第24話
「心を読む能力者をどうやって倒したらいいと思う?」
放課後の教室。太陽はまだ沈まない。
もうすぐ我が学園の短い夏休みがやってくる。期末テストが終わってからも、やれ模試だ、補習だと拘束され続けた一学期もようやく終わろうとしている。
そんなある日、僕は教室で愛原そよぎと向かい合って座っていた。
愛原そよぎは、類いまれなる美少女である。彼女に魅了されない人間はこの世にいないだろう。そんな彼女の正体は魔法少女だ。だから、彼女は僕に悪い魔法少女を倒す方法を相談しに来る。
「読心能力か」
僕は以前対峙した魔法世界バルバニアの大統領のババアを思い出す。あのババアの魔法は恐ろしかった。あれは読心能力としては最高峰だ。できれば、もう敵対したくはない。
しかし、なぜあのババアは僕たちを見逃したのだろうか。
きっと何らかの企みを秘めてのことであることは間違いない。
僕たちの日常は、未だ危うい均衡の上にある。
「幸助くん?」
「ああ。なんでもないよ」
要らぬことを考えこんでしまったようだ。もう既に何度も考えて、現状ではどうしようもないという結論を出したはずだというのに。
遠くのババアより近くの美少女。今は目の前に居るそよぎのことを考えよう。
僕は言う。
「ひとつ考えられるのは、読まれないように心を『無』にすることかな」
要するに、『心を読む』というのは、当然『心』があることが前提となる。その読むべき『心』を消してしまう。いわゆる『無我の境地』に達してしまえば、決して『心』を読まれることはない。
「『無』……」
「まあ、言うは易し。実際には心を『無』にするなんて禅を極めた僧でもないと無理だろ」
「――――――」
「そよぎ?」
突然のことだった。そよぎの様子がおかしい。虚ろで焦点の合わぬ目。感情の感じられぬ表情。いったい何が起こったのか。
「まさか、何らかの魔法で襲撃を受けている……?」
精神干渉系の魔法にやられたのか……?
いったい、いつ、どんな方法で――。
「目を覚ませ! そよぎ!」
「はっ!」
そう叫んで、そよぎの肩を揺さぶる。瞬間、彼女は意識を取り戻した。
「何があったんだ?」
「……今、私は『悟った』よ……」
「……何を言ってるんだ?」
そよぎは言う。
「分別は非実であって、無分別こそが真実なんだよ」
「は?」
「つまり、価値観とか思考に囚われることは、人間が求めるべき正しい姿ではないんだよ。『自我』なんていうのは、問題ではないんだよ。ただ、あるがままを、直観を受け入れることこそが、現代社会のみならず、この世界における正しい――」
「目を覚ませ!」
一瞬で御釈迦様の悟りの一端に触れそうになっていました。
「何、『悟り』を開きそうになってるんだ」
「たぶん、私、普段からあまり物を考えてないから『無』に辿り着きやすいんだよ」
「『無我の境地』やすすぎだろ」
そんな簡単に『悟り』を開けるなら誰も苦労はしない。
「心を『無』にする方向性はやめよう。なんかそよぎがヤバイ方向に目覚めそうだ」
「うん。私もそう思うよ」
僕は別の角度から心を読む相手の攻略を考える。
「心を読まれて困るのは、要はこちらの攻撃手段を把握されて一歩先んじて対処されるからだ」
たとえば、『右手で相手を殴ろう』という思考を読まれた場合、相手は『右手を警戒する』していれば、攻撃を防ぐことが可能ということになる。
「ならば、解っていても避けられない攻撃を加えればいい」
「避けられない攻撃?」
「一番シンプルなのは超スピードの攻撃だ」
つまり、『右手で殴る』ということが解っていても、それを回避する動作を行うよりも早く『右手で殴』ってしまえば、攻撃はヒットする。
「要は読まれても関係ない超スピードで殴り飛ばしてやればいいんだ」
「あれだね。いわゆる『手が早い』ってやつだね」
「うーん。ちょっとニュアンスが違うね」
彼女は慣用句という概念が解っていないようです。
「まあ、理解したよ。ともかく滅茶苦茶に暴れまわればいいんだね」
「まあ、それが一番シンプルかもしれない」
極端な話、狂ったように暴れ回っていれば、いつか攻撃がヒットするかもしれない。下手に作戦を考えるからそれを読まれて逆手に取られるのだ。読心能力者は、僕の様に口先だけで相手を御そうというタイプの人間にとっては相性最悪だが、そよぎの様に力押しで戦うタイプの人間ならば相性は、むしろいいだろう。
「わかったよ。じゃあ、私は、すべての混沌を薙ぎ払う狂気の修羅になるよ」
「中二病かな?」
「了解した。では、我は『
「これは中二病だわ」
中二病の特徴は、かなり曲解された意訳ルビです。
「まあ、これで今回の『なやみごと』も解決だな」
僕は言う。
「そうだね」
そよぎはそれに応える。
そよぎはふわりと笑った。その笑顔が愛しくて仕方が無かった。僕は彼女のこの笑顔を守りたい。
いや、そんなかっこつけた気持ちじゃないな。
僕は今の今まで自分自身の心の中ですら、飾っていた。かっこつけていた。自分は物語の主人公じゃないなどと言いながら、どこか自分が彼女を守るヒーローのような気持ちになっていたんだ。
もちろん、そよぎがピンチなら助けるし、そのためなら大概どんなことだってやるつもりだ。でも、結局、根底にあるのは、そんな気取った思いじゃないんだ。
「そよぎ」
僕はそよぎの名前を呼ぶ。
「今、僕が何を考えているか解るか?」
「んー?」
そよぎは穏やかに応える。
「わかったかも」
「本当か?」
「私も心を読む能力に目覚めちゃったかもね」
「すごいな、そよぎは」
そして、僕は言ったんだ。
すべての自分の心を乗せて、想いを乗せて、僕は彼女へと言葉を届ける。
「好きだ。付き合ってくれ、そよぎ」
僕は、ただそよぎを自分一人だけのものにしたかっただけなんだ。
心を読むなんて、きっと魔法でもなければ出来やしない。だから、僕たち人間は言葉を作りだした。ときには誤解を生んだり、すれ違いを生み出すこともあるだろう。でも、僕たちは言葉があるから繋がれる。共に生きたいと伝えることができる。
僕の言葉は目の前に居る愛しい人に、確かに届いた。
そよぎは、くしゃりと笑って言った。
「……はい!」
そして、そよぎは勢いよく僕に飛びついて――
これから、後のことは、僕たちだけの『秘密』だ。
誰にも知られない様に、ずっと僕たちの心の奥底にしまっておこう。
大切な大切な思い出として。
〈了〉
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