第二話:トレーニング

  成人式に着る予定のスーツを着こみ、最近は動かしていなかった愛車のヤマハSR400に跨がる。

 親父から譲り受けたバイクなんだが、会社が会社なのに全然壊れないで今日まで動いてくれている良いバイクだ。燃費も良いし。


「なんか、会社員みたいね〜」

「まあ、誰かさんのせいでその社員になるんですがね……」


 まったく、そのとおりである。


「若いうちは色々な経験をするのがいいのよ」

「まあ、それはわかるけどさぁ〜」

「駄々をこねないで早くエンジンかけて職場に行きなさい。殺すわよ?」


 どこからかスタンガンを持ちだした母親の顔は阿修羅あしゅらのようでした。

 正直、スタンガンは勘弁かんべんしてほしいのでフルフェイスのヘルメットを装着して、SRのエンジンを目覚めさせる。流石に一年間乗ればこのバイクの乗り方なんて簡単に理解できる。こいつは馬鹿みたいに扱いにくい奴だからな。


「あら、様になってるじゃない」

「まあ、一年も乗ればこいつの癖も理解できるよ」


 逃げ出すようにSRを発信させて社長さんが待っているだろう吉田芸能に走らせる。

 道中は事故も何もなく普通にドライブを楽しむ感覚で移動することが出来た。バイクは安全第一である。

 事務所の駐車場にバイクを駐車して、事務所の中に入るとソワソワとした社長さんがソファーで雑誌を読んでいた。なんというか、見た目は物凄く落ち着いた風貌ふうぼうなのに、中身はそうでもないと思えるな……。


「おお! 来てくれたか!!」

「はい……なんか、流れ流されて……」


 社長さんに契約書を渡す。

 これで本当にアイドルになってしまった。


「それにしても、朝早いねぇ〜」


 時刻は朝の八時だ。たいして早い時間だとは思えないのだが、この業界では早いのだろうか?

 まあ、真っ先に否定するのは気が引けるし、社長さんを立ておこう。


「いえいえ、社長さんの方が早いじゃないですか」

「そりゃあ、代表取締役だいひょうとりしまりやくなんだから一番早く出勤するのは当たり前じゃないか」


 良い社長さんだな、本当に……。


「じゃあ、早速、君の今後の方針を説明させていただこう」

「はい」

「まあ、そう固くならないでくれ。うちの事務所はあまりアイドルが居ないから直ぐにデビューさせるつもりだから心配する必要は全くないよ」


 えっ? ……。

 まあ、アイドルなんだからデビューするのは当たり前だよな、うん。

 でも、デビューってどんな風にするんだろうか? 女性アイドルならライブハウスとかでするんだろうけど、男性アイドルってどうなんだろう……。


「今後一ヶ月はテレビのオーディションを受け続けて、合格したらそこでうちの新人だということを日本全国に発信する。歌は君の先輩達の歌をカバーさせてもらえばいい。それが出来なければ、私の知り合いがやっているラジオに無理矢理ねじ込んであげるから心配しないでくれ」


 ガチですねぇ〜そこまで俺のことを期待しているのだろうか? 胃が痛くなってしまう……。

 だが、やらないといけないことはやり遂げるのが野部義人という人間だ。だから、社長さんの期待に答えられるように頑張ることにしよう。

 それに、多分、長く続かせなかったら声には出さなかったが母さんに殺されてしまいそうだ。


「おはようございます」


 事務員さんが今日もラフな格好で出勤してきた。

 気になるのだが、身長の差はあるのだが、事務員さんとプロデューサーさんはよく似ているから、姉妹なのか気になっていたのだ。


「おはようございます。事務員さん」

「ああ、野部くん契約してくれたんですね! あ、あと、わたしのことは下の名前鈴と呼んでもらっても構いませんよ。お姉ちゃんと間違えちゃいますから」

「ああ、やっぱりプロデューサーさんは事務員さんのお姉さんでしたか」


 一つ疑問ぎもんが消え失せた。

 身長差こそあるが、顔がよく似ていたから姉妹しまいだとは思っていたのだが、やはり姉妹だったか。予想が合っていて少しだけ気持ちが良い。

 でも、女性を下の名前で呼ぶのは気が引けるな……今までどおりに事務員さんと呼んだほうが効率的では? と、思ったのだが、下の名前で呼べというオーラが酷かったので、下の名前の鈴さんと呼ぶことにした。


「おはようございます……」


 姉の方のプロデューサーが気怠そうな表情で事務所の中に入ってきた。俺を合わせた三人がおはようございますという綺麗な挨拶を告げる。

 プロデューサーは自分のデスクに腰掛けてメモ帳を開いて何かを確認している。


「お姉ちゃん、どんな仕事を取ってきたの?」

「んっ? 『新人芸能人を応援するラジオ』に夢色娘の歌を一曲流してもらえるようにしてきた」

「あのラジオのメインパーソナリティの人がしゅんなアイドルや歌手を特集してくれる番組? でも、流す曲はパーソナリティの人が独自にキメるはずじゃあ……」

「営業の後に居酒屋に行ったら、そのパーソナリティがベロベロに酔いつぶれていたんだけど、そこに夢色娘のCDを置いて帰ったら昨日電話が掛かってきたんだ」

「ステルスマーケットってやつかな?」


 見た目はやる気がなさそうに見えるが、ある程度は有能なプロデューサーなのだな、と、感じさせられる瞬間が垣間見れた。


「さて、新人。今日からおまえはジム通いだ。仮面ドライバーのオーディションが行われる二週間後までに体脂肪率を平均より下げるぞ」

「流石に二週間じゃあ仮面ドライバーのような体は……」


 流石に国民的な特撮のオーディションは無理だろうと思うのだが、プロディーサーの表情は気怠けだるそうで、でも、無理矢理でも体を鍛えさせるという信念のようなものが感じられた。

 まあ、元々が筋肉質だから大丈夫だとは思うのだが……ジムってどんなトレーニングをするのだろうか? テレビとかでは、ダンベルとか、走るアレとかを使ってるイメージがあるんだが。


「まあ、そう気張らなくてもいい。あのジムは筋肉が大好きなホモが大量にいるというだけで、それ意外は普通のジムだ。男を一人通わせてくれと言ったら殆ど無償むしょうで使わせてくれると言ってたぞ」

「ホモが大量発生しているジムに通わせるとか頭のネジがどんだけ飛んでんだ!?」

「大丈夫、支配人は視姦しかんするのが趣味で、犯すのは合意した時だけだ」

「支配人がホモなのかよ!」


 やっぱりこのプロデューサーは有能という言葉が似合わない人間だ。多分、この世界の無能と無能を融合させて、スパイスにまた無能を調合した究極の無能だ。そりゃ、もう、異能生存体いのうせいぞんたいならぬ、無能保証体むのうほしょうたいだ。

 でも、予約を取り付けているのだから連れて行かれるに決まっている。


「おはようございます!」


 無能なプロデューサーの行動にクラクラしているとマネージャーさんが部屋の中に入ってきた。

 なんというか、やっぱり女性なんだよな、喉仏のどぼとけがないし、声も高い。


「おっ! 義人くんも早いねぇ〜」

「あ、はい。マネージャーさんも早いですね」

「そんな硬い言葉を使わなくてもいいよ! 僕のことは花男って気さくに呼んでいいよ! 同世代の男の子じゃないか〜」

「そ、そうですね……」


 いや、貴方は女性でしょうが? まあ、色々とあるとは思いますが、それでも性別は女性だと思いますから接し方に色々と悩めるんですが……。

 まあ、でも、彼女、彼? が、望んでいるなら花男って呼んであげたほうが良いのだろう。そうだ、他人を傷つけるのは俺の性分ではない。そうさ、彼が男だと称しているのであれば、男性の名前で呼ぶのが一番のはずだ。


「じゃあ、花男くん?」

「ああ! 男同士頑張ろうね!」


 なんというか、物凄く違うような気がする。


「今日はアイドルの子達は学校ですからこれで全員ですね」

「それじゃあ、早速仕事をしましょう」


 今日から俺もこの事務所の一員なのだから、仕事をしないといけない。

 確か、新しい仮面ドライバーのオーディションのためのジムトレーニングだと記憶している。だが、ホモだらけのジムとなると行動に躊躇ためらいが生まれてしまう。正直、そんなジムには通いたくない。

 プロデューサーはタクシーを用意すると言ったが、バイクで移動しますから後ろで案内してくださいとお願いした。


「ああ、君は自家用車をもっているのか。なら案内しよう」

「まあ、すべて父からの貰い物ですが」

「つまり、臑齧すねかじり?」

「泣くぞ」


 事務所から出て駐車場に移動すると早いお戻りだなと言わんばかりにSRが待っていた。人を乗せるだろうと思っていたからリュックサックに予備のヘルメットを用意してよかった。予備は事務所に常備しておくことにしよう。

 プロデューサーはハーフのヘルメットはないのか? と、偉そうな口調で尋ねてくるが、ハーフは事故した時に確実に死にますよ? それでもいいのであれば、次回からハーフを用意してきますが、と、返すと何も言わずにヘルメットを被ってくれた。

 よく考えると、このSRに人を乗せるのははじめてだな、うん。

 キックスタートでエンジンをかけて、移動を開始する。


「バイクに乗るのははじめてだ」

「まあ、車みたいに利便性りべんせいに優れているわけじゃないですからね」

「だが、風を感じるのも悪くない」


 背中にあたる胸の感触がたまらない。正直、スーツとブラジャーが邪魔をして柔らかさなんて感じられないと思っていたのだが、そんなことはない。女性特有の柔らかさが感じられる。よし、これから毎日女性を後ろに乗せよう。そうしよう。

 運転すること数十分で目的地に到着した。

 さて、俺はあまり感情豊かな人間ではないのだが、この名前は、この名前はツッコミを入れなければんらないと思える。なぜなら、この名前は流石に群を抜いて酷すぎる。もし、俺が体を鍛えたいと思ったら、絶対にこのジムだけは選択肢ない。選択肢の中に存在しない。


「今日から君が通うことになるホモォージムだ」

「経営者のネーミングセンスの悪さに涙が出そうだ」

「ああ、わたしもあまりいいセンスだとは思えない。わたしが名前をつけるなら薔薇の園という名前にする」

「ホモネタをどうしてそんなに引っ張りたがる! 苗字を最初にしたらいいでしょうが! 山田ジムとか、山口ジムとか......」


 バイクをジムの駐車場に駐車してプロデューサーと一緒に恐る恐るジムの中に入ってみる。すると、正直、目にしたくない現実が広がっていた。

 体がゴツゴツとした男、というよりはおとこと表現したほうがいいような男達が自らの肉体をいじめて鍛えている。俺の知るジムは奥様と呼べるような存在が自分の贅肉ぜいにくをどうにか燃焼させようと通う場所だと記憶している。だが、このジムは確実にボディービルダーを育成する場所にしか見えない。いや、確実にそうだろう。決めつけてやる。


「奈々ちゃん!! この子が新人さんね!?」


 奥の方からタンクトップのオネエ風のマッチョマンが駆け寄り、俺のことを品定めするように、舐め回すように眺める。多分、この人が支配人なのだろう。見る限り薔薇の香りが感じられる。どうしよう、物凄くやばい場所に放り込まれたのではないのだろうか?


「流石はアイドルになるだけはあるわ! ワタシ好みのいい男!!」

「いや、貴方だけのアイドルにさせるつもりはないのですが」

「月三十万」

「よかったな、新人。君もこれからホモの仲間入りだ」

「ぶち殺すぞ無能プロデューサー......」


 金で新人に枕をさせようとするんじゃないよ。流石にここまで無能だったら汚い言葉も平気で口に出してしまうよ。よし、もう、こいつには敬語は使わないことにしよう。それに、妹の鈴さんも下の名前で呼んでいるんだから、こいつも下の名前で呼ぼう。だって、こいつに敬語を使うことが物凄く損に感じられるのだから。


「で、無能の奈々、俺にはどんなトレーニングメニューを用意しているんだ」

「いきなり呼び捨てにするんだな?」

「なんというか、もう、吹っ切れたよ。おまえには敬語を使わん」

「ワイルドだな」

「あ! 私も下の名前で呼んで!! 岩美いわみって言うの!!」

「黙れ岩男いわお

「アンッ! ワイルド〜」


 なんというか、ここ数年で一番イライラしていると思う。いや、多分、人生の親指、人差し指、中指、薬指、小指の五本のどれかに該当がいとうするくらいイライラしている。沸点ふってんが低くなったのだろうか? まあ、この状況で冷静でいられる奴は凄いよ。尊敬そんけいするよ。俺は無理だから。

 奈々はシックスパックにするのは無理だろうと告げて、体力と腕力を重点的に上げてくれと言った。すると岩男はそれなら特別メニューを用意するわ、と、告げた。


「じゃあ、このサウナスーツに着替えて、サイズは2Lで大丈夫だと思うけど」

「ああ、あの走るヤツで走るんですね」

「バカを言うんじゃないの! ルームランナーなんて使っても体は鍛えられないわ!! 外に走りに行くのよ!!」


 ああ、そうですね、だって、誰も走るヤツを使ってませんもんね。というよりも、ベンチプレスとかを重点的にやってるから、こいつら絶対にボディービルダーだろ、そうだろ。

 奈々は頑張れよ、と、言って、スマホのアプリで遊んでいた。心の中で仕事をしろよと思ったが、駄目人間に何を言っても無駄だと思って何も言わなかった。

 嫌々ながら、サウナスーツを着込んで岩男の背中に付いて行き、アスファルトの地面を走る。速度はたいして出していないので、どのくらいの体力があるのかを測っているのだろう。まあ、シャトルランはある程度走れたからこの速度ならある程度走れるだろう。


「あら、ある程度の体力はあるみたいね」

「まあ、アウトドアな人間ではないですけど」

「この調子なら少し距離を長くしてもよさそうね。大丈夫、速度は上げないから」

「何でですか?」

「これ以上、速度を上げたら無酸素運動になっちゃうから。ランニングは有酸素運動にしないと意味がないのよ」


 ああ、有酸素運動は脂肪を燃やして、無酸素運動は筋肉をつけるとかいうアレか。まあ、専門的な知識は壊滅的に無いが、その程度なら低学歴の俺でも知っている。

 それにしても、タンクトップ姿のボディービルダーと一緒にランニングしていると物凄く目立つ。それに、岩男は無駄に化粧をしているからなお目立つ。なんで、こんな際どい奴のジムに俺を送り込んだのだろうか? ......無能だからか、奈々が。


「お母さん、ムキムキの人が走ってるよ〜」

「見ちゃいけません!」


 うわっ......アニメでよく聞くセリフだ......現実世界で聞けるなんて感銘深いぜ。


 2


 岩男とのランニングが終了した。

 速度が並みだったためか、汗は大量に流れたが疲れたという気分には不思議とならなかった。というより、岩男の方が逆に疲れているように見える。


「ハハッ、筋肉は脂肪より重いのよね......」

「さいですか」


 ジムの中に戻ると奈々の野郎がどこから3DSを取り出して一人で何かを討伐とうばつしに出かけていていた。俺が代表取締役社長だったら確実にこいつの首を飛ばしているよ、絶対に。

 ようやく俺が戻ってきたことに気がついた。だが、狩猟の手を緩める気配はない。こいつ、絶対にドラクエの職業なら遊び人だな、絶対にそうだな。


「じゃあ、ストレッチをしましょう。運動の後は絶対にストレッチをしないと体を痛めちゃうから」

「なんというか、トレーニングについては非常に真面目なんですね」

「ええ、それでご飯を食べているんだから真面目にもなるわ」


 なんというか、第一印象は最悪で災厄だったが、仕事に対する思いは一人前のようだ。あそこでモンスターハンティングに興じている馬鹿野郎に爪の垢を煎じて飲ませてやろうか?

 岩男に指導されるまま、ストレッチを行う。硬直した筋肉を伸ばすのは気持ちがいい。

 一通りのストレッチが終了するとベタベタと汗ばんだ体が気になる。それを察したのだろうか、岩男がシャワーを浴びましょう、と、ハイテンションで答えた。


「......何もしませんよね?」

「......多分」

「......信じますからね」

「......うん」


 信憑性しんぴょうせいゼロだが、この汗ばんだ体に耐えることが出来ない。

 岩男に案内されるがまま、シャワールームに移動する。

 結果を言ってしまえば、下半身への視線が物凄かった。おまえにも同じものが備わっているだろうが、と、叫び散らかしてやりたかったが、行動を起こされていないので控えた。でも、次からは別々にシャワーを浴びることにしよう。


「次は筋力トレーニングね。でも、初めからベンチプレスやら、ダンベルとかを使うと腕を痛めちゃうから、慣れるまでは腕立て伏せとか、腹筋、スクワットなんかを中心に軸となる筋肉を鍛えていくわ」

「基礎は大事ですからね」

「よし、これで装備が手に入る」

「おまえは何時までモンハンしてんだよ! 仕事をしろ!!」


 仕事をしてくれよ、という眼差まなざしで奈々を見つめるのだが、彼女の心は装備にあるらしい。こりゃあ、ダメな大人の見本だな。

 岩男に指導されるまま、基礎トレーニングを積み重ねていった。


 3


 今日二度目のシャワーを浴びる頃には、体がクタクタになり、奈々の方はソロでそれ相応のモンスターを討伐出来たらしい。なんというか、ニートだった頃の俺の方が真面目だったのではないのだろうか? だって、毎日ハローワークに足を運んでいたもの。


「体の基礎はある程度出来上がっていたから直ぐに慣れるわよ」

「下半身に目をやらないでくれますか?」

「いいじゃない、減ったり、小さくなったり......小さくなるわね」

「上手いけど、汚い」


 シャワーから出て、背広に袖を通すとモンハンではなく、奈々はスマートフォンでニコニコ動画を視聴している。こいつはプロデューサーではなく、ただのニートか小学六年生なのではないのだろうか?


「帰りますよ」

「すまない。わたしの大好きな生主が生放送中なのだ。三十分時間をくれ」

「......おまえの将来が心配過ぎるよ」


 無理矢理連れて帰ろうとすると涙目になったので、三十分待つことになった。年上が年下に泣かされてどうするんだ......。

 三十分間、今後のトレーニングについて岩男と一緒に話していると延長だと!? という、歓喜に近い叫び声が聞こえたので、多分、三十分の延長が入ったのだろう。仕事のない暇人もいるものだ。いや、このダメプロデューサーには仕事があるのだが......。

 読みたくはなかったのだが、ボディービルの雑誌を眺めていたら桃色の溜息が吐かれた。多分、生放送が終了したのだろう。


「よし、事務所に戻ることにしよう......あ! 〇〇さんの生放送が!?」

「ぶち殺すぞ? 早く駐車場に移動するぞ」

「また明日ねぇ〜」


 無理矢理、奈々の襟首を掴んで駐車場まで移動して、ヘルメットを被せて事務所まで移動する。移動している途中で次からは車で来いと言われたので、ハイオクガソリンの価格を言ってみろと告げて黙らせた。まあ、懐は温かいから車で来てもいいんだが。


「で、ジムは楽しかったか?」

「まあ、男達の視線意外は普通にいいジムなんじゃないですかね? ジムに通ったことがないもんで」

「これから毎日通うことになる」

「筋肉ダルマの視線がなければな〜」

「案外、素で話せるんだな?」


 奈々は嬉しそうな口調でそう質問した。


「まあ、感情豊かな人間ではないはずなんだけどな」

「プロデューサーとアイドルの関係は出来る限りフランクな方がいい。わたしは君より少しだけ年上だが、敬語なんて使う必要はない。わたしは君を売り出す側、つまり、君を利用する側。そして、君は利用される側なのだから」

「両方が両方を利用する。まあ、共存関係と言った方が合っているような気がしますけどね。カクレクマノミとイソギンチャクみたいな」

「依存というやつか?」

「駄目人間に依存されても気色悪いだけなんだが」


 腹部をつねられた。痛い。

 でも、なんというか不思議な人だ。ただの駄目人間に見えたが、俺の心を開かせるための行動だったのだろうか? でも、生放送とか、モンハンとか、絶対に全力で視聴&プレイしていたよな? 素だったのだろうか、それとも、演技だったのだろうか......。


「あ、因みに、わたしは早く寿退社ことぶきたいしゃしたいと思っている。新人、おまえが売れたらわたしと事実婚じじつこんしてくれ」

「おまえとは絶対に同棲どうせいしねぇよ。家に絶対に入れない。なんというか、住み着かれるような気がする」


 今日、理解したことが一つわかったことがある。このプロデューサーは駄目人間だが、性根はちゃんとしているということだ。そして、ヘタすると寄生虫パラサイトのように寄生されるので絶対に隙を見せてはいけないということだ。

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