第四話:合格したのだから仕方がない。

  さて、今日は新しい仮面ドライバーのオーディションの日だ。

 愛車のZ33を走らせてオーディションが行われるビルの一室に足を運んだのだが、テレビで顔を見たことがある人間が大量に着席していた。正直、絶対に主役の座を手に入れることなんて出来ないとはなから決めつけているのだが、それでも、やるべきことは全うしなければならないだろう。


「新人、そう気張る必要はない。落ちても誰もおまえを否定しないし、ダメだったか、って程度で受け流してくれるさ」

「そう、ですよね......すこし心が楽になった」

「じゃあ、部外者のわたしは別室で待機しているから、終わったら迎えに来てくれ」


 奈々の後ろ姿を眺めて、消えた瞬間に自分の席に座った。

 高校受験の時を思い出す。この張り詰めた緊張感が瓜二つだ。

 予定の時間になると答案用紙のようなものがその場所にいる全員に配られた。


「あの、ボールペンの貸出とかは?」


 一人の役者さんがそう質問した。すると、試験官のような人が筆記用具を用意していない人は退場をお願いします。と、告げた。なんというか、高校受験より、入社試験のようだ。俺も何回か経験しているし、そのためか胸ポケットに絶対にボールペンを一本常備する癖が出来ている。

 ゾロゾロと役者さん達が退室していき、人数が物凄く減ってしまった。えっと、十六人だ。


「それじゃあ、用紙の内容に沿って記入してください」


 野部義人と名前を書いて用紙の内容を確認する。すると数学の問題やら、国語の常識問題やらではなく、第一問は自分が所持している免許にチェックを入れるだけであった。

 俺は普通自動車免許と中型二輪の部分にチェックを入れる。

 第二問は自分が所有している自動車、バイクの名前を記入してくれというものだった。俺は素直に日産Z33とヤマハSR400と記入した。

 第三問は最近の仮面ドライバーについてどう思うかという質問に自分の考えを書くというものだった。

 最近の仮面ドライバーはCG技術を惜しみなく使っているから少し派手だと思う。だから、素直に『派手です。』と、短く書いた。


「はい、テストを終了します。合格者は十五分程で声をかけますので、別室に移動してください」

「えっと、プロデューサーが待機している部屋でいいんですよね?」

「はい、間違えありません」


 短いテストだったからものの五分でテストが終了した。

 別室で待機している奈々の元へ行くと、えらく早かったな、落とされたか? と、皮肉を言われたのだが、物凄いスピードで終わったんだ。と、包み隠さないで説明した。

 十五分程経った。

 するとさっきの試験官のような人が別室に入ってきて、野部義人という俺の名前を呼んだのである。


「君、合格だよ」

「へっ?」

「君、新作の仮面ドライバー、役ね」

「へっ?」


 正直、絶対に落とされると思っていたのだが、何故か、神様の気まぐれなのだろうか、俺は仮面ドライバーに抜擢されたのである。

 普段、驚くということがない奈々も唖然あぜんとした表情で互いに互いの顔を見合わせた。そして、互いに頬を抓り、これが現実かどうかを確認し合うのである。そして、痛みを感じたのだから、勿論、現実なのだ。


「監督が君のことを呼んでるから付いてきて、あ、プロデューサーさんもご一緒で大丈夫ですよ」

「わかりました」

「......マジか」


 試験官のような人に案内されるがまま、監督さんが待っているであろう一室に到着すると出来る限り失礼がないように入室した。すると六十代くらいの中肉中背の優しそうな人が、にこやかに俺の顔を覗き込んだ。そして、その次に採用! と、高らかに告げたのである。


「わたしは日笠ひかさ紀彦のりひこ、今後、私が監督を務める仮面ドライバーワイルドをよろしく頼むね」

「は、はい!」

「あと、君の車、仮面ドライバーワイルドで使わせてもらうから」

「えっ?」


 監督さんは満面の笑みで今回の仮面ドライバーワイルドの内容を説明してくれた。

 最近の仮面ドライバーは過激なCGシーンやカッコイイ変身ベルトなんかで子供達に大人気になってる。だが、初代仮面ドライバーはそんなものはなくても、変身ベルトなんて売ってなくても、大変人気を博していた。だから、監督は原点回帰をしたいし、原点よりも奇抜な設定をためしてみたいと熱く説明した。

 そして、耳を疑う言葉が飛び出した。

 今回の仮面ドライバーは変身をしない仮面ドライバーにする予定なんだ。そして、出来る限り制作費を初代の頃くらいにして、一年で終了するシリーズではなく、制作費を切り詰めて三年は続ける予定だと......。


「つ、つまり......俺の愛車は作品に登場させるためにフルエアロにチューニングするんですね?」

「ああ、知り合いのチューニングショップの人の全面協力だ。あ、中身をイジったり、原型を留めない改造をするわけじゃないから安心していいよ。君のZ33をただ、子供が憧れるような車にするというだけさ」


 えっ? それ、もう、じゃないじゃん......。


「収録は一ヶ月後、それまでにチューニングショップに車を預けないといけないから、早めに預けてくれたまえ」

「は、はい......」


 あの、本当にこれは仮面ドライバーのオーディションなんでしょうか? 国民的な特撮のオーディションなのでしょうか? なんというか、物を落としたら地面に落ちる。そのくらい当たり前のように合格してしまったのだが......。

 その後、監督さんに台本と今回の仮面ドライバー、仮面ドライバーワイルドの台本と設定集を渡され、一度、事務所に帰ることにした。


 2


「ねえ、これ、本当に現実?」

「ああ、多分、現実だと思う」


 俺もななも半信半疑はんしんはんぎで言葉を交わした。

 さて、一応は俺の初仕事が国民的な特撮、仮面ドライバーに決まったわけだが、正直、監督の話を聞く限り、今回の仮面ドライバーは一味違うらしい。その以前に、変身ヒーローの仮面ドライバーがなんで変身しないのだろうか? 正直、変身しない仮面ドライバーなんて想像することが出来ない。だが、その想像できない仮面ドライバーを俺は演じる必要があるらしい。......どうしよう。なんか、初仕事が思った以上に重たいよ......。


「......まあ、頑張れよ。わたしは応援する」

「......ありがとう。でも、合格するとは思わなかったからリアクションに困るんだけど」

「......新人にしたら物凄く大きな仕事だからな」

「「.............」」


 なんというか、合格したというのに全然嬉しくない。最近、先輩達の背中を見習って、やる気を出してみようと思ったのは確かだが、それでも、展開が早すぎはしないだろうか? いや、完全に早いね。だから、普段は堂々としている奈々までが物凄く動揺どうようしているし、俺を小馬鹿にしない。


「......事務所に帰ったらパーティーでもするか?」

「......いや、なんか、お腹痛いから食欲無いです」

「......一つだけ言っていいか?」

「......なんです?」

「ウケ狙いでオーディションの予約を取り付けたんだが、なんで合格したの?」

「知るか!?」


 久しぶりに無能な一面を垣間見ることが出来たような気がする。


 3


 事務所に到着するとその場に居た全員が拍手して向かい入れてくれた。それもそのはずだ、国民的な特撮、仮面ドライバーの主演を何故か手に入れたのだから、事務所としてはとても喜ばしいことだ。

 俺とななは腹部に手を当てて、ゆっくりと事務所の中に入った。

 クラッカーが鳴らされて、クリスマスパーティーか何かと錯覚さっかくさせられる。

 ああ、誰か、この雰囲気に終止符を打ってくれ......。


「まさか、あの仮面ドライバーがうちの事務所から誕生するなんて......」


 社長さんが男泣きしている。


「これで事務所の知名度が急上昇ですね!」


 鈴さんがはしゃいでいる。


「事務所の一員として僕も嬉しいよ!」


 花男くんが喜んでいる。


「まさか、合格してくるとは思わなかったわ......おめでとう」


 二階堂が握手してくれた。


「一生懸命頑張ってください!」


 今村が応援してくれた。


「あ、サインください!」


 おまえ、本当に合格したらサインを書かせるつもりだったのかよ......。


「義人さん! 頑張ってください!!」


 城跡ちゃん可愛い!


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとうございます!」

「「............」」


 ヱヴァンゲリヲンか!? トラウマになるわ!!

 奈々は、なんか、もう、涙目になってるよ! 嬉し泣きとかじゃなくて、ある意味自分のやったことを後悔し始めているよ! だって、本当に合格しちゃったのだもの!!

 ......でも、合格したのだから仕方がない。


 4


 俺は晴れて仮面ドライバーワイルドという作品の主人公に抜擢された。

 設定集を読み進めると物凄く奇抜で平成ドライバーを完全否定するような脚本がなされている。

 まずはじめに、この作品には変身という概念が存在しない。完全に存在しない。

 主人公は変身してアーマーを装着するのではなく、この世界に存在するような防弾チョッキやら、ボディーアーマーなんかを装備して悪の組織と戦う。子供に売れそうな武器は使用せず、使うのはカラシニコフ小銃、つまりはAK47と呼ばれる小銃一丁だ。

 それに、この作品にはCGは一切使用されない。使われるのは大量のガソリンと日本サバイバルゲーム愛好会のボランティアの皆様だ。


「あら、思い詰めた顔をしているけど、なにかあったの? セクハラでもした」

「......いや、仕事が決まったんだよ」

「嘘っ!? どんな仕事なの?」


 母さんに仮面ドライバーワイルドの設定集に目を通して数分、一応は昭和に生まれた人間だから言えるのだろうが、物凄く呆れた口調で、これ、仮面ドライバーと表現するよりは西部警察と呼んだほうがしっくりくると思うのだけど。と、告げた。正直、俺もそう思う。


「でも、流石に主演を張るなんてお母さんも思わなかったわ......」

「鼻が高いか?」

「流石にこの低予算な作風の主人公は哀れに思えるわね」

「だよね......」


 寛容かんような母さんまでがこの作品の低予算っぷりを哀れんでいる。それに、こんな作品が世の中に出回ってしまうのかという驚きも含まれている。

 正直、俺みたいな新人がこの作品の主人公に任命されたのか理解し始めた。

 第一に、新人だから予算を食べない。

 第二に、主人公が使用する車両の予算を食べない。

 第三に、初代仮面ドライバーの使用した車両が日産Z30だった。

 ってか、全部予算を安くするためじゃねぇか!?


「......まあ、初仕事なんだから頑張りなさいよ」

「その哀れな顔やめて」


 母さんは申し訳無さそうに設定集を返して家事に戻った。

 さて、この空前絶後の問題作にどう向き合えばいいのだろうか?

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