第60話

「次の相手はこの二人だ」

 僕は残る四人の容疑者の内、二人分の資料を同時に皆に見せる。

「ああ、この二人ですか」

 そう言ったのは雪哉だ。

「ああ、この二人の担当はおまえだ」

 二人とは雪哉と同じ小等部に居る二名の女子児童。

「一人目の名は、鈴川陽菜。『魔法少女』だ。精神干渉系の魔法を使うという所までは解っている」

 僕は続けて話す。

「二人目は、白川御舟。同じく『魔法少女』。催眠魔法を使うということだ」

 僕の言葉を受けて、雪哉は言う。

「まあ、僕が幸助さんを連れて彼女達のいる児童会に行くのは自然ですね」

「おまえ、児童会長だったんだな、最近まで知らなかったよ」

「はい。まあ、成り行きでなってしまっただけなんですが」

 児童会というのは、中等部や高等部でいう生徒会だ。雪哉はそこの会長なのだ。

「ぼくはまだ四年ですから本当はもっとふさわしい方が居ると思うのですけどね」

 そう謙遜する雪哉だが、彼が会長に選ばれるのも解る様な気がする。同年代の人間に比べてはるかに冷静だし、頭も切れる。なによりそよぎの弟というだけあって、垢ぬけない小学生の中でビジュアルが図抜けている。これで選ばれない方が嘘というものだろう。

「会長になったことで姉さんの世話がおろそかになってしまっているのは痛恨の極みですよ」

「周囲の人間はおまえのシスコンっぷりを知らないんだろうな……」

 さすがに姉への愛から姉に似せた女装までする人間を会長に選ぶやつはいないと思うからな……。

 僕は気分を切り替えて言う。

「都合がいい事に二人は児童会の役員だ。小等部の児童会と協力して、学年を超えて交流するゲームを行うという企画を持ち込もうと思う」

 近年、少子化が進み、学年を超えた縦の交流が行われる機会が少なくなっている。我が校が小中高一貫教育であるという強みを生かして、学年を超えた交流を行うことで、我が校の一層の連帯を図りたいというのがお題目だ。文化祭という機会を通して、小中高それぞれから人員を選出してチームで一つの課題に当たってもらう。

 その企画書を雪哉に見せながら言う。

「前々から思っていましたけど、幸助さんはこういうプレゼンター的な役割がお得意な様ですね。この資料もすごく解りやすくまとまっています」

 たしかに、この企画はまず二人の魔法少女に近付くという目的の上で造られたものであったわりには、なかなか評判が良かった。

 雪哉の言葉に反応したのは風音だった。

「確かにクラスのみんなも実行委員として幸助が活躍してるのを見て、あんたを見る目を改めたようだったわ」

「何言ってんだ」

 僕は少々照れくさくなる。

「『よっぽどハーレムが形成したいんだね』ってみんな言ってるわ」

「絶対言ってるのおまえだろうが」

 全国の文化祭実行委員の皆さまに土下座して謝れ。

「いやいや、みんな言ってるから。ねえ、そよぎ」

 風音のそよぎに向けた言葉。しかし、そよぎは何も答えない。

「そよぎ?」

 風音の再び問いかけに、そよぎははっと反応する。

「あ、私は醤油派かな?」

「おまえ、うちの話聞いてなかっただろ」

「あはは……」

 そよぎが頓珍漢なことを言うのは、いつものことなので、風音は気がつかなかったようだ。

 そよぎは先日のやり取り以来、どこかぎこちない。

 先日、六花に僕のそよぎへの恋心はそよぎの力によって作られたものではないかと指摘され、それ以来どこか彼女は元気がないのだ。

 一方の六花も同じ様にどこか表情は暗い。もしかしたら、言い過ぎてしまったと気にしているのかもしれない。

 セシリアの力で僕の心が読まれていたとはいえ、六花が何故あの様な暴露を行ったのか。

 いくつかのパターンは想像できないことも無いけれど、はっきりとしたことはまだ解らなかった。

(それよりも大事なのは僕のそよぎに対するフォローだ)

 今のそよぎは僕の気持ちが造られたものではないかと悩んでいる。

 だったら、僕はそんなことはない、本気でそよぎを愛していると言ってやればいい。誰だってそう思うだろう。

 だが、事はそう単純じゃない。

 なぜならこれは悪魔の証明だからだ。『ある事象が無い』と証明することは非常に困難だ。たとえば、『ツチノコは居ない』ということを証明するためには、世界中を探し尽くさねばらない。世界中というのは、本当にすべてをさす。自分では調べたつもりでも『ツチノコは地下2000メートルにいるかもしれない』と言われれば、それまでだ。

 だから、僕が『そよぎに魔法の影響を受けていない』と明言しても、『そう考えるおまえの心がそよぎの魔法に浸食されていないと言えるのは何故か』と問われれば、反論はできない。

 いや、そよぎはそんな難しいことは考えていないだろう。

 だから、僕は理屈なんか抜きにして、自分の思いをそよぎにぶつけるべきなのだろうが――

(今はその時期じゃない……)

 ごめんな、そよぎ。

 僕は心の中で謝っておく。

 でも、約束する。

 僕はここに居る仲間みんな笑って終われる様な結末を用意するから。

 それまで少しの間、僕を信じて待っていてくれ。

「幸助さん?」

 雪哉が黙ってしまった僕を不思議そうに見つめている。

「よし、捜査を開始するぞ」

 僕はすべてを解決するために動きだした。


「すいませんでしたですっ!」

「いや、何がどうした?!」

「許して下さいです……せめて命だけはお助けくださいです……」

 そんな風に呟く少女は何故か土下座していた。

 そう、土下座である。

 まったくどういう状況なのか理解不能だ。

 こんな光景を人に見られたら、あられもない誤解を受けることは必至だ。

 僕は雪哉とセシリアと三人で、鈴川陽菜と白川御舟が居るという児童会室を訪れていた。あらかじめ雪哉を通じて、僕たちが訪問する要件は伝えていた筈だったのだが……。

 児童会室を訪れた僕たち三人を迎え入れたのは、魔法少女である鈴川陽菜の突然の土下座だった。

 鈴川陽菜は、やや茶色がかった長い髪の両サイドに可愛らしいリボンをつけている。リボンをつけた部分はまるで短い尻尾のように頭の両端で揺れている。たしかこの髪型はツーサイドアップと呼ぶんだっただろうか。

 こちらの反応を見るためだろうか、恐る恐る顔をあげた鈴川陽菜は涙目で僕を見ている。あどけない子供だ。年齢は雪哉と同じで十歳だと聞いている。大きな瞳に涙さえ湛えていなければ、年齢相応の愛らしい雰囲気の子供というところだろうか。

 小等部のクリーム色のブレザーに身を包む身体は小刻みに震えている。どうやら僕たちの訪問に本気の恐怖を感じているようだ。

「何があったか知らんが土下座は止めるんだ」

「ひいい! すいません、土下座はやめるです! だから、殺さないでほしいです!」

 そう言って、彼女は飛び上がり、今度は直立不動の姿勢を取る。

「いや、殺す訳ないだろ……」

 僕は初対面の小学生を殺そうとするような殺人鬼に見えるのだろうか……。

 僕は自分で考えられる一番優しい声を出しながら、そっと鈴川陽菜に尋ねる。

「えっと……陽菜ちゃんは、どうして僕に殺されると思ってるのかな……?」

 陽菜は自分の身を抱くようにしながら震える声で呟く。

「せ、先輩にあたる人物からの呼び出しは、それは死刑宣告に決まっているのです……」

「どこの世紀末だよ」

「ひいいいいい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいです!」

 僕の突っ込みに鈴川陽菜は滂沱の涙を流しながら、ぶんぶんと激しく頭を下げる。

 ええ、この程度の突っ込みも駄目なの……。

 なぜだか彼女の様子を見ているとこちらまで気分が重くなってくる。

 もしかしたら、彼女は僕を陥れるためにこんな行動を取っているのではないだろうか。誰かがこの光景を隠し撮りしていて、「女子小学生に土下座させる下種」というレッテルを貼るために、わざとこんな行動を取っているのでは……。

 もし、この子が本当にフレミニアンから派遣されたスパイで、仮に僕たちが捜査員であるという情報まで掴まれていたとすれば、僕を社会的に抹殺することで以後の行動を制限するつもりなのかもしれない……。

 いや、もしかすると彼女のこの行動は何らかの魔法の儀式であり、このあと、強力な魔法攻撃がやってくるのでは……。

 恐怖のあまりに僕の身体はガタガタと震えだす。

(落ち着いてください、幸助さん)

 雪哉が僕の背後に立ち、そっと耳打ちする。

(今、貴方は鈴川陽菜の魔法の影響を受けています)

 僕は雪哉のその言葉によって、なんとか冷静さを取り戻す。

 そうだった……!

 この娘の魔法はこういう力を持っているんだった。

 僕は折れそうになる心を奮い立たせながら、雪哉に尋ねる。

「なあ、雪哉。おまえ、僕たちが行く事を連絡してくれたんだよな」

「もちろんです。今回の訪問目的である文化祭における企画の詳細も既に連絡済みです」

 こいつが言いきるのならば間違いは無いのだろう。なんだかんだでこいつは優秀だ。連絡ミスというのは考えにくい。

「ここはぼくにお任せください」

こう言うと雪哉は一歩進み出て、鈴川陽菜の前に立つ。

「陽菜」

 雪哉は優しく声をかける。

「あ、ゆ、雪哉くん……」

 雪哉の存在を認め、鈴川陽菜の震えは少し収まる。

「大丈夫。僕たちは君を取って食う為に来たわけではないよ」

「……ほんとうです?」

「ああ、本当だ」

 雪哉はにっこりと陽菜に微笑みかける。

 その笑顔を見て、鈴川陽菜の表情も少しだけ柔らかくなる。

「じゃあ、私は殺されないです……?」

「もちろんさ」

「私は生きていてもいいです……?」

「言うまでも無い」

「ああ! ありがとうですぅ!」

 そう言って、鈴川陽菜は勢いよく雪哉に抱きつく。そして、彼女はぐすぐすと鼻を鳴らしながら雪哉の胸に顔を埋める。

「ふええです! 良かったですぅ!」

 なんだかよく解らんが誤解は解けたのだろうか……?

 僕がほっと胸を撫で下ろした次の瞬間だった。

「しかし、陽菜……」

 先程までと違い、トーンの低い雪哉の声。

 その声を聞いて、子供の様に雪哉に抱きついていた鈴川陽菜の身体がびくんと跳ねる。

「僕は君にきちんと幸助さんたちの訪問理由を伝えていた様に思うが、違ったかな……?」

 雪哉のドスの効いた声を聞き、鈴川陽菜はさっと雪哉から離れながら叫ぶ。

「ひいいです! ごめんなさいです!」

「僕は謝罪を求めているわけではない……質問をしているんだ。解るよね?」

「はいですぅぅぅっ!」

 また陽菜は大粒の涙を流し始めながら叫ぶ。

「雪哉さまからは、きちんと本日の訪問理由について連絡をうけていましたです!」

「ならば、僕たちを土下座で迎えるような理由はないと思うが」

「ひいいです! ゆ、雪哉さまのメールの『先輩をつれていくからよろしく頼むよ』という部分です!」

「そこがどうかしたのかい?」

 雪哉が更に冷然とした態度で追及する。

「そ、そこが『先輩をつれていくから(命の覚悟を)よろしく頼むよ』という意味と解釈したです!」

「どんなアクロバティックな解釈?!」

「ひいいです! 殺さないでほしいです!」

 僕のつっこみに彼女はガタガタと震える。

「陽菜」

 雪哉の冷たい言葉に、震えていた鈴川陽菜の身体がぴたりと止まる。代わりに彼女は玉の様な汗を全身から噴き出している。

「いつも言っているように、何事も悪い方向に解釈し過ぎるのは君の悪い癖だよ」

「ひいいです!」

「そして、泣けば許してくれるという発想もね。僕はそういう甘えた考え方が嫌いだという事は知っているよね」

「す、すいませんですぅ!」

 泣く事すら許されず、鈴川陽菜は直立不動の姿勢で涙を瞳に溜めている。

「謝るのは僕に対してではないだろう?」

 雪哉の言葉を聞いて、陽菜は僕の方を向いて、膝をつく。

「陽菜」

「ひいいです!」

「土下座はやめなさい。場をわきまえぬ過剰な謝罪はかえって礼を失する。そして、君はすぐに頭を下げ過ぎる。それでは本当に必要なときに謝意は伝わらないよ」

「すいませんでしたです!」

 鈴川陽菜は、そう叫ぶなり、立ち上がり、今度は腰を深く折って僕に頭を下げた。

「申し訳ありませんでしたです!」

 雪哉は僕の方に向きなおって言う。

「僕からも謝罪します。級友が飛んだ失礼をいたしました」

「いや、もういいからやめてくれ……」

「ありがとうございます。陽菜、君も頭を上げてお礼を言いなさい」

「見逃していただきありがとうございましたです!」

「いや、最初から見逃すも何もないから……」

 別に僕は怒っちゃいない……。

「ひいいです! やっぱり見逃してくれないです?! 殺されるです?!」

「そういう意味じゃない!」

「ひいいいいいいいいいです!」

「陽菜……君は僕の話を理解していないのかい……?」

「ひいいです! 雪哉さま! 申し訳ございませんですぅ!」

「もう、話が進まないからいい加減泣きやんでくれないか……」

 彼女との話し合いも難航しそうである。

 



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