回答と代伝者

 説明会から数日後。

 アンケート集計結果がネット上に公開された。

 もちろん、各企業が用意したアンケート回答結果は各企業へと知らされることとなり、学生側には公開されなかったが、就職支援課が用意していた質問の集計結果には、説明会に参加していた学生達の注目が集まっていた。

 “インターンシップ事前調査”とタイトルが付けられた棒グラフの表である。

 縦は人数、横の各項目には説明会参加企業名が記されていて、アンケート回答時点で、学生がどこのインターンに参加したいと考えているのかを集計したものになっている。

 簡単に言えば、どこが人気で、人が集まっていて、より多くの学生が落選する可能性があるのかを示したものになる。

「むぅ……」

「思ったよりお前の希望したところが人数多かったんだろ?」

 隣の席でパソコンの画面を食い入るように見つめているのは、彰である。

「今回の説明会に参加してたシステム系企業はここだけだからなぁ……」

「必然的に人数集まるのは避けられないみたいだな」

「そうらしい」

 「わかっていたことなんだけど」と、机に顎を乗せて言う彰からは、インターン先をシステム系に絞るのは危険なのだろうかという雰囲気が漂っていた。

「でも、事前調査だろ? まだ当選も落選もしてないんだからそんな顔するなよ」

「うん……そうなんだよな」

 完全に吹っ切れた様子ではないにしろ、どうにか気持ちを切り替えるべく、彰は開いていたブラウザのページを閉じた。

 大学本校舎4階・コンピュータ室。今ここに颯介と靖人の姿はない。

 講義は同じものを履修しているため、授業でも行動を4人で共にしているが、ゼミの選択は二つに分かれていた。

 情報系のゼミを選択した俺と彰。マーケティング系を選択した颯介と靖人。

 ゼミの時間帯は同じなので、この時間の行動は二手に分かれるというわけだ。

「ところで、晴真はどこ選んでたんだ?」

「インターンか?」

「晴真もさっきアンケート集計見てただろ?」

 確かに、彰同様に、俺も自分の席に設置されているパソコンからアンケートの集計結果を確認していた。確かに、どうなっているのかが気になって見たものだったが、自分の選んだところの人口密度を見たかったわけではない。

「皆どこ選ぶのかなって思ってな。俺は未定で選択してたからさ」

「未定か。そういや未定で回答してた奴も多かったな」

 全ての企業名の最後にはインターン先はまだ決めていない、すなわち未定の項目もあった。そして、アンケートでも、その項目を選んだ人は少なくなかった。

「すぐには決められないだろ? ましてや、俺達アンケートに答えたの説明会の直後だったわけだし」

「確かに。そりゃそうか」

 説明会が終わって、ファストフード店に行った。そこで話半ばにアンケートを回答し始めたのだから、熟考も長考もしたわけではないのだ。確かに、自分の考えがあって、ここに行きたいと既に決めているからアンケートに回答できたという颯介のようなタイプがいたからこそ、このようなアンケート結果に興味を持てる。未定とは、単に俺のようにすぐには決められない優柔不断人間が少なからず存在していたというだけの話である。

「インターンかぁ……」

 結局インターンシップのことが頭から抜け出せていない彰だったが、そのすぐ後に教室のドアが開いて先生が顔を出した時には、授業モードに切り替わったのか、彰は終了までその話題を口に出すこともしなかった。



 授業が終わり、教室を出たところで、俺と彰はいつもとは違う光景に出くわした。

 外部の人が、いた。

 特段驚くことではないのだが、自然と目を向けてしまう。

「先生に用事かな?」

「多分、そうじゃないか?」

 最初に教室から出てきたからだろうか、その女性は俺達に気付いたように近づいて声をかけてきた。

「あの、ちょっと聞いてもいいかな?」

 俺としては面倒くさいとか、何かトラブルに巻き込まれそうな気がして、話をするのはあまりいい気がしなかった。

 そんな俺の雰囲気を察したのか、すぐに「はい」と返事をしたのは彰だった。

「この教室、野崎先生のゼミの授業をしているって聞いたんだけど……」

「そうです。授業は50分までなんで。もう少しで先生も教室から出て……」

「あ、ううん。先生じゃなくて、ゼミ生の子を探してて」

「ゼミ生、ですか?」

 探しているのが先生ではなく学生側だと知った彰も流石に驚いたようで、俺の方を振り返った。だが、俺としても先生に用事があって来ている人だと思っていたために、学生を探しているという事実には驚きを隠せなかった。

「君達も、野崎先生のゼミ生?」

「そう、ですけど」

「鶴木君って、今日ゼミに来てた?」

「え」

 この声を上げたのは、俺だった。

「まだ、教室にいるかな?」

「あ、いえ。鶴木は……」

 教室の中を覗き込もうとしているのを制しながら彰が俺の目を見ていた。

 「いよいよこの人の相手は一人じゃできないから助けてくれ」とかそういう話ではなく。

 「早く返事しろよ!!」という、呆れ混じり、怒り混じりの視線であった。

「鶴木君って子の外見わからなくって……どんな子?」

 もちろん、この女性の目的の鶴木である俺に声をかけるわけもなく、先程から俺の雰囲気で仕方がなく返事をさせられている彰に聞くのだが、そろそろ彰にも申し訳なくなってきた。それよりも、彰の目が完全に怒りに変わりつつあったので、さすがに自分から名乗ることにした。

「あ。鶴木は俺です」

 軽く手を挙げて答えた俺を、声もなく数秒見つめたその人は、ものすごい勢いで仰け反った。

「うええええ?! っと、ごめんごめん」

「あ、いえ……」

 正直、そこまで驚かなくてもいいだろうと感じずにはいられなかったのだが、話が進まないので無視した。

「えっと、鶴木君。ちょっとお話したいことがあるんですが……今からお時間大丈夫?」

「ご用件を伺ってもいいですか?」

 外部の人間がいきなり名指しで来るなんてことは考えにくい。ましてや、俺は部活動・サークルなんていう活動をしているわけではないのに、ピンポイントで会いに来たということを考えると、思い浮かぶのは直前の説明会だけだった。

 説明会の数日後、わざわざ学生に会いに来るとなると、話の内容は大方予想ができる。

「えっと、インターンシップのことなんだけど」

「……インターンシップ、ですか?」

「あ、そっか。ええと、名刺名刺……」

 俺の声色から何かを思いついたように鞄から名刺入れを取り出し、その中の一枚を俺に渡す。隣の彰も興味津々に覗き込んでいた。

「南見市総合病院、伝達管理部……」

「黒崎さん、部長さんだって」

「私の部署のインターンシップに来て欲しい学生さんに声かけてて。鶴木君、話だけでもどうかな?」

 希望は関係なく、何か基準があって、ピンポイントに学生を探し当てているというのだろうか。

 俺としては、自分がそのインターンシップに来て欲しい学生であると判断された理由の方が気になっていた。

「行ってこいよ、晴真。皆には俺から話しとくからさ」

 考え込む様子が、迷っているように見えたのか、彰が小声で俺に耳打ちした。

「え、ああ……」

 ここで断るのも、学生側としてみれば避けたいことでもあるし、彰に先手を取られてしまった俺としては断るという選択肢が既に消滅していたと言ってもいい。

 それに、答えてくれるかどうかはわからないが、聞いてみる価値はある話題が俺には1つあった。

 後でどうせ何を話したのか事細かく聞かれることになるんだろうと、少し面倒な気持ちにもなったが、颯介達への説明を彰に一任することにした俺は、黒崎さんに向き直った。

「ありがとう。それじゃあ、場所を変えましょうか」



 大学の正門から徒歩2分ほどの喫茶店の窓際の席に座り、促されるまま頼んだコーヒーが運ばれてきたところで、黒崎さんは口火を切った。

「改めまして、南見市総合病院、伝達管理部の黒崎悠菜です」

「南見大学の鶴木晴真です」

「突然お話だなんて言ってごめんね」

「いえ……」

 突然すぎて、戸惑っていたのも間違いないし、単純にこの誘いに興味があったのも確かで、今は話を聞くことに悪い気はしていなかった。

「早速なんだけど、説明会の後に回答してもらったアンケートの結果が、一応私達にも届いているの。大学側が用意した質問と、病院側が用意した質問の回答だけなんだけどね」

「……俺は病院のインターンシップを志望しているわけではありませんが」

「未定、よね?」

「そうです」

「インターンシップに参加したい気持ちは?」

「それはありますし、参加しようとは考えています。ただ、まだ決定はしていません」

 決定はしていないなどと、断言してみたものの、どちらかといえば決めきれていないだけというのが正しい状況である。

 大学斡旋のインターンシップが全てではないことは俺だって知っている。それでも、学生の競争倍率が大学斡旋のものと比べれば馬鹿にならないから、できることなら大学斡旋の方で手を打ちたいと考えるのも本音だった。

「なるほど」

 俺は、黒崎さんの質問が一段落したところで、逆に質問を口にした。

「黒崎さんは、説明会のインターンシップとは別で学生に声をかけているんですか?」

「……どうしてそう思うの?」

 俺の質問に、一瞬驚いた表情を黒崎さんは見せたが、すぐさま面白いものを見つけたかのような顔に変わっていた。

「……私の部署って言いましたよね?」

「そうね、言ったわ」

「説明会では、新設された経緯や伝達業務についての説明はありましたが、そこでインターンシップが行われるとは言われませんでした」

「うんうん」

 楽しげな相槌が聞こえたが、俺は気にせずに結論を口にする。

「黒崎さんが個人的に選んで声をかけているのかなと、思いました」

「そうね、正解」

「……基準、みたいなものがあれば教えてもらえますか?」

 自分の仮説が正しいと答えをもらったところで、興味の確信に迫りたい気持ちが早まった。多少失礼だっただろうかと思ったが、黒崎さんは気にした様子もなく手に持っていた紙を指差した。

「基準、と言っても……私の手元にある資料というのはアンケート結果だけだから。これ見て選んでるのよ」

「え。アンケート結果だけで?」

「そう。正直なところ、私が病院側からもらえた質問枠は1つだけだし。基本的にはそこしか見てないわね」

「……もしかして、一番最後の」

「そうそう」

 アンケート画面の一番下。最後の設問でその意図を考えるまでに至った質問。

 すなわち、“伝達は誰のための仕事であるべきか”というものだ。

「一般論は知ってるでしょ?」

「……伝達は、遺言と同じものだとされていますからね。一般的には遺族のための仕事に見えるんだと思います」

「そう、それよ」

 やはり、そうか。

「君は、そうは思ってない」

「俺は、伝達者ではなく、代伝者という言葉の方が合っていると思っています」

「篠目先生の言葉、よく知ってるわね」


 『言葉は、伝えてこそ意味がある』


 篠目政孝が言ったこの言葉は、解釈が別れた。

 遺言は遺族に伝わらなければその意味をなさない。だから伝達者が伝えなければならない、というもの。これは昨日の颯介が言いたかった解釈のことだ。

 そしてもう一つ。死者は言葉を伝えられない。だから、代わりに伝えなければならない。というものだ。

 伝達に関わるものをまとめて伝達者と呼ぶ大多数の影で、前者を伝達者、後者を代伝者と区別している人もいる。

「私は、ちゃんと伝達が誰のための仕事であるか知っている学生に来て欲しいと思っています。言葉を伝えることの意味を知ってほしい。私も、この仕事は代伝者って呼ばれる方が合っていると思うから」

「伝えることの、意味……」

「あ、盛り上がりすぎちゃったね。今すぐに返事をしろって話じゃないの。今日は本当に自己紹介程度のつもりで来ただけだから」

 そう言われて、自分も随分も興味本位で話を広げすぎたかと反省しながら、話題を他に振ることにした。

「俺以外にも、いたんですか? その、アンケートに……」

「うん、いたよ。ホント少数だったけど。まあ、鶴木君と同じようにその学生にも会ってきたけどねぇ……ちょっと、その、ダメかな」

「ダメ、ですか?」

「オモシロ半分っていうか、わからないで書いてたりとか。鶴木君みたいにちゃんと代伝者の意味すらわかってない学生さんしかいなかったの」

 「だから私も盛り上がっちゃってさ」と、黒崎さんは言った。

 代伝者という言葉は、一般的に知られている言葉ではないと、わかっているくせに、口にした。俺は、今更何を期待しているのだろうか。

「だから、私としては是非、鶴木君にインターンシップに来て欲しいと思ってる」

「……返事はいつまでにすればいいですか?」

「そうねぇ……詳しい話もあるし、今月中までにくれればいいかな」

「わかりました」

「連絡はさっきの名刺に書いてある番号にお願いできる?」

「……わかりました」

 俺は先程もらった名刺を取り出して番号を確認して頷いた。

 本当に自己紹介と俺の質問に答えただけで満足したような黒崎さんは、それ以上話を進める素振りも見せず、立ち上がった。

「それじゃ、お返事お待ちしてますね」

 そう言って笑う黒崎さんに、俺はただ頭を下げた。

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