第5章(3)
集合場所は本部から少し離れたところにある喫茶店に決まった。さすがに追い出された本部に戻るわけにはいかないので、集まりやすく、それでいて本部の人たちに見つからない場所を考慮した結果だった。
喫茶店に着いて、適当に注文したブレンドコーヒーを持って世良の座る席のところまで行くと、そこには空岡と節原もいた。どうやら彼女らも同意したらしい。
近づいてくる俺に気づいた世良が手招きをする。
「おう、こっちだ。これで全員集合だな。みんな集まってくれてありがとう」
「先に言っておくけど、私は百パーセント賛成したわけじゃないからね」
俺が席に着くと、飲んでいたアイスコーヒーを置いた節原が牽制するように言った。
「実は、私もまだ本当に行っていいのかなっていう気持ちが残ってて、でも何かしたいっていう気持ちもあったし、世良君の想いも伝わってきたから……」
申し訳なさそうに空岡も続く。集まったとはいえ、二人ともまだ完全に世良の提案を受け入れたわけではないようだ。
流れに便乗して、俺も自分がまだ迷っていることを素直に告げた。
「さっきは『行く』って返したけど、実際は俺も決心がついてないんだ」
全員の本音を聞いた世良は心苦しそうに顔を背ける。
「巻き込んでしまってすまない。俺も勢野さんに命令されたときにはきっぱり諦めるつもりだったんだ。でも、解散して家に帰ろうとしたら、『これでいいのか』って思っちゃってさ。それで気がついたらみんなにメールしてた。あんなメール、送られても困るよな。そんなことも考えずに何やってるんだろうな、俺は」
「それは俺も同じだ。世良が送ってなかったら俺が同じようなメールを送ってたと思う」
いつぞや世良がこんな感じの台詞を言って、鳥飼に注意されていたことがあった。まさかそれを自分が言うことになるとは思わなかった。
でも、俺だって責任を負う覚悟はできている。だからここに来た。
「……そうだね」
遠い目をしていた節原は心の底から絞り出すようにふうっとため息をついた。
「私も送ってたかもね。偉そうなこと言っちゃったけど、本当は私だって捜しに行きたいと思ってたし。こういうときに何もしないっていうのは、あとできっと後悔するから」
「潮子、来てくれるのか?」
「うん。行く」
彼女は自分自身を納得させるように大きく頷いた。
「ありがとよ。お前らはどうする?」
世良の目が俺と空岡に向けられる。
「俺も行く。協力して雨谷を捜そう」
「私も行くよ。何もできないかもしれないけど、それでも力になりたい」
これが、それぞれが悩んだ末に出した結論だった。
「よっしゃ! じゃあ行こうぜ!」
世良が勢いよく両手をパンッと叩き、その手をテーブルについて立ち上がろうとすると、こちらに人影が近づいてきた。
おそらく店員だろう、と軽くそちらに目を向ける。
「やっぱりそういうことになっちゃうんだね」
声の主を見た俺たちは皆唖然とした。
なんとそこに立っていたのは鳥飼だったのである。
「とりあえず、話を聞いて欲しいからもう一度座って」
鳥飼は複雑そうな表情をしながら空いていた俺の隣の席を陣取る。アイスティーのグラスが置かれる音がコトンと響いた。
どうして彼がここに……。
あまりの驚きにしばらく俺たちが動けずに硬直していると、鳥飼は苦笑いを浮かべながら淡々と語り始めた。
「僕も今回の件から外されたんだ。ベテランの人だけでやるってことでね。まあ、それよりも今君たちが気になっているのは、『僕が何をしにここに来たか』だよね? それに関しても今から説明するよ」
鳥飼は運んできたアイスティーをすすりながら、さらに衝撃的な言葉を述べる。
「僕は君たちを監視するためにここに来たんだ。実はこっそり後をつけさせてもらった。それに関しては先に謝るよ。ごめん」
「どういうことだよ?」
世良の声は怒りというより恐れだった。それに対し、鳥飼は嫌味もなく告白を続ける。
「勢野主任に頼まれたんだ。『あいつらはきっと無茶をするはずだから見張っておいてくれ』ってね。さっきは外されたって言ったけど、強いて言うなら今回の件で唯一僕に与えられた任務がそれってわけ。任務と言えるのかはわからないけどね」
「それって、俺たちに言っちゃって良かったのか?」
彼があまりにあっけらかんと語るので、俺も開き直って疑問に思ったことをそのまま訊いてみた。
鳥飼は紅茶の入ったグラスを揺らしながら考え込む。
「どうなんだろうね。ダメかもしれないし、ダメじゃないかもしれない。僕が言われたのは『見張っておいてくれ』だけだったから」
「それで、辰人君は私たちのことをどうするつもりなの?」
節原も節原で、普通なら遠まわしに訊くようなことを単刀直入に尋ねていた。
「なあ、頼むよ。見逃してくれ」
世良が鳥飼の顔を覗き込むようにしてお願いする。
しかし、鳥飼はすぐに首を縦には振らなかった。かといって、横に振ることもない。
硬直状態の中、空岡も鳥飼に向けて自分の心境を話し始める。
「私も最初はどうしようか決められなかったの。でも、ここに来て話を聞いているうちに、みんなが本気で寧々さんのことを助けたいって思ってるのが伝わってきた。私たちが行ったら危険だとか、迷惑になるとか、そういうこともみんな理解してて、それでも何かがしたい。私たちのことを身勝手だって思うかもしれないけど、間違ってるかもしれないってことも承知した上で出した結論で、だから見逃して、とはお願いできないけど、単なるわがままではないことをわかって欲しい。……ごめんね、鳥飼君をさらに悩ませるようなことを言っちゃって」
「いや、いいんだよ。君たちの気持ちも十分理解しているつもりだ」
鳥飼は申し訳なさそうに目線を落とす彼女に優しく微笑んだ。たとえたどたどしくても、自分の言葉で真剣に想いを伝えてくれているのを無碍にはできないのだろう。
「辰人、どうするんだ? もしお前がこのまま結論を出さないんだとしたら、悪いが俺たちは行く。ここでゆっくりしている暇はないからな。だが、もしお前が力尽くでも俺たちを止めるって言うんだったら……」
世良は目を見開いて真っ直ぐ鳥飼のほうを見る。
「それを振り切ってまで行くことはできない。いくら寧々を助けたいからって、お前に手を出すわけにはいかないからな。さあ、早いとこ決めてくれ」
世良は少し下を向いて腕を組み、返事を待つ態勢に入った。
「ごめんね、辰人君」
節原もそう言ったきり口を閉ざし、固い表情になった。
「鳥飼、すまん」
俺も詫びを入れ、だんまりを決め込む。
「難しい役目を請け負ってしまったね」
鳥飼は小さくため息をつき、独り言のように呟いた。
静かなテーブルには五人分の影。誰一人、動きもせず、喋りもせず、まるで精巧に作られた人形のように座って、再び動き出す時を待つ。
長い沈黙の末、鳥飼が観念したように口を開いた。
「君たちの意見を尊重しよう。雨谷さんを捜索しに行くことを認める」
「本当か?」
世良は両手を上げ、歓喜の表情を浮かべる。
「ただし一つ条件がある」
そんな世良の前に、鳥飼が人差し指をピンと立てた。
「条件?」
世良は腫れ物に触るように恐る恐る尋ねる。
「僕も連れて行ってくれ」
鳥飼はさらりとそう言った。ポカンとする俺たちに、鳥飼は続けて主張する。
「世良君の車で行くつもりなんだよね? さっき表に停まってるのを見たけど、五人乗りだったから僕も乗れるかなって思って」
その意味をいち早く理解した世良は、素早く鳥飼の手を取って強い握手を交わす。
「いやー、辰人が来てくれるなら心強い。捜索するって言っても正直無計画だったからさ、どうすりゃいいかわからないで途方に暮れるところだったぜ」
「案、なかったのか?」
俺は世良のことを白けた目で見る。何を隠そう自分もそうだったのが、それは棚に上げることにした。
「考えてなくて悪かったな」
「まあまあ。とにかく今からプランを立てよう。まずは僕の持ってる情報を教えるよ」
そんなまとまりのない俺たちを、鳥飼は早速持ち前のリーダーシップでフォローした。
「初めに雨谷さんのいる場所についてなんだけど、彼女を最後に観測できたのは実家付近で、それ以降の消息は不明になった」
「消息は不明、ってどういうことだ? 観測システムを使えば、時空の歪みを発生させているターゲットを追跡できるんじゃなかったか?」
「ええと、間庭君たちは事件発生時は本部にいたよね? あの段階では確かに彼女のいる場所を捉えていたんだ。だけど、時間が経って信号が忽然と消えた。彼女がシステムに侵入して消去したみたいだ。おそらくこちらがプログラムの改ざんに気づいたことがばれたんだろうね。本部は再び観測を試みているけれど、もう少し時間がかかるんじゃないかな。その間に時間退行を使われる可能性は大いにあると思う。彼女が今、何を考えているのかわからないから何とも言えないけど」
彼女なら我々をかく乱させようと思ったらいくらでもできるだろう、という分部の冷酷な言葉が思い出される。つまりはこういう状況を想定していたのだ。
雨谷は今どこで何をしているのか。そして、これからどうするつもりなのか。
もはや、それは彼女のみが知るところだった。
「とにかく、急いで実家方面に行ってみるのがいいかもしれない。家には本部の人たちが向かうから上がれないだろうけど、雨谷さんが現時点でまだ実家付近にいるのは確かだ。彼女の具体的な行き先がわからない以上、とりあえずは最後に観測された地点に向かうのが自然だと思う」
果たして、雨谷は無事に見つかるのだろうか?
「よしっ、行こうぜ。あとは車の中で考えればいいだろ」
世良は立ち上がって、「さあ、早く」とまだ座っている俺たちを催促した。
足早に出口へと向かう途中でも、自問自答は続く。
それに、もし万が一、俺たちが本部の人たちよりも先に雨谷を捜し当ててしまったらどうする? 彼女を説得? 本当にそんなことができるのか? 失敗したらどう責任を取る? 謝って済む話じゃない。間違いなく取り返しのつかないことになる。
……それでも、行く。そう決めたんだ。
お昼時が近くなったせいか、喫茶店は入ったときよりも混雑していた。一人、また一人と、客が店内に押し寄せ、カウンターに行列を作っている。
その流れに逆らうように俺たち五人は店を後にし、駐車場に停めてあった世良の赤い車に乗り込んだ。
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