第10話

「お誕生日おめでとう!」

「……わあ」

「おめでとう! 私! ハッピーバースディトゥーミー!」

 本日は愛原そよぎの誕生日会だ。そよぎの家に集まりパーティーをしている。そよぎの部屋には小学生のような下手くそな字で「そよぎちゃん おめでとう」と書いた垂れ幕が掲げてあり、その周囲には折り紙で作った不格好なわっかが張り巡らされていた。

(やってることが完全に小学生だ……)

 そよぎは今日はフリルのついたワンピースに青いリボンのカチューシャをつけている。どこか不思議の国のアリスを彷彿とさせる格好だ。そよぎは紛れもなく美少女であるので、もちろん似合っているのだが、頭にのせたトンガリ帽子も合わさって、小学生のような印象が拭えない。

 そよぎはひとり、大声を張り上げる。

「盛り上がってるかー!」

「……おー」

「そよぎちゃんの誕生日を祝いたいかー!」

「……いえーい」

「私の話を聞いているかー!」

「……聞いてないー」

「聞いてー! もっとテンション上げてー!」

「と言われても……他のやつらがあんな調子ではな」

「今、追い込みなんだから、来てあげただけでもありがたく思いなさい」

 Tシャツにショートパンツというラフな格好の内田はマンガの原稿を描いていた。同人誌の即売会が近く、今は入稿期限ぎりぎりらしい。

「だいたいあんたの誕生日は毎年入稿直前の一番追い込みの時期に被ってるのよ。ちょっと産まれるタイミングを考えてほしいものだわ」

「私、同人誌のイベントの日程を踏まえて産まれてこなくちゃいけなかったの?!」

 さすがに無茶ぶりである。

 内田が描いている絵は意外にうまい。タッチは少年マンガ風だ。もちろん、プロの絵には遠く及ぶべくもないが、同人誌レベルなら十分といったところだろうか。

「どういう内容なんだよ?」

「インクを致死量飲みほしてから聞きなさい」

「ふむ。結構、絵うまいじゃん」

「そう? ありがとう」

「ああ、もう罵倒されることに慣れ過ぎて完全にスルーなんだね……」

 そよぎが呆れたようにぽつりと呟く。

 内田の罵倒にまともに付き合ってたらこっちが持ちません。

「ていうかさ」

 僕は作業をする内田を後ろから見つめながら言う。

「これ、BLじゃないの?」

「はい、浅はかな発言いただきましたー」

「なに、そのノリ?」

 内田の言葉にそよぎがつっこむ。内田は作業の手を止めて僕を睨む。

「女が書く同人誌=BLという考えが安直なのよ。女のオタは全員腐女子だと思ってるでしょ」

 内田の発言を受けて僕は考えを改める。

「まあ、確かにそれは安易な考えだった。すまんな。おまえは別にBL好きというわけではなかったんだな」

「まあ、BL好きだけどね」

「好きなんじゃねえか」

 じゃあ、なんで反論したのだろうか。

「BLの話よりバースディの話をしようよ」

「うーん、『BL』と『バースディ』……『B』しかかかってないよな。あんまりうまくないなぁ」

「別にうまいこと言おうとしてませんから!」

 そよぎがいら立った声をあげる。

「だいたい、凪ちゃんはいったい何をしているの?」

 そよぎは今度はチェックのワンピースに身を包んだ凪の方に話を振る。

「あたしか? あたしは今度、学校でやるお笑いライブのネタを考えている」

「ああ、凪ちゃん、お笑い研究部だもんね」

「そんな部活あるのか」

 大学ならありそうだが、高校では珍しい気がする。

「ああ。練習の日も踏まえて考えるとそろそろネタを完成しておかないと間に合わないんだ」

「どんなネタなんだ?」

 僕は話に乗っかることにする。

「おお、ちょうどいい。途中まで考えてみたから感想を聞かせてくれ」

 凪は立ちあがって、部屋の奥へ移動する。

「ショートコント、マッサージ機……」

「………………」

「………………」

「今、ここまで考えたんだ」

「それまだ何も考えてないのと同じだから! よく途中まで考えた、なんて言えたね!」

「今日のそよっちはすげえぐいぐい来るな」

 確かに普段のそよぎはボケ倒すばかりだから、少し新鮮ではある。

「逆に言うとそれくらいネタができてないからヤバイということなんだ」

「まあ、確かにそれはそうかもしれないけど」

「あたしはまだ一度もステージでネタを披露できたことないからな……」

 今度は僕が尋ねる。

「披露できたことがない、ってどういうことだよ」

 成功にしろ、失敗にしろ、別に披露すること自体はできそうだが。

「あたしは自分の考えたネタで笑っちゃって、途中からあたしが笑い続けるだけになっちゃって最後までうまくできたことがないんだ」

「ある意味、幸せな奴だな」

 自分の考えたネタでそこまで笑えるというのはある種羨ましい。

「もー、なんでみんなそんなに私の生誕を祝うことにやる気が無いの? そよぎちゃんの生誕祭だよ? 国を挙げての休日にしてもおかしくないレベルの一大行事なんだよ?」

「そういうこと言っちゃうからじゃないか?」

「まあ、そよぎが調子に乗っててムカつくのは確かだけど」

「私、ムカつかれてるの?!」

「それ以外にも理由はあるわ。この料理よ。これはいったい何なの?」

 テーブルの上の皿には謎の黒い物体がのっていた。見た目は一言で言うと完全に『炭』だった。

「か、からあげだよ」

「いや、これは炭よ」

「……炭焼風からあげ」

「『風』と言えば何でも許されるとでも?」

 そんなカルボナーラみたいな言い方をしてもダメなものはダメである。

「私の渾身の料理だったんだけど……」

「あんた料理できないのに、なんで揚げ物なんかに手を出したのよ」

「いや、誕生日会にはからあげがいると思って……」

「あはは、むしろ爆発で家を燃やさなかったことを誉めるべきかもしれないなあ」

「マンガじゃねえんだから、さすがに爆発はしねえだろ」

「うっ……」

「………………」

「えっと……」

「……したのか、爆発」

「火事にはなってないから!」

 そよぎには、二度と料理をさせないようにしようと決意した。

 内田は言う。

「なんで今年は全体的にこんなグダグタなわけ? 毎年パーティーしてたけどさ、いつもはこんなことなかったわけじゃない」

「……申し訳ありません。ごほっ。それは僕の責任なのです」

「雪哉?」

 扉の向こうから現れたのは、そよぎの弟である愛原雪哉だった。だが、普段と比べて、明らかに顔色が悪い。

「……姉の誕生日パーティーの準備をするのは僕の役目だったのですが……げほっ、げほっ、実は夏風邪をひいてしまいまして……」

「雪哉、寝てなきゃダメじゃない。熱があるんでしょう」

 そよぎは心配そうな顔で雪哉に言う。

「ごめん、姉さん……よりにもよって一年で一番大事な日に……げほっ。これは死んでお詫びをするしかない……」

「私の誕生日を命日にする気なの?」

「今日のそよぎのつっこみにはキレがあるなぁ、僕も見習わないと」

「そんなこと見習ってもらわなくて結構!」

 そよぎは遂に業を煮やしたように叫んだ。

「もう! なんなの? どうして、みんな真剣に祝ってくれないの!」

 そよぎは顔を伏せて、ぽつりと呟く。

「みんなは私のこと、嫌いなの……?」

 部屋の中がしんと静まり返る。

 違う、違うんだ、そよぎ。

 僕たちは間違いなくそよぎのことが好きだった。それはこの場に居る全員が胸を張って言えることだった。しかし、僕たちはそよぎがすぐ傍にいてくれる日常をどこか当たり前のことだと思い過ぎていたのかもしれない。だから、そよぎの誕生日というこんな大事な日に、彼女をどこか蔑ろにしてしまったのだ。

「ごめん、そよぎ。少しばかりふざけ過ぎた」

「幸助くん……」

「うちも謝る。イベントなんかよりあんたの誕生日の方が大事よ」

「風音ちゃん……」

「ああ。ネタができてないことがなんだ。そんなものよりも今はパーティだ」

「凪ちゃん……」

「僕も熱があるからって寝てる場合じゃない……自らの命を捨てる覚悟を今、決めたよ、姉さん……」

「いや、だから雪哉は寝てなさい」

 僕は全員に号令をかける。

「よし! 全力でそよぎの誕生日を祝うぞ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!(げほっ! げほっ! げほっ! げほっ!)」」」

 こうして、僕たちは全身全霊をかけて、そよぎの誕生日を祝うことにした。

「ちょっと、待って。なにか嫌な予感が――」

 祝うことにしたのだ!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! これが正しい誕生日パーティの飾り付けだああああああああああああああああっ!」

 凪が大声を上げながら、座っておとなしく折り紙を切っている。

「いや、凪ちゃん。普通にやってくれたら――」

「いけええええええええええええええええええええええ! 凪ぃぃぃぃいぃぃい!」

「なんなの、そのノリ?!」

 凪は一瞬で(所要時間45分)飾り付けを完成させる。誕生日会定番の折り紙で作られた輪はもちろん、折り紙を切りぬいて作った「SOYOGI HAPPY BIRTHDAY!!」という文字もおしゃれだ。壁に掛けられていた汚い垂れ幕もきちんと作り直す。

「まさか、あの一瞬で飾り付けを完成させただと……」

「いや、確かに早いけど一瞬はおおげさ――」

「まさか、おまえはあの伝説の!!」

「そうさ……あたいは凪。『パーティ飾り付けの凪』さ……」

「いや、そのまんまか! そういうこと言うなら言うで、もうちょっと捻った名前にしてよ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「だから、なんなの! そのノリ!!」


「次はあたいの番さね……」

 今度は内田が現れて言う。

「さっきからなんでみんな一人称が『あたい』になってるの?!」

「これがパーティを彩る料理だぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 内田は一瞬で(所要時間60分)料理を完成させる。卵、ハム、レタスなどを挟んだサンドイッチ。トマトにモッツァレッラチーズを挟み、オリーブオイルで味付けしたカプレーゼ。そして、そよぎが失敗していたからあげも食欲をそそるいい色に上がっている。

 そして、何よりすごいのは中央にしつらえられたケーキだ。

 クリームをベースにし、いちごを乗せたシンプルなスタイルのケーキだが、だからこそ、そのすごさがわかる。このケーキはただものではない。

「内田、おまえまさかこのケーキ――」

「ああ……」

 内田は満足げな表情で言った。

「これは最初から買ってあった」

「だよな」

「うん」

 まあでも、他の料理は作ってくれたようだし、よしとしよう。実際においしそうだし。


「さあ、後はビンゴの、げほっ、げほっ、準備を、げぼおおおおおおおおおおっ!」

「雪哉ああああああああああああああっ!!!」

「だから、雪哉、あんたは寝てなさい!」

 雪哉は強制退場です。


 僕たちは凪が作った飾り付けに見守られながら、内田が作った料理を食べた。

 そのとき、内田がぽつりと呟いた。

「うちが料理してさ」

「おう」

「凪が飾り付けしてる間」

「うん」

「渡辺、あんた。何してたの?」

「………………」

「何してたの?」

「うおおおおおおお――」

「そのノリのタイムはもう終わってる」

「そうだな」

 勢いで誤魔化しきれなかった。仕方なく僕は言い訳をする。

「まず凪の飾り付けを手伝おうとしたら――」


「いや、だから、それの切り方違うって」

「あ、スケッチ! 折り紙ばらまくなよ!」

「スケッチ、字汚いな!」


「まさかスケッチがここまで不器用だとは思わなかった」

 僕だって自分にここまで飾り付けの才能が無いとは思ってもなかったよ。

「だから、内田の料理を手伝おうとしたら――」


「おまえ、包丁の持ち方おかしい!」

「なんでサンドイッチを挟む程度のことができない?」

「そこに立ってたら邪魔なんだよ!」


「あんたも料理できないんじゃん……」

 やきそばとか、チャーハンとか男の一人暮らしの料理はできるんだよ。

「だから、雪哉を手伝おうとしたら――」


「げほっ、げほっ、 げぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「雪哉ああああああああああっ!」


「雪哉を大人しくさせるので精いっぱいだった……」

「いや、それはわりとファインプレーだった気もするけど……」

 内田は続けて言い放った。

「総合的にみると、あんた使えない」

「ぐっ……」

 流石に返す言葉はなかった。

「今日は、はからずもスケッチの無能っぷりを露呈してしまう結果になったな」

「くっ……」

「いつもは、さも『できる人間』を気取っているのにね」

「ぐぅ……」

「みんな、かわいそうだよ! 幸助くんも彼なりに頑張ったんだから!」

「うわあああああっ!」

 男として片思いの相手にかばわれることほど、情けないことはない。僕の心は鋭く抉られる。

 このまま、終わっていいんですか?

 心の中にいるもう一人の自分がささやきかける。

 渡辺幸助という人間はこのまま終わってもかまわないんですか?

 僕は応える。

 このままじゃ終われない。

 必ず名誉挽回してみせる。

「パーティーを盛り上げるには、まだかかせないものが残っている……」

「盛り上げるのに、かかせないもの?」

 僕は全員の顔を見回して言う。

「一発芸だ……」

「そんなのあんたがつまらないギャグをとばして、場が完全にシラケる、以外のオチが、見えないじゃない」

「さきにオチをいうんじゃないよ」

 そのときだった。

 なぜか凪はいつになく真剣な顔で言った。

「スケッチ……」

「なんだ……」

「あたしの前で一発芸などと言うってことは、覚悟はできてるんだろうな……」

 凪は僕を睨むような顔で言い切る。

「あたしは自分の笑いには甘いが、人の笑いには厳しいぞ」

「ふつう逆だろ」

 彼女のモットーは人に厳しく、自分に甘く、です。

「さあ、見せてみろ! 渡辺幸助! おまえの真価、今ここで問う!」

「パーティーの一発芸で僕の真価が問われてしまう……だと……」

 自分で言い出したこととはいえ、これほどまでに、話を大きくされるとは思わなかった。凪のみならず、内田もそよぎも、もはや真剣な眼差しで僕を見つめている。到底、普通の一発芸をするような空気ではない。つまらない芸をすれば、その瞬間に狩られる。それくらいの緊張感が場に満ちていた。

(くっ、どうする……)

 はっきりいって「指がとれたー(べたなマジック)」(これでググるとグロ画像が出てくるので検索ワードは「指がとれた マジック」にしましょう)くらいのノリで誤魔化そうとしていたのに、この空気では到底無理だ。

 おい、なんかさっきしれっと出てきたもう一人の僕! おまえが煽ったんだろ、なんかアイデアだせ!

 ………………

 返事しろや!

「さあ、一発芸をやってもらおう」

 凪は威圧的な調子で僕を促す。

 ええい、ままよ!

 僕は覚悟を決める。

 これが僕の一発芸だ!


「そよぎのものまね!」

「「「………………!」」」

「美少女魔法少女、そよぎ参上☆」


「………………」

「………………」

「………………」

「………………さん……じょう……」


「私、そんな台詞言ったことないですからぁ!」

 本日のツッコミ役は、そよぎでお送りしました。


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