第9話

再度戻った校長室。そこで晃が聞いたものは、衝撃的な話だった。


「……校長、話してくれますよね?何で、神凪がいるのか。それと、あの日のことを。」


あの日。それは、柚子のみが迎えた卒業式。心結も一緒に迎えるはずだった卒業式。晃も同日に卒業式を迎えていた。

……当日、心結が現れないどころか、名前すら呼ばれなかった。誰もが戸惑った。

そして、明るかった奈生は取り乱し、屋上から飛び降りた……。


教師は知らないだろう。半年しか通わなくても、誰も心結を忘れていないということを。 心結のあの容姿。 一度見たら、誰が忘れられようか。誰に対しても分け隔てなく、笑顔で対応する。優しくて、純粋で、どこまでも真っ直ぐだった。いつしか、あの笑顔は『天使の微笑み』と呼ばれるようになった。それだけ、心のこもった笑顔だったのだ。誰もが羨望して、一部に妬まれた。


柚子は心結のクラスメイトでもあった。晃は姉の奈生に紹介され、四人で何度か出掛けた仲だ。そして、何かと彼女に気を配っていたのが、柚子と奈生。

天使と不良とギャルいう、アンバランスな三人だったが、二人は殊更心結を可愛がっていた。だから、あの日の柚子と奈生は危機迫るものがあったのだ。


「……あたしにも聞かせてくれますよね?いや、聞く。今更言い逃れはしないでくれよ?校長。」


だんっと荒々しく、校長室の扉を開け放ったのは、柚子。


「ええ。佐藤さんもお呼びする予定でした。」


冷静に、そして、覚悟を決めた校長は二人を見据える。



「……あの日、私は神凪さんに、到底謝っても赦してもらえるはずも、赦してもらうわけにもいかない、拭えない酷いことをしてしまいました。」



後悔しかない、出来事。


「その日、私は校長室に呼ばれていました。そこで告げられたことは、『神凪心結を卒業式に出さないこと』。……『教育委員会、PTA、校長の総意だから異論は認めない。』と。」


ガッと鬼の形相で壁を蹴る柚子。晃は拳を握り締め、唇を噛み締めるしかできない。


「聞いては見たのです。何故、そのようなことになったのかを。……返ってきた答えは冷たいものでした。『ろくに通えない生徒を式に出すことは、学校の指針に関わる』と。」


口を開くごとに校長の手は震えを増す。


「……逆らえるはずがありません。でも、私は知っていました。神凪さんが、どれほどこの学校が好きだったかを。だからこそ、だからこそ……。『卒業証書』だけはと、届けにいきました。」


バンっと机を叩かれた。


「……おい、校長。それ……。」


柚子が睨み付けていた。


「……はい。わかっていたつもりだと知らしめられたのは、その瞬間でした。届けに来たと告げた……。わ、私の目の前で神凪さんは倒れてしまいまし……た。扉を開けた……ときは元気……でしたの……に………。う、うう……ごめんなさい。私のせいです!」


堪えきれず、泣き出す。


「……そのまま危篤状態になったのか。校長、あいつさ。さっき会ったんだけど……あの日の前日と同じこと言ってたんだ。『一緒に卒業式出ようね』って。……今ならわかるよな?」


泣きながら、頻りに頷く。どれだけ学校が好きだったか、それは、どれだけ卒業式をここで迎えたかったか、だ。判断を見誤ったために起きた事件。


当日、大半の生徒が心結の姿を探していた。か弱くとも、皆の癒しであり、知らぬものなどいない、忘れることの出来ない少女。自分が苦しくとも、他人を心配してしまうようなお人好し。……大人の間違った判断により、卒業式の空気は最悪に終わった。


「……泣いてしまい、すみませんでした。今の彼女が現れたのは、半年ほど前です。……驚きました。あの頃と全く同じ姿の神凪さんが立っていたのですから。……失礼なことですが、一瞬幽霊ではないかと身震いしました。しかし、彼女は笑っていました。あの頃と変わらない笑顔で、『先生、私"卒業出来なかった"から、また先生の生徒になって、"卒業式に出たい"んです』、そう言われました。……神凪さんは、あの日の記憶がないようです。」


叶えられなかった願い、それを叶えるためにかえってきた心結。二人は痛いほど、彼女の気持ちを察した。


「……それと、これは心して聞いてください。神凪さんは………『余命三年以内』だそうです。最後の思い出作りにここを選んでくれました。私は、校長になったのはこのためだと思いました。彼女を卒業式まで、教育委員会らから守り抜きます。……だから、どうぞ、お二人もご尽力を頂きたいのです。一緒に神凪さんの夢を叶えていきたいのです。」


深々と頭を下げると、両肩を叩かれた。


「……言われなくても、心結はあたしの親友だ。公私混同になったってあいつを守り抜く。」


「微力ながら俺も……。」


"心結が死ぬ"、それは受け入れがたいこと。だが、ならば、積年の願いくらい叶えさせなくては。……三人は、それぞれのやり方で心結のために躍進を始めた。

校長は罪滅ぼし、柚子は親友のために、晃は密かな想いの終止符と姉のために。


◯●◯●◯●◯


次の日、心結が登校すると、ゴミ箱に菊の花が捨てられていた。大方、心結の机に飾られていたのを金彌辺りが片付けたのだろう。


「あ、心結ちゃんおはよー♪」


変わらず明るい金彌がやってきた。周りの視線がちょっと痛い。


「眞鍋くん、おはよう。」


「ノンノン!金彌!か・な・や!」


「金彌、くん?」


「うんうん!俺、心結ちゃんって呼んでるし、心結ちゃんも名前で呼んでね♪」


「あ、うん。金彌くん。」


何故だろう。昨日と違う。そう、優翔と一緒ではない。優翔がちらりとこちらを見て、目を反らした。何故か、心結はチクリと胸が痛む。


何の意図か、金彌が話し掛けてくれるお陰で、数日間は心結の思わぬ誤算に終わった。一人になるつもりが、一人にしてくれない。

しかし、そんな穏やかな日常も、とある事件により終止符が打たれた。体育の前にトイレに立ち、戻ってくると、机の上に置いていた体操着。何故か濡れている。触ってみると、粘着質の液体………。ローションのようだ。


「……やっぱり、誰かはやってくれるとは思っていたのよね。」


事もあろうか、心結はそのままそれを着てグラウンドに向かった。案の定、皆呆気に取られていた。ローションはたっぷりと染み込み、透け、足や腕に伝っている状態。男子たちはニヤニヤと眺める。女子は渋い顔をした。

主犯はあからさまに分かりやすい反応をし過ぎていた。……睨まれれば、誰にでも予測は可能だった。だが、切り替えも早い。


「やだ、神凪さん!ベタベタ~。休み時間にどこいってきたの~?」


……優翔が眉間に皺を寄せ、睨みながら横を向くのが見えた。


「……神凪?ど、どうしたんだ?!」


晃が動揺し、目を反らしながら聞いてくる。


「トイレに行って帰ってきたら、こうなっていて。体操着これしかないので、着てきただけです。」


誰よりも動揺すべき心結が真顔で言うと、晃は顔を背けながら、ジャージの上着を掛けてくれた。


「……おい。」


ジャージを掛けるや否や、晃から心結が引き剥がされる。

そこには、柚子が憤怒の形相で立っていた。


「これはどういうことだ?これは嫌がらせ以外、何物でもないだろ?芹沢弟。」


「……げ、佐藤」


睨む柚子にたじろぐ晃。生徒たちが何事かと見守っていた。




━━噛み合わない、波乱万丈が幕をあげたのだった




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天使の贈り物 姫宮未調 @idumi34

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