第七話:作詞
さて、大仕事を手に入れた俺はジム・トレーニングを終わらせて事務所でくつろいでいた。
ファン一号の新田ちゃんに仮面ドライバーの演技について電話で聞いたら三時間くらい熱弁してくれた。同じ携帯会社じゃなければ、そうとうな料金になっていただろう。だが、彼女の特撮に対する思いが感じられた。
ファンも出来たので、役に対する思いも強くなった。でも、台本の内容がマイルドになるわけじゃない。逆に、脚本家の手抜きが発見できるくらいだ。
「さて、初仕事が手に入ったからゆっくり出来るな......」
「いや、そうでもないぞ」
馬鹿奈々が週刊誌を読みながらそう告げた。
「あ、仕事でも出来たか?」
「いや、仮面ドライバーワイルドの主題歌はおまえが歌うんだぞ」
「うぇ?」
初耳だぞ、そんな新事実......。
というか、台本と設定集は渡されたけど、歌詞なんて渡されてないぞ? もしかして、まだ出来上がっていないとか......まあ、流石にそれは無いと思うが......。
「おまえが作詞するんだぞ」
「限度超えてるだろ!?」
制作費を抑えるのはいいが、流石に歌も、作詞も主役に押し付けるとか頭いかれてるんじゃないのか? いや、脳みそにウジ虫でも湧いているんだろう。ああ、どうする、どうする? 俺は歌は上手いが、作曲なんて......。
携帯電話を取り出した、そして、当たり前のように新田ちゃんの番号にかける。五時だから学校は終わっているだろう。
「もしもし、新田ちゃん!」
「どうしたんですか!? 悪の組織に捕まりましたか!」
「違うんだ......仮面ドライバーの作詞をしなければならないんだ! だから、君の力を借りたい」
「さ、作詞ですか......設定集とかを借りられれば、作風に合わせたのを作れなくはないと思います。でも、作曲は流石に無理です......」
「その辺は事務所で都合するから......いっその事、事務所に来る? 迎えに行くけど」
「わ、わかりました! えっと......あの公園に来てください......」
「わかった」
仮面ドライバーの作詞には、コアなファンの知識と愛が必要だ。
ヘルメットを用意して駐車場に向かう。Zをチューニングショップに出しているから、今日はSRで迎えに行くしか無い。
つか、主役に作詞作曲を放り投げる制作陣はどうなってんだよ? 一応、事務所的にはアイドルとして売り出していく予定らしいけど、作詞作曲は他の人にやらせるものでしょうが、シンガーソングライターじゃないんだからさ!
SRのエンジンを目覚めさせ、新田ちゃんが待っているであろう公園に向かう。
2
「新田ちゃん、急に呼び出して悪いけど、作詞を手伝ってください」
「わ、わかりました!」
「オウオウ、流石は新人、えらく美人を捕まえてきたな? 小指の関係か?」
「ブチ殺すぞ」
小指を立てて
「えっと、台本とかもありますか? 主人公の行動とかも使いたいので」
「わかった。確か、ここに......あった」
流石にシナリオや言い回しが酷すぎるので自分で手を加えて直している。正直、素人の俺が直さなければならない程の内容の酷さだ。だから、中身は修正テープと付箋まみれになっている。もう一度言うが、素人の俺が手を加えなければならないレベルの酷さなのだ。
「......難しいですね。全身転移しているガンくらい難しいですね」
「ブラックジャック先生に頼まないといけないレベルだ」
「なあ、わたしがネタに走ったら罵声するのに、その子はいいんだな?」
「新田ちゃんは俺の大切なファン一号だから貴様のような無能とは別格の扱いを受けられるんだよ」
馬鹿奈々はプクリと頬を膨らませて、
「なら、二号だ」
「残念ですが、ワタクシのファンクラブには無能の入会はお断りしています」
「普通、プロデューサーがファン一号になるのが筋だろうが......」
「喧嘩はやめてください!」
「「だって、無能(新人)が......」」
「ファンはその人のこと! その人の演技を愛しているんです! だから、順番とか関係ありません!!」
「「......はい」」
なんというか、最もなことを言われてショックを受けた。現実を叩きつけられるとショックを受ける現象だ、これ。
「じゃあ、ファン二号、作詞を手伝え」
「いや、わたしは国語と音楽が苦手だから......」
「日本語喋れるならどうにかなる。ネバーギブアップ、諦めるな。熱くなれ、今日からおまえは富士山だ」
「テニスプレイヤーじゃないんだからさ......」
俺達三人はこの作品の作詞を考えることにした。
さて、まず最初にこの作品の
まあ、仮面ドライバーなのだから、派手な車に乗って、カッコイイ武器を構えて、変身したりする特撮だ。だが、この仮面ドライバーワイルドにはその中の一つ、変身とカッコイイ武器が存在しない。なぜなら、登場する武器は現実世界に存在するカラシニコフ小銃と防弾チョッキ、変身に至っては、予算を掛けたくないという理由だけで省かれてしまっている。子供に夢も希望も与えない制作陣に呆れる限りだ。
「じゃあ、最初はワイルド! と、叫ぶのはどうだ? なんというか、そのくらい単純な方が子供にわかりやすい」
「それはいいですね! 採用」
「まあ、単純な方が子供には取り入りやすいからな。でも、内容が深夜にやってる低予算のドラマ、そのものなんだが......」
必要のない書類の裏にワイルド! と、書いた。
だが、これから先が思い浮かばない。二人はどうにか歌詞を捻り出そうと頭を抱えている。そしてまた、俺も頭を悩ませる。
「よし、この主人公はヤンチャ系なんだから、反社会的な言葉を少し取り入れてみよう」
「オイオイ、新人。流石に子供向けの作品に反社会的な言葉は
「よく考えてみろよ。変身もしない仮面ドライバーを子供が見ると思うか? 見るのは本当に仮面ドライバーを好きな、子供心を忘れない大人だ。だから、その大人にわかってもらえる歌詞を最初は作ろう。そして、それがダメなら本当の作詞家と作曲家に作ってもらえばいい」
「一理ありますね......」
互いに思い思いの歌詞を言い合った。
そして、一番の歌詞が完成したのである。
「世界の闇を裂く、一筋の光」
「仮面ドライバーワイルド!」
「人は俺のことを厄介者だと読んでいた。でも、俺が動かなければ誰が動く?」
「夢を見る人を、叶える人を、追いかける人を、俺は守りたい」
「走るぜ! 鋼のマシーンで!」
「撃ちぬくぜ! 捌きの銃で!」
「そして、俺が守りたい世界に平和を!」
「ワイルド、ワイルド、ワイルド、仮面ドライバーワイルド!」
三人は顔を真っ赤にして悶絶した。流石にこんな痛い歌詞を作り上げてしまった自分達が恥ずかしすぎてならない。そして、これを俺が歌うことになると思うと涙が流れそうになる。だって、最初の『闇を裂く、一筋の光』ってなに? 滅茶苦茶恥ずかしいんですけど......。
ああ、絶対に嫌だ。嫌だ、嫌だ! こんな歌詞を俺は公衆の面前で歌うことになるのか? やめろよ! 流石にこれは拷問だ!!
「「「............」」」
「まあ、一番が出来たんだから、二番、三番も出来るだろ......」
「そうですね! 一番が出来たんだから!!」
「......それ、俺が歌うんだぜ?」
「「............」」
同情の瞳が痛いです。はい。
だが、この先も考える必要がある。さて、どんな痛い言葉が飛び交うのでしょうか? いや、出来ることならば、こんな歌は歌いたくありません。破り捨てて、新しい作詞をしませんか......? はい。ダメ......。
「わたしは深く考えるのが大嫌いだから頭が痛くなってきた。お茶でも淹れよう」
「というか、事務所の殆どの人が出ていますけど、今回はどんな要件で?」
「夢色娘のライブだよ。それに行ってる。わたしはくじ引きでハズレておまえのお守りをしてるんだ」
「おい、俺はそのくじ引きしてないぞ?」
「おまえはジムと演技指導、仮面ドライバーの色々な仕事が山積みだろうが」
「さいですか」
温かい緑茶を淹れて、中二なフレーズで溢れかえる脳みそをどうにかクリーンな状態に戻そうとする。
音楽とは、とても難しいものですね......。
「でも、新田ちゃんを連れて来て正解だったよ。俺と奈々だけでは、ここまで進行が早くはなかった」
「で、でも......歌詞は......」
「......それは全員、こういうのに慣れてないんだから心配しないでいいよ」
お茶を飲み干し、テレビをつけた。
三十分程の休憩の末、もう一度、歌詞を確認すると頭痛が生じた。
そして、奈々がポロリとこんなことを言った。
「なあ、これ、わたし達が書いたのか?」
「「......まあ、そうだな(ですね)」」
その後、小一時間程の作詞作業の末、新田ちゃんの門限が来てしまったので解散することになった。だが、この作詞の作業という悪夢はまだまだ続くのである。
世界で一番似合わない。 那由多 @Gusu
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