第33話

○静の父親

「いらっしゃいませ」

 店に入った僕を渋い声で出迎えたのは、ナイスミドルという言葉が似合う静の父親だった。

「ブレンド一つ」

 僕は案内された席について、すぐに言う。

「かしこまりました」

 僕は雪哉に連れられて以来、たまに静の家の喫茶店に通うようになっていた。それはこのコーヒーの味を求めてのことだ。僕は今までコーヒーはあまり好きではなかったのだが、一度この店のコーヒーを飲んで以来、コーヒーにはまってしまったのだった。

「お待たせいたしました」

 店長である静の父が直接、僕のところへコーヒーを持ってきてくれた。

「あとよかったら、これもどうぞ」

「え?」

 一緒に持ってきてくれたのは、チーズケーキだった。

「いつも静がお世話になっているからね、サービスだよ」

「あ、ありがとうございます!」

 そして、店長は店の奥へと戻っていく。

 店長、なんてイケメンなんだ。僕も歳をとるならあんな大人になりたいものだ。

「本当にあの人、なんでメイド服を着ているんだろう……」

 あれさえなければ、渋い大人の男として、素直に憧れられるのに……。

「……こうすけ、いらっしゃいませ」

 入れ代わりにやってきたのは、静だった。雪哉のクラスメイトで幼なじみの女の子だ。いつも、ぼぞぼそと聞き取りにくい声で喋っている。

 僕が店長の後ろ姿を目で追っていたことに気がついたのだろうか。静は言う。

「……そよぎが余計なことを言ったから、お父さんはおかしくなった」

 そもそも、この古式ゆかしい喫茶店がメイド喫茶になったのは、そよぎの発案だったらしい。やけくそで行われた改革だったのだが、これが意外にもヒット。後にひけなくなったというのが本当のところのようだ。

 僕は自分の恋人が提案したことだという責任もあるので、父親のフォローをすることにする。

「お父さんだって、仕事で仕方なくあんな格好をしているんだろ?」

 見たいかはともかく、あのナイスミドルの店長がメイド服を着ているのは、話題性は高いだろう。

「……お父さんは休みの日でもあの格好だ」

 店長ォー!

「でも、それは普段から高いプロ意識を持っているということで……(?)」

 僕は無理矢理、自分でも意味不明なフォローをする。

「……あれを着初めてからのお父さんは……とても、楽しそうだ」

 店長ォー!

「……わたしは、もう、どうしたらいいのかわからないんだ」

 静は手で顔覆っていました。

 僕もどうしたらいいのか解りませんでした。

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