第12話
「そよぎ!」
そよぎは完全に意識を失っている。事故がおこりかけた現場を目撃したのはショックかもしれないが、ただ車にひかれそうになった子供を見ただけで、健康な高校生が気絶するなどということがありえるだろうか。
僕が助けた子供が心配そうにこちらをのぞきこんでいる。妹の方も落ち着きを取り戻したようだ。ひとまず胸を撫で下ろす。
「そのおねえちゃん、大丈夫?」
「ああ。ちょっと疲れちゃったみたいだ。また今度一緒に遊んであげてくれるか?」
「……わかった」
「二人で帰れる? お姉ちゃんはこんどは妹の手を離しちゃだめだよ」
「……うん。お兄ちゃん、ありがとう」
そして、幼い姉妹は公園から去っていった。
問題はそよぎだ。
そよぎは僕の腕の中で未だに目を覚まさない。完全に意識を失っている状態だ。
「どうなってるんだよ……そうだ。救急車を――」
「それには及ばないわよ」
「内田……? どうしてここに?」
いつの間にか僕のすぐ側に内田風音が立っていた。いくらなんでもこのタイミング。偶然とは考えにくい。
「あとはうちと凪に任せなさい。凪の力ならそよぎを元に戻せるから……」
「凪の力?」
凪の魔法少女としての能力のことだろうか。
「渡辺。あんた、今日は帰りなさい」
「こんな状態のそよぎを置いて帰れというのか?」
「だから、あとはうちが見とくわよ」
「いや、僕も残る」
「あんたにしちゃ察しが悪いわね。これは魔法少女としての問題なの。あんたが首をつっこむことじゃない」
内田は普段からは想像できないような深い闇をたたえた目で言う。
「あんたは確かにそよぎの大切な人なのかもしれない。でも、あんたはそよぎの本当の『秘密』を、『なやみごと』を知らない。所詮、あんたもそよぎの外見に惚れてる凡百の男の一人に過ぎないのよ」
「………………」
内田は僕の顔を見て、一瞬どきりとしたような表情を浮かべる。それを見て、自分がどんな形相をしていたかという事を自覚する。
それでも、内田は神妙な顔で話し続ける。
「いや、ごめん。今のは言い過ぎた。確かにあんたはそよぎのことを想っているし、そよぎもまた同じようにあんたのことを想っている。でも、それは結局、おままごとなのよ。別にあんたが悪いわけじゃない。ありきたりな言い方をすれば、あんたとそよぎの生きてる世界が違っただけのことなのよ」
内田は僕が抱き抱えるそよぎにそっと手を伸ばす。
まるで子供を慈しむ母親のようにそよぎに寄り添おうとする。
「今日のことは忘れて帰りなさい。そうすれば、また明日からあんたとそよぎの毎日が始まるから」
それはきっと甘美な毎日だ。そよぎが僕になやみごとの相談をして、僕がそれを解決してやる。ときには凪や内田もいるかもしれない。雪哉と話すときもあるかもしれない。僕はあくまでごく普通の高校生として、ごく普通の高校生であるそよぎと楽しい毎日を過ごす。それに勝る幸せがあるだろうか。
そうか。
僕は何も知らない事にしてこの場を去れば、きっと今まで通りの関係でいられるんだ。
僕は自らの腕の中に居るそよぎを抱く手を少し緩める。
リスクを犯してまで、ここで僕が首を突っ込む必要なんて――
瞬間、そよぎが時折見せるどこか辛そうな顔を思い出した。
「……いや、違うだろ」
「え?」
「きっと何も見なかったことにして帰れば、僕は幸せになれる。今のそよぎとの楽しい毎日を続けることができる」
「だったらそれでいいじゃない。それ以上何を望むと言うの?」
「でも、それではきっと、そよぎは本当の意味で幸せになれない」
そよぎにはまだ『秘密』がある。そして、『なやみごと』を抱えている。
僕たちの関係は『なやみごと』から始まった。だから、僕は彼女をその『なやみごと』から解放しなくちゃいけない。
たとえ、その先にあるのがこの夢のような世界の終わりなのだとしても――。
「僕はそよぎをすべての『なやみごと』から解放する。僕がすべて解決する」
僕はマンガの主人公でもなければ、ライトノベルの主人公でもない。できることは本当に限られている。
それでも、何を犠牲にしても、僕は彼女を救いたい。
「僕にすべてを話してくれ、内田」
「……無理よ。いくらあんたでもこの問題は解決できない」
「確かに僕一人なら無理だろうな」
本当にいいんですね。
ああ。
私が名乗り出れば、もう後戻りはできませんよ。
もう覚悟は決めたよ。
……わかりました。あなたの気持ちは確かに理解しました。
頼む、力を貸してくれ。
――もうひとりの僕。
「だから、私が協力しましょう」
僕の口から、僕の言葉ではない言葉が飛び出す。
「『魔法合衆国バルバニア』マジカルバトル計画監査官ワルド=カルドキアの名において命じます。内田風音よ。愛原そよぎの『秘密』を話してください」
ワルドの言葉に内田は目を見開いている。
「渡辺……あんたいったい何者なの……?」
内田は僕の人格の表層にワルドが現れたことを理解できていないようだ。
「あんたはただの一般人じゃなかったの……?」
「僕は一度だって自分が一般人だと名乗ったことはないよ」
僕は始めから魔法少女の存在や背後にある合衆国の存在を知っていた。ただそれを表に出さなかっただけだ。
「僕はライトノベルの主人公じゃないからな。『ごく普通の男子高校生』にはなれないんだよ」
僕の『秘密』をバラしてしまった以上、もう後戻りはできない。
さあ、すべてを終わらせよう。
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