第15話
ここまではすらすらと話をしてくれた雪哉も口を開かない。他の二人も同様だ。だから、僕はもう一度問いかける。
「雪哉、そよぎの『秘密』を教えてくれ」
「……それは監査官としての言葉ですか?」
今の雪哉には普段、僕を見る時の子犬の様な目の光は無い。彼が時折見せる鋭い眼光を発する怜悧な視線で僕の目を捉えていた。
僕はその視線を真っ直ぐに受け止めながら宣言する。
「いや、そよぎを好きな一人の男として問う。僕にそよぎを救わせてくれ」
雪哉は僕の言葉に、ほんの少しだけ目を細めて応じる。
「……さすが幸助さん。決める時は決めるマンガの主人公の様ですね」
「そんないいもんじゃねえよ」
今はあえて大口を叩いているが本当は何もできないかもしれない。もしも、そよぎを救うためには自分が命をかけなければならないとしたら、きっとためらうだろう。異世界から来た魔法使いが身体にとりついていようとも、僕は単なる一人の男子高校生に過ぎない事は間違いない。
僕には好きな女の子一人救うのだって困難だ。
「ただ、やる前から諦めるのが嫌なだけだ。僕はベストを尽くしたい」
すべての情報を得て、それを精査し、ほころびを見つける。
そういう作業は得意だ。
どうしても諦めなければならないのだとしても、すべての可能性を考え、足掻き尽くした後でなければ、到底納得は出来ない。
僕はそれだけそよぎのことを大切に思っている。
「……ぼくは幸助さんのそういうところが好きですよ」
僕の言葉をどのように受け止めたのだろう。雪哉はそう言って力の無い笑みを見せる。だが、次の瞬間、雪哉の表情に真剣さと凄味が現れた。
「わかりました。お話しましょう。ぼくが知る愛原そよぎの『秘密』を」
内田が心配そうにぽつりと呟く。
「雪哉……」
「風音さん、凪さん。ごめんなさい。あなたたちが気に病む必要はありません。全て僕が計画したことです」
内田も凪も何も言えずに立ちつくしている。
「幸助さん、すべてを語ります」
こうして雪哉の告白は始まった。
ぼくがこの世界に顕現したときの最初の記憶は、そよぎ姉さんでした。
「あ、おきた?」
幼いそよぎ姉さんの大きな瞳がぼくをのぞきこんでいました。
単純と思われるかもしれませんが、ぼくはこのときからこの人には幸せになってほしいと思うようになりました。
これがぼくの初恋でした。
「おねえちゃん、ゆきやがおきたよ」
「あら、ありがとう。そよぎ」
ご存じのようにこちらの世界のぼくは愛原そよぎの弟です。しかし、実はぼくにはもう一人姉が居たのです。
「あとは、おねえちゃんに任せなさい」
「ええー、そよぎもゆきやのめんどうみたい」
「ふふ、じゃあ、ふたりで見ましょうか」
「うん!」
姉の名前は愛原つばさ。当時、そよぎ姉さんの十一歳上の十六歳でした。ちょうど今のそよぎ姉さんと同じ年になります。姉妹というだけあってつばさ姉さんは、今のそよぎ姉さんに似ていますが、同い年でも一回り大人びて見えました。落ち着いた所作や言動がそう感じさせたのかもしれません。
「そよぎも、おねえちゃんみたいなおねえちゃんになるんだ」
「ふふ。そう?」
「うん、そよぎ、おねえちゃん大好きだから!」
そよぎ姉さんは、いつもつばさ姉さんにべったりでどんな時でも一緒にいようとして、学校に通うつばさ姉さんを困らせることもありました。それくらいそよぎ姉さんはつばさ姉さんのことを慕っていたのです。
悲劇はぼくが一歳の誕生日を迎える前に起こりました。
「つぎは、おねえちゃんの番だよ」
ある日の日曜日です。ぼくはベビーカーに乗せられ、つばさ姉さんとそよぎ姉さんと共に近所の公園を訪れていました。幼馴染だった凪さんや風音さんも一緒です。三人がボールを投げて遊んでいるのをつばさ姉さんはぼくの世話をしながら見守っていました。
「うーん、私は雪哉の面倒みないといけないしねぇ」
このとき、ぼくは既にリューギニア・リューフリクスとしての自我を確立していましたから、同年代のごく普通の赤ん坊に比べれば知能は著しく発達していたのですが、いかんせん肉体は赤ん坊です。歯の生えそろわない口で喋るのは困難でしたし、運動だってうまくはできません。ですから、ぼくは自分の肉体がある程度成熟するまではごく普通の赤ん坊として生活するつもりでいました。ご存じのようにバルバニア人の寿命はこちらの世界の人間の十倍以上ありますから、時間の感覚もこちらの人間とは違います。ですから、少なくとも五年程度は様子を見てから、僕は監督者の仕事を始めようと考えていました。
僕は客観的に見ればごく普通の赤ん坊でした。ですから、一歳にも満たない赤ん坊であったぼくから目を離すことをつばさ姉さんはためらったのです。それは当然と言えるでしょう。
「あ、じゃあ、そよぎが、ゆきやの面倒みるよ」
「そよぎが?」
「うん。そよぎだっておねえちゃんなんだから大丈夫だよ」
「おーい、つばさねえちゃんも遊ぼう」
「つば姉もボール投げてよ」
凪さんと風音さんもつばさ姉さんを呼びます。それで心が動いたのでしょう。つばさ姉さんは軽い気持ちで言いました。
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
「うん、任せて! そよぎも、おねえちゃんなんだから!」
つばさ姉さんは、凪さんと風音さんとボール遊びを始めました。その間、僕のベビーカーのそばにはそよぎ姉さんが立っていました。
「ゆきや」
呼びかけられたぼくはそよぎ姉さんを見つめ返します。そよぎ姉さんは天使のようにやさしく微笑んでいました。
「おねえちゃんがゆきやをちゃんと守るからね」
それは図らずもぼくが姉に対して抱いていた思いと同じでした。
「つばさおねえちゃんみたいなおねえちゃんになるんだ」
きっとそよぎ姉さんはつばさ姉さんに憧れていたんだと思います。弟という存在を通して自分も姉と同じような人間になりたいと考えていたのではないしょうか。
そのときでした。
三人が遊んでいたボールが何かのはずみで大きく飛んでいき、公園の外まで転がっていってしまいました。そよぎ姉さんはそれに気が付きました。そして、張り切って言いました。
「そよぎが取ってくる!」
そして、そよぎ姉さんは周囲の確認もせぬまま、公園の外の道路に飛び出してしまいました。
そのとき、不幸にも車がまさにその道を走っていたのです。
「そよぎ!」
つばさ姉さんはそれに気付いて、走り出しました。そして、道に飛び出したそよぎ姉さんを抱き抱える様にしてつばさ姉さんは道に飛び出しました。
そして――つばさ姉さんは車にはねられて死亡しました。
不幸中の幸いはつばさ姉さんが庇ったことで、そよぎ姉さんが無傷であったことでした。
しかし、そよぎ姉さんはつばさ姉さんが亡くなってからずっと塞ぎこむようになりました。無理も無いでしょう。きっと、自分が姉を死なせてしまったと思っていたのでしょうから。
ぼくはそんな姉を見ていられなかった。姉にはもっと無邪気に笑っていて欲しかった。
しかし、ただの赤ん坊に過ぎないぼくにはただ彼女の側に寄りそうことしかできることはありませんでした。
決定的な出来事はあまりに突然起こりました。
ある日、突然、そよぎ姉さんはどうやら自ら車の前に飛び出したようなのです。幸い、運転手が間一髪でブレーキをかけ、姉は無傷で済みましたが、目撃者によればそれは不注意の結果ではなく、意図して車の前に飛び出していたということが解ったのです。
両親はそよぎ姉さんを問い詰めました。すると姉さんはこう言いました。
「……そよぎもおねえちゃんのところにいきたい」
ぼくは衝撃を受けました。ハンマーで頭を殴られたような気分でした。たった五歳の子供が姉を失ったことを、こうまで思いつめていたのです。
ぼくは大馬鹿ものでした。姉を守りたい。確かにそう思っていたはずなのに、自分の肉体が未成熟なことを理由にして、ただ見守ることだけしかできないなどと安易な逃避を行っていたことにようやく気がついたのです。
本当にできることは何もないのでしょうか?
いや、僕には魔法使いとしての力がありました。たとえ、肉体が未成熟でも監督者として必要な最低限の魔法の使用は可能でした。
このときにぼくはたとえ何を犠牲にしてでも姉を守ろうと決意しました。
どんな方法を使ってでも姉の笑顔を取り戻すことを、ぼくは誓ったのです。
「なぎさん……かざねさん……」
「ゆきっち?」
「雪哉、あんた、しゃべれるの?」
そよぎ姉さんを励ますために遊びに来ていた二人に、そよぎ姉さんがいないタイミングをはかって、ぼくは意を決して声をかけました。
「ぼくとけいやくしてまほうしょうじょになってください」
ぼくは二人にマジカルバトルの詳細を語りました。そして、ぼくはこう言いました。
「ふたりのちからをつかえば、あねをすくえます……」
ぼくは更に言いました。
「あねをすくいたくないですか?」
ぼくは卑怯です。二人が一緒に遊んでいた自分たちにも事故の原因の一端があると思っていたことに付け込んだのです。しかし、たとえ誰の気持ちを踏みにじっても、ぼくは姉を救うと決意していました。
こうして、ぼくは二人と契約しました。
これがぼくの罪です。
都合がいい事に、二人の力は姉を救うのに適したものでした。監督者は契約前でも、魔法少女になったとき、どのような力が得られるかをある程度なら把握できます。そういう意味でも二人を魔法少女にするのが最も効率がよかったのです。
しかし、問題が一つありました。
それは魔法の副作用です。とくに凪さんの魔法はまさに姉を救うのにうってつけのものでしたが、そのぶん、何の耐性もない一般人に使うには強力すぎるものでした。一度や二度の使用なら全く問題は無いでしょうが、ぼくの計画ではその強力な魔法を姉に恒常的にかけ続けなくてはなりません。これでは姉の肉体と精神がもたないと思われました。
ですから、ぼくは苦肉の策を考え出しました。
姉が普通の人間だから魔法に耐えられないのです。
姉も魔法少女にしてしまえば、凪さんの魔法の副作用にも耐えうると考えたのです。
もちろん、本末転倒だと思いました。姉を救うために姉を戦いに巻きこむというのですから。しかし、ご存じのようにマジカルバトルはあくまで安全に設計された模擬戦闘であり、そういう意味ではゲームと変わりません。ぼくがきちんと『仮想領域』魔法を展開していれば、姉が傷つくことはないのです。
ぼくは凪さんと風音さんと共謀し、姉を魔法少女にすることに決めました。
ある日の晩、ぼくは子供部屋の扉越しに姉に声をかけました。
「ねがいをかなえたくはないですか?」
「だれ?」
「ぼくはまほうつかいです。ぼくとけいやくしてまほうしょうじょになれば、ねがいをかなえられるかもしれません」
ぼくは凪さんと風音さんには正体を明かしましたが、姉には正体を隠すことにしました。こうすることにした理由は、なかなか人にはご理解いただけないかもしれません。ぼくはあくまでも姉の前では、ただの一人の弟で居たかったのです。それはぼくが弟としての立場を喜んでいたからではありません。むしろ、ぼくは姉を愛していましたから、そういう意味では実の弟という立場は歓迎すべきものではなかったのです。
それでも、ぼくは一人の弟として姉の側に居たいと考えていました。
『つばさおねえちゃんみたいなおねえちゃんになるんだ』
そんな風に語る姉の言葉を守りたいと思ったからです。このあと、ぼくは姉の思いを踏みにじります。そのせめても贖罪のつもりでした。姉にはただの弟と過ごす一人の「おねえちゃん」として生きる日常を残してあげたかったのです。
「……ねがい?」
「はい」
「どんなねがいもかなうの?」
「……たいがいのことはかなうでしょう」
扉越しですからぼくには姉の表情は見えません。
「じゃあ、まほうでおねえちゃんを生き返らせることもできるの?」
ぼくは衝撃を受けました。そんな発想はぼくには無かったからです。
ご存じのように願いを一つ叶える、という話には一つの但し書きがつきます。「ただし、叶えられる願いには限度がある」。どんな願いでも無制限に叶えられる訳ではないのです。それは当然のことです。もしも、バルバニアにどんな願いでも叶えらる技術が存在しているのなら、そもそも『勇者』などに頼らなくても、その力で国を救えばいいのですから。つまり、願い事をかなえるといっても、『勇者』としての働きに釣り合うだけの願いしか叶えることはできないのです。
昔はあたかもどんな願いでも叶えられるかのような謳い文句で監督者は魔法少女を勧誘していたと聞いています。しかし、今の監督者には厳しい説明責任が求められています。どんな願いでも叶えられるかのような誤認を意図的にさせることは人倫にもとる行為と考えられています。ですから、本来ぼくは、こう言うべきでした。
「死んだ人間を生き返らせるという願いは、叶えることはできません」
魔法の技術が発達しているバルバニアでも、未だ生と死の境は越えられません。
死は絶対のものです。
死者は決してよみがえることはないのです。
ですが、ぼくは嘘をついてしまいました。
「どりょくすれば、かなうかもしれません」
ぼくはそう言ったとき「しまった」と思いました。しかし、今更それを取り消すこともできません。
それは優しい嘘のつもりでした。姉に生きる希望を与えたい。そんな思いがつかせた嘘だったのです。そのときは自分にそう言い訳しました。しかし、今にして思えば、それはただこれから姉の気持ちを踏みにじる罪悪感を少しでも弱めるための卑怯な嘘に過ぎませんでした。
そんなぼくの姑息な嘘に姉は正面から向き合いました。
「なら、なる」
即答でした。姉の声にはいつものどこか抜けた様な頼りない響きはありませんでした。強い言葉で姉は言い切りました。
「魔法少女になる」
こうして、ぼくは姉と契約しました。
そして、僕は魔法少女になった姉と二人を引き合わせました。このとき、ぼくは二人に頼んで仮面をつけて顔を隠してもらいました。それはぼくもまた同様です。つまり、ぼくたちは初め、姉に正体を隠すことにしたのです。この選択は先程語った思いに端を発しています。あくまでただの弟や幼馴染と過ごす日常を姉に残してあげたかったのです。
愛原家の自宅で四人は対面しました。
「しんいりのそよぎさんにはぎしきをうけてもらいます」
「ぎしき?」
「はい、すぐにおわります」
そんな嘘をついて、ぼくは凪さんと風音さんに魔法をかけてもらったのです。
「凪と内田の魔法?」
「ここからはあたしが話そう」
今度は凪が語り始める。
ゆきっちの話には驚いたが、不思議と戸惑いはなかった。それはあたしが子供だったからかもしれないが、たとえ、どんな方法であってもそよっちを救えるんだったら、あたしは何をしてもいいと思っていたからだった。やはり、つばさねえちゃんを死なせてしまった原因が自分にもあると考えていたからだと思う。そういう意味では贖罪のチャンスをくれたゆきっちには感謝している。
だけど、それでもあたしの魔法がそよっちに与える影響はあまりに大きいものだった。これは本当にそよっちを救うことになるのか? あたしは迷った。しかし、それ以外に方法が見つからなかったのも、また事実だった。
あたしは覚悟を決めた。
あたしの魔法。
それは記憶操作だった。
人間の脳に直接介入し、特定の記憶を消したり、植えつけたりする力だ。
つまり、ゆきっちの計画とは、あたしの魔法でそよっちからつばさねえちゃんの記憶を消すことだった。
それはそよっちから何よりも大切な思い出を奪うということだった。罪悪感が無かったと言えば嘘になる。
だが、その思い出がそよっちを殺そうとしているのであれば、思い出がそよっちを殺す前に、あたしはその思い出を殺さなくちゃいならない。そう、自分に言い聞かせた。
だが、そんな道徳的な話を別にしてもあたしの魔法の副作用は強すぎた。
もしも、あたしの魔法を普通の人間にかけ続ければ、いつかその人間は廃人になってしまう。これでは何の為に魔法少女になったのか解らない。だから、ゆきっちはそよっちを魔法少女にした。あたしの魔法に耐えうる耐性を与えるために。
しかし、それでも副作用は完全に拭えなかった。
そよっちの学習能力が極端に低いのは、たぶん、あたしのせいだ。
つまり、あたしの魔法で常に記憶を消されているために、他の新しい記憶も定着しにくいんだと思う。そよっちがどこか間が抜けているのも、あたしの魔法の影響かもしれない。この魔法をかけてからそよっちの前であたしたちが仮面を取っても、魔法少女としてのあたしと高岡凪が同一人物だと気がつかないほど、認識能力が低下していたからな。
そんな重い障害を負わせてでも記憶を消さなくちゃいけない。当時はそう信じていたんだ。
「そうか。じゃあ、さっき事故の現場を見て」
「きっと、魔法が解けて、突然、トラウマがよみがえったんだろう」
僕が車に轢かれそうに幼い子供を助けたときに、消されていた記憶が断片的に戻ったのだろう。その衝撃に耐えられなくなり、そよぎは昏倒した。
「うちの魔法についても話す」
今度は内田が語り始める。
うちの思いも凪と同じだった。つば姉を死なせてしまった原因は自分にもある。だから、そよぎを救う方法がある。そう聞いた時、うちは迷わず魔法少女になることを決めた。自分が魔法少女なんてキャラじゃないことは重々承知だったけれど、つまらない恥を感じている場合じゃないことは解っていた。
うちの魔法は監視だった。モニタリングといってもいい。うちは監視することを決めた特定の対象の状態を常に把握できる。だから、うちの役目とはそよぎを常に監視することだった。まさに今起こっている出来事からも解るように凪の魔法も完璧ではない。何かの拍子で解けることもある。そんなときに、すぐにそよぎのもとに駆け付けることが出来るようにすること。それがうちの役目だった。
だから、ある意味でうちほどそよぎのことを理解してる人間はいないとも言える。そよぎの気持ちが一番理解できるからこそ、そよぎが渡辺にひかれていくのが理解できて、余計に渡辺へのあたりは強くなっていた。
ごめん。謝っておく。
そよぎは何をするにしてもうちに見張られている。つまり、それはプライバシーの一切ない生活。彼女を覗き見していることは悪いとは思っていたが、それ以外に取れる方法はうちにも思い付かなかった。
「だから、そよぎが気を失ってすぐに現場に駆け付けられたのか」
「そうよ。幸い近くに居たしね。今までにも似たようなことはあって、その度に凪を呼んで対処していた」
「そよぎ本人からつばささんの記憶を消しても周囲の人間は、つばささんのことを覚えているんだよな」
今度は凪が答える。
「ああ、そうだ。さっきも言ったように普通の人間にあたしの魔法は強すぎる。一日の出来事忘れさせる程度なら支障はないが、人一人の痕跡を完全に忘れさせる、なんてことをすれば、確実に廃人コースだ。だから、周囲の人間には、そよっちにつばさねえちゃんの話をしないように頼んだ。何も事情を知らない人からすれば、姉を死なせたと思い塞ぎこんでいた子供が、突然、姉のことを忘れたようにうつっただろうな。最終的にはトラウマに対する防衛規制が働いて、死んだ姉のことを忘れたんだということで折り合いをつけたみたいだ」
「父や母は、姉がつばさ姉さんのことを思い出さぬ様に写真などは絶対に見つからないところに隠したようです」
そういえば、そよぎは幼い頃の写真を持っていなかった。それはきっとほとんどの写真につばささんが写りこんでいたので、一緒に隠されてしまったのだ。
「こうして十一年間、ぼくたちは姉にたいして『秘密』を抱いて生きてきたのです」
雪哉は僕の目をまっすぐに見て言った。
「幸助さん、姉を救ってください。お願いします」
そうして、雪哉は礼儀正しく僕に頭を下げた。
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