第23話
僕は話を本筋に戻す。
「では、おまえがそよぎの能力に関して虚偽の記載をしたのは――」
「ええ。大統領。正確に言えば、合衆国バルバニアそのものを警戒したからです」
雪哉は続けて言う。
「『運命操作』……この系統の魔法を持っていたものはバルバニアの長い歴史の中で今まで三人しかいなかったと言われています。しかも、そのいずれの使い手も国の大きな歴史の転換点を作ったと言われる人物ばかりです。そよぎ姉さんがその四人目だというなら、その影響は計り知れないものになります」
人の運命を捻じ曲げる力。それは魔法使いという観点から見ても人の身を越えた力。
神の領域に踏み込みかねない力だ。
「そよぎの操作力はどのレベルまで及んでいるんだ?」
僕は一番肝心な点を問う。
「僕の見立てでは、それこそ『運が良い』程度のものです。ギャンブルなど運の要素が絡む物で勝ちやすい。あるいは、『常識』の範疇で起こりうる自分に都合のよい結果を引き起こす。たとえば、そよぎ姉さんが皆に好かれているのはここに起因しているでしょう」
雪哉は続けて言う。
「しかし、これらはすべて無意識のレベルで行われていることは確かな様です。つまり、そよぎ姉さんが意識的に『皆に好かれたい』ために能力を行使しているわけではありません。どうやら、あくまで彼女の力は受動的なものであり、能動的な使用はできないのが現状のようです」
「ふむ……」
たしかに、自分の意識で人心を操れるというのであれば、これほど都合のよい能力は無い。あくまで自分の無意識の『願い事』を能力の方が叶えてくれる、ということか。
「なおかつ、どんな願いでも叶えられるわけではなく、ぼくの見立てでは最低でも二つ『限定条件』があります。ひとつは、その『願い事』をそよぎ姉さんが真に望んでいること。たとえば、じゃんけんで勝ちたいと思っても、『負けても仕方がない』と思っている場合には、能力は発動しないようです」
「なるほどな」
「もう一つの『限定条件』はその操作範囲です。『世界の理を変える』レベルまでは力は及んでいないようです。たとえば、仮にそよぎ姉さんが『太陽がなくなればいいのに』と本気で考えても、太陽がなくなったりはしません。また、『人に好かれる』力を発揮してこそいますが、たとえば、明確な理由があって嫌われている人の心象をかえるのも無理です。おそらくは、そよぎ姉さんはこの世界の『常識』の範疇に居ます。まだ、それを変えるような力までは持っていないようです」
「その領域は『神域』だ。それは『運命操作』なんてレベルじゃなくなる」
かつて世界には神が居た。
しかし、あるとき、神は突然姿を消した。
そのあとに現れたのが、僕たち人間だ。
バルバニアの神話ではそう言い伝えられていた。
「おまえは『まだ』と言ったな。つまり、そよぎはいつか成長すれば……」
雪哉は躊躇った様子を見せながらも言う。
「この世界の新たな『神』となりうるかもしれません……」
雪哉は静かに落ち着いた声で言った。
そよぎが『神』になる。
それはそよぎの意志一つで、物理法則が書き変わり、人の心意がねじ曲がるということだ。そよぎはその領域まで至る可能性を秘めているというのか。
「しかし、あくまでそれは可能性でしかありません。それも限りなく低い可能性です。ほとんど0と言ってもいい。かつての『運命操作』の使い手も『神域』まで到達したものはいないのですから、そよぎ姉さんがその領域に達することは考えにくいです」
「だが、おまえはその極小の可能性を悪用しようとするものがいると考えたんだな」
「ええ、その通りです」
雪哉は首肯する。
「ですから、報告書に虚偽の記載をしました。そよぎ姉さんの力を悪用しようとするものの目から姉さんを守るために」
もしも、雪哉が正直にそよぎの能力を申告していれば、上層部は間違いなくそよぎに注目し、場合によっては利用しただろう。もしかしたら、マジカルバトルの成績なんか無視して、そよぎを『勇者』にすることを決定したかもしれない。何十年も戦いを続けさせ、未だにひとりの『勇者』も決定できない腰の重い上層部でも、飛び上がって行動を起こすかもしれない。そよぎの持つ『運命操作』とはそれだけ大きな力なのだ。
「姉さんを『勇者』にさせるわけにはいきませんからね」
「ああ」
マジカルバトルで選ばれ、異世界たるバルバニアを救うと言われている『勇者』。
『勇者』などと耳触りのいい言葉を選んでいるが、あれはそんないいものじゃない。
「『勇者』なんて、戦争の道具にされるだけの存在だ」
『勇者』とは、バルバニアが対立する異世界フレミニアンと戦うために求められた生物兵器に過ぎない。国とっては魔法少女など使い捨ての異世界間弾道ミサイルとなんら変わりはしない。万に近いバルバニアが干渉した異世界からかつて連れてこられた『勇者』たちは、戦火の中で皆その身を散らしたと聞いている。
「人道、人道なんて言っておいて、結局は人殺しのための道具にしようとしているんだ。これほどの偽善はなかなかないぜ」
僕は吐き捨てるように言う。
「ええ、ですから、ぼくの目的はただのゲームでしかないマジカルバトルを永遠に続けさせることです。そよぎ姉さんに、人を殺させるわけにはいきませんから」
そよぎは優しい。本当の意味で人を傷つけることなんて出来やしないんだ。だから、これ以上彼女を、望まぬ戦いに巻きこむわけにはいかない。
「僕が本当にマンガの主人公だったら、バルバニアとフレミニアンの戦争を終わらせようとするのかもしれないけどな」
僕は言う。
「僕はただの人間だから、ただ好きな相手の幸せだけ願わせてもらうよ」
それは卑怯だろうか。情けないだろうか。
それでも僕はただ目の前の一人の女の子の幸せだけを守っていきたい。
そう思うのだ。
「買い出しにどんだけ時間かかってんだよ」
「あはは、今思ったんだけど、『かいだし』って『貝の出汁』みたいだよな。あはは。ウケる」
風音は不機嫌そうに僕を睨んでいて、凪は一人で笑っている。
「おかえり」
そう言ってそよぎは、優しく微笑んで僕たちを迎えた。
僕は、ただこんな日常を守っていきたいのだ。
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