第58話

「そろそろ潮時だろう」

 久々に仲間を全員招集させ、僕はセシリアが作成した容疑者リストに目を通しながら言う。

「この一カ月の間、僕はひたすら内偵捜査に努めた」

 まあ、この一月の間に思いもよらないようなトラブルに巻き込まれたのも一度や二度では無かったわけだが……そのあたりのことは、まあ今は置いておくことにしよう。

「ここから先はおまえたちにも協力してもらう」

「は! 解ったんだよ!」

 そよぎは、どこかはしゃいだような様子で発言する。

「なんだ? どんなボケをかまそうとしてくれているんだ?」

「ボケじゃなくて、幸助くんが私にやって欲しいことが解ったんだよ」

「ほう。言ってみろ」

 僕はまったく期待せずにそよぎの答えを待つ。

「私ならスパイかどうかを簡単に判別できるという事実にようやく気がついたんでしょ?」

「なんだ、それは?」

「つまり、こういうことだよ」

 そよぎは両手を組んで、何故か上目づかいをしながら発言する。

「スパイかもしれない人に『スパイどうか教えて♡』って、私が聞いたらどんな人でもイチコロだよ?」

「いや、そうかもしれんけど」

 そんな簡単にスパイが陥落するなら苦労は無いだろう。

 そよぎの言葉に反応したのは、凪。

「なるほど……ハニートラップというわけだな」

 その言葉を受けて、六花は何かに気がついたような表情になって叫ぶ。

「まさか、六花にスパイかどうか探る為に容疑者と寝ろ、って言うのか!」

「誰もそんなこと言ってないだろ」

「確かにベッドの上なら自然にセシリアの魔法が使えてしまうのだ! 合理的なのだ!」

「いや、そうかもしれんけど……」

「やっぱり、男はけだものなのだ!」

 六花はひとりで盛り上がっている。

 もうそろそろこいつの妄想にいちいち付き合うのもめんどくさくなってきた。

 ひとり盛り上がるセシリアを無視して、僕は言う。

「僕はこれから残る容疑者に直接接触しようと考えている」

 僕の言葉を受けて、雪哉は疑問を呈する。

「しかし、なぜ今になって接触を? 基本的な捜査方針は内偵捜査。チャンスを見つけてセシリアさんの魔法を使うという手筈だったのでは?」

 僕はこの一月そういう方針で動き、幾人かのスパイ候補を見定めてきた。

「残っている容疑者は五人。どうにもその五人には、こっそりとセシリアの魔法を使う機会が見つけられないでいてな……」

 飛び抜けた戦闘力を持っていたり、並はずれた警戒心を持っていたり、隙だらけ過ぎて逆に怪しかったり。ともかく、こっそりとセシリアに接触させるなどという方法を取らせるにはあまりにリスキーな相手が残っているのだ。

「だから、残りの五人に関しては、あえて正面から攻める」

 僕は改めて全員を見回して言う。

「これは半ば偶然なんだが、五人の容疑者の半数はおまえたちの知り合いだ」

 皆、それぞれ反応は様々だが、驚いていることは間違いないようだ。

「まあ、もともとバルバニアの関係者同士接触があってもおかしくないし、この五人は全員塔坂学園の生徒だ。そういう意味でもつながりがあるのは、そう不自然なことではない」

 もともと、セシリアに割り当てられた捜査範囲はこの学園を中心としていた。だから、残った容疑者がすべて学園の生徒である事自体は何らおかしな事では無い。

 だが――

「残った五人は一癖も二癖もある奴ばかり……」

 僕は思わず溜め息をついて言う。

「さすがおまえらの知り合いだよ」

「どういう意味かな?」

 そよぎの問いかけを無視して僕は話を進める。

「いいか。もう一度確認だ。僕たちの最終目的は容疑者にセシリアの魔法を行使すること。そのために顔なじみであるおまえたちの関係をうまく利用して、そうした状況をうまく作り出すのが目標だ。僕やセシリアが容疑者と顔なじみになれば、直接接触の機会も作れるかもしれないからな」

 僕は一同の顔をぐるりと見回す。

「協力してくれるか?」

 誰も否を唱えないということは了承したということなのだろう。

 僕は改めて宣言する。

「よし、一人目の容疑者に当たるぞ」


「一人目の容疑者はこいつだ」

 僕はセシリアの作成した書類を全員に配る。

 そこには容疑者のプロフィールと写真が添付されている。

「え? ふぶきちゃん?」

「そう。こいつの担当はそよぎ、おまえだ」

 一人目の容疑者の名は、新宮司ふぶき。

 僕たちと同じ学校である塔坂学園の中等部に所属している生徒だ。

「この子おまえたちと同じく『魔法少女』だ。そよぎは一度戦ったことがあるんだよな」

「うん。何もかもを凍らせる魔法を使ってくる子だよ」

 昔、僕はこの相手を倒す方法について、そよぎから『なやみ』相談を受けたことがあった。まあ、そのときには実際には、そよぎは自力でこの子を倒していたようなのだったが。

 並はずれた戦闘力を持つ容疑者とはこの娘のことだ。息を吹きかけるだけで、物体を凍らせる魔法少女。僕やセシリアが安易に近付き、まかり間違って戦闘にでもなろうものなら確実に命は無いだろう。

 それに、僕にはこの娘を警戒せねばならないもっと大きな理由がある……。

「そよぎはこの娘の連絡先は解るよな……」

「解るけど……」

「うまく話をつけて呼び出してくれ。名目は今度の文化祭についてだ」

 僕は言う。

「彼女は中等部の図書委員長だったはずだ。そこで高等部と合同でオススメ図書の紹介文を書いてほしいという打診を僕からする。そのために偶然、知り合いだったそよぎが図書委員長の彼女との間を取り持ってくれることになった。こういう筋書きでいこう」

 僕が今の時期を選んで接触を図ろうとしているのもこの大義名分のためだ。

「なんせこの大義名分を得るためだけに僕と六花は柄でもなく文化祭の実行委員に立候補したんだからな……」

「実行委員は思ってたよりもハードなのだ……」

 塔坂学園の文化祭は秋に行われ、小等部、中等部、高等部が合同で盛大に行うのが毎年のならわしらしい。生徒の自主性を重んじるとかいう学園もので使い古された文句を盾にして、この期間だけは生徒達は自分たちの理想とする学園祭を成功させるために様々な行為が許可される。

 文化祭の実行委員であれば、他学年の生徒に何らかの依頼をするために伝手を通じて初対面の相手に接触するために動いても不自然ではないという事だ。

 次に発言したのは風音だ。

「陰キャラの幸助が」

「陰キャラって」

「突然、文化祭の実行委員に立候補なんてしたもんだから」

 風音が僕に向かって言う。

「クラスでは、あいつ調子乗ってねえか、という風潮になりかけてたわ」

「………………ははは」

 所詮はクラス内における僕の評価などその程度か。

 そこで風音は珍しく僕に向かって優しく微笑みかけながら言った。

「流石に、それは可哀想だから、うちがうまくフォローしておいてやったわ」

「風音……」

 いつも僕をこき下ろすようなことばかり言っていても、意外にこいつは友達思いな面がある。

 僕は素直に感動する。

 風音は平然と言い放つ。

「『幸助はエロゲのやり過ぎで文化祭の実行委員になったらハーレムが作れると思い込んでる可哀想な奴なのよ』って言っておいてあげたわ」

「むしろ、大火傷してるじゃねえか! 僕の感動を返せ!」

 二次元と現実の区別がついてない痛い奴のレッテルをはられていました。

 すると、そよぎは僕を憐れむような目で見ながら呟く。

「ただでさえ、幸助くんみたいなのが、私と言う学園一、いや世界一の美少女と付き合っていることで風当たりが強いというのにね……」

「他人事みたいに言うんじゃねえよ……」

 こいつ、本当に僕のことが好きなのか? たまに疑わしくなる時があるんだが……。

「まあ、いいよ。可哀想な幸助くんのために超絶プリティーで、尽くす彼女である私が一肌脱いであげよう」

「……それはそれは、ありがとうございます」

 そして、そよぎはスマートフォンを取り出しながら言った。

「『謁見の間』にふぶきちゃんを呼び出すよ」

「?」

「あ、ふぶきちゃん?」

 『謁見の間』なる彼女の謎の言葉に僕が言及するよりも先に、そよぎはスマートフォンを使って、通話を始めていた。

 まさか、新宮司ふぶきなる少女が、僕の想像をはるかに超える恐ろしい娘であることは、この時点の僕は知る由もないのであった。


「そよぎお姉さま! お久しぶりです! お姉さま自らふぶきに会いに来て下さるなんて、ふぶき、感激です!」

 甲高い声でまくしたてたのは、件の少女、新宮司ふぶきだ。

 髪は黒く長く、綺麗なストレート。顔立ちは中学生にしてはやや大人びている。「かわいい」という言葉よりは「美しい」という形容の方が似合いそうな美人な子だ。中等部のブラウスの上に学校指定のサマーセーターを着ていなければ、高校生だと思っていたかもしれない。

 彼女はおそらくはそよぎを慕っているのだろう。そよぎに対して熱い視線を送っている。

 まあ、そよぎが誰からも好かれやすい体質であることは解っている。だから、彼女も、そよぎの周囲に居る人間と同じく、そよぎを慕う女の子のひとりだろうと予想していたのだが……。

「なあ、そよぎ。聞いていいか……」

「なんだい、幸助くん」

「あの子さ……」

 僕は最大の疑問をそよぎにぶつける。

「なんで鎖で拘束されてるの?」

 新宮司ふぶきは、何故か鎖で壁に磔にされていた。ここはそよぎが『謁見の間』と呼んだ旧校舎の外れの物置部屋で、僕も初めて訪れたのだが、クラブ活動で使用するのだろうか。古びた卓球台やバレーのネットが雑然と並んでいた。

 混沌の様相を呈した室内の壁から何故か手枷と足枷がついた鎖がそれぞれ伸びている。まるで拷問部屋のような異様な光景。普通の学校の中には決してあってはならない様な類いの器具だ。

 新宮司ふぶきは何故かその手枷と足枷によって四肢を拘束され、壁にはりつけにされていたのだ。鎖の長さは1メートルもない。あれでは、彼女はこちらの方に来ることはできないだろう。

 そよぎはそんな異様な光景を見て事も無げに言い放った。

「あの子、私のことが好き過ぎて、いつも抱きついてこようとするから会うときは、この『謁見の間』で、必ず拘束されている状態で会うことを約束させたんだよ」

「どういうことなんだよ、それ……」

 そよぎの話が理解できないんだが、僕の方がおかしいのだろうか?

「そよぎお姉さま! そよぎお姉さま! ああ、その愛らしいお顔をふぶきにもっとお見せください! そよぎお姉さまぁっ!」

「いや、確かに危なそうな雰囲気には、僕も対面して一秒で気がついていたけど」

 彼女の目には狂気の灯がともっていました。


「とはいえ、いくらなんでもかわいそうじゃないか……?」

 僕は弱弱しく言葉を紡ぐ。

「まあいきなり抱きつくのはやり過ぎかもしれないけど女同士だろ? なら多少は許してやったって……」

「幸助くんは、萌え四コマに毒されすぎなんだよ。あんな風に女の子同士で抱きつき合うのは普通じゃないんだよ」

「いや、まあそうかもしれないけど……」

「あと、お風呂場とかで女の子同士で胸をもみ合ったりもしないから」

「ちょっとくらい妄想の余地を残してくれてもいいのに……」

 そして、そよぎは普段からは想像もできないような憮然とした表情になって言った。

「百歩譲って抱きついてくるまでは許せても、さすがに下着の中にまで手を入れようとするのは許せなかったよ……」

「うん、拘束も止むなしだな……」

 ああ、僕の想像の数段ヤバイキャラのようだ、この子。

 僕はさらに根本的な疑問を呈する。

「この子、僕たちがこの部屋に来る前から拘束されてたけど、一体だれが拘束してるんだ?」

 僕がそよぎに尋ねると、そよぎはまたもやこともなげに言い放った。

「私のファンクラブだよ」

「ファンクラブ、ヤバイ事に手出してないだろうな?!」

 だんだんファンクラブがそよぎの私兵と化しているような気がする。普段、影も形も見えない分、余計に怖い。ファンクラブのやつらから地味な嫌がらせを受けている

僕も他人事では無い。警戒しようと自分を戒めることにする。

 拘束されている新宮司ふぶきは、鎖を振りほどこうとするように暴れまわりながら叫ぶ。

「お姉さま、何故ふぶきを見て下さらないのですか! もっと! もっと! ふぶきを見てええええ!」

「本格的にやばそうだが、会話は通じるのか、これ?」

 そよぎは新宮司ふぶきに目をやりながら呟く。

「彼女のクラスは『狂戦士バーサーカー』だからね。ちょっとコミュニケーションを取るのは困難かな?」

「いや、『狂戦士バーサーカー』って……」

「ちなみにクラススキルは『狂化EX』だよ」

「EXってなんだよ……」

「だから、コミュニケーションを取ろうと思ったら、こうするしかないんだ」

 そう言って、そよぎは一歩前に出る。

「おい、危な――」

 僕は言いかけて、思わず口をつぐむ。

 そよぎの様子は明らかに普段と違った。

 見る者に思わず息を呑ませるようなオーラのようなものを纏い、冷然とした空気が彼女の周りに渦巻き始める。

 まるで時が止まったかのような錯覚。

 それくらいにそよぎの表情は真に迫っていた――


 そして、そよぎは呟く。

「令呪を以て命ずる『バーサーカー、狂化を押さえこみ、理性を取り戻せ』」

「いや、令呪とか言うな」

 ごまかしきれねえだろうが。

「だいたいそんな言葉一つで抑えられるわけが――」

「ぐ、うわあああああああああああああああ!」

 新宮司ふぶきは、そよぎの言葉に反応して叫び声を上げる。彼女の様相は尋常ではないものへと変化している。目は大きく見開かれ、彼女の額には玉のような汗が光っている。

 彼女の中で『何か』が戦っている。

 ――僕は思わずそんな光景を幻視する。

「――――――」

 突然にガクンと彼女の首が落ち、そして静かになる。

 その凄まじい雰囲気に当てられて僕も思わず息を呑んでしまう。

 次の瞬間だった。

「お、お姉さま……ふぶきはいったい何を……」

 彼女の瞳に光がさしている。先程までの狂った様子とは明らかに違う。

 そして、顔を上げて、何かを悟ったような、どこか悲しそうな顔で言う。

「そうですか。ふぶきはまたお姉さまに会えて、理性を失っていたのですね……」

「まったく会うたびに令呪を使わないといけないこちらの身にもなってほしいね」

「だから、令呪とか言うな」

 僕のつっこみを無視して二人は会話を続ける。

「ふぶきちゃん、今日はちょっと用事があって来たんだよ」

 そよぎの言葉を聞いて、新宮司ふぶきは嬉しそうに目を輝かせながら言う。

「なんですか? お姉さま! このふぶきに、なんなりとお申し付けください!」

 そよぎのお願いならばかなり協力的なようだ。これなら話は早いかもしれない。

「ちょっと、幸助くんの話を聞いてほしいんだよ」

「幸助くん……?」

 そこでやっと僕の存在を認知したのだろうか。彼女の目がぎろりと回り、僕を捉える。

 ああ、やばい。

 直感で解る。

 背筋に冷たい氷を突きつけられた様な悪寒が走る。

 冷たい視線に僕の身体は射ぬかれ、ぞわりと肌が粟立つ。

 ――これは本当にヤバイやつだ。

 新宮司ふぶきは地獄の底から響く様な声で言った。

「そよぎお姉さまを誑かす大罪人、渡辺幸助……」

「いや、誑かすとかそんな……」

「許すまじ! KOROSUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!」

「狂化解けてねえぞ、おい!」

 彼女の取り調べは大変難航しそうである。


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