第六話:はじめてのファン

 気分転換に散歩に出掛けてみた。

 斎藤さんの指導は厳しいが、自分の身に確実に実になっていることが理解できた。そして、自分のポテンシャルの高さに驚かされるばかりなのだ。少し前に、ダメ奈々にゴキブリ並みの適応力だな、と、比喩ひゆされたことがあるのだが、あながち間違えではないかもしれない。

 演技は確実に上手くなっている。だから、心配する必要はない。まだ、収録まで時間がある。

 準備も着々と進んでいる。

 Zは監督さんの知り合いの整備工場でフルエアロにチューンされている。

 あとは、俺が本物の演技をするだけだ。


「喉乾いたな......オレンジジュースをくださいな、自動販売機さん」


 自動販売機に二百円を投入して、果汁30%のオレンジジュースを購入する。するとルーレットが回った。このメーカーはいつもこれをやっているな、儲けが出ているのだろうか?

 三つ七が揃った。そして、最後の一つも七だった。


「大当たり......」


 同じ商品がガチャリと落ちてきた。

 さて、俺は喉は乾いているが、二本もジュースを飲み干す程、喉がカラカラというわけでもない。二本のジュースを握る両手が冷たい......。

 よし、この一本は不幸な顔をしている子にプレゼントしよう。

 一応は仮面ドライバーになる存在だ、可哀想な子供に尽くすしかあるまい。さて、あの公園で泣いている子は居ないだろうか?

 ジュースを持って近くに存在した公園に足を伸ばしてみる。

 すると子供達がボール遊びをしている。全員、仲が良さそうだ。


「......辛そうな人は、居ませんね」


 辺りを見渡し、このジュースを渡せそうな不幸そうな人は存在しない。仕方がない、自宅で冷やして飲もうと思ったら、とドス暗い雰囲気が俺の背中を刺した。振り返るととても悲しそうな顔をしている背の高い女の子がいた。

 あれ、絶対に落ち込んでいるよね。

 正直、コミュニケーション能力が高くない俺はこのジュースを渡すかどうかを躊躇ためらってしまったが、これも演技の練習だと思い、あの子に近づいた。


「どうしたんだい? 暗い顔して」

「えっ......?」

「あ、これ、自動販売機で当たったんだけど、飲む? あ、遠慮とかいいよ、お兄さんは暗い顔をしている子を見ると助けたくなるんだよね」


 すげぇ......俺ってこんなに演技、上手かったかな? これも斎藤さんのおかげだ。

 女の子は慌てた様子で俺のことを眺めている。

 凛とした表情でジュースを渡して、自分も同じジュースのプルタブを開ける。するとそれに巻かれて彼女もプルタブを開けた。


「何かあった? お兄さんに話せる程度のことなら相談にのるよ」

「あの、えっと......」

「大丈夫。お兄さんは真っ当な職の人間で、裏の仕事なんて一切やってないから。あ、何なら名刺あるよ。ほら、芸能業界で働いているんだ」


 財布の中から社長に作ってもらった名刺を取り出し、彼女に危険性が無いことを証明づける。流石にこんな軽い会話をしたら如何いかがわしい仕事の人だと勘違いされかねない。だから、この名刺は自分の身の潔白を証明するための盾のような存在だ。


「野部義人さん?」

「ああ、最近スカウトされて芸能業界に入ったんだ」

「へ、へぇ~」

「君の名前は?」

「わ、わたしですか......新田にった香子かおりこです」

「新田ちゃんだね」


 演技指導のおかげでここまでのコミュニケーション能力を手に入れてしまうなんって!? なんか、小恥ずかしくなってきた......。


「あ、あの......ドラマとかに出演とかするんですか?」

「んっ? ......最近、特撮の小さな(大嘘)仕事を貰って」

「えっ!? もしかして! 新しい仮面ドライバーですか!!」


 瞳を輝かせて俺の大嘘を鵜呑うのみにする新田ちゃん。

 何故か、良心の部分が物凄く痛くなる。多分、この痛みは切り傷だ。包丁で指を切った時のような痛みだ。ごめんなさい、お母さん、お父さん、僕は嘘つきになってしまいました。自殺した気分です。


「ま、まあ、そうだね。エンディングのスタッフロールに映るくらいの仕事はするかな?」


 いや、いや、キャストの一番最初に出てくるよ。だって、主人公ですもの......。

 新田ちゃんは、なお、キラキラと瞳を輝かせて、今回の仮面ドライバーはどんなお話何ですか! と、俺に期待を込めた声色で尋ねてきた。だが、俺は新作の仮面ドライバーの話について、絶対に口を開きたくなかった。なぜなら、この子が本物の仮面ドライバーファンだからだ。

 もし、今回の仮面ドライバーが変身しない、オリジナルの車じゃない、主人公が新人の無名だと知られたら、確実にショックを受ける。それも、俺の目の前でだ。それは全力で避けたい。


「それは流石に教えられないよ。でも、あと少ししたら先行PVが放映されるから、それに映ると思うよ......」

「そうなんですか!? 凄いですね!!」


 小恥ずかしさから生じる熱を下げるためにオレンジジュースを一気飲みして、どうにか体温を下げる。流石に褒められるのと、嘘を同時につくのは体に悪い。

 新田ちゃんも質問攻めしたのを恥ずかしいと思ったのか、チビチビとオレンジジュースを口にした。なんというか、根は大人しい子なんだろうと思える。


「あ、あの......わたし、昔から特撮が好きで......」

「へぇ~......」

「わたし、背が高いから、男子からバカにされて、女子からは気味悪がられて、友達が居なかったんです。というか、今も居ません......だから、特撮に出てくる正義のヒーローがいつか私を助けてくれるって......思ってたり......」


 ああ、俺と少し似てる。

 まあ、俺は自分から人を避けていた節があるからなんとも言えないが、昔から人が寄り付かなかった。だから、今も交友のある友達を一人上げろと言われたら、誰もいないとしか言いようがない。それに慣れている感覚もある。

 そう考えると彼女の立場というものは俺より悪い。

 友達が欲しくても、自分の肉体的なコンプレックスによって誰も近づいてくれない。そして、自分も近づき方を知らない。だから、一人ぼっちになってしまう。

 俺なんかよりもずっと苦労している。


「あの、こんな風に声をかけてきてくれた人......野部さんが初めてです......」

「そうなんだ......俺も、あんまり人付き合いが得意な方じゃないから、新田ちゃんの気持ち、わかるな......」

「えっ?」

「俺、学生の頃の友達ゼロ! 今は事務所の人達と気兼ねなく喋れるようになったけど、人が沢山いる場所が大嫌いで、友達なんて誰一人も居やしなかった。共感持てるよ......」


 それに付け加えて最近までフリーターでした。


「でも、今はいるんですよね......」

「まあ、そうだね......」


 そうだ、今現在は違う。

 社長、鈴さん、奈々、城跡ちゃん、花男くん、二階堂、今村、津山。まあ、喋り相手には困っていない。


「なら......俺の友達、けん、ファンになってくれないかな?」

「友達? ファン?」

「ああ、一応は芸能業界に勤めているんだから、ファンが欲しかったんだ。だから、友達であり、ファンである存在になってくれないか?」

「――はい!」


 俺は前歯をへし折ったトルクを取り出し、携帯の番号を交換した。

 これで友達欄に二階堂、今村、津山以外の奴の電話番号が登録された。まあ、数週間前までは父親と母親の電話番号しか登録されていなかったのだが、それは自分の進化の証だ。


「あの、えっと......野部さんって、仮面ドライバーでどの役をやってるんですか?」

「えっと......まあ、友達なんだから言っていいか――主役」

「えっ?」

「主役の野部義人。なんというか、今回の仮面ドライバーは超低予算で作られるから登場人物の名前の殆どが役者の名前なんだ......多分、空前絶後の問題作になると思うよ」


 新田ちゃんは無言で自分の頬を抓り、本当に仮面ドライバーなんですか? と、尋ねてきた。まあ、真実なのだから仕方がない。頷いた。

 すると思い切り抱きつかれて――仮面ドライバーに会えるなんて!? と、非常に喜んでいた。そして、豊満な胸が当たっている。これは役得なのだろうか? ああ、馬鹿奈々以来の胸......柔らかいです。


「いやいや、まだ放映されていないから仮面ドライバーじゃないけど......まあ、時間次第で仮面ドライバーになるのは確かかな」

「凄い! 初めてだ......仮面ドライバーに会えるなんて......!」


 本当のファンなんだな~


「......応援してくれる? 俺、まあ、新人だから不安なんだ。落ちると思って仮面ドライバーのオーディションを受けて、成り行きで合格して」

「成り行きなんてありません! 神様が貴方を仮面ドライバーにしたんです!!」

「......ありがとう」

「絶対に全話見ます! ブルーレイ買います! 応援します!!」


 熱心なファンが出来ました。

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