第53話
「ちょっと待つのだ!」
次に声を上げたのは、セシリア――ではない、セシリアのこの世界での『魂の同一人物』、菊川六花だった。
「なぜか話がまとまりかけているようだが、りっかは何も納得していないのだ」
六花は続けて宣言する。
「話を聞いていておおよその事情は解った。解った上で言わせてもらうが」
六花は大声で叫ぶ。
「べつにりっかには、おまえら魔法使いとやらに協力する義理は無いのだ」
それは確かに一理ある発言だった。
かつてワルドにとりつかれた際の自分も同じことを考えた。今となってはワルドと自分は同一の存在であり、彼の任務は自分の任務も同然のように考えているが、最初に話を聞かされたときに考えた事は、今まさに六花が述べた事と同じだ。
「たしかに、君にセシリアに協力する義理は無いな」
単なる時間の問題なのかもしれないが、セシリアと六花は魂の同一人物でありながら、どこか噛み合っていないような印象を受ける。魂の同一人物であれば、必ず同じ思想を持つとは限らない。実際に過去の事例では、二つの魂に折り合いがつかず、肉体の中で一方の魂がもう一方の魂と戦い、一方を力づくで隷属させたなどという話も聞いている。
僕は既にワルドと言う存在に違和感を持っていないし、僕自身、そよぎたちを守るためには、むしろワルドという存在がいてくれた方が都合がいいとも考えている。僕たちは感情的な面でも、利害的な面でも協力することになんら問題はないのだ。
しかし、六花は違う。
これからスパイ探しをセシリアが行うということは、六花もそれを行うということに等しい。単純に時間的に拘束されるという場面もあるだろうし、場合によっては何らかの形で危険に巻き込まれる可能性がないとはいえない。六花が納得しないのは至極当然のことだ。
セシリアは六花に対して、僕たちにも解る様に六花の口を使って言葉を紡ぐ。
「ええ。六花さんには出来うる限りの報酬を与えたいと考えています」
実際に過去の事例でもあったことらしい。魂の同一人物に対して肉体の使用権についての折り合いがつかなかった場合、報酬を約束することで協力をお願いするのだ。報酬とは、基本的にこちらの世界での常識の範囲内でできることに限られている。だから、基本的に金銭での解決が基本になるのだが……。
「さっきも言ったが、りっかはガチのお嬢様なのだ。別にお金は要らないのだ」
「………………」
とはいえ、報酬があろうと拒絶する人間が居るのは間違いない。昔は、無理矢理にでも肉体の主導権を奪うという方法が取られたこともあったらしい。中世なんかで『悪魔憑き』とされ、人格が豹変したようなケースは、魂の同一人物に肉体の所有権を無理矢理に乗っ取られたために起こったと聞いている。
だが、今の時代は違う。たとえ、戦争状態であっても極端に人道にもとる行為を行えば『多重世界連盟』の介入を招く。戦争状態であるからこそ、最低限のルールは守らねばならない。
だから、六花が協力を拒むのならばやむなし。
セシリアは本国に帰還する他なくなるだろう。
「……どうしても協力していただけませんか?」
セシリアの言葉を受けて、また肉体の主導権が六花に戻る。六花は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「え?」
すると突然、六花は自身の頭を押さえて、何かに気付いたような顔した。
(こいつら脳内で会話しているのか?)
僕自身の経験で解るが、慣れないうちは脳内で話しかけられるとこんなリアクションをとってしまう。
六花の脳内会話はしばらくの間続いたようだった。
そして、六花は難しい表情で何事かを考え込んでいる。
「……わかったのだ」
そして、六花は小さく溜め息をついて呟いた。
「りっかはおまえらに協力してやってもいいのだ」
「いいのか?」
僕は尋ねる。
「ただし、条件がある」
六花は豊満な胸を張って、どこか偉そうな調子で言った。
「りっかを接待するのだ」
「接待?」
僕は彼女の言葉をオウム返しにする。
「うむ。取引には接待がつきものなのだ。おまえたちがりっかを楽しませることができたなら協力してやってもいいのだ」
取引のための接待。話としては解らないでもないが……。
「よくわからないが……接待とは具体的にどういうものを考えている?」
六花は口元を吊り上げて不敵に笑って言い放った。
「ずばり、六花をカラオケボックスにつれていくのだ!」
「カラオケボックス……?」
思いもよらない返答だった。
「りっかは前々からカラオケに行ってみたいと思っていたのだ。だから、カラオケでりっかを楽しませることができれば、おまえらに協力してやってもいいのだ」
「いや、カラオケにつれていくくらい何でもないから別にいいんだが……」
むしろ、その程度の報酬でいいのか?
彼女はことの重大さを本当に認識しているのか、僕は改めて確認する。
「ふん。りっかは金持ちだからな。別にお金には困ってないのだ。むしろ、金があっても一緒にカラオケに行く友達が……いや、なんでもない」
「途中で誤魔化そうとしたけど、ほぼ全部事情を言ってしまっているな……」
要はこいつは一緒に遊ぶ友達が欲しいんだな……。
「………………」
彼女の言葉を受けて、色々思うところはあったのだが――。
「いいじゃん、それ」
僕が決定を下す前に言葉を発したのは風音だった。
「六花は転校生じゃない。転校生の歓迎のためにカラオケに行くというのは悪くないわ」
「まあ、確かに」
魔法だなんだと色々な事に関わっていても僕たちは単なる高校生。転校生の歓迎のためにカラオケに行くというのは、よく考えたら一般的な高校生としてはよくある行為なのかもしれない。
「じゃあ、決まりね。さっそく行きましょう、六花」
「え、でも――」
六花はさっきまでの尊大な態度はどこにいったのか、急に弱気に眉をひそめた。
「さっきまでの話だとりっかの中にいるセシリアやそこの男には、りっかを接待する義務があるけど、おまえたちには別にないんじゃないか……?」
それは道理だ。セシリアは言うまでも無く、僕もこの任務に参加するということになった以上、僕も無関係ではない。
だが、風音たちは違う。
彼女達に六花の接待をする理由は無い。
「何言ってんの、理由ならあるわ」
「え……?」
「さっき言ったでしょ、友達になろうって」
確かに先程、風音は六花に「友達になろう」と言っていた。
「友達なら歓迎の為にカラオケに行くくらい何もおかしくはないわ」
「いいのか……?」
六花は戸惑いを隠せないようだ。
「おまえはりっかと友達になってくれるのか……?」
六花は捨てられた子犬のような表情で呟く。
それを見て、風音は業を煮やしたような口調で言う。
「ああ、もうめんどくさいわね。そんな友達になる為にいちいち『友達になろう』っていうみたいな青春小説みたいな真似、本来うちのキャラじゃないのよ」
そりゃそうだな、と言いかけたが、なんとなく風音がキレそうなので黙っておく。
「だから、あんまり蒸し返すな。黙ってカラオケに行くわよ」
呆けた様な顔をしていた六花に、少しずつ光がさしていく。
「……うん」
六花はどこかこの日一番柔らかい笑顔で笑った。
「さあ、六花、カラオケまで行くからリムジンを呼んでちょうだい」
「わかったのだ!」
「あんまり調子に乗るなよ……」
こういう態度は風音なりの照れ隠しなのだろうなと思う僕であった。
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