第3話

「何もかもを凍らせる能力者をどうやって倒したらいいと思う?」

 また今日も、愛原そよぎの独特すぎるなやみごとを解決するために、僕達は放課後の教室で向かいあって椅子に座る。

「まだ春なのに最近、ちょっと暑いからちょうどいいんだけどね。あっ、も、もちろん、妄想の話だけどね!」

 そよぎは魔法少女である(らしい)。夜な夜な魔法少女として悪い魔法少女と戦っている(らしい)。彼女が魔法少女であることは絶対に秘密だ。バレたら彼女は魔法少女としての力を失い、美少女ではなくなってしまうらしい。

(まあ、僕にはバレバレなんだけど)

 「正体がバレる」ということの基準はどこにあるのだろうか。魔法少女の正体隠匿なんていう話は古今東西、枚挙に暇がないが、「バレる」とは一体何をもって「バレる」とされているのだろう。

「妄想なのはわかってるんだけどさ、その妄想の話って、僕以外の奴にもしたことあるのか?」

 僕は確認のためにそよぎに問い掛ける。

「風音ちゃんと凪ちゃんには話したことあるよ」

 風音ちゃんというのは、クラスメイトの内田風音のことだ。以前、僕がそよぎにチャイナ服とメイド服を着てほしいと言ったことをラインでクラス中にばらしてくださったクソ女だ。おかげでクラスメイトの女子からは白い目で見られ、そよぎに気がある男子からはガンをつけられている。一部の男子は「その気持ち、わかるってばよ……」などと妙な親近感を持たれてしまった。本当に余計なことをしてくれたものである。

 凪ちゃんというのは、これもクラスメイトである高岡凪のことだろう。僕達と同じ高校一年生でありながら中学生にしか見えない童顔で、碧眼金髪ツインテールにリボンという髪型も相まって、一部の男子からは「いいってばよ……」という評価を受けている。

 内田風音とも、高岡凪とも、まだほとんど会話したことがないので、彼女達が一体如何なる人格の持ち主なのかを僕は知らない。

「内田や高岡はなんて言ってたんだ?」

「風音ちゃんは――」


「妄想? そよぎ、我々みたいな人種は妄想と現実の違いを一般人よりもはっきりと解っていないといけないのよ。『漫画と現実の区別がついてない奴』というレッテルを絶対に貼らせてはいけないの。こちとら、『トラックにひかれて、異世界転生してレベルカンスト最強勇者になってハーレム構築』できるなんて思ってないし、『ある日、突然能力に目覚めてデスゲームに巻き込まれる。しかし、全員が敵のはずなのに、何故かハーレムに』とも思ってないし、『自称ごく普通(と言いながらそこそこイケメン)のひねくれた男子高校生がなぜか美少女にモテまくれる』とも思ってないんだよ! 赤点レベルの顔面に、ごてごてに化粧を塗りたくって、常に『イケメンと付き合いたい』とか言ってるクソスイーツどもの方がよっぽど妄想と現実の区別ついてねえだろうがぁぁぁっ!」


「私には話が難し過ぎた」

「内田とは仲良くなれそうな気がする」

 今度、きちんと話をしてみよう。

「凪ちゃんは――」


「あはは、そんなんフィーリングでいけるっしょぉ。それよりさ、ポッキーってなんで全体にチョコつけてくれないんだろうね。ケチだよねぇ。あっ、待って! ……もしかしてだけど、ポッキーのチョコついてない部分って持っても手が汚れないためにあるの?! すっげぇ、ポッキーパネェ! あはは、ヤッバ、つぼに入った。こんな工夫してるなんてパネェ! これ、みんな気付いてるのか? あたしだけか? あはは、あたし天才かよぉ。パネェ!」


「凪ちゃんは人の話を聞かないから」

「君らほんとに、仲良いの?」

 うちのクラス、キャラ濃いな。

 今の話を聞く限り、既に秘密を打ち明けた二人は、そよぎの話を完全に信じていない。だから、正体がバレた内に入っていないのかもしれない。

 よくよく考えれば、僕だってそよぎの話を百パーセント信じているかといえば微妙だ。そよぎが嘘をついているとは思わない(というより、嘘をつけるとは思えない)が、実際、彼女が魔法を使っている姿を直接見なければ、彼女が魔法少女であることを誰であろうと完全に信じることはできないだろう。僕の中に半信半疑な部分がある以上、「バレた」内には入らないか、あるいは直接魔法を人に見せなければ問題ないという可能性もある。

 何にせよ、これ以上の追及は無駄だろう。あまりに材料が少なすぎる。

「それで、全てを凍らせる能力者だっけ?」

「うん」

「『限定条件』は解ってるのか?」

 能力には、大抵何らかの法則がある。それを見極めることが能力者同士の戦いの鉄則だ。

「わからない」

「そうか」

 確かに簡単にその法則が看破できれば苦労はないだろう。『限定条件』が割れることは、一気に戦いが不利になることに繋がる。例えば、仮に『限定条件』が「詠唱」なら、その「詠唱」を行えない様に立ち回れば能力を封じる事ができるからだ。

「前に幸助くんに『限定条件』が大事だって言われたからさ」

「おう」

「聞いてみたんだけど、教えてくれなかった」

「当たり前だ」

 敵対してる相手にわざわざ弱点を教える相手がどこにいるというのか。 

「ええー、私がお願いしてるんだよ?」

「なんなんだ、その妙な自信は」

「私くらいの美少女になると、『お願い』には魔力がこもるんだよ」

「意味がわからん」

「こういうことだよ」


 そう言うと、そよぎは僕の手を握った。

「なっ!」

 思わぬ行動に僕の心臓は跳ねる。

 僕の右手を包み込む様に握る彼女の両手からは、彼女の掌のたおやかな感触とあたかたかなぬくもりが伝わってくる。長い睫毛に露を宿し、やや伏し目がちに僕を見つめるそよぎの姿は、僕の体の芯を揺らがせるには充分だった。

「幸助くん……お願い……」

 僕は思わず生唾を飲み込む。

「銀行口座の暗証番号教えて……」

「…………11……教えねえよ!」

 常に貧困に喘ぐ僕の理性がギリギリ勝ちました。


「美少女にお願いされたら断りにくいでしょ?」

「それはわかったが……」

 彼女の術中にはまりかけた以上、あまり強くは反論できない。

「相手は魔法少女なんだろ? ということは、相手は女なのでは?」

「私の魅力は性別を超越するから」

「もはや何か恐ろしさを覚えるレベルだな」

 だが、実際僕自身が彼女の容姿にほだされている以上、あまり強くは出られない。

「敵の魔法少女もヒントしか教えてくれなかった」

「ヒントはくれたんだ」

「ヒントは――」


「そ、そんな目で見るんじゃないわよ……(中略)て、手を使うわ……これ以上は絶対に教えないんだから!」


「手……それだけじゃわからないな」

「うん。だから、もう少しお願いしてみた」


「や、やめなさい! そんな! 貴女自分が何を言ってるか解っているの!? (中略)……手の形よ! もうこれ以上は絶対に教えないんだから!」


「……手の形?」

「私も解らなかったからもう一押ししてみた」


「ちょっと貴女! なんて破廉恥な! 私がそんなものに屈するとでも思っているの! (中略)わ、私の能力は『指で作った輪に息を吹き込んで、その息が当たった物を凍らせる能力』ですぅ、お姉さま……ああ、もっともっと激しくお願いします! お姉さま!」


「(中略)の中身、詳しく教えて!」

 どう考えても完オチしています、本当にありがとうございました。

「いや、なかなか強情で最後までヒントしか吐いてくれなかったよ」

「どう聞いてもファイナルアンサーまで言っちゃってると思うんですが」

「そ、そうなの? ……気付かなかったよ。相手はなかなかのやり手のようだね」

「やり手というか、やられてますよね、完全に」

 相手の魔法少女の将来が心配になる。

「ていうか、敵対している相手が完全に堕ちるって何したんだよ」

 台詞だけ聞いているといかがわしい図しか浮かんでこない。

「いやちょっと相手の子の身体に」

「………………」

「マッサージしただけだよ」

「マッサージ」

「健全な、ねっ」

「ねっ、じゃないが」

 何がどうなって今から戦おうとしている相手のマッサージをすることになるのかも詳しく教えて欲しい物である。

「もー、大丈夫だよ。主人公以外の男に色目を使うのはヒロインとして失格だけど、百合ならオッケーっていう暗黙の了解があるから」

「そういう事を自分で言っちゃうヒロインはアウトじゃないのか?」

 まず自分をヒロインと思っているのはどうなんだろうか。

「ていうか、そこまでいってたらもう能力とか関係なく倒せてるだろ」

「…………うん。ぶっちゃけ、もうこの子は倒したんだ」 

「じゃあ、僕に相談しなくてもいいじゃないか」

 そよぎが僕に相談しているのは、あくまで倒せない敵を倒すための打開策を求めてのことだったはずだ。もう倒した相手の能力に関して、僕に相談する理由は無い。

「幸助くんに相談するのが楽しくて、なやんでもいないのに相談しちゃった」

「………………」

「ごめんね」

 気が付けば日も落ちている。夕焼けに染められていた教室も色を失い、味気ない灰色の世界へと変わってしまった。もうそろそろ居るべき場所に帰らねばならない時間だ。

「私、帰るね」

 そよぎは鞄を掴み、立ち上がる。彼女の長い髪がふわりと揺れて、どこかこそばゆい香りを振りまく。

「じゃあね、幸助くん」 

「そよぎ」

 僕は教室を出ようとするそよぎを呼び止める。

「僕も楽しかったから。べつになやんでなんかいなくても、いつでも話してくれればいい」

 もっと話したい。

 もっと傍にいたい。

 僕はずっと、そう思っているのだから。

「僕はそよぎの事が――好きだから」

 言ってしまった。自然とこぼれた言葉だった。

 まるで全身が心臓になってしまったかのように心音が身体中を満たす。震えが止まらず、一瞬で口の中がカラカラに乾く。

 それでも、僕は目をそらさずにそよぎの顔を見る。

 そよぎは目を見開いて、ぽつりと呟く。

「……知ってるよ」

「えっ……」

 そよぎは既に僕の気持ちに気付いて――


「だって全人類は私のこと好きでしょ」


「は?」

「えっ……私くらいの美少女になると皆私のこと好きだって言うから……あれ? そういう話じゃない?」

「………………」

「………………」

「………………」

「いや、ごめん。なんかよくわからないけどごめんなさい……」

「………………」

「ごめん………………」


 凍りついた空気の中、僕はほんの少しだけそよぎが嫌いになった。


 本当に少しだけだけど。

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