幼馴染とツインズ
1階に用事があるという黒崎さんと別れ、1人先に部署に戻ってきた俺に浮かんだのは微かな不安だった。
先に戻ってきたのはいい。それは別にいいのだが、この状況で誰か来たりしたらどうすればいいんだ?
ドアを外から開けるにはIDカードによる認証が必要だから、ノックされたら中から開けるしかない。開けなければ留守だと思われて、居留守状態になることはできるが、それもどんなものか……。
だが、ドアを開けたところで、黒崎さんじゃなく俺が開けたとわかれば……。
「変な目で見られるんだろうなぁ……」
そこだけ、億劫に感じていた。
そうも言ってられないとは、わかっているのだが……気が進まない。
こうして、1人悶々としていると、嫌なタイミングでドアがノックされた。
「っ?!」
大袈裟なくらいに驚いて立ち上がってドアを睨んでいた俺も、数秒で我に返った。
ドアが、ノックされた。
開けないのは、やはり失礼だろうか。
迷っているハズなのに、足はドアの目の前まで動き、自分の手は既にドアノブを掴んでいた。
開けるか……。
ゆっくりとドアを開ける。
「すみません、今……」
黒崎さんは不在です。
その一言を言い切れなかったのは、自分の目の高さに人がいなかったからだろう。視界に入った別のものを見ようと、首を動かすと、小学生くらいの女の子2人が、俺を見上げていた。
「あ、えっと……」
小学生が訪ねてくるなんて聞いていない。
何を言えばいいのかと、考え始めた俺を前に、女の子2人は一目散に逃げ出した。
「えっ……?!」
逃げられた。
仕方なく、俺はドアを閉めた。
黒崎さん、早く帰ってきてくれないだろうか。
俺は子供に逃げ出されたという事実に、少し落ち込みながらドアを見入っていた。
すると、ガチャン、と小さく音がした。
ドアノブを動かした音に、俺は黒崎さんが戻ってきたのだと安堵した。
しかし、開いたドアから不機嫌そうな顔を覗かせたのは、白衣の男だった。
「?!」
「誰だお前。悠菜はどこ行った」
「ゆ、悠菜……?」
俺はもうかなり混乱していて、悠菜という名前が誰のことか全くわかっていなかった。
そして、不信感をありったけ声に込めて喋っている白衣の男は、迷うことなく俺に一歩、また一歩と近づく。
そして、その背後、ドアの影から部屋の中を覗き込んでいたのは先程の2人の女の子だった。
「茶倉先生!! この人きっとドロボーだよ!!」
「悠菜さんいないのに、この人部屋にいたんだもん!! 悪い人だよ!!」
人差し指を刺す勢いで、女の子達は茶倉先生と呼ばれた男に告げ口する。
「え、ちょ、ちょっと待って……」
な、なんか怖いことになってきた。
黒崎さん、早く帰ってきてくれないかな……。
「確かに、挙動不審ではあるな……。とにかく、悠菜の居場所を教えろ」
もう少しで胸倉を掴まれるのではないかと思うほどに、男は俺に迫っていた。
何も状況を理解できていない俺は、その男の質問にただ聞き返すことしかできない。
「ゆ、悠菜さんって、どこの……」
「はあ?!」
答え方を間違ったかと思った。不信感の声が、怒号に変わろうとした、その時。
その男の後頭部に拳を当てたのは黒崎さんだった。
「何してんのよ」
「悠菜?!」
「え、悠菜さん?」
「まったく……
悠菜さんの帰還により、俺は無事に難を逃れたというか、救われたというか、ようやく落ち着く事ができたのだった。
「いやー、ホントすまん! まさか伝達の人間だったとはなー!」
伝達管理部の応接用ソファに座り、誤解・勘違いを1つずつ整理することで、簡単に和解することができた。
正直、女の子2人を驚かせた自分にこそ、一番の原因があるのではないかと思わなかったわけではないのだが。
「随分軽い謝罪ね」
「あ、いえ……俺も、その……悠菜さんが誰かわからなかったのも原因になったわけですし」
「まあ、いい機会だし。鶴木君に茶倉を紹介しておこうかな」
紹介しておこうかなと、悠菜さんが言ったものの、紹介は全て隣の茶倉さんに丸投げするつもりだったようで、目配せをすると、意図を簡単に汲み取った茶倉さんが咳払いをした。
「
「鶴木晴真です。よろしくお願いします」
先程の怖かったと思っていたことが嘘のような人だった。
フレンドリーな人というか、犬にじゃれつかれているような気分になる人だった。
「茶倉はね、こう見えても一応内科医なの」
「こう見えてもとか、一応とか、いらねえだろ……」
「鶴木君は、今日から伝達管理部のインターンに来てるのよ」
「これまた珍しいところに来たもんだな」
伝達管理部のインターンということを聞いて、茶倉さんが驚くと同時に、なぜか「お前も大変だな」といったニュアンスの視線を向けてくる。
「それと、咲ちゃんと奈穂ちゃん」
その後に、2人の女の子を悠菜さんは紹介してくれた。
2人は未だに俺を疑っているようで、目線で何かを伺っていたが、悠菜さんがいることでその不安も紛れてきたのか、口を開いてくれた。
「鶴木先生もお医者さんなの?」
「あ、いや……俺は医者じゃないよ」
「悠菜さんと同じ?」
「えっと……悠菜さんのお手伝いしてる」
「そうなんだ」
簡単に納得してくれたことを、ありがたく感じていると、悠菜さんが唐突に立ち上がった。
「さてと、行こっか」
「行くー!」
「行こー!」
「?」
順番に咲・奈穂コンビが立ち上がり、悠菜さんの後ろを追いかけていく。
まさか、この流れに準じてついて行くわけにもいかず、俺は座ったまま、誰かに向けてSOSを発信していた。
俺のわけのわからない信号に気付いたとは到底思えないが、ドアを開ける手前で悠菜さんが振り返り「お昼休みにしよっか!」と楽しそうに告げると、2人を引き連れてどこかへ行ってしまった。
「そんじゃ、俺らで食堂でも行くか晴真(・・)」
「え、あ、はい」
残された俺を茶倉さんが呼ぶ。そうして、誘われるがままに、俺と茶倉さんは病院食堂へと足を運んだ。
「おしゃべり、ですか?」
俺は食べる手を止めて聞き返した。
総合病院の病院食堂の一席で、俺と向かい合った茶倉さんはご飯を頬張りながら肯定するために頷く。
食事に手をつけ始めた、そんな時に悠菜さん達が何をしているのかと聞いたところ、茶倉さんから返ってきたのは「おしゃべりしてる」という簡単な答えであった。
「咲・奈穂コンビの母親はどっちも看護師で日中家にいないことが多いんだと。その代わりってわけじゃないんだが、悠菜が話相手になってるみたいな感じ。まあ、ただ飯食って話してるだけなんだけどな」
「へぇ……」
「お前も伝達管理部のインターンっていうからには、いい話相手になってやらないとな」
「話相手……」
ちゃんと話を聞け、ということだろうか。
「そういう点ではアイツの仕事を見ながら学ぶっていうのはいいと思うぞ」
「茶倉さん、伝達管理部に詳しいですね……?」
勤務地が同じだと言っても、医師と伝達者の接点は多くないだろう。その割に、茶倉内科医は伝達について、悠菜さんについて詳しいと感じていた。
「結構遊びに行ってるからな。それに、悠菜とは幼馴染だし、話しやすいってのもあるか」
「幼馴染だったんですか」
「おう。ま、あんな奴だけど仕事に関してはきっちりしてるから、楽しめよ晴真」
「……はい」
初日だから、楽しむという言葉をどう受け止めていいのか困ったが、和解してすぐに普通に接してくれる茶倉さんという人間性が、この時の俺にはとても居心地が良かった。
とりあえず、迷いに迷って扉を開けてよかったかなと、今になって安堵していた。
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