第5話

「…いいんじゃね?クラスメイトに変わりないんだし。一々文句つけてもつまんないじゃん。」


何も言えないでいる阪本を捕まえ、人好きする笑いをする茶髪の少年。


「美人見て照れてんなよ、優翔ゆうと!」


彼はムードメーカーなのだろうか。皆が不満顔をしながら、散っていく。


「べ、別に照れてなんか……。金彌かなや苦しい!」


じゃれている姿が微笑ましかった。


「こいつ、阪本優翔さかもと ゆうと。俺は、眞鍋金彌まなべ かなやな。宜しく!『心結ちゃん』!」


予想していなかったので、戸惑う。聞きにくかった彼の名前を知ることが出来た嬉しさから、思わず笑みが零れる。


「お?やっぱ可愛いなー♪」


無邪気に笑う金彌。困った顔をする優翔。


「……宜しくね。それと、ありがとう。」


触れてはならない優しさ。でも、温かい。去り行く自分が感じてしまったら、死ぬのが怖くなる。未練なんて感じたくない。なのに、この温もりに微睡みたくなる。……辛くなるだけなのに。


「……心結ちゃん?いきなりどうした?俺がネチネチしてるのが嫌いなだけだよ!しんみりすんな。」


くしゃっと頭を撫でられる。心結は自分だけが不幸だと思いたかった。幸せを感じてはならないのだと。流されて幸せを感じた。それだけを胸にと考えていた。『友達』なんていらないなんて嘘だ。自分を忘れないでほしい。でも、多くを残しては残酷過ぎるから。……そう考えていたら、涙が溢れた。


「ちょ!心結ちゃん?!」


「ご、ごめんなさい!何でもないの!」


心結は駆け出した。優しさが嬉しくて、苦しくて。涙が止まらない。一人でいようとしたのに……。前も見ずに走っていた。生徒たちは慌てて、何事かと避けてくれた。しかし、進行方向にいた教師に真正面からぶつかってしまう。


「おっと!大丈夫か?」


しっかりと抱き止めてくれた。顔をあげるとクールな女教師。


「す、すみません!前方不注意で。」


目を擦る。そんな心結の両肩ががしっと掴まれた。


「え?」


「み、心結?!心結なのか?!」


聞き覚えがある声。忘れられない、忘れるはずのない声。


「さ、さとちゃん?……でも。」


顔は同じ。でも、あの頃より成長した親友がいた。親友の佐藤柚子さとう ゆうこ、その人だ。心結には信じられなかった。信じたくなかった。嫌でも時の流れを感じなくてはならないから。……しかし、今の心結には繋げることは出来ない。


「……やっと、やっと会えた!なんで制服着てるんだ?」


心結はきょとんとする。


「だって、高校生ですもの。」


あの頃と寸分変わらない姿で、微笑んでいた。"天使の微笑み"と囁かれた笑顔で。


「……心結?」


違和感を感じた。


「どうしたの?さとちゃん?……約束したじゃない。一緒に卒業式出ようって。」


……柚子は確信せざる得なかった。あの日、絶対に何かあったのだ。に。でなければ、心結がこんな状態になるはずがない。


……卒業式、心結の名前は呼ばれなかった。聞いても誰も何も答えてはくれなかった。あれから心結の家にもいったが、急病だからと会えないまま……。


そしてあの日は、心結がいないことでもう一人の親友が自殺した……。"芹沢奈生(せりざわ なお)"。いつも一緒にいたはずなのに、彼女の抱えているものを柚子は知らなかった。奈生はあまりに明るい少女だったから……。


多分今、今の状況を受け入れようとする気持ちと受け入れられない気持ちが心結を狂わせている。……誰が彼女をこんな風にしたと、彼女は憤りを感じていた。もう会えないと思っていた親友、会えた心結はあのときのまま。………その心結の心は壊れていた。

だが、今なら守れる。教師となった今なら。


「……泣いてたようだけど、何があった?」


気がつかないふりをした。でなければ、また居なくなって……消えてしまいそうで。


「……優しくされたのが、嬉しくて……苦しかっただけ。」


佐藤は嫌な予感がしたが、純粋さの変わらない心結には笑っていて欲しかった。


「おまえは……やっぱり変わらないな。」


だから、頭を撫でる。あの頃と同じように。嬉しそうに撫でられる心結が心底可愛くて。


奈生がいないことを柚子は告げられない。今の心結にはまだ、話せない。

しかし、いづれ話さなくてはならない。心結は奈生とも仲が良かったから。

これ以上心結を混乱させたくない気持ちと裏腹に、真実をどう告げるべきか……。


(おまえまでいなくなってくれるなよ……?)


柚子の切なる願いは叶えられない。残酷な現実は既にカウントダウンを始めているのだから。

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