第51話

「状況は理解してもらえたか……?」

 なんとかみぞおちの痛みから立ち直った僕は、『りっか』が泣きやむのを待って、事情の説明を試みた。

 『りっか』の身体が勝手に動く理由は、異世界から来た魔法使いがとりついているから。その魔法使いの名はセシリアと言い、魂という視点から見れば、『りっか』と同一人物。慣れれば違和感は消える。そう説明した。

 いきなりこんな話をされて信じる方がおかしいかもしれないが、『りっか』は意外とあっさりと納得した。

「確かにりっかの中に居る奴も同じような事を言っている……」

 泣いて目を真っ赤に腫らした『りっか』は、自分の身体の中に居るセシリアと対話したようだ。そのもう一人の自分の説明と僕の説明が矛盾しなかったので、僕の言う事に納得してくれたようだった。

 それに実際自分の身体が勝手に動くなどという不可思議な事態が起こっているのだ。異世界の魔法使いなどと言う突拍子もない話とは言え、原因不明よりは一応は筋の通った説明を信じたくもなるだろう。


「……ぜんぶは理解できてないけど、なんとなくはわかった」

 『りっか』はどこか舌足らずな声でそう答えた。

 そこで今度は僕が『りっか』に尋ね返す。

「おまえの名前はなんて言うんだ?」

 すると少女は僕の目を見つめ返して答えた。

「六花……菊川六花」

「菊川六花か……」

 すると、その言葉を聞いて凪が言う。

「菊川……ってまさか……」

 僕は凪を振り返って尋ねる。

「何か知ってるのか?」

「いや、何も知らん」

「………………」

 僕は凪に無言の抗議を行う。

「いや、こういうの定番じゃないか。『○○家は由緒正しい名家』だ、とか『○○コンツェルンの御曹司』とか」

「いや、確かにマンガだったらそういうのよくあるけど」

 すると僕と凪の漫才の様なかけあいを受けて、六花は突然にやりと不敵に笑った。

「ふふふ。当たらずとも遠からずだな」

 そして、六花は突然、立ち上がって胸を張る。

 何故か彼女は鼻高々といった様子で言い放つ。

「りっかのパパは、菊川製薬の社長だ!」

 その言葉に、反応したのは風音だ。

「菊川製薬って……あの最近新薬を開発してニュースになってた……」

「そう! りっかは、だから、ガチのお嬢様なのだ!」

「まじかよ……」

 瓢箪から駒が出るとは、こういうことを言うのだろうか。まさか冗談が現実になるとは……。

 すると何故か風音が六花に飛びつくようにして尋ねる。

「まさか、家にメイドが居たり……」

「居るぞ!」

「別荘を持ってたりとか……」

「あるぞ!」

「運転手つきの黒塗りのリムジン!」

「もちろん、ある!」

「すげえ!」

 なぜか風音は目を輝かせている。

「マンガに出てくる金持ちテンプレを全部押さえてるのね!」

「まあ、確かにマンガに出てくる金持ちってそういうイメージだけど……」

「六花、友達になりましょう」

「この流れで?!」

 風音は二次元と現実を混同したような夢見がちなことを言う割に、金銭に関してはシビアである。

「お、おう……」

 六花は風音の勢いにたじたじになっている。

 僕は聞きたいことがまだあったので、話を軌道修正する。

「このタイミングで転校してきたのは?」

「ああ。それも身体が勝手に動いた」

「じゃあ、セシリアが勝手にやったのかよ……」

 勝手に転校させるだなんて、流石に傍若無人にもほどがある。

「おい、セシリア。それはいくら何でもやりすぎだろ」

 するとセシリアの方の人格が表に出て答える。

「すいません……でも、その方がいいかなと思ったのです……」

「意味が解らない」

 もし、僕の中に居るワルドが僕の身体の支配権を奪い、勝手に転校手続きなど進めようものなら絶対に許さないが。

 すると、セシリアの人格が引っ込み、六花の方の人格が現れて言う。

「別にりっかは気にしてはいないのだ」

「そうなのか……?」

「ああ、お嬢様たるもの細かいことは気にしないのだ」

「………………」

 六花はどこかこの話を無理に打ちきろうとしているような気がする。

 僕は何か釈然としない気持ちだったが、本人が構わないと言っているのだ。こちらが口出し出来ることではないだろう。

 そして、何より僕はもう一つ、セシリアに尋ねておかねばならないことがある。

「セシリア、おまえ、どうやってこっちの世界に来た?」

 魂のみを異世界移動させる方法自体は、そう難しい技術ではない。だが、国から国を渡ろうと思えばパスポートが必要なのと同じ様に、異世界間を渡るには国からの許可が必要だ。比較的簡単に許可が下りる世界も多いが、こちらの世界はそうそう簡単に許可が下りるような世界ではない。なぜなら、この世界では魔法は認知されていない。そういう世界は、一部例外を除き、監督者や監査官のような特殊な立場の人間にしか移動許可が下りないはずだった。

 六花の肉体の支配権が再びセシリアに移ったようで、セシリアはどこか得意そうな顔で答える。

「私もついに旦那さまと同じバルバニア魔軍の監査官になることができたのです」

「は?」

 僕は思わず固まってしまう。

 バルバニア魔軍とは、魔法合衆国バルバニアの軍である。アメリカでいうならアメリカ軍にあたる存在だ。バルバニアは現在隣接異世界であるフレミニアンと異世界間戦争中だ。軍の人手は常に不足している。だから、軍に就職する事自体は難しいことではない。だが、それはあくまで一般兵としての立場であって、僕と同じ監査官となれば話はだいぶ変わる。

 自分でいうのも難だが監査官とはいわゆるエリートで、キャリア組でなければ、ほぼ所属するのは不可能だと言われていた。

「監査官への部署移動願いが最近急に受理されたのです!」

「最近急に……?」

 僕は首をひねる。

「ともかく、これで私は正式に旦那さまの同僚に慣れたのです」

「………………」

「これで堂々と仕事中もヤりまくれますよ!」

「せめて、いちゃいちゃくらいのマイルドな表現にしろ」

 そして、そんなことをする気はさらさらないのだが。


「まあ、不可解なことも多いが、おおよそおまえの話はわかった」

 まとめると、セシリアは僕と同じ監査官という立場につき、この世界にやってきたのだ。

「しかし、なぜ監査官が派遣された?」

 監査官は基本的に各地で内偵任務を行っているものだが、少なくともこの地には僕と言う監査官がひとり居る。特に増援が必要な状況とも思えない。なぜ、急に二人目の監査官がこの地に派遣されたのか。

 セシリアは僕の問いかけに、眉を引き締め、真剣な表情で答える。

「『マジカルバトル』の関係者に、フレミニアンへの内通者が居るという疑惑が出ています」

「やはり、その一件か……」

 二日前のことだ。脳内に直接送られてくる定例連絡の中にその議題があった。

「フレミニアンの捕虜のひとりを調べると明らかに『マジカルバトル』関係者でなければ知りえないような情報が含まれていた。だから、関係者の中に敵国への内通者がいるのではないか、という奴だな」

 『マジカルバトル』計画とは、この世界にいる人間を契約によって魔法少女とし、最強の魔法少女を決める計画だ。そして、その最強の魔法少女は『勇者』としてバルバニアに召喚され、国を救う、と言われている。

 だが、実際にはこれは一種の生体実験だ。魔法少女が傷つかぬように仮想戦闘のみを行わせるなどの配慮こそあるものの、基本的には『勇者』という『兵器』を造る計画であることは間違いない。ともかく、この世界における『マジカルバトル』の情報の詳細が敵国に漏れているというのは、こちらの世界で例えるなら、軍の研究施設におけるデータが敵国に流出しているようなゆゆしき事態であるのだ。

「まあ、その調査のためにおまえがこちらの世界に派遣されてきたことは理解した」

「その一を聞いて十を知る姿勢、さすがです、旦那さま!」

「別に何も『さすがです』なんて言われるほどのことは言ってないが」

「さすだん」

「いきなり略すな」

 何かいけない方向に話が逸れている気がする。

「ひとつ、言わせてくれ」

「なんなりとお申し付けください!」

「おまえはこの世界に要は関係者の中にいるフレミニアンのスパイを捕まえるためにこちらの世界に来たんだよな?」

「その通りです!」

 僕は疑問に思ったことを指摘する。

「じゃあ、そのこと今ここで言っちゃ駄目じゃね?」

「え? 旦那さまは同僚ですから大丈夫では?」

「いや、僕におまえが来るなんて連絡は来ていない。それはつまり、僕も含めて容疑者だってことだろ?」

 僕は監査官ながら長期でこちらの世界に滞在している。裏切り者の可能性があると思われていても、そうおかしな話ではない。

「でも、旦那さまは裏切り者ではないですよね?」

「そりゃそうだ」

「なら、信じます」

 セシリアは無邪気な子供のような笑みを浮かべる。

「私は旦那さまのすべてを信じると決めていますから」

「………………」

 この娘はあの頃から何も変わっていない。

 僕のことを、ワルドのことを盲目的に信じるあの頃から。

――だから、私はこの娘を……

 流れ込んでくるワルドの感情。僕は努めてその感情を押し殺す。

 今、自身のセシリアへの感情など些事だ。もっと大切なことがある。

「百歩譲って、僕のことはおまえの現場判断で信用に足るとしたということでいいかもしれない」

 そもそも監査官という立場は、内部の人間の不正を暴くという性質上、一般の兵士よりも上に信用される人間でなければ務まらない。僕が監査官になれたのは、上から一定、信用に足る人間と判断されたからだ。そういう意味では、セシリアの判断も的外れとも言い切れないのかもしれない。

 しかし、だ。

「でも、その話をこいつらの前でしたら意味ないだろう」

「あ……」

 セシリアもようやく気がついたようだった。

 今回の調査対象は『マジカルバトル計画』の関係者。ならば、当然――

「ぼくたちも調査対象と言うわけですね」

 雪哉が冷静に呟く。

 監督者である雪哉はもちろん、魔法少女であるそよぎ、凪、風音も当然容疑者だ。

「裏切り者かもしれない調査対象にいきなり舞台裏をすべて明かしちゃったけど大丈夫なの?」

 風音も冷静にセシリアに尋ねる。

 セシリアは、自分が犯したミスにようやく気がついたのか、視線を宙に彷徨わせ、しどろもどろになっている。

「ええっと……」

 そのまま、固まり何事かを考えているようだ。

 そして、しばらくして彼女の中でひとつの結論が出たようで、真剣な表情をして、全員にまっすぐに向き合う。

 そして、尋ねる。

「みなさんはスパイですかー?」

「「「「違います」」」」

「じゃあ、オッケーです!」

 セシリアは僕の方を見て、なぜかドヤ顔で言う。

「いっきに四人も調査が完了してしまいました! どうですか、旦那さま!」

「おまえ、向いてないからこの仕事やめろ」

 セシリアはそよぎとは少し違った方向で天然です。

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