第54話

「は! ちょっと待つのだ!」

 僕たちは六花の歓迎会のためにカラオケに行くという事が決まった直後だった。

 カラオケに行く事を希望した当人である六花は突然、こんなことを言いだした。

「カラオケに行くのは明日にするのだ!」

「明日? 今からじゃ駄目なのか?」

 別に僕自身今すぐにカラオケに行きたいというわけでは無かったのだが、話の流れからすると今からカラオケに行く事になるものと考えていたのだが。

「今日はやることがあるのだ。だから、今日は駄目なのだ」

「………………」

 確かに転校初日となると色々やらなくてはならないことがあるのかもしれない。歓迎される当人がこう言っているのなら明日にしてやるべきだろう。

「じゃあ、明日の放課後に校門前に集合して一緒にカラオケに行く事にしよう」

「よし、決まりなのだ」

 すると六花はあわただしく自分の鞄を持ちあげながら言った。

「今日は帰るのだ!」

 そして、そのまま慌てて教室を飛び出していったのだった。

 僕はその背中を見ながら呟く。

「なんなんだ、あいつ?」

 帰るなら帰るで学校を出るところくらいまでは一緒に出てもよさそうなものなのに。

 僕は釈然としない気持ちを抱えたまま、彼女の背中を見送ることしかできなかった。

 そして、僕たちはそのまま帰宅の途についた。

 

 僕は家についてからそよぎへと電話をかける。

『もしもし』

 そよぎは落ち着いた声で電話に出た。

 普段のそよぎは僕から電話がかかってくるともっと嬉しそうに電話に出ていたような気がする。

「今少しいいか?」

『うん……』

「ええっとな……」

『何かな?』

 言うべき事は決めていて、覚悟をして電話をかけたつもりだったのだけれど、僕のヘタレの部分が俄かに顔を出す。

「一話完結式のコメディ作品が長編のシリアスパートをやりだすとイライラするよな」

『確かにそうだけど、そんなことを言うために電話を?』

「いや、違うな……ごめん」

 何か今の台詞は言っておかねばならないような気がしてしまったのだが、そんなことよりももっと大事なことを言っておかねばならないのだ。ふざけている場合ではない。

 僕はごくりと唾を呑みこみ、一度深呼吸をする。

 そして、僕はそよぎに今の自分の正直な思いを吐露する。

「僕が好きなのは、そよぎだけだよ」

『……知ってるし』

 彼女の声が震えていた。強がりであることくらい鈍い僕でも解る。

「セシリアがワルドの元妻であっても関係ないよ。この僕が……その……愛しているのはそよぎだけだよ」

 電話越しで話すだけでも顔から火が出そうだ。それでも、きっとこれは必要な言葉なんだ。僕は自分自身のそう言い聞かせる。

 電話の向こうでそよぎがどんな顔をしているのかは解らない。

『うん……』

 そよぎはさっきとは違って温かな声で僕の言葉に応じた。

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