第5話

「あんた、うちの正体、他人にばらしたりしてないでしょうね!」

 いきなり、意味不明な事を言いながら、放課後の教室に怒鳴りこんできたのは、クラスメイトの内田風音だった。

 内田はボブカットに眼鏡という女子大生の様な井出達の女だ。見た目だけなら雰囲気もどことなく同級生よりも少し大人びて見える。

 しかし、正体?

 僕は意味がわからず首をかしげる。

「何の話だ?」

「凪から聞いたわよ!」

 凪というのは、これまたクラスメイトの高岡凪だ。金髪碧眼に童顔ツインテールというロリコンが見たら泣いて喜びそうな見た目をした女である。ちなみに僕はロリコンではない。

 そして、内田はとんでもない事を言い放った。

「うちも魔法少女だって事をあんたが知ってるって!」

「は?」

 僕は思わず頓狂な声を上げて、内田を見る。

 内田が魔法少女?

「あれ、もしかして知らなかった……?」

 僕の表情を見て、何かを察したのだろうか。怒涛の勢いで僕を責め立てた内田の勢いは雲散霧消する。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 非常に気まずい空気が流れる。僕は一体どういう対応をするべきなのか。真剣に考える。

(考えろ…………)

 僕は愛原そよぎという少女のなやみ相談を受けている。彼女のなやみごととは、魔法少女として敵対する魔法少女を如何にして倒すかということだ。そよぎは魔法少女は正体を隠さなければならないと嘘を教えられている。じゃないと口がヘリウムガスよりも軽い彼女は自分の秘密をぺらぺらと他人に吹聴してしまうからだ。

 今、この状況を改めて分析する。

 内田は何らかの勘違いで僕が内田も魔法少女であるという事を知ってしまったと思っていた。言動から分析するに凪が何か余計な事を言ったのだ。

 この反応、おそらくは内田も本当に魔法少女であるのだろう。少なくとも内田に僕をだます理由はないはずだ。

(完全に自爆した空気だもの)

 ベストの展開はお互い無かったことにしてしまうことだ。内田はどうやら自分の正体について知られたくないようだし、僕だって別に知りたくはなかった。この今のやりとりそのものを無かった事にしてしまうのが最善だろう。

 だから僕は言った。

「なんだ、訳のわからん冗談を言いやがって」

 僕はあくまで彼女の言葉を冗談だと思っているという体で話す。

「あ……そうそう。冗談冗談……」

「冗談だな」

「そう、冗談冗談」

「ははは」

「……ははは」

(よし、なんとか誤魔化せたか?)

 その瞬間だった。不意に教室の扉が開く。

「かざっちー。さっきの嘘だぜぇ。スケッチはかざっちが魔法少女だって知らないから安心しろー」

「台無しだよ!」

 凪ご本人の登場でした。


「おお、すまんすまん。まさかスケッチ本人がいるなんてなぁ」

 凪は全く謝罪の意の感じられない言葉を吐く。

「凪……あんたはいつもいつも……」

 内田から尋常でない闘気がほとばしっている事を肌で感じる。

「今日という今日は許さん! あんたのその自慢の金髪むしり取ってウィッグにしてやんよ!」

「あはは、かざっちがあたしの金髪つけても似合わねえなぁ」

(魔法少女おっかねえな) 

 愛と正義の魔法少女はどこにも居ない様である。

「まあまあ、ちょうどいい機会だから。かざっちもスケッチとちゃんと話してみろよ。どうせそよっちの一件でスケッチと話しないといけないと思ってたんだろ?」

「まあ、そうだけど……」

 内田の怒気が少しばかり薄くなる。

「あはは、よかったぁ。うまく丸め込めたぜぇ」

「やっぱり、てめえのその青い目ん玉くりぬいて煮付けにしてやんよ!」

「なんで煽るんだよ!」

 煮付けって、金目鯛じゃないんだから。

「あはは、スケッチ。ちなみにあたしの金髪は自毛だぞ。実はあたしドイツ人の血を引いてるからな」

「それ今言う必要あった?」

「じゃあな。今日はあたしは用事あるからまた今度遊ぼうぜぇ」

「逃げるんじゃねえ! 糞餓鬼! てめえの口にぱんぱんに水を飲ませて、その白い肌を釣るし切りで削いでやるからよぉ!」

「おまえら、仲良いんじゃないの?」

 いくらなんでも女子高生同士の喧嘩で出てくる台詞ではないと思う。


 嵐を巻き起こして下さった凪は去り、僕は内田と二人、放課後の教室に残された。

(気不味い……)

 正直なことを言うと僕は人付き合いが得意なタイプではない。表面的な会話や事務的な話はむしろ得意とするところだが、同年代の女子と会話するスキルは持ち合わせていないのだ。

(そよぎや凪はほっといても喋るからな)

 あの二人はボケ倒してくれるので、それに突っ込むという体で会話が成立するのだ。

 しかし、内田とはまだほとんど話したことがないので、彼女がどういうタイプの人間か解らないのだ。

(確実に普通ではないが)

 とはいえ、ぐだぐだ考えていても仕方がない。このままこの場を去るのは、より一層気まずいだろう。

 ひとまず、この難局を乗り越えるために僕は会話を試みる。

「えっと、内田もそよぎや凪と同じ魔法少女なのか?」

 僕はできるだけさりげなく切り出す。

「……すぞ」

「えっ、なんて?」

 内田がボソリと呟いた言葉が聞き取れず、僕は思わず聞き返す。

「てめえの薄汚い男性器を蝶々結びにして引きちぎるぞ」

「おまえに僕の息子の何がわかる」

 凄まじい罵倒をくらっていた。

「待てよ。その件について聞かれたくないならもう聞かないからさ」

 内田が魔法少女をやっているという事情は確かに気になるが、無理に聞き出さねばならない話ではない。嫌がっているなら聞く必要はないし、なによりこんなあられもない罵倒はもう聞きたくない。

 内田は眉を吊り上げ、目を見開き、威嚇するようにして僕を睨む。

「いいか、この件は他言無用だ。もし人に話してみろ。おまえの頭蓋骨かちわって脳味噌をスプーンでえぐりだして、食べずに全部ゴミ箱に捨ててやる」

「いちいち脅しが物騒すぎるだろ」

 言い回しが完全にやのつく職業のそれである。

 内田は眼鏡の奥から鋭い眼光を発しながら続ける。

「ついでにいい機会だから言っといてやる。渡辺、おまえ、これ以上そよぎに近づくな」

「は?」

 僕は内田の言うことが理解できない。

「だから、これ以上そよぎと親しくするなって言ってるのよ」

「なんでおまえにそこまで指図されねばならんのだ」

 内田が僕と関わりたくないというのならそれは別に構わないし、秘密を暴露するつもりもない。だが、そよぎと僕の間に踏み込もうというのなら話は別だ。

「あの子は、そよぎは世間知らずのアホよ。最近になってやっとどうやって子供ができるのかを理解したような娘よ」

「小学校高学年レベルの知識じゃねえか」

 女子高生になってやっと理解したとは、わりと洒落にならないレベルである。

「そんなアホの子を狙ってる、斜に構えてるのに何故だかヒロインにモテるというキモオタの願望を凝縮したようなライトノベル主人公を気取ってるあんたを警戒するのは至極当然のことだと思うけど」

「ひどい言い掛かりだ」

 僕がいつライトノベル主人公を気取ったというのか。

「あんたの態度を見てればこっちには解るのよ。傍若無人なヒロインの言動に振り回されることを口では『やれやれ』などといって嫌がっておきながら、実は案外満更でもなく、ヒロインに振り回される日常を楽しんでいるテンプレライトノベル主人公を気取ってるってことがね」

「おまえはライトノベル主人公に親でも殺されたのか」

 凄まじい言い掛かりである。

「それにあんたこう考えてるでしょ。『三人魔法少女が居たら、アニメ化したらエンディングテーマは三人で歌うんだろうな』と」

「いや、確かにそんなアニメ腐るほどあるけど!」

 声優三人でユニットを組むんだと思います。

「大体さっきからおまえはなんなんだ。言い掛かりが過ぎるぞ」

 僕は大抵温厚な人間だと自負しているが、こうまでこき下ろされては流石に黙ってはいられない。しかも、僕とそよぎとの関係にまで口出ししようというのなら尚更だ。

「魔法少女なんてやってるとアニメと現実の区別がつかなくなるのか?」

 僕はやや前のめりになって、内田を睨み付けて言い返してやる。

 次の瞬間だった。

「がはっ」

 腹部に鋭い痛みを感じて僕は思わず体を折る。

 内田渾身のボディブローが僕の鳩尾に炸裂していた。

「安心しろ、峰打ちだ」

「……峰打ちの意味……わかってんのか」

「こういう状況でもツッコミとしての役割を果たそうとしている辺りがライトノベル主人公気取っててキモいって言ってんのよ」

 最早気持ちがいいレベルの言い掛かりである。

 僕は体勢を立て直し、息を整えてから言う。

「何をそんなに憤る。アニメと現実をごっちゃにしていると言われるのが嫌なのか?」

 そういえば、以前そよぎがそんなことを言っていた気がする。

「ええ、その通りよ」

 内田は鋭い三白眼で僕を睨みながら言う。

「オタは世間から現実と非現実の認識がついてない痛い奴というレッテルを貼られているわ。だからこそ、そのイメージを払拭するためにもそこら辺の区別はきちんとしておかないといけないの」

「そういや、おまえとそよぎは文芸部だったか」

「ええ。うちも漫画やアニメはそこそこ見る方。だから、きちんと区別をつけておかねばならないの」

「ふむ」

 言ってることは解らないでもない。

「だが、それと僕にいちゃもんつけることは話が違うだろうが」

「はたしていちゃもんかしら?」

「なんだと?」

「そよぎ、凪、風音って全員『風』に関係する名前である辺りを漫画の設定みたいだと考えたことはなかった?」

「……ぐっ」

 確かに兄弟姉妹でもないのに名前に統一性があるなとは思ってたけど。

「そよぎがメインヒロインで、凪とうちがサブヒロインだなと想像したことはない?」

「…………」

「うちらの中で人気投票したら、そよぎと凪がツートップで、うちより自分の方が票数稼げそうとか思ってなかった?」

「……そこまでは思ってないよ」

 まあ、確かに三人の中では、内田が一番モテなさそうとは思ってたけど。

「ていうか、おまえの言い分を聞いてると、おまえ自身が一番現実と二次元をごっちゃにしてる気がするぞ」

「仕方ないでしょ」

 内田は不意に遠い目をして言う。

「実際、魔法少女とかいうザ・二次元みたいな仕事やってんだから……」

「ああ……」

 あまりに深い憂いを帯びた瞳であったため、僕はそれ以上何も言及できなかった。

 ほんの少しばかり内田に同情したが、だからといって、そよぎに近付くなという言葉に素直に首肯するわけにはいかない。

「おまえの言い分はわかったが、やっぱり僕とそよぎに関する話は別だ。おまえに何の権限があって、そよぎに近付くな、なんて言うんだ」

「うちがそよぎの親友だから――」

「そのパターンは凪ともうやってるんだよ」

「知らないわよ。凪はあんたたちの関係を認めたのかもしれないけど、うちの判定はもっと厳しいのよ」

 そもそも、子供じゃあるまいに高校生同士の関係に友人が首を突っ込んでくるのも今一つ納得がいかないのだが、このままでは埒があかないのは確かだ。

「じゃあどうすれば認めてもらえるっていうんだ?」

「どうやっても認めないっつーの」

「ええー」

 理不尽ここに極まれりである。

 そこで僕はある事実に思い至る。

「聞かせて欲しいんだが、おまえはそよぎに言い寄る男全員にこんな脅しめいた真似をしているのか?」

「………………」

 内田は僕を睨みつけたまま押し黙る。

「凪が言っていたが『そよぎに惚れない男は居ない』そうじゃないか。なら、おまえはそよぎを一目見た男全員に詰め寄っているというのか」

「………………」

「そよぎが僕のことをそれなりに気にしているからわざわざ釘を刺しに来たんじゃないか?」

 内田は図星を突かれたのか、目を泳がせる。

「はぁ」

 そして、内田は溜め息をついて言った。

「さっき、あんたをテンプレライトノベル主人公よばわりしたけど訂正するわ」

「やっと解ってくれたか」

「ええ。難聴系鈍感主人公の方がまだましだったわ。恋愛の機微が下手に解っている分余計に厄介だわ。一巻のラストでメインヒロインと恋仲になるけど、それ以降の巻でもどんどん新しいヒロインをフラグを立てて、ハーレムを拡充していくタイプの主人公ね、アンタ」

「確かにそういうラノベも増えているけど!」

 彼女はどうあっても僕のことが嫌いなようです。

「うちだって解ってるわよ。最終的に決めるのはあの子だって。他人であるうちが横からとやかく言えることじゃないんだって……」

「………………」

「そよぎの気持ちを無視して事を進めようとしている。うちは酷い奴よ。それくらいの自覚はあるのよ」

 内田の言っている事ははっきり言って無茶苦茶だ。彼女の言う事はあまりに理不尽が過ぎる。

 だが――

「それだけおまえがそよぎの事を大事に思ってるってことだろ? その気持ち自体は否定されることじゃないと思うぞ」

「渡辺……」

「それにそよぎの親友なんだろ。だったら、僕もおまえを酷い奴とは思わないよ。そよぎがそんな奴と一緒にいるとは思わないからな」

「………………」

 内田はじっと僕を見る。

 そして、釣りあげていた眉を緩めて、ぼそりと呟く。

「そういう天然ジゴロを装った発言が一番きもいんだけどなぁ……」

「前言撤回、やっぱおまえ嫌いだわ」

 世の中にはどうあっても馴染めない人間というものが存在することを認識しました。

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