前編

第1話

━━桜舞う4月、入学式と始業式が同時に行われた━━


新しい制服に身を包み、心結は校門の前に立っていた。


「……私、後悔しないわ。でも、知っている場所が知らない場所に見えるのは哀しいな……。」


心結は見慣れた校舎に足を踏み入れた。しかし、講堂へは向かわない。無意識に向かう先は、図書塔。この学校の特色のひとつ。普通図書から蔵書まで揃えた図書塔。周りに普通図書が綺麗に並び、螺旋階段に沿って蔵書が並んでいる。螺旋階段の最上階は、図書塔の管理人さえも滅多に立ち寄らない。それを知っているのは、数少ない。学校設立当初の設立者以外では、迷い混まなければ知ることもない。

何故心結が知っているのか。……ただ、少しでも長く学校にいたいがために、発作を起こしたときの休憩場所として見つけていたのだ。


「……変わってないな。ここは変わってないのに、外の世界は変わってしまった。」


窓辺に寄りかかり、一人呟く。


◯●◯●◯●◯


……カタン。


何かにぶつかりながら登ってくる気配。今までここにいて、誰か来たことはなかった。しかもこの時間は、もう式が始まっている。人が来るはずがない。


「……あれ?先客?」


声変わりしたばかりの少年の声。階段の先から出した少年の姿に目を奪われた。柔らかそうな髪をした可愛らしい少年だった。少年も心結を見て、その場から動けなくなる。心結も、端から見たら儚げな美少女に見えるだろう。


……それが二人の出会いだった。


無意識に心結は、少年の手を掴んで引く。少年はいきなりのことに、対応出来ずにバランスを崩してしまう。そのまま二人は最上階に倒れ込んだ。端から見れば、少年が心結を押し倒したような形で。

しかし、そこに来るものはいない。朝日の光に包まれながら、二人は見つめ合う。心結は思った。この瞬間が永遠になればいいのに、と。だが、現実は優しくはない。


心結は彼の頭を引き寄せ、唇を重ねた。一時の夢の時間。無くなる命なら、間違っても構わないと。少年も流されるままに、心結に重なる。少年は何も知らない。知らないままでいい。人のいない図書塔で二人は、体を寄せあった。自然にお互いを求め合う。不思議と苦しくない。経験などないはずなのに……。


◯●◯●◯●


……終わった瞬間、チャイムの音で我に返る。少年は顔を真っ赤にしながら、慌てて制服を纏う。


「……ご、ごめんなさい!俺、何てことを!あなたが可愛くて……その……!いや、そんなつもりじゃ……!」


心結はクスリと微笑む。


「……後悔はしていないわ。あなたなら構わないもの。」


益々、少年の顔が真っ赤になる。


「あ、あの……!あ!………ガイダンス!」


ガイダンス、それは少ないが全科目に単位を参加者に加算されるシステム。式の後に行われ、分配される。編入試験を最高得点でクリアした心結にはあまり必要のないもの。しかし、彼には重要らしかった。


「……ごめんなさい、私のせいだわ。"マリちゃん"に言って何とかしてもらうから。」


少年はキョトンとした。それもそのはず。"マリちゃん"とは、心結が前に通っていた頃に数学教師だった人。今は教頭職についている、真田マリ先生だ。それを彼が知るはずもない。


「教頭先生、って言ったらわかる?」


心結に心砕いてくれた、数少ない教師の一人。あまりこんなことはしたくない。しかし、彼に不都合があっては困る。


「え?し、知り合い、なんですか?でも…、いいです…。すみませんでした!」


恥ずかしさから逃げるかのように、よろめきながら螺旋階段をかけ降りていく。ぶつかりながら。ふと、心結は生徒手帳が落ちていることに気がついた。それは、生徒手帳。"2年2組"と言う文字を見て、立ち上がる。制服を整え、螺旋階段を降りた。……けれどもうそこに、彼はいなかった。

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