第4章(4)
「というわけで、今から豊田さんが昔住んでいた家の辺りまで行ってみたいと思う」
俺が状況を告げると、車に設置されたモニターに映る鳥飼は表情を変えずに呟いた。
「随分と急な展開だね」
「悪い。俺が約束しちゃったんだ。調べてみる、って」
「念のために言っとくけど、俺が言い出したんじゃねぇよ」
隣で運転する世良が罪を逃れようと口を挟んだ。
「わかったわかった。でも、確かにそういうのを口走っちゃいそうなのは世良君だと思った。まさか間庭君が言っちゃうとはね」
「……つい、な」
「別にいいんだよ。事態は急を要するし、ある程度のことは現場にいる君たちの判断に任せるしかないからね」
「まあ、賢次が言わなかったら俺が言ってただろうから、どっちにしろこういう展開になってただろうけどな」
鳥飼の言葉を聞いて急に強気になった世良は悪びれる様子もなく堂々と宣言する。鳥飼は怪訝な顔をして彼に釘をさした。
「あまり調子には乗らないで欲しいね。結構危険な判断だったと思うよ。幸いなことにレベルにも変化は起きてないけど、もしかしたら君たちの発言が時間退行を引き起こすきっかけにだってなり得るんだから」
これは鳥飼の意見のほうが正しい。冷静な目で見れば、俺のやったことは咎められるべきものである。
だが、それはあの場にいなかったから言えることでもある。実際に余命わずかのトキさんを目の前にすると、何もせずにいるのはこれ以上ないくらい悪いことのように思えるのだ。
常に冷静沈着なイメージのある鳥飼もそれは十分わかっているようだった。
「でも、僕もその場にいたら同じように約束したかもしれないね」
「おっ、辰人、わかってくれるか。そうだよ。それが人間ってもんだよ」
世良は嬉しそうに画面に映る鳥飼にでこピン(モニターピンと言うべきなのだろうか)をしていた。おそらく世良としては、同じ考えを持ってくれた仲間と肩をたたき合うような感覚なのだろう。
しかし、この安直な行動が再び鳥飼を怒らせたことは言うまでもない。
「まあ、それはともかくとして……」
一通り小言を言い終えてふうっと息を吐くと、鳥飼はこれからのプランについて検討し始めた。
「今日中に解決できる問題ではなさそうだね。だけど、そんなに時間もない。間庭君が主張するように、今すぐターゲットが青春期を過ごした場所に向かうのが得策だろうね。ちょっと待って。今、良いものを見せるから」
画面から鳥飼の姿が消え、代わりに一枚の古い地図が表示された。そしてその地図が映し出された状態で、彼の声だけが聞こえてくる。
「これが今から七十年前のその辺りの地図だよ。現在のものと組み合わせれば位置関係がわかるから調べやすいと思ってね。携帯のほうにも送っておくから後で確認してね」
再び画面には鳥飼の顔が映る。
「それから本部への報告は怠らないで欲しい。今こっちは同時に二つの事件が起こっているっていうことでだいぶピリピリしてるから事後報告になると怒られると思うよ」
「そういえば、空岡たちのほうはどうなってる?」
「ええと、僕はこっちの事件担当だからあまり把握してないんだけど、何とか解決の糸口は見えたみたいだよ。もちろん油断はできないけど」
「そうか」
朝の緊張した空岡の顔が浮かんでくる。無事に解決してくれると良いのだが。
「とにかく、君たちは君たちの事件に集中したほうがいい。こういう言い方は良くないかもしれないけど、時間との勝負という意味ではこっちの事件のほうが余裕がない」
「ああ、わかってる」
押し殺すような声で返事をした。
現在、車はトキさんの生家へと向かっている。だが、そうしているうちにも時間は刻一刻と過ぎていく。果たして間に合うのだろうか。
時間退行が起きてしまうまでに。……あるいはトキさんが死ぬまでに。
「俺、一つ考えてることがあるんだけどさ」
ハンドルを両手でギュッと握りながら、深刻な顔つきで世良が言う。
「時間退行能力と死って何か関係があるのか? 勢野さんの話を考慮すると、今回の件も余命がわずかだってことがレベルの上昇に影響してるんだろ?」
「どうなんだろうね。それは僕にも断言できないけど、『追いつめられること』にカギがあると考えている人たちがいるのは確かだね」
「……なるほど。死もその一つってわけか」
世良は合点がいったのか、深く同意していた。
「『追いつめられること』と『過去に戻りたいと強く願うこと』には親和性がある。主任たちがそう考えていたからこそ、今回のこともある程度予想ができたんだろうね」
鳥飼の言う「主任たち」に誰が含まれているのかはわからない。彼自身が含まれているのかも不明だ。
でも、物事を俯瞰的に見ている彼の意見だからこそ信ぴょう性が感じられた。おそらく時間退行研究の最前線はそういう話になっているのだろう。
「実際のところはまだわからないよ。とにかく、僕たちは時間退行能力が使われるのを防ぐことを最優先にしなくちゃならない」
「わかってるって。俺たちに任せとけ」
世良が片方の手をハンドルから放して自分の胸をドーンと叩いた。
それを見た鳥飼は「そういうところが心配なんだよ」と言いたげな顔で、しかしそれは口に出さずに「任せたよ」と俺たちを優しく後押しした。
「じゃ、またあとでな」
ひとまず通信を中断し、世良はアクセルを強く踏む。
燦々と輝く六月の太陽が天高く昇る中、俺たちを乗せた車は郊外の一般道を進んでいった。
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