第三話:夢色娘

  ジムに通うこと五日間、俺はホモ野郎共の下半身への視線とダメ奈々の不真面目さに翻弄ほんろうされたが、肉体改造には着々と成功している。だが、この肉体改造が本当に実を結ぶのだろうか、それが一番気掛かりなのだ。

 一応は事務所のお金を使わせてもらい、ジムに通わせてもらっているのだ、何かしらの成果せいかを出さなければならない。でも、最初のお題が国民的な特撮、仮面ドライバーとなると流石にどうすることも出来ない。確実に落ちる。もし、抜擢ばってきされたらそれは奇跡だ。

 でも、最初から仮面ドライバーとかハードル高いんだよ、高層ビルくらい高いよ、飛び降りろとでも言うのか? まあ、でも、やるだけのことをやったら誰も怒りはしないだろうから全力でやるのだが。


「あら、新人さんは気分が悪そうね? マイコプラズマかしら」

「おい、えらくマイナーな病気を知ってるな? 俺も一回かかったぞ、それ。咳が酷いんだよな〜」

「そこはインフルエンザの間違いじゃないのか! でしょうが」


 金色の髪をツインテールにした少女、いや、美少女がニヤニヤと俺の隣りに座った。

 この子はうちの事務所に所属している二階堂にかいどう花蓮かれん、ジム通いが終わった後に色々と情報を調べていたら自然と情報が頭の中に入っていた。因みに、彼女は夢色娘というグループのライトを担当している。だが、歌唱力かしょうりょくは他の二人を圧倒しており、ダンスにもキレがある。センターではないが、夢色娘のまとめ役として誰よりも頑張っている。

 多分、夢色娘の中で一番、気兼きがねなく喋ることが出来る奴だ。


「まあ、なんというか、あのダメプロデューサーのせいで軽いボケや小難しいボケに対応出来なくなってきたんだ」


 その以前に、俺はいつの間にツッコミ属性になったのだろうか?


「妊娠したから責任とって」

「女子中学生に手を出したら犯罪でしょうが! お兄さんはノーロリータ、ノータッチです」

「あら? 軽いボケには反応しなくなったんじゃないの」

「妊娠という重いワードを出したから体が反応しやがったんだ」


 流石に女子中学生から妊娠というワードを聞いたら、男という存在として生まれてしまった以上、刑務所に連れて行かれるという恐怖が体中を巡る。多分、小学生にそう言われたら処刑されるね、教育委員会に。


「由佳子ちゃん、義人お兄ちゃんに『妊娠したから責任とって』、て、言ってみて」

「おい、やめろ!」

「妊娠したから責任とって......?」

「刑事さん、俺は大変なことをしてしまいました......その鉄砲で脳天を撃ちぬいてくれませんか......?」


 二階堂が高笑いに近い声色こわいろで笑いやがった。

 この野郎、城跡ちゃんを利用するなんて反則はんそく、禁じ手、バランスブレイクだ。だって、城跡ちゃんは小学生、それも、美少女で小学生なのだ。だから、妊娠という言葉の重さが物凄く高まる。重量に換算すると国産マグロを輸送するトラックぐらいの重さだ。トラックの重さと国産マグロの価値という意味での重さがのしかかりやがる。

 ......何言ってんだろ、俺。


「だが、二階堂と城跡ちゃんしか事務所に居ないのは珍しいよな」

「そうねぇ〜、社長は知り合いのお葬式、奈々&鈴は知り合いの結婚式、花子はお母さんのお見舞い、夢色娘のバカ二人は遅刻、真面目なのはわたしとアンタと城跡ちゃんだけね」

「真面目です!」

「「(かわいい......)」」


 二階堂は雑誌を読み、城跡ちゃんは児童向けの小説を読んでいる。俺はジムで疲労した体を少しでも休ませるために目蓋を閉じてゆっくりと深呼吸をする。流石に連日の激しい運動は体にくるものがある。

 ガシャリと事務所の扉が開かれて、息を切らした二人の女子中学生が入ってくる。そして、先に来ていた三人と同じ反応を見せる。あれ、アイドルしか事務所に居ないと。


「あれ、三人だけですか?」

「そうみたいですね......」

「社長はお葬式」

「奈々お姉ちゃんと鈴お姉ちゃんは結婚式」

「花男くんはお見舞い」

「「わたし達は遅刻っと......」」


 カバンを下ろして二人もソファーに腰を下ろした。

 並び順は正面のソファーに二階堂をセンターとして、今村がライト、津山がレフト、そして、俺の隣にエンジェル城跡ちゃんが座っている。


「暑苦しい......」

「女の子が三人でかしましいってか? まあ、使い方違うんだが」

「じゃあ、どんな意味なんですか」

「流石は勉強熱心な今村氏。一応は騒がしいという意味を持っているらしい。起源は女性が集まると騒がしいというものらしい、率直だな」


 俺に質問したのは夢色娘のライトを担当している青い髪の今村いまむら早希さき。まあ、勉強熱心で大人で、少し抜けているいい子だ。でも、俺との関係性に悩んでいて、どう声をかけたらいいのかわからないでいるみたいだ。まあ、それは俺にも言えていることだし、しばらくしたら互いに互いを慣れると思うから、多分。


「義人先生! それはテストに出ますか!?」

「出るかもしれないけど、好んで出題される漢字じゃないので覚える必要はありません」


 まあ、姦は、強姦だとか、そういう系の言葉や漢字に使用されることが多いから教職者きょうしょくしゃは絶対に出さない漢字だろう。正直、俺が先生なら絶対に伏せる漢字の一つだ。本来の意味は真っ当でも、熟語に用いられると色々と厄介だからな......教育委員会からお叱りを受けてしまう。


「高卒にしては頭がいいのよね」

「高卒ナメるな!?」

「でも、高校の時はどのくらいの成績だったんですか?」

「んっ? ......三位だったよ。進学クラスの」


 三人は少女漫画の一シーンのように大いに驚いた表情になる。そして、二言目には、なんで大学に進学しなかったんですか? と、質問を投げた。


「まあ、学校が大嫌いだったし、人付き合いも得意な方じゃなかったから」

「その割には、女子小学生&中学生と普通に喋ってるじゃない?」

「痛いところを突かれたな。まあ、人間が密集した場所に長時間留まるのが好きじゃないんだ。教室とか、遊園地とか、町中とか、そういう、人が何十人も密集してゆっくり出来ない場所が」


 三人は納得した表情で頷いた。隣に座っている城跡ちゃんは眠っている。寝顔が愛くるしい、まるで人形のようだ。ああ、城跡ちゃんかわゆす! はっ!? シリアスな展開でなんでこうも変態ペド属性に身を落とそうとしているんだ!!


「それで流れ流されてこの事務所にやってきたわけね」

「そうなんですよ」

「そうなんですか」

「そうなんですよね〜」

「そ......流されないわよ」


 二階堂が流されそうになった時の表情が可愛かった。だってアイドルですもの。

 数十秒の沈黙ちんもくが続く。

 だが、センターの津山が思いついたという表情で俺に質問してきた。彼女とかいるんですか? という、一応はアイドルという職業についている自分にとっては致命傷を負わされるような言葉を......

 一応は社長に容姿を認められてこの業界に足を踏み入れた身分なのであるが、今まで付き合った女性の人数はゼロ、女性経験もそれに比例している。もし、これが女性アイドルならば、全面的に初心で可愛いから押し出せるかもしれないが、俺は男だ。逆に気色悪いと思われるかもしれない。というよりも、気色悪い。だって、男のアイドルが童貞とか、絶対にありえないよね? だって、顔が良くてアイドルになったのに女性経験ゼロとか笑えるよね、冗談としか言いようがないよね。ああ、恥ずかしくて涙が出てくる。


「で、女性経験は!」

「ゼロですが、なにか?」

「まあ、普通よね」

「普通ですね」

「普通だね〜」


 あれ、なんか、普通に受け入れてくれた。バカにされなかった。なんか、逆に悔しい。纏まった金が入ったら風俗にでも行こうかな......。

 それにしても、津村つむら春菜はるな、髪の毛が桃色で頭の中も結構桃色のこいつとはどういう関係を築いたらいいのだろうか? まあ、今時の女の子らしいと言えばらしいのだが、そういう女の子がすこし苦手だからどうすることも出来ない。そのうち慣れてくれるといいが。


「でも、女の子四人に男が一人、夢のようなシュチュエーションね〜」

「幼女と少女には興味ないね、犯罪だし、条例違反だし」

「流石は学級三位、博識なのね」

「だって、学級三位ですし」


 二階堂の爆弾発言には、年齢というバリアを張って対処する。だって、そのバリアを張らないと俺はただのロリペド野郎に成り下がってしまう。もし、ロリペドだと認定されたら、確実に母さんにスタンガンで殺される。いや、地獄へと旅行に行かされる。


「そういえば、仮面ドライバーのオーディションは何時なんですか?」

「来週の土曜日、オーディションの内容はわからないんだけど、まあ、出来ることをするさ」

「もし、主役に抜擢されたらサインくださいね!」

「今貰えよ! 一応はアイドルの卵なんだから......」


 津山くんは時々、素で毒舌だよね、多分、ヒ素並みの毒素を有しているよ、君の毒舌は......。


「喉乾いたな......なにか飲む? 注いでくるけど」

「冷たい緑茶をお願いします」

「暑いから麦茶にするわ」

「コーラ! 日本人ならコーラでしょ!」

「コーラはアメリカの飲み物だからね〜日本人だからコーラというフレーズは色々と問題があると思うんだけど」


 城跡ちゃんをソファーに寝かせて、タオルケットをかけて給湯室に向かう。

 冷蔵庫の中からそれぞれのペットボトルを取り出し、麦茶、緑茶、500ccのペットボトルコーラ、俺は少し悩んでウーロン茶を選択して、コップの中に注いだ。

 それにしても、この事務所の冷蔵庫には何でも揃っているな。本当に、何でも揃ってるよ。飲みたい時に飲みたいものが絶対に揃ってる。


「はい、おまたせいたしました」


 口をつける部分に絶対に触れないようにして三人に所望された飲み物を差し出す。これは最低限のマナーだから最近の若い人に見習ってもらいたい。


「流石は新人、雑務が似合うわね」

「正直、アイドルよりも花男くんみたいなマネージャーの職に就きたいよ」

「でも、義人さんは鋭い顔しているから、マネージャーとして働いたら893屋さんと間違えられるんじゃ?」

「君は僕のガラスのハートを何回割るんだい? 修復が追いつかないよ」


 やっぱり、津山くんは毒舌だよね、この毒舌で何人の人間のガラスのハートを叩き割ったのやら? 凄いよ、逆に才能だと思えるよ。多分、鞭とかを持って豚野郎って叫ぶ商売についたら一生遊んで暮らせるんじゃないの? 俺はM属性が備わっていないからわからないけど。

 一番近くにあった奈々の椅子を引っ張ってきて、腰掛ける。

 流石に城跡ちゃんを尻に敷くなんて出来ない。それに、この寝顔がしっかりと見えるし......うへへっ......。


「今日はジムに行かなくていいんですか? 毎日通っていましたけど」

「なんか、筋肉は休ませることも肝心だって、いわ......トレーナーさんに言われたから今日は出勤はしているが、休暇しているようなもんだね」

「筋肉痛とかはないんですか?」

「あるよ、でも、慣れた」

「「「M?」」」

「ごめん、どちらかというとS、ソフトだけど」


 というか、この女子中学生達は際どい言葉を平然と言うよね? ませていると言ってしまえばどうとでもなるのだけれども、それでも、やっぱり際どいよね。際どすぎるよね。まあ、俺も中学の頃にはSとか、Mとかの意味を理解していたから何を言わないけど、それでも、教育委員会に怒られそうだよね、健全じゃないよね。

 ......現実逃避をしよう。城跡ちゃんが可愛いです。はい。

 現実逃避を一分くらい続けていると携帯電話が震え、なんの変更もされていない着信音が響き渡った。確認してみるとダメ奈々の電話番号であった。


「もしもし、野部ですけど」

『すまない新人、少しだけ話を合わせてくれないか?』

「はい?」

『出来れば、声を変えてわたしにも』

「鈴さん?」


 二人の声が聞こえなくなったと同時に聞き慣れない女性の声が聞こえた。そして、第一声に貴方が奈々ちゃんの彼氏さん? という、酔った口調で尋ねられた。

 ああ、そういうことですか、二人は彼氏が居ないけど、見栄を張りたいから俺に彼氏を演じろということなのか。正直、ダメ奈々の彼氏のフリはしたくないが、鈴さんには色々と恩があるから引き受けよう。


「ああ、どうも。奈々がいつもお世話になってます」

『(イケボ!)』


 第一印象はこれで十分だろう。地声で爽やかに受け答えする。流石にチャラチャラと言葉を並べても不審に思われるだけだし、出来る限り硬派こうはにいこう。



『あの、奈々ちゃんと付き合って何年くらいになるんですか?』

「えっと、もう一年くらいですかね〜」

『結婚の予定とかは』

「奈々が自堕落じだらくですから今のところは考えてませんね。でも、結婚はしたいです」


 甲高い声が響いて、その次は聞き慣れた声が聞こえた。


『流石は新人だ。適応力がゴキブリ並みだな』

「殺すぞ? いきなり恋人の演技をさせたり、ゴキブリと呼んだり」

『すまない、次は鈴を頼む』

「って......」


 電話が切れたと同時にすずさんから電話が掛かってきた。

 流石に声を変えないといけない。えっと、俺の地声が低めだから、高めで明るい声で対応しよう。


「あー、あー、あー.......よし、もしもし」

『義人くん、よろしくね』

「わかってますよ。でも、何か奢ってくださいよ」


 先程と同じように同一の女友達の声が響いた。


「あ、あのぉ〜こ、こんにちは......えっと、あの、鈴さんとお付き合いしている高梨たかなし晴彦はるひこと言います」


 さて、今回は内気でシャイな男の子を演じてみよう。というか、俺、こんなショタのような高い声が出るんだ。自分の声帯せいたいに驚きを隠せないよ。

 また黄色い声が聞こえて、馬鹿奈々と同じように付き合ってどのくらい経つのかを質問された。


「えっと......あの......鈴さんに一目惚れして、もう二年になります」

『結婚の予定とかは』

「鈴さんがしたいと言うのであれば、僕は何時でも! あ、あの......忘れてください......」


 流石にこの演技は臭すぎると思ったが、馬鹿奈々と同じように黄色い声を上げて、鈴さんに電話が変わられた。

 なんというか、人生で一番恥ずかしい数十秒だったよ。


『流石はアイドルの卵、演技がお上手ですね〜』

「冗談はよしてください。でも、金輪際こんりんざいこのようなことは無いようにしてくださいよ?」

『時と場合によりけりですね』

「さいですか」


 濃く濃厚で意味不明な時間が収束したと同時に夢色娘の三人がひそひそ話をしていた。その内容は、まあ、俺の演技についてだろう。

 まず、はじめに二階堂がニマニマと笑って、こう告げる。


「正直、アイドルより俳優の方が向いてるんじゃないの? 高い声も低い声も使い分けてたし」

「それは褒めてるのか?」

「でも、上手かったですね、本当の俳優さんみたいでした」

「わたしは詐欺師に見えたけどな〜」

「おい、桃色、おまえは俺の心がガラスで出来ていることをいい加減理解してくれ.......」


 やっぱり、津山の毒舌はどうにかするしかない。そうしないと、この子の問題発言で色々と事務所に被害が及ぶのではないのだろうかと心配になる程だ。

 時刻を確認してみると十二時と少しを回っている程度だった。

 お腹が空いた。

 一応は俺がこの事務所で一番の後輩にあたるのだが、年齢的には俺が一番年上なのだから彼女達になにか食べさせてあげなければならない。でも、外に出て食べるにしても、この近辺にファミレスは存在しないし、俺の車、日産Z33は二人乗りで四人の女の子を乗せられるほど広い車では決してない。なら、出前を取るというのが一番現実的なのではないのだろうか?


「出前を取るけど、なにか食べたいものある? 今のところは懐は温かいから」

「天丼ね」

「ラーメンをお願いします」

「わたしは親子丼がいいですね」

「城跡ちゃんは......寝てるし。誰か、城跡ちゃんの好きな食べ物とかわかる?」


 三人は城跡ちゃんの寝顔を見て、ハンバーガーと答えた。ああ、まあ、この年の子供ならハンバーガーが好きだということは納得できるな。でも、ハンバーガーの出前って出来るのかな? 確か、出来なくはないとは思うけど......。


「この近所のハンバーガー屋は配達はしていないわよ。まあ、他の物を適当に注文したらいいんじゃない。好き嫌いは無いみたいだし」

「そうか、なら、津山と同じ親子丼で......」

「ハンバーガーがぁ......うへへ......」


 俺は一万円札をテーブルに置いて、自分達で注文してくれと頼んだ。

 驚いた三人はどこに行くんですか? と、とても驚いた表情で尋ねる。俺はただ、この可愛らしい城跡ちゃんに大好物のハンバーガーを食べさせてあげたいだけさ、と、キザに告げて駐車場に停めてあるZ33に向かった。


「「「(ロリコンだな......)」」」


 2


 Z33を転がして一番近くのモスバーガーに入店した俺は、モスバーガーとモスチーズバーガー、ポテトを購入して冷めないうちに事務所に戻った。すると三人は俺が出した一万円札で好きな食べ物を購入して食べていた。城跡ちゃんもようやく目覚めたらしく、お腹を好かせている風貌ふうぼうであった。


「ごめんね、少し遅れた」


 モスバーガーの袋を開けて、ノーマルとチーズがあるけどどっちがいい? と、質問するとチーズバーガーがいいですと言われたので、俺はチーズバーガーとポテトを城跡ちゃんに渡した。そして、俺はノーマルのモスバーガーとポテトを手にとり、食べた。多分、半年ぶりくらいのモスバーガーだと思う。


「ありがとうございます! 夢の中でもハンバーガーが出てきたんですよね〜」

「よかったね〜俺もハンバーガーが無性に食べたい気分だったんだよ〜」

「「「(ロリコンだ)」」」


 久しぶりに味わうモスバーガーのソースの味が絶妙で美味い。流石は日本資本のハンバーガー屋さんだけある。一つ一つの商品におもてなしの心が感じられるぜ......。

 楽しい食事が終わると安堵あんどの溜息をついて、グッタリとした。

 彼女達は学生であり、アイドルでもある。だから、学校でも忙しいし、仕事でも忙しい。だから、こういう何もない日は珍しいのだろう。だから、気が抜けている。


「あ、これ、さっきのお釣りです」

「じゃあ、千円ずつお小遣い。まあ、俺、後輩だけど社会人だから」

「え、でも......」

「いいんだよ、それに、千円なんてジュース代くらいにしかならないからさ」


 四人に千円札を配って、給湯室に食べ終わった丼ぶりを持っていく。

 俺は何一つ頑張ってない。彼女達は必死に頑張っているのに俺は、まだジムに通って、体を鍛えているだけ。彼女達は割に合わない仕事を必死に受けて、花舞台に立てるように努力している。俺はその努力をしているのだろうか? ......頑張ってみるしかないな。

 最初はアイドルという仕事を嫌々こなしていたのだが、先輩アイドル達の姿を見て少しだけアイドルという仕事に興味が出はじめている。出来ることをやろう。それが一番だ。


「何か、親戚の優しいお兄さんって感じがするね!」

「そうね~確かに、親戚のお兄さんって感じがするわ」

「お正月やお盆を思い出します」

「まあ、事務所の家族みたいなものだからな」

「つまり、義人お兄ちゃんってことですよね!」


 ああ、いいよ、城跡ちゃん......俺のことをもっとお兄ちゃんと呼んでくれ!


「「「ロリコンお兄ちゃん?」」」

「おい、泣くぞ?」

「ロリコンって何ですか?」

「それはね~」

「桃色......おまえは健全に育っている少女に汚い言葉を教えようとするんじゃねぇ!」


 多分、津山は俺の天敵の一人だ。もう一人は母さんだ。

 ロリコンの話題が消え去った。

 さて、こうなると全員が無言になる。そして、俺は体と精神を休むことが出来る。


「そうだ! ファンの人達からプレゼントが送られてきたんですよ!」

「桃色、俺は少し寝るから適当に盛り上がってくれ」

「いや、義人さんにしか理解出来ないような物なんですよ。......これ、何なんでしょう?」


 箱の中に大量に並べられた赤い物体。

 これは、男性を快感へと導く存在。一個、約八百円。ネットなら約五百円。

 日本で一番流通している『ピー』であり、日本で一番、男性の『ピー』を奪っている『ピー』である。

 ――アイドルにこんな物を送り付けるバカは何処のどいつだ.......? こいつは独身の男性に渡す物だ。女性アイドルグループに渡す物じゃない!


「新人、これはいったい何なの?」

「――すまない。これは汚い欲望を発散する道具だ。君達のような汚れを知らない少女達に説明できるような物ではない。それに、小さな子供もいるのだから......俺には表現することが出来ない」


 涙目だ。絶対に俺は涙目になっている。

 この場所に存在する人間が全員男性ならば、兄貴分としてこの『ピー』の使い方を存分に教えてやることが出来るのだが、この場所に存在するのは男性一人、女の子四人だ。だから、このテ●ガという『ピー』のことを教えることが出来ない。だって、女性には必要のない知識ですもの......。


「じゃあ、ネットで――」

「調べるな! 女の子には必要のない知識ですから!!」

「ああ、つまりは男性専用のアダルトグッズというわけね」

「流石は二階堂様、男の俺が発言しにくい言葉を言ってくれてありがとう。まあ、そうなんだ。だから、絶対に使い方を調べるんじゃないよ? 一生の傷になってしまうから」


 二階堂の救いの言葉でどうにか兄貴分としての威厳いげんが保たれた。


「それにしても、こんな物を送り付けてくる変態はどんな奴なんだよ? 警察に突き出してやりたいわ」

「手紙も入ってましたよ?」

「何々......君達みたいな可愛い子が女の子なわけがない!! ......頭のネジが飛んでる奴の犯行だな。まあ、燃えないゴミにでも出しておきなさい」

「使うなら使っていいのよ」

「使わねぇよ!」


 こうして、夢色娘の三人と城跡ちゃんと仲良くなれたような気がする。

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