第52話

「こうなったら致し方あるまい……ちょっと待ってろ」

 僕は脳内で異世界間通信を試みる。

 相手は、バルバニア本国に居る直属の上司だ。

 異世界間通信は、一種の交信技術で一種のテレパシーの様なものだと思ってもらえばいい。とはいえ、これは僕自身の魔法ではない。僕自身の通信魔法の素養があるわけではなく、向こうの世界の通信員と予め契約しているために、その通信員相手にのみ交信は可能なのだ。僕の通信したいという意志に反応して向こうが魔法を行使してくれていると言えば解るだろうか。

 脳内で一定の問答を行った後に僕は皆に告げる。

「僕にもフレミニアンのスパイを探す任務に参加する許可が下りた」

「え?」

 セシリアは僕の言葉を受けて目を丸くしている。

「おまえ、ひとりでは不安だからな。事情を話して僕もおまえと共にこの任務に参加させてもらうことにした」

 セシリアはまた僕に飛びつかんばかりの勢いで言う。

「り、理解しました。つまり、これは私と旦那さまの愛の共同作業であるという事ですね!」

「まったく違うね」

 僕はセシリアの妄言を軽く受け流す。

「ともかくだ。これからは僕もおまえの任務であるスパイ探しに協力する」

 しかし、不可解な話でもある。

(話がスムーズすぎる)

 現場からの任務参加申請が二つ返事で通った。もしや、これは上層部にとっては予見されていた展開なのか?

(単純な可能性としてありえるのは、そもそもセシリアが間抜けにも僕に情報を漏らした事自体が演技であるパターン。僕をスパイ捜査側に引き込むことに上層部との間に何らかの密約が――)

「共同任務……これは吊り橋効果という奴で私達夫婦の仲がより一層深まる展開です!」

(こいつにそんな難しいことを考える頭は流石に無いか……)

 僕は隠そうともせず大きな溜め息をつく。

(まあ、何にしても油断はしない方がいいですね)

(そうだな……)

 ワルドとも方針を確認しあう。


「では、旦那さま。さっそくこれからの捜査方針を――」

「ちょっと待つんだよ!」

 僕とセシリアの間に割り込みながらそよぎは声を上げる。

「何故だか勝手に話が進んでいるけれど、私を無視してはいけない! なぜなら私を中心にこの世界は回っているから!」

「なんという尊大な発言」

 まあ、そよぎの能力を考えれば、あながち一笑に付すこともできないのだが。

「だから、私というメインヒロインを無視して話を進めることは許されないよ!」

「メインヒロインって……」

「各巻ごとに新しいヒロインを出して、前の巻のヒロインは放置……なんてライトノベルみたいな展開は許しません!」

「どんどん新しいヒロインを出していかないと読者は食い付かないんだよ!」

 自分で言っておいてなんだが、いったい何の反論をしているのか。

「ともかく!」

 そよぎは高らかに宣言する。

「任務だかなんだか知らないけれど、幸助くんにとっては私の方が大事でしょ!」

「う……まあ、そりゃあな」

 僕はそよぎのためなら大概どんなことでもしてやりたいと思っているのは事実だ。

「だったら、そんな任務なんて引き受けないで私と一緒に居てよ!」

 そよぎは必死な顔で僕に思いを叫び続ける。

 これほど真剣なそよぎを見たのは久しぶりだった。そもそも、彼女は普段ならこんな嫉妬にまみれた言葉を吐くようなタイプの人間ではない。それだけ彼女が追い詰められ、心が揺さぶられているということだろう。

 そよぎは僕の瞳を真っ直ぐに捉えて叫ぶ。

「私は幸助くんの彼女なんだから!」

 そのときだった。

「かの……じょ……?」

 そよぎの後ろに居たセシリアは能面のような無表情で僕を見ていた。

「ぐっ! そ、そうだよ!」

 そよぎは自分の言葉が恥ずかしくなったのだろう。白い肌を真っ赤にして、それでもなおひるまずに振り返ってセシリアに対して宣言する。

「私は幸助くんの彼女なの!」

 無表情なセシリアと必死の形相のそよぎ。

 二人は見つめ合ったまま動こうとはしない。

 少しの時間のあと、息の詰まる様な時間を打ち破ったのは、セシリアの方だった。

 セシリアはにっこりと笑みを浮かべて言い放つ。

「別に私は気にしませんよ」

「え?」

 そよぎにとっては一世一代の覚悟の敵対宣言であったのだろう。それを笑顔で応じられたことに戸惑いを隠せないようだ。

「私にとって愛する人は、こちらの世界の幸助さんではなく、彼の中に居るワルドという男です。あなたがつきあっているのは幸助さんの方なのでしょう?」

「そ、そうだけど」

「なら、私たちがいがみ合う理由はありませんわ。お互い別の人を愛しているのですから」

「え? そういうものなの?」

 そよぎは助けを求めるようにきょろきょろと目線を泳がせる。

 それに応じたのは雪哉だった。

「まあ、確かに魂的同一人物はあくまで『魂の同一人物』。完全なる同一人物かどうかというのは、研究者の間でも説が別れるところです」

「確かに」

 僕は雪哉の言葉に応じて話を続ける。

「僕の中にはワルドの『記憶』と『経験』がある。それは単なる情報ではない。この僕、『渡辺幸助』にとっても『セシリア・ストレンツァー』は同じ施設で育てられた幼馴染であり、元妻だという『実感』がある」

「なら、それは同一人物ってことじゃないの?」

 そよぎは僕を見ながら言う。

「でも、逆に言えば、あるのは『実感』だけだ。もしも、僕の中に居るワルドがバルバニアに帰還し、セシリアも同様に帰還すれば、この世界に残るのは『渡辺幸助』と『菊川六花』という二人の人間だ。そうなれば、バルバニアの方でワルドとセシリアがどういう関係になろうとも僕の方には直接関係はない」

「そう……なの……?」

 そよぎは必死になって考えているようだが、理解は追い付いていないようだ。いや、正確に言えば理解はできているのかもしれないが、納得は出来ていないのかもしれない。この議題は魂渡りの技術が確立されてから幾度となく話しあわれたことだが、結論は出ていないのだ。当人たち以外にこの感覚、『魂の同一人物は自分でありながら、自分では無い』という感覚を解ってもらうのは難しい。

 セシリアは笑顔を張りつけたまま言う。

「ええ。ですから、私は幸助さんとあなたが交際していようと一切気にしません」

「ええ……」

 戸惑うそよぎを尻目にセシリアは高らかに宣言する。

「むしろ、私はたとえ夫に愛人や妾が居ても気にはしません!」

「なんと!」

「私は旦那さまのおそばに置いていただけるだけで幸せなのです……」

「ぐぬぬ……」

 そよぎはセシリアの言葉に反論が出来ずに、固まってしまう。

 セシリアは僕の方に向きなおって言う。

「どうですか? 旦那さま、私のこの懐の深さは? なんなら私は今から旦那さまがここで乱交パーティを始めても許す自信があります!」

「そんなもん僕の理性が許さないわ」

 僕がセシリアをたしなめるのとほぼ同時だった。

「待ってください!」

 ここまで黙っていた雪哉が声を上げる。

「そのパーティはぼくも参加してもいいですか?」

「ええ。私は旦那さまに男妾がいたとしても気にはしません」

「それだけは何があっても無いからな!」

 話が進まないから出てくるんじゃねえ。


「お待ちなさい」

 ここで発言をしたのは、先程からずっと黙りこんでいた僕の中に居るワルドだった。

「セシリア、君は先程から自分が私の妻であるかの様に振舞っているが――」

 ワルドは僕の口を使ってはっきりと告げる。

「私とあなたは正式に離婚が成立しています。そして、私に復縁の意志はありません」

 明確な拒絶の言葉にこの教室にいた全員が静まり返る。

 その静寂を始めに破ったのはそよぎだった。

「そうだよ……そもそも、ワルドさんとあなたはもう別れているんでしょう? じゃあ、そもそもあなたはワルドさんに対しても妻であるかのように振舞うのはおかしいんじゃない?」

 そよぎは探る様な目でセシリアの方を見る。

 僕も改めてセシリアの方を見る。

 すると、セシリアは――

「ええ。そうですね……」

 ――微笑んでいた。

 しかし、その笑顔はどこか悲しそうだった。

 その笑顔のままセシリアは言う。

「でも、いいんです。私は旦那さまを信じています」

 そして、告げる。

「私と別れることが旦那さまと私のためになるのでしょう?」

 セシリアは無条件でワルドを信用していた。

 ワルドが冗談を言っても、ごまかしの嘘をついても、それを疑おうともしなかった。

 ――君がそんな態度だから、私たちは……

 僕の中に『ワルド』としての感情が流れ込んでくる。

 自分の中の『魂の同一人物』とは記憶や経験は共有しているが、感情や思考は完全に同一化されているわけではない。もう一人の自分に意識的に隠し事をしようと思えばできるし、同じ経験をしたとき、別の感想を持つ事だってありえる。

 だが、このときは『ワルド』のあまりに強すぎる感情は僕の心までを侵食した。

(そうか……ワルドはセシリアを――)

 ワルドはにべもない態度で告げる。

「私がセシリアに協力するのはあくまで仕事だからです。あなたと復縁するつもりはありませんので」

「ええ。それでも構いません。またおそばに置いていただけるのなら、たとえそれがどういう理由であったとしても私は幸せです」

 セシリアはあくまで笑顔を保ったまま告げる。

「――私は旦那さまを信じていますから」

 しかし、セシリアのその笑顔は僕にはどこか悲しげに見えた。

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