいてください」

 雪哉はそう言いながら、僕たちを児童会室の奥にあるドアの前まで連れていく。

 僕はあらかじめ雪哉に聞いていたことを思い出す。

 雪哉の言っていることが本当ならこの先はかなりの危険地帯ということになる。僕はごくりと息を呑みこむ。

「覚悟は決まりましたか?」

「ああ……」

「では、参ります」

 そう言って雪哉は扉を開く。

 扉の向こうは非常に狭い部屋であり、窓一つない。普通の教室の半分以下といったところ。そこに置かれていたのは、一つのベッドだった。ベッドは保健室にあるようなシンプルなデザインのもの。この一室の中には、ベッド以外に何も置かれてはいない。まるで牢獄のようだと僕は感じた。

 そのベッドの上にひとりの人間が横たわっていることを僕は認識する。

 そして、その人物がいかなる人物なのかを確認しようとした瞬間――

 ――僕は意識を失った。


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