第2話

「触れただけで物を粉々にする能力者にどうやったら勝てると思う?」

 愛原そよぎのなやみごとは独特だ。

 今日も放課後の二人きりの教室で彼女のなやみごと相談は始まる。

「単純に触れられなければいいんじゃないか」

 彼女は真剣だ。だから僕もあくまで真剣にこのなやみごとに相対さなければならない。

「でも、戦う前に握手を求められたら受けざるを得ないでしょ」

「なんか変なとこだけ律儀だな、そよぎは」

 そよぎは見かけ(だけ)は完璧な美少女なのだが、それ以外は基本的に残念である。彼女が漫画のヒロインだったら、特定の層の女性からは全力で叩かれそうな設定だなと思う。

「いや、やっぱ魔法少女って夢と希望を与える存在だからさ、礼節はきちんと重んじないといけないかなって。いや、私が魔法少女だっていうのは、あくまで妄想の話なんだけどね」

 どうやら彼女はあくまで自分が魔法少女である事を隠すつもりで、僕にも隠せているつもりのようなのだが、いかんせん、ばればれである。ここは気がついていない振りをしてあげるのが大人の対応という奴だろう。

「まあでも魔法少女が握手に応じて爆散してたら、夢や希望なんて話じゃなくなるからな」

「そうだね、リョナ性癖に目覚められても困るしね」

「うん、その前に一生もののトラウマになりそうだけど」

 目の前にはじけ飛ぶ人間を見て、リョナ性癖に目覚める程度で済む子供は流石に稀だと思う。

「どっちにしても、少なくとも僕はそよぎに粉々になられたくは無いから真面目に考えるぞ」

「そうだね、真剣に考えないと。妄想の話だけど」

 こういう攻略法は何でもいいから口にしてみると、意外にとっかかりが掴めたりするものだ。とりあえず、思い付きで発言してみる。

「まず、今回の『限定条件』は予想がついてるの?」

 大抵の能力者は能力の任意発動の為に、何らかの動作が必要になっている事が多い。特定のポーズを取るだとか、何かの呪文を詠唱するとかだ。それを妨害すれば、相手の能力は使えない。

 そよぎはどこか得意げな表情で言い放つ。

「ふふん。私だって日々成長しているんだよ。前に幸助君言われてからはよく相手の力を観察する様にしているんだ」

「ほう。進歩だな」

「観察は得意だよ。なんて言っても私は小学生の時、あさがおの観察日記で初めて『よくできました』スタンプをもらったからね」

「それはすごいのか……?」

「私が人生の中で唯一宿題で褒めてもらった経験だよ」

「すごいな、おまえ」

「ふふん」

 やはりこの子は真正のアホである。

「それで? 観察の結果はどうだったんだ?」

「ずばり、相手の限定条件は『手を合わせる』だと思うよ」

「『手を合わせる』?」

「ほら、こういうことだよ」

 そう言って彼女は自分の両手の掌をくっつけ、いわゆる合掌のポーズを取る。

「なるほど、合掌のポーズが『限定条件』か」

 前に居た『ラジオ体操を第一から第四までこなす』とかいうふざけた能力者とは違い、えらく現実的な『限定条件』である。

「いや、違う」

「違うのか?」

「『がっしょう』のときって、手を横に垂らすでしょ? じゃないと声でないじゃん」

「たぶん、おまえが言ってるのは『合唱』のポーズだ」

 「合唱」と「合掌」の違いを説明する。

「幸助君は物知りだなぁ」

「そよぎが物を知らな過ぎるだけだが」

 とはいえ、流石に物を知らな過ぎではなかろうか。

「こないだから思ってたんだけどさ」

「うん」

「大変に言いにくいんだけど」

「私と幸助君の仲じゃないか。なんでも言ってよ」

「おまえ、すごいアホ」

「おおっと、思った以上の剛速球飛んできた」

 流石にそろそろ遠慮してもいられない。言うべき事ははっきり言ってやるべきだろう。

「よくこの学校受かったよな」

 僕達の通う塔坂高校は曲がりなりにも進学校だ。流石にコンビニに爆弾が売っていると本気で思っているレベルのおつむの人間が入学できるとも思えない。

「いやあ……その辺はあれだよ」

「なんだよ」

「まあ、あんまり言っちゃあいけないって言われてるから、遠回しに言うけどさ」

「うん」

「お父さんのコネで裏口入学させてもらった」

「遠回しって言葉の意味解ってる?」

 ど真ん中に剛速球を叩きこんでくれた。

「いや、それまずいだろ」

「お父さんがこの学校の校長なの」

「……やっぱりそうなのか」

 「愛原」という名字は珍しい。薄々そんな気はしていた。

 魔法少女の秘密というファンタジーだけでもお腹一杯なのに、学校の不正などという社会派小説の様な闇まで担がされては浮かぶ瀬も無い。

「それ、他のやつに言ったらダメだからな」

「うん」

「話が逸れたけど、結局、『手を合わせる』のが限定条件である事は間違いないんだな?」

「うん。相手の魔法少女がね」


「我が『創造の右手と破壊の左手の結びし混沌クリエイツ・オブ・ザ・オール・アンド・エンド・オブ・ザ・ワン』の『限定条件』は『手を合わせる』ことだ!」


「って言ってたから」

「観察関係ねえ! 全部言ってくれてるじゃねえか!」

 バトル漫画特有の自ら能力をばらしていくスタイルの様でした。


「まず、能力名が長いよ。よく覚えられたな」

「私が覚えられないって言ったらメモくれた」

「至れりつくせりじゃねえか」

 道理でアホのそよぎがきちんと僕に伝える事が出来たわけである。

「ていうか、魔法少女の固有能力って、そんな中二病な能力名が一個一個ついてるわけ?」

「何かしらの能力名はついてるよ。流石にこんなにややこしい名前ではないけど」

「そよぎの能力はなんて言うんだ?」

 そよぎの能力は確か『運が良い』だったはずである。いまいち意味がわかりにくい能力であったが能力名を聞けば、少しはその力が類推できるかもしれない。

「いや……それは……」

 何故か言葉を濁すそよぎ。

 いや、よく考えれば魔法少女ということは秘密なのである。僕には、ほとんどばれているとはいえ、本当に言ってはいけないラインという物が存在する可能性も否めない。あまり、深入りし過ぎてはいけないのかもしれない。

「言えないのなら無理に言わなくていいよ」

「ありがとう……私、昔から物覚えが悪くて」

「いや、言えないって覚えてないから言えないのかよ」

 ちょっとでもシリアスな想像をした自分が馬鹿だった。

「いや、なんかそんなに長くはないけど、そこそこおしゃれな名前がついてた気がしたんだけどなぁ」

「いや、もういいよ、それは」

「うん、今度グーグルで検索しとく」

「検索したら出るのかよ」

「グーグルは先生だから何でも知ってるって聞いたけど?」

「流石に君の記憶までは検索できないよ」

 彼女の脳内のグーグルなら『愛原そよぎ』で検索したら『もしかして:魔法少女?』とか言われそうである。

「で、それにそれまくったけど、話を本筋にに戻すと、結局、相手に『手を合わせる』動作をさせなければいいんだな?」

「私なりに一個作戦を考えたの」

「期待できないけど言ってみ」

「徐々に当たりが強くなってきたね」

 こうまでボケ倒されると流石にそろそろ当たりを強くしていかざるを得ない。

「相手が『手を合わせる』前に握手を求めて」

「………………」

「そこから、相手の右手を引き千切る!」

「こええよ! 発想がすでに魔法少女じゃなくてエイリアンのそれになってるから!」

「いや、エイリアンなんて現実にいる訳ないじゃん」

「自称魔法少女がエイリアンをディスる資格はねえだろ」

 まずエイリアンが居るか居ないかも問題ではないし。

「まず、相手が素直に握手に応じるわけないじゃん。完全に能力を封じに行ってるのばればれじゃん」

「いや! 魔法少女は礼節を重んじるんだよ! 絶対に応じてくれるよ!」

 魔法少女というのは格闘家か何かなのだろうか。

「百歩譲って握手はしてくれるとしても、相手がその前に能力を発動していたらどうする? つまり、戦闘開始前に『手を合わせる』動作をしてから来ていたら、握手をした瞬間にドカンだぞ」

「くっ、それは盲点だった!」

「礼節は重んじるのにそんな不意打ちをしてくる可能性は認めるんだな」

 そよぎの考える魔法少女像が理解できない。 

「じゃあ、発想を変えよう。相手の能力をくらってもきちんと防御できればいいわけだろ?」

「それは確かに」

「能力の有効範囲はどこまでかを調べる必要がある」

 異能力にも必ずなんらかの法則は存在している。それを分析するのだ。

「たとえば、触れたものを何でも壊すなら合掌、『手を合わせる』動作の直後に少なくとも触れている物がある」

「なるほど、わかったよ」

「なんだよ」

「仏の心だね」

「何故急に仏教徒になってるんだ」

 流石に合掌という言葉も知らなかった人間には、仏の心を理解するのは無理だろう。

「空気だよ」

「なるほど」

「本当に触れた物を問答無用で破壊するならまず空気を破壊してしまうはずだからな。たぶん、『手を合わせる』動作をした後に能力者自身が『触れている』と認識する必要があるとか、そのあたりじゃないか?」

「ふむ……つまり?」

 この子には基本的に結論だけを教えた方が良さそうだな。

「たとえば、大量に服を着こんでいくとか。触れた物を破壊する、という情報が正しければ服にしか触れていないなら、服しか破壊できないはずだ」

「なるほど、よくわからないけど、いっぱい服を着込めばいいんだね?」

「まあ、そういうことだ」

 もちろん、相手の能力に貫通の性質があれば、この対抗策は意味を為さない。また、対象物の破壊というのが、概念理解によるものではなく、たとえば、空間すらも削り取る様な性質の攻撃であったならば、やはり、これも対策にならないだろう。あくまでこれは気休め程度の対策でしかない。

「何を着ていったらいいんだろう」

「なんでもいいだろ」

 むしろ盾に使ってしまうつもりならボロ布でも纏っていった方がましというものである。

「女の子の服をなんでもいい、なんて言う男はもてないよ」

「ぐっ……」

 現在進行形で片思いの相手に面と向かって「もてない」と言われるのは、流石に男として忸怩たる思いがある。今一つ納得はいかないがきちんと答えなければならない。

 しかし、当方、冴えない男子高校生。女子高生に似合うファッションなんて解ろうはずもない。たとえば、目の前にサンプルが存在し、どちらかを選べと言われれば選ぶ事くらいはできるだろう。しかし、何の資料も無い状態で答えるのは流石に難しい。

「何か選択肢をくれないか?」

「選択肢」

「つまり、二種類服を提示してくれ。そのどちらがそよぎに似合うかを選ぶ」

「なるほど。今こそグーグル先生の出番だね」

 そよぎはごてごてにラインストーンで飾ったスマートフォンを取り出して何かを打ちこみ始める。

「じゃあ、この二つから選んで」

 そこに表示されていた画像は――


 チャイナ服

 メイド服


(選択肢おかしくね?)

 もう一度画像をよく見なおしてみる。

 チャイナ服は、全体がどこか高貴さを感じさせる薄紫色。襟の部分はタイトにしまっているが、ノースリーブであり脇がはっきりと見える形だ。チャイナ服の特性上、身体のラインに沿う様に作られており、胸が強調されるデザインになっている。僕はまだそよぎの制服以外の恰好を見た事がないので、はっきりとした事は解らないが、そよぎのスタイルは良い様に思える。もしも、彼女がこれを着れば、胸のふくらみが淫靡な雰囲気を醸し出すであろうことは想像に難くない。なにより、チャイナ服の最大の特徴であるスリットはこれでもかというくらいに深く作られており、足のほとんど全てが露出される事となるだろう。そよぎのチャイナ服をまとった姿を想像し、僕は思わず生唾を飲み込む。

 メイド服は、黒を基調としたクラシックタイプの落ち着いたものだ。近年、メイド服というとメイドカフェに代表される様な派手な色合いで短いスカートの物が最初にイメージされる事も多いが、本来はこういった黒を基調としたロングスカートの物が主流なのだ。高貴な人間に使える給仕が着ていたものが由来なのであるからある意味当然のことである。とはいえ、色気がないのかといえばそんな事はなく、むしろ逆である。長袖に、長いスカートと露出こそ抑えられているが、カチューシャやエプロンドレスなど要所要所に飾られたフリルが女の子としての「かわいさ」を滲み立たせている。そして、なんと言ってもメイドとは「御奉仕のための服装」。「御奉仕」という言葉は、一クラスメイトに対して行っていい妄想の範疇を簡単に逸脱させるほどの破壊力を秘めている。

「……いや、選択肢がおかしいだろ」

「なんでそんな小さい声で言うの……?」

 つっこみにも覇気が出ない。

 つまり、僕が選んだ方の服装をそよぎがしてくれるということなのか? 

 そういう解釈でいいのか?

 僕の中の煩悩が全力疾走しだす。

 チャイナ服か、メイド服か。

 僕の中でチャイナ服をきたそよぎとメイド服を着たそよぎが向かい合い、戦い始める。

 チャイナ服は妖艶な肉体を強調し、メイド服は清廉な癒しを振りまく。どちらにも魅力があり、どちらかが劣っているいるわけではない。

 それでも僕はどちらかのそよぎを選ばなくてはならないのか……。

 

 選べない。僕はそう言おうとして顔を上げる。

 目の前には制服を着たそよぎが居た。

 そのとき、僕はやっと気がついた。

「選べないんじゃない……」

「へ?」

「僕は両方を選ぶ!」

 どちらかがそよぎに似合うなどという発想そのものが間違いだった。そよぎは容姿に関しては完璧だ。完璧な少女であるならば、きっとどんな服であろうと着こなすだろう。だから、彼女にどちらが似合うかという問いそのものが愚問だったのだ。

「僕はそよぎに、チャイナ服もメイド服も着て欲しい!」

「お、おう」

 若干引きつった顔すらも愛らしく、僕は一層彼女への思いを強くする。

「まあ、私は何を着ても似合うからね。どちらかを選べという問いそのものが愚問だったね」

「僕の思いを全て台詞にしてくれてありがとう」

「そうかあ。両方を着て欲しいか」

 そういえば、もともと何故こんな話になっていたのだったか。話が逸れているなんてどころの騒ぎではない気がする。

 そのとき、教室の扉が開き、二人きりの教室に何者かが足を踏み入れる。

「そよぎ? なにしてんの? 部室に来ないで」

「あ、風音ちゃん」

 教室に入ってきたのはクラスメイトの内田風音だった。ボブカットに眼鏡という典型的なサブカル女子みたいな見た目をした女だ。まともに会話した記憶は無いが、そよぎと仲が良いのか、よく休み時間に彼女達が一緒に居るのを見かけた。

「幸助君に相談に乗ってもらってたの」

「ほう、幸助君ねぇ」

 内田はいやらしい不敵な笑みで僕を見る。なんだ、何か言いたいことでもあるのか。

 内田は僕達の間に割り込む様にして、机に腰をかける。短いスカートの裾がちらりと揺れた。

「一体何の相談よ。うちらには出来ないタイプの何か?」

 これは素直に答えてよいものだろうか。僕に対する「触れただけで物を粉々にする能力者にどうやったら勝てると思う?」という相談も、あくまで妄想という建前で行われている以上、やはり、魔法少女の秘密を吹聴することはできないのだろう。だから、ここは僕は下手な事は言わず、そよぎの返答に任せることにする。

 しかし、そよぎに物を考えるという事を期待する事自体が間違いだった。

 そよぎはおそらく誤魔化しのためだとか、何かの意図を持ってということは一切なく、そもそも話の本筋を忘れて答えた。


「幸助君が私にチャイナ服とメイド服を着て欲しいって」


「違うだろ!」

 確かに今、そういう話をしていた事は否定できないけど!

「うっわぁ……これはちょっとあれだねぇ……なんていうか」

「いや待てよ」

「これは軽く社会的にで死んで、不登校になり、学校もやめて、一日中ネットばかりする社会のクズになって、のたれ死んでもらった方がいいな」

「軽くねえよ、死んでるじゃねえか。おい、クラスのライングループを開くのをやめろ」 

「送信」

「うわぁ、最近の女子高生、スマフォに文字うちこむスピード半端ねえ!」

「そよぎを狙ってる奴は多いから気をつけろよ」

「だったら拡散するんじゃねえよ!」

「わわわ私、魔法少女じゃないから、悪い魔法少女になんか狙われてないから!」

「そういう話じゃないから!」


 そよぎは見事に一言で僕のクラスでの地位を破壊してくれました。


 ちなみに敵はなんかいっぱい服を着こんで倒したそうです。

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