第4話

「実はあたしも魔法少女なんだぜ?」

「……は?」

 ある日の放課後、夕方の教室。僕の目の前に現れたのはクラスメイトの高岡凪だった。碧眼金髪のツインテールに童顔という狙いすぎたアニメキャラみたいな外見をした女だ。

 僕は愛原そよぎという少女の独特すぎるなやみごとの相談相手になっている。愛原そよぎは魔法少女であり、悪い魔法少女と戦っているが、その悪い魔法少女を倒す方法をいつもなやんでいる。だから、僕は彼女が攻略法を見つけ出す手助けをしている。

 僕は様々な可能性を考慮して慎重に返答する。

「おまえが魔法少女だか何だか知らんが、少なくとも僕は魔法少女とやらではないぜ」

 咄嗟に考えた可能性は「ブラフ」。もし万が一、高岡が本当に魔法少女で、なおかつそよぎと敵対する存在だとしたら、曲がりなりにも秘密を知っている僕にはったりをしかけて、情報を引き出そうとしている可能性がある。

 そうだとすれば、僕が魔法少女の存在を認知していると述べるのは論外だし、他の魔法少女の存在に心当たりがあるような発言もまずい。

 あくまで魔法少女などという与太話をあしらおうとしている一般人を装わねばならない。

「あはは、そんな警戒しなくても大丈夫だぜぇ。あんたが魔法少女の秘密を知っているかどうか、あたしが鎌をかけてる可能性を警戒してるんだろ。まじウケる」

「………………」

 こいつ、ただの馬鹿じゃない。僕がブラフの可能性に警戒していることに気付いている。久しぶりに本気で頭を使わないと――。

「そんなシリアスになる必要ないと思うぜ。あたしがそよっちの敵である可能性を警戒して情報を漏らさない様にしてるんだろうけど、あんたらの会話は筒抜けだかんな」

「何を言って――」

 僕はなお警戒し、誤魔化そうとする。放課後、そよぎと二人で会うときは細心の注意を払っていた。内田が現れたときも本当にヤバい会話は聞かれないように話を誘導していた。一体どこから秘密がバレるというのか。

「そよっちが、おまえとの会話をTwitterで呟いてる」

「全世界に配信されてるだと!?」

 そよぎの情報管理能力に期待した僕が馬鹿だった。

 高岡が差し出したスマートフォンの画面をのぞきこむ。


愛原そよぎ@魔法少女やってます

今日わ幸助くんといっぱいおしゃべりしたよ。魔法少女の倒しかたについて教えてもらた。幸助くんかしこいなあ


そよぎちゃんファンクラブ【公式】

@soyogityan そよぎちゃん、幸助くんって人について詳しく教えて(^^)


愛原そよぎ@魔法少女やってます

@soyogityan_funclub クラスメイトの渡辺幸助くんだよ。最近、私のなやみごとについて色々相談にのつてもらてるの


そよぎちゃんファンクラブ【公式】

@soyogityan へえ、そうなんだ(^^) 僕たちも是非渡辺幸助くんと仲良くなりたいな(^^) 渡辺幸助くんの住所ってわかるかな(^^)?


愛原そよぎ@魔法少女やってます

@soyogityan_funclub ○○町△丁目□□だって


「助けて! 個人情報保護法!」

 ほぼすべての個人情報が全世界にばらまかれていました。


「どこからつっこんでいいのかわからんが、まずファンクラブってなんだよ?」

「そよっちのファンクラブだぜぇ。うけるっしょ?」

「そんなベタなラブコメに出てくるみたいな存在が現実にいるというのか……」

「ああ。ただしネット上だけな。リアルではそよっちにまともに声をかけることすらできないキモオタの集団だ」

「……悲しいなぁ」

 よかった、特注の法被とか作って、親衛隊を名乗る鉄の規律を持った体育会系集団はいなかったんだね。

「ていうか、そよぎ、自ら全世界に魔法少女であることを公言しちゃってるじゃねえか」

「あいつ、ネットをゲームか何かと勘違いしてるからな。全世界に通じてるって解ってないんだ」

「そよぎには、情報化社会はまだ早かったか……」

「まあ、逆にこんな話信じるやつの方がおかしいだろ。そよっちのキャラ的にもしっくりくるじゃん? あいつアホだからさぁ。アホといえば、アホとバカってなんで関西と関東でニュアンス違うんだろうな。不思議だなぁ」

「話をそらすなよ」

 そういえば、高岡は話を聞かない、ということをそよぎが言っていたな。

 まあ確かに「魔法少女やってます」という言葉を額面通り受けとる人間の方が問題があるというのも、一理ある。

 ニコニコという擬音が実際に聞こえそうなほどの満面の笑みでこちらを見る高岡がまた口を開く。

「ていうか、もう自分がそよっちの秘密を知ってることを否定しないんだな」

「一応、Twitterそのものがおまえの仕込みという可能性まで考えたが」

「まじかよ、ぱねえ! あたし暇人過ぎワロス!」

「よく考えれば僕を罠にはめるなんて回りくどい真似をするまでもなく、そよぎに聞いたらたぶん全部答えるだろ」

 あいつを庇うために真剣に考えるのがアホらしくなる。

「あはは、あいつアホだからしゃあないな! マジウケる!」

 高岡は腹を抱えて笑っている。笑い上戸なのだろうが、さすがに異常なレベルである。魔法少女というのは、変人しかなれない決まりでもあるのだろうか。

「そういや、スケッチはどうなんだ?」

「スケッチ?」

「ん? 『ワタナベコウ【スケ】』だから、スケッチだろ」

「そんな当然だろ、みたいなニュアンスで言われても」

 人生で初めて言われたわ。

「スケッチ、あはは、ウケる。エッチ、スケッチ、ワンタッチ、あはは」

「それ今時の若者に通じる?」

「それでスケッチはさ」

「本当に人の話聞かねえな」

「ぶっちゃけ、そよっちのこと好きなんはわかってるんだけど」

「………………」

 いきなり、直球をぶちこんでくる。確かに客観的に見れば僕の気持ちはバレバレかもしれないが――

「ヤりたいの?」

「越えちゃいけないラインを考えてくれ」

 色々な意味で解答できない質問である。

「まあ、全人類はそよっちのこと好きになるからさ。スケッチもそよっちが好きなんはわかるんだけどさ」

「嫌われている可能性は皆無なんだな」

「それでも、『友達として好き』っていうラインにとどまるやつも稀にいるからさ」

「そよぎは、やはりそこまでモテるのか」

「モテるなんてもんじゃないぜぇ。あたしは幼なじみだから小さいときからずっと一緒だが、そよっちに惚れなかった男は未だに見たことないぜぇ。全ての人間はそよっちの魅力の前に平伏すのだ。マジウケる」

「そよぎは、宗教の教祖か何かなの?」

 世界の宗教人口のランキングが変動するかもしれない。

「ていうか、完全に高岡のペースに巻き込まれてたが」

「あたしのことは凪って下の名前で呼んでいいぜ」

「お、おう。じゃなくて話を逸らすんじゃねえ、凪」

 遠慮や気恥ずかしさを感じるのも馬鹿らしい相手なので、僕は「凪」という呼び方に瞬時に適応する。

「おまえ、自分が魔法少女であることをバラして大丈夫なのかよ」

「あー、正体バラすと美少女でなくなるってやつか」

 そよぎは確かに魔法少女のルールとして、正体隠匿をあげていた。もし本当に凪が魔法少女であるなら、僕にバラすのはまずいのではないか。

「あはは、あれ嘘」

「は?」

「それ気にするってことは、スケッチはあたしのこと美少女だと思ってんのか。マジウケるぜぇ。あはは……お腹痛い」

 凪はついに腰を折り、腹を抱えて笑い出す。一体何がそこまで面白いというのか理解に苦しむ。

「そよぎほどではないけどな。おまえも充分に美少女のカテゴリだろ」

「正直過ぎてウケるわぁ、マジ」

「僕はわりと正直ものなんでな」

「顔真っ赤にして、童貞面を晒してくれると思ったのに」

「おまえは僕をいったいなんだと思っているんだ?」

 まず童貞面とはどんな面なのか。

「そんなことより、嘘ってどういうことなんだよ」

 なぜそんな嘘をつく必要があるのか。

「だって、そう言っとかないとあいつ会う人間全てに自分の正体バラすぜ」

「確かに容易に想像できるが」

 自己紹介の二言目には言いそうである。

「まず、『魔法少女は正体をバラしてはいけない』なんて昔のアニメみたいなルールが、今時あると思ってんのかよ。スケッチは、フィクションと現実をごっちゃにしちゃうタイプの人間か?」

「自称魔法少女が言っていいセリフじゃないよな」

 不良に真面目に生きろよ、って言われた様な気分である。

「別に今時の魔法少女は正体バラすなとは言われないんだよ。まあ、最近はSNSとかに魔法使ってるところあげるな、とかは言われるんだけどな」

「ああ、確実に炎上するだろうね」

 ユーチューバーの魔法少女とかは本当に居そうで困る。

「まあ、正体は隠さなくてもいいということはわかった。だが、だからといっておまえが僕に正体をバラすことには何の意味があるんだ」

 正体隠匿の必要がないからといって、吹聴して回る必要はないはずだ。

「それはあたしの立場をきちんと話さないと腹割って話せないと思ったからだ」

 凪は相変わらず笑っている。しかし、この瞬間にその笑みの性質は少しばかり変わった。無軌道で節操の無い笑みはなりを潜め、どこか温かみを感じさせる柔らかな笑みへとその様相を変化させた。

 凪は、静かに落ち着いた口調で言った。

「スケッチはそよっちの為に死ねと言われたら死ねるか?」

 僕は理解する。

 それは凪の本気の問いかけだった。だから、僕も真剣に答えなくてはならない。僕は居住まいを正し、凪の青い瞳を真正面から捉えて答える。

「僕は僕にできることを全てやるだけだ」

 凪もまた目を逸らさずに僕を見る。

「それがスケッチの答えか?」

「ああ。僕は漫画の主人公なんかじゃないからな。大言壮語を吐いたりはしない。できないことはできないというし、やりたくないことはやりたくないって言うさ」

 僕は大した力はもっていない。僕にできることは本当に限られている。

「だから、たとえば世界を救えって言われても無理だろうし、見知らぬ他人の為に犠牲になるなんて絶対無理だろうな」

 僕はそこまで出来た人間ではない。世の中には少なからずそういう人間も居るだろうし、そうした人間は本当に立派だと思う。でも、僕には真似できない。

「だからといって、僕はそよぎのためなら死ねる、なんて適当な事を言うつもりはない」

「ふむ。スケッチはそよっちの為に死ねねえのか」

「ああ、なぜなら――」

 僕は気負いもなく、自分の素直な気持ちを吐露する。

「僕が死んだらそよぎが泣くからな」

 世界のため、人類のため、身を投げ出す主人公たち。彼らは残された者の悲しみを考えた事があるのだろうか。英雄として死ねる自分は満足かもしれない。だが、その死を背負って生きねばならないたくさんの人間が居る事を本当に考えた事があるのだろうか。

 気が付くと凪は微笑みすらやめて、真剣な表情で僕を見ていた。そして、小さな声で呟く。

「……そういうことか」

「え?」

「いや、スケッチは面白い男だ」

 そう言うと、凪は優しい笑みを見せる。

「まあ、及第点だ。とりあえずはそよっちの傍にいる事を許可してやろう」

「おまえの許可がいるのかよ」

「当たり前だろ」

 凪は花が咲くような満面の笑みとなって言った。

「あたしはそよっちの親友だからな」


「ちなみにそよっちはあたしが魔法少女であることに気付いてないからな」

「は?」

「あいつ、アホだから顔は隠してないのに魔法少女のコスチューム着てると同じ人間だと認識できないみたいなんだ」

「おまえら、本当に親友なのか?」

 僕は親友とやらの定義について真剣に考えるのだった。

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