第57話

「では、まずは言い出しっぺの僕からだな」

 僕はセシリアの前に立って、相対する。

「さあ、心を読め」

 僕はそう宣言する。

「では、遠慮なく――」

 セシリアはそう言って、僕に向かって勢いよく飛びつこうとして――

 僕はそれをひょいと避けた。

 肩すかしをくらったセシリアはたたらを踏んでいる。

「おまえ、今、抱きつこうとしただろ」

「はい!」

「はい、じゃねえーよ」

 想像にたがわぬ展開である。

 なぜかセシリアは僕がおかしなことを言っているような、きょとんとした顔をしている。

「ええ! 私の魔法の行使のためには、濃密な肉体的接触が必要であることは御理解いただけているものと思っておりましたが!」

「おまえの魔法の条件は、『接触』だろうが。別に抱きつく必要はない。握手で充分だ」

「そんなつまらない接触がありますか! 私は旦那さまともっと濃密な接触がしたいです!」

「濃密ってな……」

「具体的には――」

「やめろ。ほんとにやめろ」

 僕の発する怒気にあてられたのか、セシリアは流石に口をつぐんだ。

「そうだ! やめるのだ! セシリア!」

 この言葉を発したのは六花の方だ。

「六花の身体を貸してやる約束はしたが、そんなことまでしてもいいとは言ってない」

 確かにこの身体のもともとの所有権は六花なのだ。その所有者が必要以上の接触を許可しないというのは至極当然の発言だろう。

「そうだ、六花。このアバズレにもっと言ってやってくれ」

 そう言って、僕は六花の言葉を促す。

「うむ。言ってやるのだ!」

 なぜか少し嬉しそうに六花は発言する。

「いいか、セシリア。おまえの考えていることはやり過ぎなのだ!」

「そうだ、そうだ」

「せいぜい許可できるのは、手と口を使うとこまでなのだ」

「……口?」

「下の口はまだ早いのだ!」

「おまえらの中で、どんなとこまで話が進んでるんだ?!」

 手と口はありって、心広すぎだろうが。

「よく考えたら、六花もセシリアと根幹は同じ人物……そんな女の貞操観念に期待した僕が馬鹿だったよ」

 こんな茶番を繰り返していると、そよぎがまた怒り出しそうだ。

「ともかく、握手だ。それ以上の接触は認めない!」

 僕は強く言いきってセシリアを納得させるのだった。


「では、参ります……」

 セシリアと僕は向かい合い、手をつなぐ。

 僕はセシリアが魔法を行使するのを身を固くして待ち構える。しかし、いつになっても魔法が使われている気配がない。

 僕はワルドとしての記憶を引きずり出す。

(セシリアの読心魔法は発動時には魔法を使われている側に明らかな違和感があったはずなのだが……)

 昔、セシリアに魔法を行使されたときには、まるで体内をまさぐられているような気色の悪い感覚があったことを思い出す。

 しかし、今はそのような感覚がない。

 だから、てっきりセシリアはまだ魔法を発動していないのかと思っていたのだが――

 体感時間にしておおよそ数秒が過ぎ、セシリアは僕の手をそっと放した。

「精査完了です」

「終わったのか……?」

「はい」

 セシリアは少女のようにはにかんで言った。

「私も少しは成長してるんです。昔よりも魔力のコントロールはだいぶ安定したんですから」

「……そうか」

 僕はなぜだか複雑な気分になる。セシリアの成長を確かに喜ぶ自分もいるのだけれど、同時に少し寂しく思う自分もいるのだ。

 それは少しばかり意外なことだった。

 僕はそんな感傷を振り払って尋ねる

「で、僕を精査した結果はどうだった?」

 そして、セシリアは皆に向かって、あっさりと告げる。

「『渡辺幸助』および『ワルド=カルドキア』は白です」

 僕は解っていたことではあるが、『白』の判定を出されて、胸を撫で下ろす。

「よかったよ。無意識のうちに魔法で操られたりしている可能性も皆無ではないからな」

 セシリアは僕の言葉を受けて、言う。

「仮にその場合でも私の魔法なら看破できると思います。私の魔法はあくまで無意識に存在している心を覗く魔法ですから。完全に忘却された遠い過去の記憶でもなければ見抜く事は可能かと」

 僕がわざわざセシリアに魔法を使わせた二つ目の理由はこれだ。

 自分が何らかの洗脳魔法をくらって、無意識のうちにスパイにされている可能性も皆無というわけではないからな。

「さあ、この調子で全員を頼む」


 そよぎ、凪、風音、雪哉の順番で手を繋ぎ、セシリアは判定を下していく。

 客観的に見ると、握手をした状態で固まっているように見えるのでなかなかシュールな光景である。

 この魔法を使っている間のセシリアは無防備だ。目はうつろで焦点が合っていない。対象者の心の中に意識を移しているので、外敵に反応できないのだ。触れられている間の違和感は消えたとはいえ、やはり、この魔法をスパイの可能性がある人間に安易に使うのは危険だろう。少なくとも何かうまい方法を考えなくてはならない。

「全員『白』です。ここ最近、怪しい行動をとった人物はいませんでした」

 その言葉を聞いて、僕はほっと胸を撫で下ろす。

 仲間を疑っていたわけではないが、実際にこの中にはスパイが居ないという確証を得られたことは素直に喜ばしい。

「セシリア、大丈夫か?」

「ええ……しかし、今日はもう魔法を使うのは難しそうです」

 セシリアの魔法の行使には結構な魔力が必要だ。これから関係者に当たるのは難しいだろう。任務は早くこなすに越した事は無いが、いつまでと期限が決められているものではない。捜査は明日からにしよう。

 僕はそう言って、皆を解散させる。

「じゃあ、帰ろうよ」

 そよぎにそう言われ、僕は応える。

「ちょっと用事があるから先に帰っててくれ」

「そうなの?」

「ああ」

 僕はそう言ってそよぎたちを先に帰らせる。

 ただひとりを除いて――

「なあ、少し話があるんだが――」




 それから、僕たちが捜査を開始しておよそ一カ月の時が過ぎた。


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