Alternate Messenger

羅衣

CASE1 伝達は誰のための仕事であるべきか

説明会と伝達者

 人間は、生命の活動が停止すれば、何もすることができない。

 終わりを迎えた者は、その世界でのあらゆる行動を禁じられ、ただ、その器だった体が横たわり、消えゆくその時をただ待つ。

 残された者は、消えていく器を見ているだけしかできない。


 医療分野が発達した現代、人間の寿命は一世紀前とは比べものにならないほどに長くなった。そんな先進医療の研究が日夜続けられるその片隅で、密かに注目されているものがあった。

 “伝達”と呼ばれるものだ。

 伝達は難病治療法、予防医療など、人間の健康を守るための医療分野には含まれず、終末期医療ターミナルケアの一種として分類されている。




 『ここは生者だけの世界ではない。死者も必ず生まれてしまう世界だからこそ、伝えるべき言葉がある』


 教壇に立つ、スーツの男性は自分の後ろのスクリーンに映し出されたこの言葉を読み上げた。

「この言葉が一番有名ですね。日本特有の終末期医療でもある“伝達”を発案した、篠目政孝しののめまさたか先生の言葉です。まだ制度が取り入れられてから日が浅いですが、この制度を患者の方々が身近に利用できるものになって欲しいと考えた、我々南見みなみ市総合病院では、数年前に南見市伝達管理局と提携し、病院内に伝達管理部という部署を新設し、日々患者の方々の相談に乗っています」

 年明け、後期試験を目前にした1月下旬のとある日の南見大学・本校舎2階。20番教室で16時まで行われている、3年生対象の春休みインターンシップ説明会。本日最後の説明を行っていたのは、企業というか、南見市総合病院だった。

 春から開始される就職活動に向けて、地元企業に協力を仰いだ大学斡旋のインターンシップの説明会だった。

 地元企業が多数集まる中、地元学生を応援したいとかそういう理由で、総合病院も説明会に参加しているのだとか。

 大学に医学部がないのだから、ここからインターンシップに参加したところで、学生側にできることといえば事務的なことしかないと思うのだが、インターンシップの説明をしているスーツの男性は予想以上に学生インターン受け入れには積極的な雰囲気だった。

 説明も終わりに近づいたようで、スクリーンにはスライドショーの終わりを示す黒い画面が映し出されていた。腕時計を見ると時刻は15時50分。壇上の男性もどうぞよろしくなどという決まり文句を口にしていた。

 男性が降壇するのを確認した、大学の就職支援課の職員がマイクを持って話し始める。

 内容は事務連絡だったので、その話も半分に、俺は机の上を片付けていた。今日のこの時間に説明会を行った企業は最後の総合病院も併せて8つ。それぞれが自社の説明やらインターンシップの説明やらで資料を配るものだから、俺の目の前には十数枚の紙束が置かれていた。

「晴真、飯行かねぇ?」

 俺の右隣でやっと終わったという表情で伸びをする友人の一人、沓澤颯介くつざわそうすけが俺を見ながらそう言った。

「おいおい晩飯にはちょっと早すぎねえか?」

 それを嗜めるのは後ろの席に座っていた森戸彰もりとあきらである。

「とりあえずこの教室出ようぜ。人多すぎるし」

 そう言いながら一番に席を立ったのは彰の隣に座っていた波谷靖人なみややすひとである。

 靖人の言葉に賛成の声をあげた颯介と彰の後を追うように俺も席を立った。

 教室の出入り口で、説明会に参加していたであろうどこかの企業のスーツの女性と、目が合ったのは、偶然だっただろうと思う。咄嗟のことでもあったし、目礼で通り過ぎた俺をどう見ていたのかは、よくわからない。




「俺って、新商品という言葉に弱いと思うんだよな」

「……何の話だよ」

 大学近くのファストフード店のテーブル席。

 俺の隣で新商品だというハンバーガーを頬張る颯介を横目に、俺はホットコーヒーのカップにミルクを入れていた。

「美味しいの? その新商品」

 フライドポテトとドリンクを乗せたトレイをテーブルに置きながら、靖人が噂のハンバーガーを覗き込んでいた。

「レモンソースのハンバーガーだからなぁ……。好き嫌いあるかも」

「颯介レモン好きなんだっけ?」

「んー、まあまあ?」

 食べながら考え込む颯介は、三度そのレモンソースの味を確認するように頬張ったまま首を傾けていた。

 最後の彰が席に座るなり、ハンバーガーを食べ終えた颯介が楽しげに話題を投下する。

「それより、皆どうすんのインターン。行くの?」

「行くか行かないかの話なら、俺は行くと思う」

「春からの就活考えれば行ったほうがいいんだろうね」

 颯介の話題投下を予想していたかのように、彰と靖人がテンポよく返答する。

 確かに、4人で説明会に出席していたとは言え、インターンに参加するかどうかはまた別の話で、どこに参加するかどうかも個々人の問題ではある。が、しかし。どうするのかという点はやはり、気になる話でもある。

「じゃあ、大学斡旋のやつに行くかどうかは?」

「それはよく考えないとな。今日の説明聞いてた人結構いただろ? 有名どころは人が集まって抽選になるだろうからさ。落選も視野にいれるべきだろ」

「確かに」

 彰が言うように、今日の説明会の会場となっていた20番教室は、本校舎の中でも大教室と分類される広さの教室だった。その教室の座席が7、8割方埋まっていたということを考えても、それなりの人数が今日の説明会に参加していたのだとわかる。それに対して、企業側の受け入れ人数は一桁、それも数人だというところが大半だろう。大勢の受け入れをしている企業はおそらくインターンという名目の会社見学、企業説明会になってしまうのだろうと、学生側は薄々、雰囲気から感じていた。

 真面目に就活の前哨戦として、インターンシップに行こうとするならば、学生競争倍率はかなり高くなるだろう。

「あれ、確か今日の出欠確認のためのアンケートあるんだっけ?」

「忘れないうちにやっちゃおうか」

「そうだな」

 大学斡旋のインターンに参加するには、説明会の出席が必須。そして、その出席確認は大学の就職支援課HPのリンクにある、出欠確認アンケートに回答することだった。

 家に帰った後でやるのも億劫だなと、俺も賛同してスマートフォンを手に取る。それをなぜか軽い驚きの目で見ている靖人と目があった。

「なんだ?」

「いや、ちょっと意外だった。出欠確認のアンケートやるってことは、インターン行く気があるんだ?」

「は?」

「晴真はめんどくさいーとか言いそうだもんな」

 靖人に続き、颯介にまでこんなことを言われるとは思ってもいなかったので、俺は少々呆気にとられていた。

「あのな……俺だって就活するつもりでいるんだぞ。そもそも、インターン行く気がないなら説明会も行かないだろ」

「ごもっとも」

 軽くため息でもつきそうな俺の言葉に、靖人も悪怯わるびれた表情を見せていた。

「じゃあさ、晴真なら今日の説明会の中でどこ行きたい?」

「う……どこと言われると、まだよくわからん」

「そういう颯介はどこ行きたいとかあるのか?」

 困った俺を助けるかのように彰が話を颯介に振ると、颯介は今日の説明会で配布された資料を鞄から取り出しながら喋り始めた。

「俺は人と話すの好きだし、接客とかは嫌いじゃないからさ、そういう仕事に就きたいとも思ってるし。これとかー?」

「ショッピングセンターか」

「先に裏側知っとくのもありかなって」

 配布資料の余白にメモまでとっているところを見て、真面目に颯介がインターンシップのことを考えているのだと知らされた靖人と俺は、それぞれ思ったままの言葉を口にしていた。

「一番考えてなさそうな奴が一番考えてると焦るわ」

「新商品のバーガー食ってるだけかと思ってた」

「どういう意味だよ!!」

「はいはい。皆、まずはアンケート回答しような」

 話がいいだけ脱線したところで、先にアンケートに取り組んでいた彰が回答を促すために声をかけた。

「おっと、忘れてたぜ」

「いや、この短時間で忘れるなよ……。脱線してた俺らも悪いけど……」



 アンケートの回答を始めたからといえど、黙ったままでいられないのが沓澤颯介という男である。

 その手ではスマートフォンの画面をタップしながら文字を打ち込み、アンケートを回答しているのだろうが、同時に、同様に口も動かしていた。

「靖人と彰は? どっか気になるとことかなかったの?」

「んー……俺はソフトウェアとかちょっと興味ある」

 同じように手を動かしながら答えたのは、彰である。

「ああ、なんか、そんな授業とかゼミとか選んでたもんな」

 颯介が思い出したように頷いた。

 経営学部でありながら、彰は履修できる情報学の授業は全て履修するという授業選択をしていた。それを知っている俺達ならば簡単に納得できる答えである。以前は専門学生に比べればお遊び程度の知識量しかないから仕事には使えないなどという言葉を聞いた覚えもあるが、今の話を聞く限り、完全には諦めていないということなのだろう。

「まあ、そのためにはちょっとばかし親と話し合う必要がありそうだが」

「なんで?」

「あまりイメージは良くないだろ?」

「ああ……なるほど。確かに」

 彰の困ったような顔に、全員が苦笑いの表情を見合わせた。

 親と就職活動の方向性などはきちんと話し合っておくようにと、大学側からもしつこく言われていることでもあるからだ。

 学生側からしてみれば、働くのは自分であるのだから好きにしたっていいだろうという思いがあるのが実際だとは思う。だが、まあ、親にも親なりに譲れないところがあるのだろう。それじゃなきゃ、大学側がしつこく注意するような事態に陥るわけがない。

「靖人は?」

「んー。業種とか絞ってはないけど、地元がいいかな」

 靖人はスマートフォンの画面から目を離すことなく答えていた。

「あー、地元残るのな。いいよな、そういうの」

「なんだかんだこの街にいるからなぁ……外に出たい気持ちはあんまり」

「俺だって出なくて済むならいいって思うんだけど。それで仕事なかったらそこで終わりだぜ?」

「そこは頑張り次第だろ」

「ほんじゃ、頑張れ」

「ん」

 靖人の話題が一段落したのを見計らって、俺は一足先にアンケート回答を始めていた彰に声をかけた。

「ところで彰。総合病院のアンケートまで進んだか?」

「んえ?」

 突然声をかけられた彰が何かおかしな声で返事をした。

 今日の出席確認のためのアンケートは最初に就職支援課が作成したであろう説明会全体についての質問項目が並び、途中からは説明会参加企業が用意したであろう質問が各企業3つずつ続いていた。

 そして、8つめのアンケート作成は南見市総合病院。その最後の質問項目と対面した俺は、質問の意図がよくわからず、手を止めてしまっていた。

「もうそこまでいったの?」

「まあ、今やってるんだけど……どう答えようかなって」

「ちょっと待って、今……」

「ほえ? そんな質問あんの?」

 もう少しでその質問に辿り着くのか、俺に話を求めるより先に、彰は自分のスマートフォン画面に向き合った。一方、隣の颯介は自分のアンケート回答も放り出す勢いで、俺のスマートフォン画面を覗き込む。

「どれどれー?」

「颯介、俺らも早くやろう。全然話についていけない」

「むぅ、確かに」

 靖人に言われ、颯介が大人しく自分のアンケート画面に戻ると、その向かい側で彰が苦笑いを浮かべていた。

「あはは……なんだろうね、コレは」


 俺が戸惑いを感じていた問とは、「“伝達”という仕事は誰のために行われるべきものであるか」というものだった。


「これについて自由に意見を書いてくださいってさ」

「意見、なぁ……」

「なんでこんなこと聞くんだろうな」

「さあ?」

 全員が最終問題に到達したところで、立ち止まっていた。

「それで、晴真はなんて回答したの?」

「いや、まだ何も……」

 でも、考えはなんとなくまとまっている、と返事を続ける前に予想外だと言わんばかりの颯介が驚いて声をあげた。

「ええ?! ちょっと参考にしようとしたのに!!」

「真似はするなよ……」

「バレるぞ颯介……」

「さっ、参考って言ってんだろ!!」

 俺の回答を引用する気が少なからずあったようで、見抜かれた颯介が多少ムキになって彰と靖人に言い返す。

「とりあえず、誰のための仕事かってことは答えておこうか」

「そうだな」

「空欄にするよりはマシか」

 彰の提案に、俺と靖人が頷く。

 世間的な解釈から考えれば、迷う必要性が感じられない問ではある。だからこそ、その質問の意図に俺は悩まされた。

 何か、期待でもしているのだろうか。

「えっと、あれだろ? なんとか先生が遺族のために遺言をどーたらって言ったやつ!」

 思い出したと言わんばかりの自信ありげな颯介の言葉には、数秒間誰も反応できなかった。

 正解だから肯定するとか、不正解だから否定するとか、そういう反応をするレベルの事態ではなかった。

 ただ、これが珍しい光景でもなかった。

「……篠目先生な?」

「いつもながら、アバウトすぎて何も伝わらないよな、コイツ……」

「まあ、言いたいことはわかるんだけどさ……」

「それでいて本人は自分の言ったこと理解してるから困るんだよな、余計に」

「それなぁ……」

 もう少しどうにかならないものかと、俺達はため息をついた。

 だが、今更あえて颯介に面と向かってそんなことを言う元気はなかった。

「よっしゃできた!!」

「え?」

「何が?!」

「できたぁ!?」

「だって、遺言をちゃんと伝えるための伝達なんだろ? なら遺族のための仕事なんじゃないか?」

「さっきの言葉からは伝わらない真意がここにはあったな」

「ちゃんとわかってるじゃないか颯介……」

 それ以上の颯介へのコメントを諦め、俺達は自分のアンケート回答画面へと目を戻していった。

 遺言管理、相続管理など、様々な別名で呼ばれることはある。だが、それは全て遺族のための仕事であることを前提とされた呼び名であった。

 そう、伝達は、遺族のための仕事であるというのが、一般的な解釈なのだ。



 死人は、ただそこにあるだけ。

 話すことが許されていないから、話すことが許されている生者のうちに、伝えるべき言葉を用意する。

 そして、それを預かり、時が来た時に遺族に届ける。

 伝えられなかった言葉を、届ける。

 それが、伝達者の役割だ。




「あの質問にはどんな意図があったのか、聞いてもいいかな?」

 大学の来客者用の駐車場。スーツの男性は、隣を歩いていた女性に笑いながら訪ねていた。

「意図ですか?」

 尋ねられた女性は、それだけで何を聞かれているか理解していた。大学側に提出した、学生の出欠確認のためのアンケートの質問項目。病院のインターンのついでとして、オマケのような形でついてきた部署ではあるが、質問項目の一枠をもらえたので、学生の声を聞いてみたいと思い、質問を作った。

 単刀直入に。

 シンプルに。

「伝達の仕事が誰のためのものであるかを問うなんて。学生からしてみれば世間一般の答えをしてくるに決まっているんじゃないかね?」

「そうですねー……まあ、それはそれでいいかなって」

 別に、それが伝達という仕事の世間からの認知状況であるのだから仕方ないのは仕方ない。まあ、学生がわざわざ一般論から外れた回答をしてくるとも思えなかったのだが、本心から違うと思っているならば、その可能性はゼロではないハズだった。

「君ねぇ……。君の部署も学生インターンを受け入れたいから、今日ここに来たんだろう?」

「まあ、そうです」

「でも、来るのかね?」

「何はともあれ、私の部署じゃあせいぜい1人か2人ですからね。受け入れるとしても。そこは私も選ばせてもらいますよ」

「……君の部署だ。君の判断に任せるよ、黒崎部長」

「ありがとうございます」

 黒崎悠菜くろさきゆうなはそう言って楽しそうに笑ってみせた。

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