温度とロマンチスト
オセロ事件の次の日。
土曜日ということもあって、俺は一週間ぶりに友人達と集まっていた。
もちろん、俺が誘ったわけではなく、誘われた側である。それに、その理由がいち早くインターンを始めた俺の話を聞こうとしていることくらい考えるまでもなかった。
「すっげー!!」
これは、颯介が「面白い話とかないの?!」と食いついてきたので、オセロ勝負の話をした後に聞こえた言葉である。
「ごめん、今の話のどこに対してその感想なのか聞かせてくれ」
俺は、テーブルに広げられていたスナック菓子に手を伸ばしながら、息を吐き出した。言うべきじゃなかったか。
「その、黒崎さんって人のオセロの実力だろ!!」
「あー、口が軽かった俺も悪いけど、それ以上は言わないでくれ。本当にかわいそうになってきたから……」
俺は、悠菜さんが森岡老人に対して圧倒的敗北を喫したところまでしか話してはいない。少女コンビにまで負けて、本気で悔しがる悠菜さんと、笑い転げた茶倉さんの光景を見た俺としては、いよいよ哀れみの感情が湧き上がってきていたのである。
「得手不得手、で片付くかは知らんけど、そういうことだ」
彰が麦茶の入ったコップを4つテーブルに置いた。
今日集まっているのは、大学にほど近いアパートで一人暮らしをしている彰の部屋だった。お菓子は来る途中で適当に買ってきていた。
とりあえず、こんなに食うのかと聞きたいくらいにはお菓子がこの部屋にはある。余ったら颯介に持って帰ってもらうと、彰が言う意味も理解できる。
新商品だからといって、全てを購入した颯介が原因であることは言わずもがなだ。
「そうそう。それにお前だってバタフライできるのに息継ぎできないだろ」
「そっ、それを言うな!! 息継ぎしなくたって25メートル泳げたらなんとかなったんだよ!!」
俺が部屋の中にあるお菓子の量に慄いている中、靖人の指摘が図星だったのか、颯介は勢いよく反論していた。
悠菜さんの話から上手く話題を逸らしてくれた彰に感謝しながら、俺は水泳の話に加わるべく、颯介の言葉の揚げ足をとるように口を出す。
「何がなんとかなったんだよ……」
「高校の授業で水泳あったのか」
「もう終わり! この話は終わりっ!!」
水泳の話をこれ以上続けたくなかったのか、颯介は必死に手のひらを俺達に突きつけては声を大きくした。
「はいはい、わかったって」
「それより、晴真」
「ん?」
多少からかいすぎたかなと思っていたところで、彰が俺を呼ぶ。
「俺としては宿題が結構気になるんだけど」
「気になる、と言われてもなぁ……。ちゃんと考えてはいるぞ、俺だって」
きっと、正解は、求めてない。そういう人だ。
本当に、俺の考えを聞きたい。そう思っているに違いない。
ただ、彰の言うように、この問題が難しいと感じているのも確かだった。
「俺は医者!!」
「?」
俺は、颯介の言葉の意味がわからず、右隣の彰を伺う。
「何の話?」
彰はさらに右隣の靖人に助けを求めた。
「俺が聞きたいよ」
靖人の降参の声を聞き、俺達3人は顔を見合わせる。
結局、誰ひとりとして意味がわからなかった。その雰囲気を感じ取ったのか、やれやれといった表情で、自分が原因であると気づいていない颯介が説明をし始めた。
「きっかけの話だろ? だから、医者がご臨終ですよーって言ったらさ、誰だってわかるだろ」
「なるほど……。専門家の言葉っていうか、宣告みたいなやつか……」
「全然違う話していたくせに、よく入ってきたな……」
「さすが、颯介」
この靖人の言葉は、全く颯介を褒めたものではなかったが、俺としては、少し感心した部分もあった。
悠菜さんからの問題は、人が人の死を認識するきっかけは何か、というものだった。つまり、颯介の考えるように、自分自身が何かを確認して判断する必要はないのだ。
だが、例として出された話は、目の前で悠菜さんが死んだ場合、俺はどうやってそれを判断するのかといった話だった気がする。
自分がどうやって死を認識するのか、判断するのかを問われていると思い込んでいたのは、この話が原因でもあるように感じる。この問題は、悠菜さんがその場で考えた思いつきなのだ。意図的にやるにしては回りくどい。
だが、どうにも、俺は悠菜さんが意図的にそうした、ということが全然否定できなかった。
寧ろ、そうしているような気がしてきた。
そういう人のような気がする。
……深読みしすぎだろうか。
「そういえば、インターンの詳細見たか?」
「見た見た」
「俺も。詳しいとこ見るといよいよって感じがするよなー」
「昨日発表だったんだっけ?」
彰の質問に、靖人と颯介が肯定の返事をする中、俺は確認の問いかけを彰に投げかける。
結局、大学斡旋のインターンシップに応募しなかった俺は、その後の日程の確認すらしていなかったのだが、他の3人のインターンシップはまだこれからなのだ。
「そ。インターンの抽選結果が昨日だったんだ」
「俺は地元展開のスーパーで実際の業務体験。5日だったかな」
「長いな。俺はシステム系に引っかかって、2日日程」
「良かったじゃないか」
俺は彰の抽選結果を聞いて、驚いていた。
確かに、彰がシステム系の企業に興味があることは知っていたし、アンケート結果の食いつき加減がすごかったのも覚えている。
だが、アンケート結果を見て、彰はシステム系の人数が多いから、どうしようなどと不安がっていたハズだ。だから、本当にシステム系の企業に応募しているとは思わなかったし、ましてや当選しているとは思いもよらなかったのである。
「良かったっていうか、もう安心しすぎて昨日は1人で家飲みしてた」
「どんだけ心配してたんだよ!!」
「だってさぁ……」
彰の心配性に対して颯介が本気で呆れている中、1人でお菓子を黙々と食べていた靖人に俺は話を振ってみる。
「靖人はどこになったんだ?」
「あー、うん」
……聞いて欲しくなかったのだろうか。
靖人が完全に目線を逸した。
「そういや、俺らもどこ応募したのか聞いてなかったな」
「……色々あってな。インターンシップは、南見市総合病院になった」
「……俺の聞き間違いかな?」
そんなわけはないのだが、俺は確認したくて仕方がなかった。
「総合病院だって」
「なんでまたそんなところに……」
インターン先が同じ場所だからといって、インターンの内容は全く別物になるのは考えるまでもない。それでも、なんとなく、知り合いが近くにいるという事実を知って、俺は何か怖くなっていた。
「第1希望も第2希望も外れたんだよ。悪かったな」
「でもさ、総合病院なら晴真の白衣姿見れるんじゃないか?」
「あっ、それだ!!」
「うわあー!! 失敗したー!!」
「見なくていい!!」
盲点だったと言わんばかりに驚く靖人と、落ち込んでいる颯介に対して本気で言い返していた。
白衣姿は、あまり好きではないのだ。
だって、俺は医者ではない。ただのインターン生だ。
正直、慣れてきたとか、インターンをするための制服みたいなものといえばそれまでだが、恥ずかしいことにかわりはない。
靖人に見られるなんてことは絶対に避けたい。
「なんで? いいじゃない、白衣姿。ポーズとかしてみれば?」
面白そうに聞いていた悠菜さんは、いつかのヒーローの変身ポーズをしながら笑っていた。
「は、白衣でポーズですか……」
「なんか面白そうだな。やってみろよ晴真」
なぜか伝達管理部にいて、話にまで乗ってきて笑っている茶倉さんを、俺は訝しげな目で見た。
もちろん、ちょっとムッとしていた。
「んー?」
「……普段から白衣を着てる茶倉さんのお手本をお願いします」
「んなっ?!」
驚いて座っていたソファから転げ落ちそうになった茶倉さんを悠菜さんはやれやれといった様子で笑う。
「やられたわね茶倉」
「ほ、ほらお前ら答え合わせするんだろ? 俺のことはいいからさ、な?」
茶倉さんは、この場の雰囲気に負けたのか、おずおずとドアへと向かって行く。
「逃げたわね」
「逃げましたね」
「お前ら茶倉に対して厳しすぎるぞ!! もっと優しくしてくれ!!」
茶倉さんは、半分ドアに隠れたまま言い返すものの、勢いはなく、分が悪いことを嘆きながらいなくなった。
「さてと。茶倉も撃退したことだし、聞かせてもらおうかな、晴真君」
「はい」
俺は、自分の鞄からノートを取り出してソファに座る。向かい側の悠菜さんは手品でも見るかのように楽しそうな目をしていた。
「まず、理由はともかくとして、質問の答えからいきたいと思います」
「おっけー。人が人の死を認識するきっかけは?」
改めて質問内容を言い直してくれた悠菜さんの問いかけに、俺はゆっくりと答える。
「体温、だと思います」
「うん?」
答えが予想外だったのか、本当に興味からなのかはわからないが、悠菜さんは首を傾げた。
「いや、友人達は医者が死亡の確認をするのが一番確実に認識できるっていう話もしていたんですけど、どうにもそう思えなくって」
「と、いうと?」
「理由は一応2つあります。まず、問題を出した直後の悠菜さんの例に挙げた話ありましたよね?」
「ああ、ここで私が死んだら……ってやつね?」
確認する悠菜さんに頷き返し、俺は説明を続けた。
「俺が、悠菜さんの死をどう確認するかって考えたら、医者を呼ぶ前の段階で俺が何かしら行動を起こすと思うんです。なので医者という解答はとりあえず除外します」
完全に例の話に則った考えで偏っていることは否めない。が、俺は目の前で悠菜さんが死んだと仮定した状況下のシミュレーションで考えをまとめてきた。ここを崩しては、話が進まない。
「うんうん。じゃあもう1つの理由は?」
「伝達管理部の仕事は面談と伝達、2つの業務があります。依頼人は、生者であり、死者です」
「……そうね。面談の時点では生者の依頼人と接して、伝達業務の出番が来た時、依頼人は既に亡くなっているわ」
「生者と死者。どちらとも接するからこそ、今回の状況下での生と死をどうやって判別するか……。それを考えるべきかと思いました」
「言いたいことはわかるけど……ふふっ」
突然、悠菜さんが笑う。
何か変なことを言っただろうか……。
結構真面目に考えてきたのだが……。
向かい側でフリーズした俺を見て、悠菜さんがごめんごめんと手を振った。
「最初から随分と深読みしてきたなーって思っただけ。確かに例に挙げた話でちょっとだけ意識させようかなって考えたりもしたんだけど」
「……やっぱり、意図的だったんですか」
「ちょっとだけね」
なぜか、悠菜さんは俺が深読みしすぎて自分の考えを読まれていたことに嬉しそうな顔をしていた。
一方の俺は深読みのしすぎによる疲れが今になって押し寄せてきた気がしていた。
「それで、その生死を分ける基準は体温だと?」
「生きてるなら、温かい。死んでいるなら、冷たい。これって子供でもわかることなんじゃないかなって思うんです」
「子供の認識が万人のものとは言い切れないけれど、それで体温って答えになったのね」
「ちょっとこじつけっぽいですかね?」
悠菜さんの指摘した部分が何を言いたいのか、それはちゃんとわかっている。
だが、この話に限っては、自分が何を基準に行動するか、論点はそこにある。今、俺は地球上の全人類の行動について考える必要はない。
それでも、説明に多少の無理があったと思うことも否定はできなかった。
「いいのよ。君がどう思ったかが大事なの。その考えにこじつけでもいいから理由をつけて、自分の言葉で説明できてるなら、それは立派な意見だと私は思うから」
「はい」
なんとか、説明を終えることができた安堵からか、俺は大きく息を吐き出していた。
「ま、最初から面白かったし、合格!」
「え……これ合格とか不合格とかあるんですか?!」
「あるわよ。ちゃんと自分の意見を作れるかどうかってとこを見てるの」
「……なるほど」
どう思ったのか、それを自分の言葉で説明できるなら、それは意見だと悠菜さんは言っていた。今回はなんとかなった、のか?
悠菜さんの言い方からするに、こじつけだろうとなんだろうと、言い切ることが大事のような気がしてきた。
「それに、すっごく深読みしてくれて面白かったし、次も考えてみようかな」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「わかったってば。それにしても、晴真君って案外ロマンチストなのかな?」
「違います!!」
何かを思い出して笑う悠菜さんに、俺は反射的に否定を叫ぶ。
どこをどう捉えたらそうなるのか、どうか説明願います!!
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