第17話

 そよぎが様子が落ち着いたのを見て凪は言う。

「そよっち……ごめん」

 凪が泣きそうな顔でそよぎを見ている。ある意味で一番辛かったのは凪だろう。自分の魔法がそよぎの記憶を奪い、学習能力を低下させていたと考えていたのだから。間違いなく罪悪感は強い。

「あたしなんだ。あたしがそよっちから、つばさねえちゃんの記憶を奪ってたんだ……そうしないと、そよっちがつばさねえちゃんを追いかけてどっかに行っちゃうと思ってたから……ごめん……」

 凪は今まで見せたことがないような沈痛な面持ちをしている。

 そよぎは言う。

「今ならわかるよ……いつも私と一緒に戦ってくれてた私の仲間は、凪ちゃんたちだったんだね……」

「ああ……」

 凪の記憶操作魔法が解けたためだろうか。そよぎは凪たちが自分と同じく魔法少女であったということを理解できたようだった。

「凪ちゃんは私のためにやってくれてたんでしょ? だったら、謝る必要なんてないよ」

「そよっち……」

 今度は内田が前に出る。

「うちにも謝らせて……こんなの自己満足だって解ってるけど、それでも言わずにはいられない。ごめん……うちはずっと魔法でそよぎを見張ってた。そうじゃないとそよぎが何をするか解らないと思っていたから……」

 内田の言葉に、そよぎは力の抜けた笑みで応じる。

「私が頼りないから見守ってくれてたんでしょ? だったらむしろ私がお礼を言わなくちゃいけないよ」

「そよぎ……」

 内田もまたそよぎの優しい言葉に何も言えなくなる。

「そよぎ姉さん、ごめん……」

 雪哉が神妙な顔で言葉を紡ぐ。

「すべての計画を立てたのぼくなんだ。凪さんや風音さんを魔法少女にして、姉さんまで魔法少女にした監督者の正体は僕なんだ」

「今ならわかるよ……今まで気付いてなかった自分が馬鹿みたい。私、おねえちゃん失格だね」

 そよぎの言葉に、雪哉は泣きそうな顔で叫ぶ。

「そんなことない! むしろ、駄目だったのはぼくの方だ……ぼくは弟なのに姉さんを救えなかった」

 そよぎは慈愛に満ちた顔で言う。

「雪哉はいつも私を助けてくれてるよ。部屋の掃除もしてくれるし、料理も作ってくれるし」

「姉さん……」

「だから、雪哉も何も気に病むことなんてないんだよ」

 そよぎは笑顔で言う。

「ありがとう。みんな。私はもう大丈夫だから」

 そして、そよぎは僕を見つめる。

 そよぎの大きな瞳が僕の目を覗きこむ。

 透き通る瞳が綺麗だ。

 長い睫毛が美しい。

 小さな鼻が愛おしい。

 柔らかな唇が可愛らしい。

 ――僕はそよぎのすべてが好きだった。

 僕はたしかに愛原そよぎという存在そのものを愛していた。

「幸助くん、ありがとう。私に生きたいと思わせてくれて」

 僕は何もできなかった。ただ、彼女が自分の過去に向き合えるようになっただけだ。この物語の主人公は僕なんかじゃない。紛れもなく愛原そよぎこそがこの世界の主人公なのだ。僕はそんなことを考える。

 だが、これは現実だ。

 お涙頂戴のいい雰囲気を醸し出したって、ドラマみたいにカメラがフェードアウトすることなんてない。僕たちの時間は途切れることなく、続いていく。

 さあ、またここから僕たちの日常を紡いでいこう。

 そう思った瞬間だった――


「いやあ、泣ける話だったわねぇ」

 ぞくり、と。背筋を一瞬で駆け抜ける悪寒。部屋に居た全員が瞬時に身を固くした。その声の持ち主は僕のボロアパートの玄関に立っていた。

 それは僕も知る人物だった。

「静……?」

「しずか? ああ、この子の名前はそんな名前だったわねえ」

 そこに立っていたのは、紛れもなく雪哉のクラスメイトである琴山静だった。だが、その中身は別人だった。

 雪哉が一歩前に出る。

「誰だ。静の中に居るのは」

 雪哉の様子に僕はぞくりと身をすくめる。

 雪哉は憤っていた。直接睨まれたわけでもない僕でもひるんでしまいそうなほどの威圧感を放っていたのだ。

 だが、静の姿をした何者かは飄々とそれを受け流した。

「ああ、そういえばこの子。あなたのこちらの世界での幼馴染だったかしら。いいわねえ。幼馴染って。なんか青春の臭いがするわぁ」

 その言葉を受けて、逆に雪哉がひるむ。

「こちらの世界……その喋り方……おまえ、まさか……」

「久しぶりねえ、リューギニアちゃん。それとも、こちらの名前で雪哉ちゃんと呼んだ方がいいかしらん」

 静の顔がイタズラを成功させた子供の様になる。

 僕もようやく静の中に居る人物の正体に思い当たる。

「まさか……大統領なのか……」

 すると、静の顔はどこか不気味さを醸し出す満面の笑みへと変化する。

「大正解! みんなのアイドル、魔法合衆国バルバニアの第26代大統領のリリシア・ドランバティよん。魔法少女のみんな、お初ー」

 軽すぎるノリで話しているが、この女、常に底の知れない不気味さを漂わせている。たとえるなら、それは道化。人を笑わせ、楽しませる存在でありながら、本当の顔はひとかけらも見せようとしない。深くおぞましい何かを秘めた存在。

 この女を敵に回すのはまずい。

「大統領」

 雪哉がそよぎをかばう様に前に出ながら問う。

「なぜ、静の身体でこちらの世界に?」

「んー? 私くらいの魔法使いになると自分の魂の形をある程度変えられるから魂的共鳴者じゃなくても、少しくらいなら顕現できるのよん」

「そういうことを聞いているのではありません。なぜ静の身体を使ってまで、突然このような辺鄙な世界に顕現なさったのかと問うているのです」

 大統領はどこかわざとらしく目をぱちくりさせながら言う。

「ええー、ちょっと観光したくなっちゃって」

「………………」

 あまりにもふざけた人を喰ったような解答に雪哉も言葉を失う。

「いやいや、そんなわけないでしょ、ってつっこまないと。もう、雪哉ちゃん、こっちの世界でワルドちゃん、じゃなかった、幸助ちゃんと一緒にいるときはあんなに楽しそうなのに、私の前ではいつも固いわよねえ、リラックスリラックス」

「……!」

 雪哉は目を見開いて驚愕の色をあらわにする。

 やはり、この女にはすべて見られているのか?

「その通りよ、幸助ちゃん」

 !!

「これが私の能力……ああ、言葉で説明するのは面倒ねえ。そちらのそよぎちゃんなんて、さっきまで寝てたから幸助ちゃんの中にいるワルドちゃんのことも知らないのよねえ。だから、一括で教えてあげる。ではいきまーす。『一斉送信』!」

 大統領がそう宣言した瞬間、僕はすべてを『理解させられる』。

 大統領の力は『情報操作』。この世に存在するあらゆる情報を閲覧できるし、その情報を任意の誰かに『理解させる』こともできる。彼女がこの世界で知らないことは何もないと言えるだろう。その気になれば、すべての人間の心の中だって覗き見ることができる。彼女にとって人の心の中など、小説の地の文を読むようなものだ。

「ああ、私の力が『小説の地の文を読むみたいに人の心が読める』、ていう説明、なんかいいわぁ。今度から使わせてもらっていい?」

 ふん。どうぞご自由に。

「幸助くんがバルバニアの人間……?」

 そよぎが呟く。

「そよぎちゃんに、説明する手間を省いてあげたわよん」

「余計なことを……」

 あの様子だと、そよぎも僕と同様にすべての必要情報を『理解させられた』ようだ。僕の中に居るワルドのことも既に『知っている』だろう。

 そして、同時に僕も大統領が現れた理由も『理解させられた』。

「僕を連れ戻しにきたのか……」

 僕の監査官としての任務は、マジカルバトルを『極秘で』監督すること。魔法少女たちに直接身分を明かすのは、緊急時を除いて禁じられている。僕はその禁を破ってしまった。だから、僕は監査官の地位を剥奪される。そして、ワルドとしての人格は本国へ強制的に帰還させられ、渡辺幸助としての僕は魔法少女に関する記憶の一切を奪われる。

「幸助くんの記憶を奪うってどういうこと!」

 そよぎが必死な声で叫ぶ。

「うーん? 『送信』した通りよん。彼は正体隠匿の決まりを破った。魔法少女はあくまであなた達の世界の人間だから、過度な正体隠匿のルールはないのだけど、監督者や監査官はこちらの世界の人間だからね。ルールを破れば強制帰還命令が下るわん。ああ、安心して、渡辺幸助という人間はここに残るから。ただ、魔法少女に関する記憶を消されて、今までと同じ様に付き合える保障はないけど」

「ちっ!」

 僕は舌打ちをする。

 僕たちの関係は「魔法少女としてのなやみごと相談」から始まっている。もしも記憶を消されれば、そよぎをただのクラスメイトとしてしか認識できなくなるだろう。そうなれば、きっと僕らはもう今までと同じ関係ではいられない。

 この女に対しては、どうせ心の中で考えても、口に出しても同じだ。僕は言う。

「すまん、みんな。見通しが甘かった。正体隠匿ルールは解っていたが、最終的にこの五人で口裏を合わせればなんとかなるだろうと高をくくってしまった。ワルドを表に出すと決めたときに、誰かが僕を捕まえにくる展開も考えていたが、それでも口先で言いくるめられると思っていた。だが、この女にはそういう駆け引きは通用しない。すべて読まれるからな。まさか、大統領の『眼』がこの世界に向いていたなんて思ってもいなかったよ」

 通常、バルバニアは放任主義でここまで監査官一人一人を見張っているなどということはあり得ない。なぜなら、バルバニアが魂渡りを使って干渉している異世界は優に万はくだらない数があるからだ。そのひとつひとつにおける行動をリアルタイムに見張るなどという真似が通常、出来るはずがない。

 たまたま、並はずれた感知能力を持ち、異世界すら見通す力を持った国のトップがこの世界に『眼』を向けていたなどという偶然があり得るだろうか。

 大統領はけらけらと笑いながら言う。

「いやあ、幸助くん視点で貴方達の物語を見るのは、なかなか面白かったわよん」

「どっから見てたんだよ」

「そうねん。そよぎちゃんがなやみ相談を始めたあたりからかしらん」

 僕たちの関係は最初から見張られていたというわけかよ、ちくしょう。

 この女にははったりもブラフも通用しない。ずっと口先だけで生きてきた僕にとっては相性最悪の相手だ。

 ならば、僕にとれる手段はあと一つだけだ。

「何をしてくれるのかしらん」

「これが僕の最後の切り札だ……」

 そう言って、僕は勢いよく畳に座り込む。

「見逃してください」

 僕は土下座をした。

「えー。最後の切り札がそれなのん? ちょっとお、もうちょっとカッコイイのを出しなさいよん」

「あんたにはどんな口先だけの言葉も通用しない。だったら、あとは僕が持つものの中で対抗できるものがあるとしたら『誠意』だけだ。頼む」

「………………」

 なあ、頼むよ。僕とそよぎの日々を壊さないでくれ。

 最初から僕の心の中を小説みたいに覗いていたんならわかるだろ? 

 僕がどれだけそよぎを好きで、愛しているかってことを。

 僕はそよぎを救うためならなんだってするって決めたんだ。

 でも、それには大前提がある。

 僕とそよぎがずっと一緒に居られることだ。

 以前、凪にそよぎのために死ぬ覚悟はあるか、と問われた。今にして思えば、あれはつばささんの悲劇を踏まえての言葉だったんだろう。そのときに僕は言った。そんなことはしない、と。なぜなら、それはそよぎが悲しむからだ。そよぎは、今のそよぎは、僕がいないと生きていけない。それは掛け値なしに本当のことだ。

 だから、僕はどんなにみっともなくても、かっこわるくても、最後の一パーセントまで可能性があるならそれに縋らなくちゃいけない。

 頼む、大統領。

 あんたに人を思う情があるなら見逃してくれ。

「……はあ」

 大統領は、小さく溜め息をついた。それは彼女がここに来て、初めて見せた人間味ある動作に思えた。

「顔をあげなさい、幸助ちゃん」

 僕はゆっくりと顔をあげる。

「まあ、私もちょっと意地悪が過ぎたわん。あなたたちが全力で青春してるもんだから、ついついからかいたくなってしまったのよねん。ごめんなさい」

「どういう意味だ……?」

「幸助ちゃんにしては察しが悪いわね。大体ね。こうは思わなかった? なんでただの監査官を一人を罷免するのに大統領が直接出向いてくるのか、って」

 言われてみればそうだ。彼女はこう見えてもバルバニアのトップ。僕のような末端の人間の進退を告げに現場に現れるというのは、いかにもおかしい。

「私は個人的にあなた達の物語をのぞいていたからねん。ちょっとばっかし、同情心が芽生えちゃったのよん。だから、わざわざ忠告に来てあげたわけ」

「忠告?」

「ええ、そうよ。今回の一件が、あなたの上司に直接ばれてごらんなさい。有無を言わさず強制送還よ。そうなったら大統領権限でもあなたの記憶を戻すのは無理よ。我が国は法治国家ですからね、法に乗っ取って正式な手続きを経た行動の方が正義なのよん」

「じゃあ、待て。あんたは僕たちの味方だというのか?」

「そうよ、私はね――」

 大統領は楽しそうに微笑んで言った。

「あなたたちのファンなのよん」

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