第43話

「だから、僕は言ってやったのさ。『おまえのオオサンショウウオには、いったい何本足があるんだ!』ってね」

『ちょっ、その話、面白すぎるよ!』

「そうだろ。いやあ、これは自分でも傑作だと思うわ」

『いや、この話だけで世界をとれるよ』

「へへ、褒めすぎだぜ」

 僕は自宅であるボロアパートで、彼女である愛原そよぎと電話をしていた。実のある話など何もしていない。ひたすらにくだらない話を繰り返していたときだった。

 僕はふと気がついてカレンダーに目をやる。

 もう、八月もあと一週間と少し。もうすぐ新学期が始まる。うちの学校は進学校なので、8月31日まで夏休みがあるわけではなく、一週間前から新学期は始まる。だから、実質的な夏休みはあと2日だけだった。

「そういや」

 僕はカレンダーを見ながら何気なく尋ねる。

「そよぎは夏休みの宿題は終わったのか?」

『何言ってるの幸助くん』

 電話の向こうにいるそよぎは平然とした様子で言った。

『私が宿題なんて終わらせてると思う?』

「偉そうに言うんじゃねえ」

 まず間違いなく終わってないと思ってたけど。

「どうすんだよ、あと二日だぞ」

 僕は強い口調でそよぎに迫る。

『え……ていうか』

 そよぎはどこか困惑した様子で言う。

『宿題ってやらなきゃダメ?』

「逆になんでやらなくていいと思うのか」

 駄目人間の極みである。

『いや、昔から夏休みの宿題なんてまともにやったことないよ』

「なんでだよ」

『宿題やってなくても、謝り倒してたら教師が許してくれるからだよ』

「はあ?」

 僕にはそよぎが言っていることが理解できない。

『私、校長の娘だからさ』

「学校現場の腐敗?!」

 うちの学校は腐りきっているようである。

「いや、逆に聞きたいんだが」

 僕は前々から疑問に思っていたことを問う。

「おまえがそんな風に勉強をサボっていて、教師である父親は何も言わないのか?」

 どちらかというと教師の子供というのは、無理矢理にでも勉強させられる様なイメージがあるのだが。

『うーん。あんまり言わないね』

「そんなものなのか?」

『よくわかんないけど』

 そよぎはあっけらかんとした口調で言う。

『裏口入学させてくれるような親だからね』

「そういやそうだったけど!」

 こいつは色々な意味でいい加減にした方がいい。

「ああ、もう解った」

『何? この世の真理を理解した?』

「そんな深淵なものは到底理解できないが」

 僕はそよぎのボケを流しつつ言う。

「夏休みの宿題を一緒にやるぞ」

『ええー!』

 このままでは、そよぎは駄目人間になる一方だ。何も勉強ができるようになれ、とまでは言わない。だが、少なくとも人間として最低限、真っ当に生きるということを学んでほしいのだ。宿題はその一歩目だ。

「明日、おまえの家に行くからな。逃げるなよ」

『ちぇ……わかったよ……』

 そよぎは渋々僕の言葉に同意するのだった。

(続く)


 

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