第5章(2)
本部が慌ただしく動き始めた頃、俺たち四人は解散し、それぞれ帰路に就いた。
すっかり心が抜け殻のような状態になっていた俺はすぐに帰る気にはなれず、一人で街をブラブラとしていた。
腕時計を見ると、時間は十時になろうかというところ。都会とはいえ、午前中のこの時間に街を歩いている人は限られている。いかにも仕事ができそうなきりっとした顔つきで悠々と歩を進めているのは、この辺に本社のある大企業や官公庁に務めるエリートな人間だろう。
環境に慣れるというのは恐ろしいものだ。知らず知らずのうちに、何となく自分も仲間に加われた気持ちになるのだから。
時間退行観測庁に入って間もなく三か月。ようやく俺は組織の一員になれた気がしていた。
でも、実際は根本から違うのだ。
本当にピンチなときに、俺は組織に必要とされない。
わかっていたはずだった。自分が特に何の技術も持たない人間で、肝心なときには役に立たないってことくらい。
それでも、いざそういう場面になるとどうしても素直に受け入れられなかった。ましてや、大事な同僚を救おうってときにそれに参加できないのは耐え難いくらい悔しい。
――このまま何もせずにいていいのか。
ぶつける場所もないやりきれない想いを抱えたまま、高層ビルが立ち並ぶ立派な街の中を亡霊のように彷徨う。
そんなとき、ふいにブルッと携帯が震えた。
表示を確認するとメールを受信していた。送信者は世良だった。
瞬時に直感めいたものが頭をよぎる。俺はすぐさま開いて本文を読んだ。
差出人 世良明弘
件名 主任の命令について
俺は今回の勢野さんの命令にはどうしても従えない。
主任の言っていることが正論なのはわかる。でも、何もしないでいるのは嫌なんだ。
俺は一人でも寧々を捜索するつもりだ。もし一緒に来てくれる人がいるなら三十分以内に連絡してくれ。
もちろん強制はしない、というよりできないよな。なんたって命令に背こうとしているんだから。
……とにかくそういうわけだ。もし行かないんだとしても、このことは本部には内緒にしておいて欲しい。すべての責任は俺が取るからさ。
ビルの隙間風がヒューっと吹きつけて顔に当たる。メールを読み終えた俺は顔を上げ、胸中で呟いた。
――まったく、世良らしいな。
空岡と節原にも同じメールが送られているようである。彼女らはどうするのだろうか。
そして、俺はどうする?
行くのか、行かないのか。
雨谷の顔が頭に浮かんだ。物憂げな表情で、誰かのことを待っているようにも見えた。それは「俺たち」なのだろうか。
世良の顔も浮かんできた。すべての責任は俺が取る、か。勝手なことを言ってくれる。メールを見てしまった以上、どっちにしたって俺にも責任が降りかかってくるではないか。
まあ、そうでなくても彼一人に全責任を押し付けることなんてできないし、していいものでもないだろう。
このまま何もせずにいるのが嫌なのは俺も同じだ。俺だって行けるものなら行きたい。
だけど、それは単なるエゴだ。本当に雨谷のことを第一に考えるなら、俺たちは手出しをしないほうがいい。
やはり行くべきではない。俺は頭の中でそう結論づけた。
しかし、携帯を握りしめていた俺の手は、震えながら「行く」とメールしていた。
世良も同じような感覚でさっきのメールを送ってきたのかもしれない。返信するときになって彼の気持ちがわかった気がした。
送信完了を確認した俺は、大きく深い息を吐いた。
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