第6話 優翔View

━━始業式、それは睡魔が襲うだけの式に他ならない━━


「始業式くらいいなくても、ガイダンスに間に合えばいいよね。」


俺はそう一人呟きながら、行き馴れた秘密の場所へと向かう。図書塔の最上階。そこは俺が入学してから、サボったりするときに利用していたが、今のところは誰も来ていない。まさに穴場だ。普通の高校にはない、蔵書まで扱われている。図書の持ち出しは禁止。貸し出しは行われていない。猫っ毛で色素の薄い髪を風に煽られながら、図書塔に入る。いつもと変わらない静けさ。春休みが終わり、やっと憩いの場所に行ける嬉しさ。だが、一年通ってもこの螺旋階段は馴れない。転ばないように慎重に登っていく。……その場所に誰かがいるなんて思わずに。


◯●◯●◯●◯


登りきろうとしたとき、風を感じた。ふわりと甘い香りを連れてくる。


「……あれ?先客?」


頭を出すと、目を奪われた。……綺麗な女の子がこちらを見ている。可愛くて、天使みたいな儚さの。

惚けていたら、彼女に腕を引かれた。いきなりのことに対応しきれず、巻き込む形で倒れ混んだ。どうみても、優翔が押し倒したようにしか見えない。

しかし、滅多に立ち入る者のいない図書塔。二人だけしかいない。頭を引き寄せられ、唇を重ねられていた。甘い衝動が、優翔の全身を駆け巡った。流されるまま、彼女に重なる。そのまま体を寄せあった。自然にお互いを求め合い始めた。経験などないはずなのに……。ただ優翔はこの天使が欲しい、そう思ったら止まらなかった。


◯●◯●◯●◯


……終わった瞬間、チャイムの音で我に返る。

全身恥ずかしさで火照りながら、慌てて制服を纏う。


「……ご、ごめんなさい!俺、何てことを!あなたが可愛くて……その……!いや、そんなつもりじゃ……!」


天使はクスリと微笑んだ。


「……後悔はしていないわ。あなたなら構わないもの。」


嬉しさと恥ずかしさでまた、体温が上がる。


「あ、あの……!あ!………ガイダンス!」


ギリギリの成績で進級した俺には、気休め程度の参加単位でも取らないと留年してしまう。


「……ごめんなさい、私のせいだわ。"マリちゃん"に言って何とかしてもらうから。」


俺は"マリちゃん"が誰かわからない。


「教頭先生、って言ったらわかる?」


教頭先生を名前で呼ぶくらい親しいのかと頭を巡らす。


「え?でも……、いいです……。すみませんでした!」


もしたしたら、先輩かもしれないと慌てる。同じ制服で教師と親しいとしたら、上級生だろう。上級生に手を出してしまった恥ずかしさから逃げるように、よろめきながら螺旋階段をかけ降りていく。ぶつかりながら。……だから、生徒手帳を落としたことにも気がつかないまま、教室に向かう。


━━きっと俺は、彼女の綺麗な顔や体の柔らかさ、ほんのり甘い香りを忘れることなど出来ない━━



…それが一目惚れだと気がついていなかった。

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