第13話

「話についていけないのはあたしだけか?」

「いや、残念ながらうちもよ」

 僕たちは自転車を放置し、タクシーに乗って僕の自宅であるボロアパートに移動した。内田に呼ばれた凪も到着している。内田が持ってきた服に着替えさせられたそよぎは、未だに目を覚まさず、僕のベッドで横になっている。

「まずは私の話をしなければ、前には進まないでしょう」

 僕の口を介して、僕にとりついているワルドが喋りだす。

「まず私から説明させていただきます。私はバルバニア合衆国の監査官です。あなたたちのマジカルバトル計画の外部監督者です。今まで名乗りでなかった非礼をお許しください」

「監査官って何よ。まったくの初耳なんだけど」

 内田はいくらか落ち着きを取り戻した様子で尋ねる。

「監査官はあなたたちの戦闘が適正に行われているかを密かに監督しているものです。あなたたちが知らないのも当然のことです。監督者にすら私の存在は秘密ですから」

「戦闘が適正にっていうのは具体的にはどういうことなんだ」

 凪は始めから比較的冷静ではあったが、やはり何も知らなかったことは間違いないようだった。

「はい。ご存知のようにマジカルバトル計画とは最強の魔法少女を選び、我が国バルバニア合衆国を救う『勇者』になっていただくという計画です」

 ワルドの言葉に内田が応じる。

「確かにそれは聞いてる。そして、その『勇者』の仕事と引き換えに、願いを一つ叶える、と」

「はい、その通りです。しかし、我々とてこの世界に迷惑をかけるのは本意ではありません。あくまでこのマジカルバトルは人道に乗っ取ったものでなければならないと我々は考えています。ですから、重症者や死亡者が出ぬように各魔法少女の監督者の魔力で張る『仮想領域』でおこなわれているはずです」

 ワルドの言葉に今度は凪が応える。

「ああ。だから、あたしらにとって戦闘もゲームみたいなものだった。少なくとも『仮想領域』から出れば、怪我なんかは全部リセットされたからな」

「ええ。『仮想領域』は文字通り仮想の世界ですからゲームと変わりません。魔法少女はあくまで思念のみが戦っているのであり、お互いの実体には触れてすらいないのですから怪我などをするはずもありません。『相手の魔法石を砕けば勝ち』というルールにしているのも、仮想の世界とはいえ、殺し殺されというものが絡んでくると、いらぬトラウマを植え付ける可能性もあります。その可能性を少しでも減らすための措置です」

 マジカルバトルのルールはあくまでも相手のコスチュームの『魔法石』を砕くこと。勝てない、と思った相手からは撤退することも許可されている。戦略的撤退を見極める判断力があるかどうかも最強の魔法少女たりえるかの判断基準となるからだ。

 ワルドは淡々と話し続ける。

「とはいえ、これは安全装置である『仮想領域』での戦闘がきちんと行われているのが前提です。ところが、かつて監督者の中に『仮想領域』の展開なしに戦闘を行わせていた一派がありました」

「どういうことなの?」

 内田の問いかけに、ワルドは言葉を紡ぐ。

「『仮想領域』なしの戦闘。それは真の殺し合いに他なりません」

 凪が慌てた様子で言う。

「魔法少女同士が命を奪い合ってたっていうのかよ?」

「その一派は、命も賭せぬ戦いで選ばれた『勇者』など信用に足らぬと考えていたようです」

 凪と内田は、かつて本当の殺し合いが行われていたことを聞いて、表情を歪めている。

「しかし、この非人道的な行いは国に対する明確な背任行為です。彼らは厳しい処分を受けました。そして、そのあとからマジカルバトルが適切に執り行われているかを見張る、いわば、監督者の監督者たる監査官というシステムが生まれたのです」

 内田と凪は一様に困惑した表情を浮かべている。突然知った事実をうまく噛み砕けないのだろう。

「まあ、なんとなくは理解したけど……」

「ワルドとか言ったよな? おまえはスケッチとはいったいどういう関係になるんだ?」

「それは僕から説明しよう」

 僕は身体の主導権を再びワルドから取り返す。

「まず紛れもなく『渡辺幸助』という人間はこちらの世界の普通の人間だ。僕自身は魔法を使えないし、特別な力は何も持っていない。ただ、このワルド=カルドキアのこの世界における魂的共鳴者であっただけだ」

「魂的共鳴者?」

 内田は僕の言葉を繰り返す。

「まず、おまえたちも知っての通りマジカルバトルによりたった一人の『勇者』を選ぶ理由だが、こちらの世界から異世界であるバルバニアに渡るには莫大な魔力と長大な儀式魔方陣が必要だからだ。この世界に存在する資源と魔力をフル活用しても向こう側の世界に一人の人間を送るのはおそらくは一度が限界だ」

 僕の言葉に凪は頷く。

「それは知ってる。だから、『勇者』には一人しかなれないんだろ」

 僕は話を続ける。

「こちらの世界の人間の平均魔力はバルバニアを大きく上回る。しかし、科学に支配されたこちらの世界では魔法に通じる人間は数えるほどしかいなかった。僕たちの世界の人間は言うなれば、莫大な資産を持っているが、その使用方法もわからない子供みたいなものなんだ。だから、この世界でバルバニアを救うことができる一人の『勇者』を探していたというわけだ。こちらの世界の人間がきちんと魔法を身につければバルバニアの人間の何百倍もの力を持った魔法少女になれるからな」

 平均魔力であればバルバニアを上回りながらこれほど、魔法が未発達な世界は珍しいらしい。

「しかし、疑問に思ったことはなかったか? 一人の『勇者』しか選べないほど、こちらの世界と向こうの世界を繋ぎ、人間を渡らせるのは困難なんだ。だが、なぜ監督者は二つの世界を渡ることができるのか?」

 二つの世界の移動が自在なのであれば、そもそも『勇者』を一人選ぶ必要がない。有能そうな魔法少女なら片っ端から異世界に送り込めばいいからだ。

「その理由は監督者や僕のような監査官はある特殊な方法で異世界移動を可能にしているからだ」

「それが魂的共鳴なのです」

 僕の言葉を継いで、ワルドが話し始める。

「端的に申し上げれば、異世界にいる自分と魂が限りなく一致する人間に魂のみを憑依させるのです。私の肉体は現在、本国で眠りについています。魂のみを幸助の肉体に間借りさせていただいているのです。肉体という物質を異世界移動させることは途方もない労力が必要ですが、魂だけを移動させる事自体はそこまで難しくはありません」

「さすがにいきなり異世界人に乗り移られたときは肝を冷やしたよ」

 今度は僕が話を継ぐ。

「だが、はっきりいって違和感があったのは最初だけだ。先ほどはとりつかれる、と表現したが、あれはあまり正確な表現ではない。今の僕には『渡辺幸助』というアイデンティティーと重ね合わせるように『ワルド=カルドキア』のアイデンティティーが感じられている。つまり、ワルドの存在は僕にとって、別の人生を送ってきたもう一人の自分というイメージなんだ」

 この『渡辺幸助』としての人格にも実感を伴ったバルバニア合衆国で過ごした日々の記憶が存在している。もはや『渡辺幸助』と『ワルド=カルドキア』は同一人物と言っても過言ではない。

「それが魂的共鳴者の特徴です。つまり、異世界にいる全く同じ魂を持つもの。だから、肉体に関しても互換性があるのです。たとえていうならば、ネット上に存在するアカウントのようなものです。同一のIDを持つアカウントであれば、パソコンからログインしようと、スマートフォンからログインしようと中身は同じになりますよね。それと同じで肉体はパソコンのようなハードであり、魂とはアカウントのようなソフトと言えるのです。私と幸助の存在は形而上の魂は全く同一ですが、形而下における肉体が異なっていただけの存在なのです」

「あんたと渡辺が同一人物だってこと? そのわりには雰囲気というか、話し方? ともかく、受ける印象が違うのだけれど」

 また僕が話を継ぐ。

「それは育ってきた環境の違いだ。ごく普通の男子高校生としての自分と既に何十年も生きている魔法使いとしての自分が全くずれがないという方が不自然だろ?」

 まだどこか釈然としない顔の内田とは、対照的に凪はこの状況を受け入れることにしたようだ。

「まあ、なんとなくは理解したぜ。だが、スケッチはあたしたちの監督者についても把握しているのか?」

 凪が問いかける。

「ああ。おまえたち三人の監督者。すなわち、おまえたちを魔法少女にしたバルバニアの魔法使いの正体。僕はもうそれに辿り着いている」

 僕には監査官として、必要最低限の情報が与えられている。

 その中はこの世界における監督者の正体についても触れられていた。

「本国に登録された情報によればおまえたち三人が魔法少女になったのは十一年前。つまりおまえたちが五歳の時。その頃に初めておまえたちに接触した人物……。それがおまえたちを魔法少女にした監督者の正体だ」

 僕はひとつの確信を元に声をかける。

「なあ、そこに居るんだろ?」

 凪と内田は僕が声をかけた方に振りかえる。アパートの玄関の扉のすぐ向こう側。そこに監督者は居る。

 そして、古びた扉はゆっくりと開かれた。

「雪哉……」

「やっぱり、幸助さんには敵わないですね」

 そこに居たのは、そよぎの弟の雪哉だった。


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