第19話
「なんかよくわからないことになったけど……」
そよぎが言う。
「結局、幸助くんの記憶も消されずにすんだってことだよね?」
「ああ、そうみたいだな」
大統領が話のわかる人でなんとか助かった。
「最悪、僕の記憶が消されていたときは、凪になんとかしてもらうつもりだったが」
「あたしに?」
凪が疑問の声をあげる。
「凪は言っていた。自分の能力は記憶を消したり、『植え付けたり』できるって。なら、その応用で僕たちの今の状態の記憶を植えつけることもできたはずだ」
「いや、簡単に言ってくれるが」
凪は言う。
「さっきも言ったが、あたしの記憶操作は『
「だから、最後の手段だよ。先に言っておくが、今後もし僕の記憶が消されるようなことがあれば、廃人になってもかまわない。僕の記憶を戻してくれ」
「そんなの、あたしが『うん』と言うと思うか?」
「まあ、万一のときの話さ。そうならないように、今度からはうまく立ち回るさ」
今回の一連の出来事は、反省すべきことだらけだった。そよぎが意識を失ったのを見て、冷静な判断力を失い、僕のすべての『秘密』を打ち明けてでも、情報を引き出すことを優先してしまった。僕は本当に肝心なところで思慮が足りない。
僕の言葉を受けて、凪はいったい何を考えたのだろう。少しの間、呆けたような顔で僕を見ていた。そして、一瞬、何かを決意したような顔を見せた。彼女が何を思ったのか、僕にはわからなかった。
次に、凪は相好を崩していった。
「でも廃人になるかどうかを別にしても」
凪はいつものような無節操な笑みを滲ませている。
「ピュアなあたしには、スケッチのエロ煩悩にとらわれた記憶を戻せる自信がないぜ」
「誰がピュアだ。それに、僕はそこまで煩悩にとらわれちゃいないぞ」
「ほう、では今まで、そよっちがスケッチの布団で寝ていたことにも何も感じないんだな」
「…………………………………………………………別に」
「あはは、沈黙長すぎだろ。くっそウケる」
「うわあ……」
内田が汚いものを見るような目で僕を見ていました。
「まあ、じゃあ、とりあえずはハッピーエンドってことで」
改めて内田は言う。
「打ち上げでもしますか」
「打ち上げ?」
「そう。そよぎの記憶を消す必要もなくなって、渡辺、あんたも、まあ言うなればうちらと同類なわけでしょ?」
確かに、魔法合衆国の関係者という意味でなら、まあ同類とも言えるが。
「というわけで、一回ここで改めて親睦を深めようというわけよ」
「……内田」
あの内田が、いかに僕を同類と認めたからとはいえ、「親睦を深めよう」なんて台詞を僕に言うとは思わなかった。別に特別、内田と仲良くしたいなどと思ったことはないが、これからもきっと長い付き合いになる。ここら辺でお互いを認め合うのもいいだろう。
「渡辺……今まで悪かったわね。さっきも言ったようにそよぎの気持ちを一番解るのがうちだったからさ。つい、渡辺へのあたりが強くなってた」
「いや、いいんだ。解ってくれたのなら」
内田は珍しくしおらしい態度で言う。
「うん……うちらは今この瞬間から正式に友達よ。渡辺って言い方も他人行儀ね。うちもそよぎたちみたいに『幸助』って呼んでもいいかしら」
「ああ、もちろんさ。僕も『風音』と呼んでもかまわないか?」
「ええ、もちろん」
こうして、僕と風音は共通の困難を乗り越えたことで、真の意味で友達になった。
「幸助、あんたの一人の友達として言うわ……」
「おう、なんだ。何でも言ってくれ」
内田は今まで見せていたしおらしい態度をふっとばして言う。
「打ち上げの買い出し行ってこいよ」
「は?」
僕はまぬけな声をあげる。
「うちら友達だろ? さっさと菓子とかジュースとか買ってこいって言ってんだよ。ああ、金は出しといてくれよ」
「友達ってそういう関係だっけ?」
完全にヤンキーとパシリの関係なんですが。
「ああ? 友達の言うことが聞けねえのかよ?」
「斬新な脅し文句をはくんじゃねえよ」
「さっさといってこい!」
僕は半ば無理矢理部屋を追い出される。そして、鍵まで閉められる。いや、ここ僕の部屋なんだけど。
「ちくしょうが!」
僕は叫ぶ。
いかん、落ち着こう。
まあ、きっとこれは風音なりの照れ隠しなんだろう。友達になろうなんて台詞、奴のキャラじゃないからな。恥ずかしくてついこんな態度を――
「あ、ファミチキ食べたいから、そこのローソンじゃなくて、駅向こうのファミマまで行ってこいよ」
「照れ隠しなんだよな!」
こうして、僕は家を追い出され、買い出しにいく羽目になった。
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