第7話
「透明になる能力者をどうやって倒したらいいと思う?」
愛原そよぎは魔法少女だ。彼女のなやみは敵対する魔法少女を如何にして倒すかということだ。僕はそんな彼女のなやみ相談を受けている。
「も、も、もちろん、これは妄想の話だけどね」
彼女が魔法少女であることは秘密だ。他人に秘密をばらすと、魔法少女としての力を失い、美少女ではなくなってしまう。
(まあ、それは嘘らしいが)
僕はとある経緯からそれが嘘であることを知ったが、彼女はまだそれが嘘と気づいていない。
(まあ、嘘だってバレたら自分が魔法少女であることを吹聴するだろうからな)
仕方がないだろう。
いつも通り、僕たちは放課後の教室で向かいあって座る。
「透明化ねぇ」
透明化はメジャーな能力だ。すぐに対処法もいくつか思い付く。
僕がそれを教えてやろうとすると。
「あはは、透明化は男のロマンだよなぁ」
現れたのは、生まれてから死ぬまで、箸が転がってもおかしい年頃な女、高岡凪だった。金髪碧眼ツインテール童顔。属性てんこもりの僕たちのクラスメイトにして、そよぎの魔法少女仲間である。
こいつが唐突に現れるのはいつものことなので、僕は然したる違和感もなく、凪の存在を受け入れる。
「男のロマン?」
僕は首をかしげる。
「まったぁ、とぼけちゃって。あはは、男はみんな透明になって女子更衣室や女湯に入りたいんだろ?」
「ひどい偏見だ」
「透明人間もののAVとかよくあるじゃん」
「僕に同意を求めるな」
僕がAVに精通しているみたいな発言はやめろ。そよぎも居るんだぞ。
「透明人間ものとか時間停止もののほとんどはやらせなんだよなぁ」
「まるで少しは本物があるみたいな物言いだな」
「おいおい、おまえはこの世界に魔法少女が居ることを知ってるだろ」
「AV製作関わってる魔法少女がいるのかよ」
世も末である。
「ねえ、AVって――」
(――まずい!)
そよぎが興味を持ってしまった。ここはベタだが、AV=アニマルビデオということにして誤魔化す――
「アダルトビデオのことだよね?」
「知ってるのかよ!」
てっきり、「AVって何?」とか言われるパターンかと。
「うん、凪ちゃんに見せてもらったことあるから」
「てめえ、なに見せてんだよ……」
「社会勉強だよ」
「何の社会の勉強をさせてるんだ!」
この女は本当にいい加減にした方がいい。
「でも、あれって何が面白いの?」
「え?」
「なんか男女が裸で戦う話だよね?」
「………………」
「私、ストーリーが全然理解できなかったんだけど……勝ったら何かもらえるの?」
「うーん、結果よりもその過程が大事かな」
「アダルト」という単語が解らないようです。
「で、話を戻すが、透明人間を倒す方法だだったか」
よくよく考えると、凪にこの話をするのはまずい気もする。凪もまた魔法少女であるらしいが、そよぎの方は凪が魔法少女であることに気づいていないらしい。ならば、ここで魔法少女に関する話をすれば、そよぎからすれば凪に正体がバレてしまうということになるのでは――
「魔法少女やってると色んな敵と戦わなくちゃいけないから大変だよね」
「あはは、そうだなぁ」
「まあ、今更いらん気遣いか」
そよぎにそんな複雑なことを考える頭はない。
「まず、ひとつ思い付く対処は、『感知能力』を上げることだな」
「ああ……あれ、固いよね。でも、もう長い間見てないよ」
「もはや何と間違えてるのかも解らないよ」
ちょいちょい知ったかぶりをするのを本気で止めさせたい。
「ただ、相手が透明になってるだけなら、物体としてはそこに確実に存在しているんだ。だったら、視覚情報は得られなくても、音や気配というものが発生することは止められない」
「なるほど」
「だから、聴覚を鍛えればいい。実際に盲目の人間は聴力が上がるなんていう話もある。目に頼るのではなく、耳で相手の位置を感知できれば、透明人間おそるるにたらずだ」
「よし、これで勝ったも同然だね」
「いやいや、耳を鍛えるなんてそんな簡単な話じゃないぞ」
「あはは、あたしにいい考えがあるぞ」
凪が手を上げて、その場でぴょんぴょんと跳ねる。
「スケッチの言うように、盲目の人間は聴力が上がるのなら、擬似的に盲目になってみればいいんだ、あはは、ウケるわ」
凪は息を切らすくらいに笑っている。こういうときのこいつは大体いらないことを言い出す。
「あはは、あたしに、あはは、まか、あはは、任せろ、あはは、うぇふぇっ。げほっ、げほっ」
「落ち着けよ」
「どうだ!」
そよぎの目には凪がどこからか調達してきたアイマスクが装着されている。
「目隠しプレイだ!」
「プレイとか言うな」
まず間違いなく言い出すと思ったけど。
「とか言いながらめっちゃ興奮してるくせに」
「……うるせえ」
確かに、今のそよぎは何も見えていない。つまり、今なら彼女の前で何をしてもバレないのだ。それは確かに一種の甘美を秘めている。体の自由を奪われているということにも、少しばかり嗜虐心が生まれていることも認めざるを得ないだろう。
「何も見えないよぉ」
「目隠しプレイだからな」
「プレイって何?」
「すごい、楽しいことだぞ」
「そうなんだ! じゃあ、私、目隠しプレイ大好き!」
「だから、要らんこと教えるな」
そよぎが目隠しプレイに目覚めたらどうする、目隠しだけに(?)。
「で、実際に何をするんだよ」
「今からあたしが音を出すから、その音だけでそれが何か当ててもらおう。ほら、スケッチも参加しろ。アイマスクもう一個あるから」
凪はアイマスクを僕に手渡す。僕は嫌な予感がしたが、黙ってアイマスクを装着する。僕の視界は闇に閉ざされる。
「では、あはは、第一問。いくぞ!」
男「ちょっと刺激が強いかもしれないですけど、我慢してくださいね。ホルモンバランスが崩れてますねぇ。治療ですからね。ああ、ちょっとリンパの流れが悪いですね。リンパの調整をしないとね。……大事な所に手が届かないので、ち――」
「はい! マッサージ物のAV流してんじゃねええ!」
マッサージものの整体師は、リンパの話が大好きです。
「くっ、私、全然解らなかったよ……魔法少女失格だな……」
「いやいや、解らない方が魔法少女として適格ですから」
「いやあ、やはりスケッチはエッチだなぁ。『エッチ、スケッチ、ワンタッチ』と言われるだけのことはある」
「おまえが勝手に言ってるだけだろうが」
男なら、まあ多少はね?
「では、第二問!」
「人の話を聞こうよ」
女「こんなに大きいものをですか」
(またAVだ……)
女「私の穴に入れるんですか」
(AVだ……)
女「無理ですよ、こんな――」
(AVだ……)
女「おち(自主規制)」
「ちくしょう! フェイントじゃなくて本当にAVじゃねえか!」
僕は思わず叫ぶ。
「ここは僕が『またAV流してんじゃねえよ!』と叫んだ後に、実は『AVじゃなくてアニマルビデオでした! なーに、エロい想像しちゃってるの変態』……って、僕が理不尽に罵られる流れだろうがよ!」
「なーに、興奮しちゃってるの……」
珍しく凪が少し引いてました。
「そもそも、目隠しして何の音か当てるって聴力強化と何の関係もないだろうが」
「最初から解ってたくせに、一応やってからつっこむんだな。あたし、スケッチのそういうとこ好きだぜ」
「全然嬉しくない好意の示され方だ」
天性のノリツッコミ体質がなせる技です。
「感知能力が上げられないなら、別の方法だ。透明化に対抗するには、範囲攻撃がいい」
すると、そよぎは不敵に笑って応える。
「範囲攻撃……なるほど、点ではなく、面で攻撃する……と。これなら見えてなくても関係ない。――全てを薙ぎ払えばいいのだから」
「急に賢くなるなよ」
ほんとは今までも解っててボケてたんじゃないだろうな。
「そよぎは炎の魔法とか使えないのか」
たとえば、周囲を焼き尽くす様な魔法が使えれば、相手が透明化したところで攻撃をヒットさせることができる。
「使えない……」
「そもそも、おまえらって自分の持ってる固有の魔法以外の魔法って使えるのか?」
「あはは、それはあたしが説明しよう」
凪が会話に参加する。
「魔法少女は一人一つ固有の魔法である『
「今までそよぎから聞いた魔法少女の魔法は『
「時間停止」や「瞬間凝結」あたりは、確かにそうそう簡単に使い手は現れない様なイメージだ。
「それとは別に魔法少女は魔法式を構築することで汎用的な魔法を使用することができる。いわゆる回復魔法とか、四元素の火、水、風、土に類する魔法だな。それをあたし達は『
「そうだったんだ……」
「いや、なんでそよぎが驚いてるんだ」
おそらくはそよぎが忘れていただけだろうが。
「じゃあ、そよぎは『
『
そよぎは呆けた顔で言う。
「わからないけど……」
「そうだろうな」
「あはは、あたしが教えよう。そよっちの使える『
「強化?」
「ああ、いわゆる肉体強化系だな」
「肉体強化……」
凪は言葉を継ぐ。
「確かに強化の魔法は一番簡単な魔法だ。魔法式を組まなくても使える一番原始的な魔法だからな。技術は全くないが、魔力量だけは規格外のそよっちには相応しい魔法だ」
「そうだったんだ……」
「だから、おまえ、自分の話だぞ?」
どれだけ普段ものを考えていないのか。
「脳筋能力だな」
ある種、そよぎに相応しいが。
「いや、強化魔法にはもう一つ強化できるものがある」
強化魔法と聞いて、もう一つピンと来るものがある。
「もしかして、物体強化もできるのか?」
「その通り。まあ、そよっちが使えるのは単純な『硬度強化』くらいで、概念干渉で物体そのもののスペックを上げる『能力強化』は、ほとんど使えないみたいだけどな」
「『能力強化』……。たとえば、拳銃に魔法をかけて、通常よりも威力を強化する……とかか」
「そうだな。応用すれば、ローラースケートに魔法をかけて、高速移動なんかも出来るようになるぞ」
「まあ、普段から使いなれてて概念理解できてるものなら、『能力強化』できるものもあるんだけどね」
「だから、急に賢くなるなよ」
なぜかまともな事を言うそよぎは少しいらっとくる。
「じゃあ、結論としては単純な炎の魔法かなんかの範囲攻撃で透明化を突破する方法は使えないわけだ」
それが出来れば一番話が早く、確実であったのだが仕方があるまい。
思い付きで一応提案してみる。
「たとえば、ペンキを周囲にぶちまける、とかはどうなんだ。透明になった相手が浮かび上がってくるんじゃないか?」
凪が答える。
「透明化の原理が光屈折の利用とかだったら透過率の変化でなんとかなるかもしれないが、観測者の脳に直接介入して感知できなくするタイプの透明化だったらその方法では無理だぜ」
「幻術の一種ってことか……幻術なら自分を攻撃するとか、ショックを与えるパターンで解けるんじゃないか?」
「軽い幻術ならそれで解けるだろうが、相手の透明化が『
「当然、脳筋のそよぎには」
「無理だな」
「………………」
「どうした?」
「普段、そよぎと二人で話している時にはありえないスムーズさだと思って」
「あはは、そよっちには無理だわぁ。ウケるわぁ」
凪はまた腹を抱えて笑いだす。
「で、結局、どーすればいいんですか?」
そよぎが「もう何も考えてません」という顔で僕達を見ている。
「そうだな。じゃあやっぱり範囲攻撃だな」
「でも、そよっちに複雑な魔法式は作れないぜ」
「範囲攻撃は何も複雑な魔法じゃなくてもできるはずだ。たとえば……」
僕は教室の机の横にかかっていた物を手にとり、そよぎに渡す。
「なわとび……?」
凪は首をかしげている。
「ははーん、読めたよ」
そよぎはにやりと口元を歪める。
「なわとびを渡してなわとびに夢中になっている間に倒すとかではないぞ」
「うーん、惜しかったかぁ」
「惜しくない、惜しくない」
そよぎの考えはもう大体読めている。
「『硬度強化』した長い縄を回転しながら振りまわしてみる、とかはどうだ?」
透明化というのは何らかの理由で視覚感知を妨害しているだけで本当にその場から消えている訳ではないのなら縄を振り回せばどこかで相手の魔法少女の身体に触れるはずだ。
「縄の感触で相手の位置さえ解れば後はそこに移動して肉弾戦をしかければいい」
「でも、それこそ相手がなわとびを飛んで避けるかもしれないぜ」
「そこはもうそよぎの技術次第だな。ともかく滅茶苦茶に振り回して少しでも触れれば位置は割れる。大抵、このタイプの能力者は直接戦闘の経験が少ないから普段から肉弾戦をしているそよぎの方が有利だと思うが」
「うん。相手を見つけさえすればこっちのもんだよ」
「まあ、そよっち本人ができるって言ってんならあたしが口出す事ではないな」
実際には相手がこっちの戦略を見切って絶対に触れられない距離を取って、遠距離攻撃されるとこの作戦は破綻するんだが、それはもう諦めるしかない。
「まあ、どうしても無理なら最悪は足場崩しという手もある。そよぎは肉体強化は得意なんだろ。地面を全部崩しちまえば相手にも何らかのダメージがいくだろ」
「まあ、最悪見つけられなかったら、それやってみるよ」
「あはは、解決だな。じゃあ、帰ろうぜ。こんな美少女二人と下校できるなんてスケッチはラブコメの主人公みたいだなぁ」
「アホかよ」
僕達のなやみ相談は大体いつもこんな感じで最後はどこか投げやりに終わる。
(実際、作戦が上手くいくかなんて解らないからな)
だが、僕はなんとなく気が付いている。
(要は何らかの作戦を与えて、そよぎに自信をつけさせればいいんだ)
僕の作戦は完璧ではありえないし、そよぎも作戦を完璧に遂行することは難しいだろう。
(だが、僕の予想が当たっていれば、そよぎは――)
珍しくそんなシリアスな思考をしていた為だろうか。僕はそよぎが地面に放置していたなわとびを踏んづけてしまう。
「うおっ」
僕はバランスを崩し、つんのめる。
(まずい、二人にぶつかる!)
この勢いで二人にぶつかって怪我をせずに済むのはラブコメの主人公だけだ。
(ともかく、壁に手をつく!)
幸い、二人は壁際にいる。二人の間を縫う様にして両腕を伸ばし、壁に手を当てて体勢を立て直すことを試みる。
ドンッ。
僕は結構な勢いで両腕を壁にぶち当てる。衝撃が腕を伝わるが、両腕をほぼ同時に付けたことでなんとか勢いが分散できている。痛みはあるが怪我をするというほどではない。
「危なかった……」
僕が勝手に転んで怪我をする分には自己責任だが二人を巻きこむわけにはいかない。
僕は思わず嘆息する。
「……な、なあ」
「ん?」
「か、顔が」
「え?」
「顔が近いんだが……」
そう言われて初めて気が付く。
僕は結果的に凪を壁に追い詰めている様な体勢になっていて――
(これはいわゆる、伝説の『壁ドン』!!)
少女漫画御用達のイケメンにのみ許されるポーズだ。
凪と僕の顔はほとんど触れんばかりの距離にあって、彼女の吐息が僕の肌に触れる。彼女の白い肌は上気しており、普段、飄々としている彼女からは想像できない様な羞恥を帯びた顔をしている。
「な、なに、照れてんだよ」
「照れてねえし……どけよ」
真っ赤になった凪の妙な空気に当てられて、僕まで彼女を不意に意識してしまう。普段から馬鹿な話ばかりしているし、すぐに下ネタに走ることからすっかり忘れていたが、彼女も紛れもない美少女であり、一六歳の高校一年生に過ぎないのだ。
僕を押しのける様にして、凪は教室の扉まで小走りで走る。そして、振り返らずに言う。
「今日は先に帰る……」
「お、おう」
「別に照れてなんかねえからな、童貞!」
妙な捨て台詞を残して凪は教室から走り去っていった。
僕はそれを呆然と見送ることしかできない。
「いたっ」
気が付くと、そよぎが僕の背中を軽く小突いていた。
「何すんだよ……やめろって」
そよぎは無言で僕の背中をぽかぽかと殴り続けていた。
それから、しばらくの間、凪はまともに口をきいてくれず、僕は透明人間の気持ちを少しだけ理解した。
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