第2話「王国戦士長と陽光聖典長」
「んん? なんだ、あの村は……襲われた後には感じられないが……総員! 警戒態勢!」
王国戦士長の声と共に、王国直属の戦士達に緊張が走った。現在、村々が騎士によって襲われている。ガゼフ達は少しでも救えないかと周っている最中であった。万が一にも襲われている現場に立ち会うことが出来れば、騎士達を一網打尽に出来るからだ。
現在向かっている村は少し荒れていたが、騎士達が荒した様には感じられなかった。生き残りが多すぎるし、家屋は燃やされていない。
目を凝らして見ると、隅には鎧らしき金属の輝きを
ここで思考したところで栓のないことだ。眼前には村が近づいている。結論を急ぐことは無い。
村へ到着すると、何事かと村人達が集まってきた。腰に掛けた剣に気がついた村人は、先程の同胞だろうかと不安の色を隠せずにいた。
「私はリ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフだ! この村の状況を伺いたい!」
各々が顔を見合わける中、一人の男性が前に出てきた。恐らくはこの村の代表……村長だろう。
「申し訳無いが、先程騎士達により襲われて人々が不安がっておる。戦士長殿だけと話がしたい。周りの者達は少し離れて貰えないだろうか」
ガゼフは少し思考した。ここで断るメリットが見付からない。仮にワーカーが潜んでいたとしても、騒ぎになれば彼らが直ぐに駆け寄ってくれるだろう。信頼できる部下を持てて俺は幸せだな。
「ああ、問題ない。だが家の外……開けた場所での話を所望したい」
「ありがとうございます。では、あちらの木陰で話しましょうか」
「おい! お前達! 俺は村長と話してくる。村の周辺を見張っててくれ!」
部下達が村から離れたのを確認すると、ガゼフと村長は木陰に軽く腰掛けた。
「まず、村に何が起きたのか教えて頂けないだろうか」
村長は空を向き、軽く深呼吸をするとガゼフを見据え事の顛末を口にした。
「それは早朝の出来事でした。突如、全身鎧の騎士達が村人を襲い始めたのです。人々は戦々恐々とし逃げ惑い、死を覚悟しました。そこに白銀の屈強な魔獣に跨がった豪勢なメイド姿の赤髪の女性が現れました。彼女は一つの魔法を唱えると、騎士達に光の矢が刺さり力無く倒れていきました。彼女は旅人らしく、腹ごらしがしたく食事をご馳走してほしいと要求してきたので、村一番の食事を提供しました。それに満足したのか、再び旅立たれました」
何とも説明じみた話だが、実に分かりやすい内容だ。赤髪の女性とその魔獣がキーワードだな。
聞いたことのない人物だが、騎士達を一撃で葬ったのが事実であれば凄腕の
「なる程……では、あちらの鎧は村を襲った騎士の装備品と言うことですか?」
「はい、中の人達はアンデッド化を防ぐ為に共同墓地の横に埋葬されています。案内しましょうか?」
末端の村を襲いに来た騎士だ。顔を見たところで誰だか特定は難しいだろう。
「いや、それには及ばない。鎧だが、この村を襲った騎士が何者なのか調べる必要があるので持ち帰っても構わないか?」
「バハルス帝国の刻印が焼かれていましたが、違うのですか?」
殺人犯が態々名札を付けてやってくるだろうか。戦争であればまだしも、事態が明るみに出れば大揉めは免れない。帝国との不仲を狙った行為だろう。
「他国の村を襲うのにわざわざ身分の分かる証拠を残すとは思えない。法国か……或いは別の国の偽装だろうな」
「なんと……事態は複雑怪奇なのですね」
王国ですら、国王と貴族で派閥争いが日夜繰り広げられている。只でさえ中原逐鹿なのに、内憂外患となっては目も当てられない。
私が金城鉄壁となり国を守らねばならない。これまで以上に気を引き締めねばいけないな。
「ガゼフ様! 大変です! この村を囲む形で鎧を着た者達が集まっています!!」
「なんだと!?」
部下の一人が慌ててガゼフの元へ駆け寄って来た。先の村人討伐失敗の意趣返しだろうか。いや、そもそも村を襲っている理由は……ならばすべき事は一つだろう。
「村長殿は村人達を集めて下さい! 彼らの目的は私です。ならば我らが引き立て役を買って村から引き離します」
「わ、分かりました。戦士長様もお気をつけて下さい」
村長は慌てて村人達に支持を送った。逃げる場所が無い以上、寄り添って嵐が去るのを待つしかないのだ。
「お前達! 出来るだけ村から離れるぞ! 部隊を分けて敵を分散するのだ!!」
カゼフの名に従い、部下達は進行を開始した。村に対して放射線状に広がることで敵の集中を避け、部下を守る狙いがある。敵の目的がガゼフ一人なら囮になる事で、他の部隊を逃がすのだ。私の部隊は撤退を命令し、自分だけがその場に残れば良いだろう。
その後のガゼフはと言うと、法国の特殊部隊と遭遇した為部下を逃がしたが、部下が他の部隊を集めた戻ってきたのだ。
いい部下達を持ったものだ……感慨無量なガゼフだったが、それで勝てると言う訳ではない。
彼らが召喚する天使に翻弄され、ついぞ好転の気を得ることは叶わなかった。
――だが、死ぬわけにはいかない。ここで私が死ねば国は……民はどうなると言うのか!
「私が……私が負けるわけにはいかないんだよ! うおおおおおおおお!」
「バカが! 気概だけで形勢逆転が図れるとでも思ったのか!!」
隊長らしき男が口にした。小を捨て大を救う。考え方は理解できるが、かつて小の一人だった私が納得するわけにはいかない。
「お前達! 天使を集めろ! 確実にガゼフを仕留めるぞ!!」
「俺を倒しても……村を救った御仁が知ったら貴様らも唯では済まないぞ!」
「ぬかせ! 英雄気取りの馬鹿共には現実を叩き込んでやるまでさ。希望を持つ村人も不要だ。同じ運命を味合わせてやるよ」
天使達の攻撃は辛うじて致命傷を避けていた物の、数に物を言わせた戦法に成す術はなく次第に捌ききれなくなってしまった。
「ぐわああああああああああああああ!」
「戦士長!」 「戦士長!」
「戦士ちょ……ぐわああああああああああああああ!」
ガゼフが墜ちたのを皮切りにに次々と部下達が逝ってしまった。
◆
「はあ……それだけ強いのであれば、我が国で活躍できたものの。忠義を貫いた結果が自らの死とは悲しすぎるではないか」
法国でも上位の強さを誇った英雄の死を悲しく思うニグンであった。彼とて人類を救うことを信条に掲げ行動をしている身。守りたい気持ちは皆同じなのだ。方向性や考え方の違いによる争いは、この世界において愚かでしかない。
だからと言って人々が結束するのは困難を極めるのが現状。ならば方向を正してやるのが我らの勤め。王国が瓦解すれば大勢の民が迷えるだろう。それを救済と銘打って法国が囲むのだ。人は弱く脆い。単体で可能なことなどたかが知れておる。人は群れなければ生きては行けないのだ。
「隊長! そろそろ村に到着します!」
「そうか。念のため天使を召喚し先導させろ。騎士を倒した何者かが潜んでるやも知れん」
「はっ! 畏まりました!」
そうは言いつつもニグンには負けるなど微塵も思ってはいない。国に伝わる秘宝、かつて魔神すら打ち勝った切り札を託されているからだ。
人跡未踏の領域を修める天使に敵う人など居るはずも無い。救うべき者を誤った己を恨むことだな。
「なんだ、どの家も
村には閑古鳥が鳴いており、家々のドアを天使で破壊して行くも人っ子一人出会わない。
「この近辺ですとトブの大森林へ向かったのでしょうか?」
「バカなことを抜かすな。村人を守りながら森に身を隠すなど不可能ではないか。聞くところによると、森の賢王なる白銀の魔獣が幅を利かせているではないか。人間が踏み込める領域ではない」
では何処に潜んでいるのか……思考を張り巡らせていると前の部隊から連絡が入った。
『隊長! 集会所らしき場所に村人達が集まっています!!』
「でかした。今から包囲網の準備をする。出入口を確保して攻撃はするなよ」
部下からの
「お前達! 周囲を天使で囲んで逃げ道を作るな! 出入り口を破壊し、天使を突撃させる。その際、村人が逃げないように別の天使で足止めをしろ!!」
「「はっ!」」
部下達は、使役する天使で包囲網を整形し、今か今かと待ち構えている。
「総員! 戦闘開始!!」
天使達は集会所へ突撃し、集まった村人達を殺し始めた。逃げようにも、待ち構えた天使によって殺されてしまい逃げ場は失われてしまったのだ。
「うわああああああああああ!!」
「やめてくれええええええええ!!」
「王国戦士長様助けてくれえええええええ!!」
「バカな村人よ。ガゼフなら先程死んだ! 貴様らを守る為に犠牲になったのだ!!」
「そんなあああああああ! ぐはあ!」
「赤髪の彼女おおおおおお! 早く来てくれ間に合わなくなっても知らんぞおおおおおお!!」
「今来たところでどうなるって言うんむぎゃああああ!!」
「エンリ! 早く逃げろ!! 父さんは……ぐびぁあ!」
「お父さん! お父さん! 死んじゃいやあああああああああ!! びぁあ!」
村人達の声が静まったことで、天使達は動きを止めた。ニグンは部下に支持を送り、生き残りが潜んでいないか確認をさせる。
「隊長! 村人達の死を確認しました! 伏兵も見当たりません!!」
「そうか、ならば騎士が残した鎧を回収した後撤退するぞ」
「はっ!」
任務を達成した陽光聖典の隊員達は、スレイン法国へ帰還すべく踵を返した。
「
突如目の前に魔法が放たれた。こんな村に
バカな奴よ。悲鳴を聞いて慌てて戻ってきたのだろうが、時既に遅し。村人は既に還らぬ人となっている。
◆
「この辺りで待機っすね」
ルプスレギナは不可視の魔法を発動させ、自分達の身を隠した。
期待に胸膨らませながら待機すると、王国戦士長らしき人物がやってきた。どうやら少しでも多くの村を救うべく、村々を回っているそうだ。
「姫! あの御仁、襲われているでござるよ! ああ! 死にそうでござる!」
姫ー!と大騒ぎするハムスケに軽くチョップを
「五月蝿いっすよハムスケ。今はまだその時じゃないっす」
せっかく人が気持ち良く絶望に打ちひしがれる様を楽しんでいるのだ。ここはアメリカではない。日本で映画を観る時は黙って静かに楽しむのがマナーだ。ルプスレギナがそれを知る術もないが、日本人の魂に刻まれているのだろう。日本由来のゲームから産まれたキャラクターだ。そんなこともあるのだろう。
「姫ー! 村に進行してるでござるよ!」
「ハムスケは合図があるまでそこで待機してるっすよ。わたしは近くで見てくるっす!」
時は満ちた。村の上空から俯瞰で愉しむとしよう。
(ああ……一度は救われた村人達が再び恐怖で震え、力無く散っていく。嗚呼、なんと愉悦なことだろう。
あれ? 一人取りこぼしてるっすよ。騎士達も食べ残しはダメっすよ)
それはそれで楽しめそうだ。さて、そろそろ出番だろう。
「ヒーローは遅れてやってくるっすよ!
不可視で近付いたルプスレギナが騎士達の足止めにと魔法を放った。突然姿を表した彼女に驚きつつも、部隊を纏め天使の召喚を開始した。
「何かと思えば……今更やってきて何しに来た! 貴様が見捨てた村人はもう居ない。貴様が見殺しにしたのだよ!」
「煽ってるつもりっすか? まあ、好きにすればいいっす」
ルプスレギナは正義の味方ではない。魔王の使いが村人を救うだろうか。人々を恐怖の渦にに
「ああ、好きにしてやるよ。天使達よ! 彼女を攻撃しろ!!」
部下達が召喚した天使が一斉に覆い掛かろうとした。ルプスレギナが聖杖をぶんと一振りすると、その衝撃波に巻き込まれた天使達が薙ぎ払われてしまった。
「うーん、手応えを感じないっすねえ」
「天使達が……一撃……だと!? あ、あり得るかあ! |《監視の権天使》《プリンシパリティ・オブザベイション》よ!!」
隊長と思しき人物に控えていた天使から光が放たれた。聖属性の必殺技だ。
「ふははははは! ザマア無いな! 何がヒーローだ! 人を救えなければ悪と変わらないではないか!!」
|《監視の権天使》《プリンシパリティ・オブザベイション》の攻撃により光に包まれたルプスレギナ。常人であれば原型を留めないその攻撃が止み、そこに立っていた彼女は一体……
「ふーっ、仮にも神官の
プレアデスのメイド服には魔法強化が施されており、第4位階などユグドラシル基準では雑魚当然の魔法が通用するはずもない。これがシャルティアだったら致命傷だったろう、ニグンが召喚した天使は強化されているとは言え微々たる差だ。装備の耐性を越えることは叶わなかった。
「きっ、貴様あああああああああ! 女の分際で思い上がるのも大概にしろよ! 見よ!」
ニグンの手に輝く光。あれは見た覚えがある。内容によってはルプスレギナですら危険な代物だ。
「法国に伝わる秘宝、かつて魔神をも討ち滅ぼした神の力にひれ伏すが良い! クリスタルよ! 最高位天使を召喚する!!」
ニグンの手から聖属性の光が放たれた。クリスタルからは魔力が渦巻いている。
「あれは不味いっす! ハムスケ!」
『ガッテン承知の助けでござる!』
蛇のような鱗に覆われた尻尾がニグンを襲った。倒すのではなく発動を止めるのだ。
「おんぎゃあああああああああああああ!」
「ふふっ、クリスタル戴きっすね!」
ペロリ、と断面から滴る血を舐めている。
「姫! 某の功績を褒めて欲しいでござるよ!」
「ひぃ! なんだあの魔獣は!!」
「白銀の体毛……森の賢王だあああああああああああ」
「血があああああああ血がああああああああ!」
初めての活躍にフフン!としたり顔になるハムスケ。それを見た隊員達が恐怖に飲み込まれ阿鼻叫喚となっている。因みに最後の悲鳴はニグンさんである。
「良くやったっすよハムスケ! クリスタルさんも痛そうにしてるっすから治してあげるっす!
第1位階の定位な治癒魔法。それは怪我や傷を治すのではなく
「か……回復した……のか……!!! 腕があああああああああ俺の……俺の腕を返せええええええ!!!!!」
「もーう、仕方ないっすねえー」
投げられた片腕を受け取ったニグンは慌てて傷痕に腕を当て治そうとする。
「何故だああああああ何故腕がくっ付かないのだあああああ!!! くそう! くそう! 畜生! 俺が何をやったと……治れ治れ治れ治れえええええええ!!!!」
断面に当てた腕から手を離したが、無残にも腕は大地へ落下してしまった。
治癒魔法で回復をした場合、通常なら引き千切られた腕から消失し新たな腕が生えてくる。しかし彼は傷が塞がったものの腕はそのままだ。
時間切れだと言わんばかりに、落ちた腕は無慈悲にも消え去ってしまった。
「俺の腕がああああああああああああ!! 返せえええええええええ!!! 返せえええええええ腕えええええええ!!!!!!」
必至に片腕で土を掘り返し探している。
頼れる隊長であったニグンの無様な姿を見て競争状態に陥る隊員達。森の賢王、更に秘宝まで奪われてしまっては彼らに勝つことなど不可能だ。
「|《吹き上がる炎》《ブロウアップフレイム》っす!」
「むびゃああああああああ!」
「アツゥイ! ATIッス! 墜ちたな(自分が)」
ハムスケとは違い低レベルの彼らは見るも無残に炭化して行った。一人だけレベルの高かったニグンだけが最後まで苦しみながら逝ったのだ。
だが陽光聖典は無駄に数が多かった。一人見たら百人は居ると思えとは昔の人はよく言ったのもだ。
「お、お姉ちゃん……」
「来ちゃダメっす!!」
子鹿のように足を震わせながらネムが出て来たのだ。父親に覆い被さるように守られたネムであったが、騒ぎとルプスレギナの声を聞いて出てきてしまったのだ。
人は恐怖に陥ると、少しでも不安を和らげようと本能的に安心を求めてしまう。隠れていれば良いのもを、ルプスレギナに助けを求めてしまったのだ。
「死ねえええええええ!!」
「ひぃい! 助けて……助けてお姉ちゃん!!」
ネムの首を掴んだ隊員。男から離れようと必至に藻掻くが、少女と大人では叶うはずもない。
隊長を殺された恨みから魔女の希望をぶち壊すのだ。
「いやあああああああ! やめてえええええ!! お姉ちゃあああああああん!! うわああああああああああん!!! うわああああああああ……あ……あ………………」
ゆっくりと、そう、ゆっくりと首を
「姫えええええええ! ネム殿が!! ネム殿が!!!!」
「尊い犠牲だったっす……ありがとうっすよ」
このありがとうが何を意味するかは知らないが、隊員達を真っ直ぐに見据えた彼女は再び魔法を放った。
陽光聖典は全滅さたが、村を救う事は叶わなかった。
とぼとぼと歩くルプスレギナ。ハムスケは気づいていないが、少しだけ彼女の口元がつり上がっていたと言う。
駄犬ルプーの冒険 駄犬ロール @zww
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